お洒落好きの落ちぶれ姫は、今日も地味に参ります!〜再会した貴公子とじれ恋が始まりました〜

「ここ最近、各殿舎で扇子や櫛(くし)、筆や硯(すずり)など、小物がよく紛失して。まあ、一つ一つは大した物ではないのだけれど、放っておくわけにはいかないし。そしたらとうとう、入内する妹のために東宮が用意したくれた唐鏡(からかがみ)がなくなってしまったんだ」
「彬子(あきらこ)さまへの贈り物を? それは大変。確かに事件だわ」

 雅貴が今度は東宮に目を向ける。

「それで東宮、橙子さ……橙子殿をここに残した理由はなんでしょう? 彼女はここに来たばかりで関係がない」
「そう、橙子は今日来たばかりの新人だ。ゆえに、彼女は犯人でないと言い切れる。そして先ほどの小町とのやり取り——。人をよく見ているし、物怖じしない度胸も気に入った。だからこそ、今回の紛失事件の調査を頼みたいと今ほど思いついたのだ」
「え? わ、私がですか?」

 橙子がすっとんきょうな声を上げる。隣で雅貴がにわかに鼻白んだ。

「何をいきなり——。現在、私が調査中でしょう?」
「分かっている。が、内裏(だいり)で起こったことゆえ、女性の協力者が必要だと雅貴も言っていたではないか」
「そうですが——いや、駄目だ」
「……あの、すみません。それは、私にできることですか?」

 失礼かなと思いつつ、二人の押し問答に橙子は割って入った。雅貴がいらっとした様子で口をつぐみ、そのまま目をそらす。会話を邪魔されたことではなく、会話に加わってきたこと自体が気に入らないようだった。
 その横顔にほんのわずか昔の面影を橙子は感じる。思い通りにいかなくて拗(す)ねてしまった時の雅貴の顔だ。
 そして、そんな彼をなだめるのは、いつだって橙子だった。

「雅……じゃない、蔵人少将(くろうどしょうしょう)さま。ひとまず話を聞きかせて? でないと、できることかできないことかも分からないじゃない。それに……」

 橙子は雅貴の顔を覗き込み、にっこり笑う。彼をなだめる時にいつもやっていたこと。

「蔵人少将さまは、私のことを心配してくれているのよね。ありがとう」

 手を伸ばし、雅貴の頭をなでる。今は烏帽子(えぼし)を被っているから、正確には帽子をなでているだけだ。それでも、雅貴ならこれで機嫌を直してくれるはずだ。
 次の瞬間、雅貴が顔を真っ赤にさせた。

「とっ、橙子さん、何を——?!」
「いや、いつもこうやっていたなあって」
「もう子どもじゃないんだから!」

 ぶんっとそっぽを向いて雅貴は橙子の手を振り払う。しかし、こうした反応も橙子には織り込みずみである。
 あとは、そう、心の中でゆっくり数えるだけ。
 一つ、二つ、三つ——。耳まで真っ赤になった雅貴が、ぶっらきらぼうな口調で答えた。

「き、聞くだけだからな」
「だそうです。東宮さま、話を続けましょう」

 満足げな笑みを東宮に向ければ、東宮が目を丸くさせる。

「そなた、なかなかだな。蔵人少将をすでに手懐けておるのか。こやつは、高圧的な物言いをする者ではないが、意見を曲げない頑固さがあってたまに困るのだ」
「そこはまあ、かつての顔見知りですから。それよりも——」

 橙子はぐっと身を乗り出して東宮に尋ねる。

「疑わしい者はいないのですか?」
「全員が疑わしいと言えば疑わしい。唐鏡がなくなっていることに気づいた日、昭陽舎に出入りしていた者はざっくり言っても百人はくだらぬ。その日の前後を入れると、もう誰が出入りしたのかなど分からない」
「管理はどのように?」
「現在、昭陽舎のひと部屋を入内(じゅだい)の準備用に使っていて、そこに他の調度品や小物と一緒に置いてあった。部屋の物が汚れたり壊れたりしないよう複数の者たちで管理はしていたが、常に監視をしていたわけではない」
「……そうですよね」

 御所をはじめ、都の貴族の殿舎には壁や仕切りがない。なので、何かを囲って隠そうという発想があまりない。
 だいたい、御所において東宮が妃に用意した物が盗まれるなど、あり得ない話である。おそらく誰も想像すらしていなかったのだろう。
 とは言え、昭陽舎は東宮の住居場所というだけでなく、日々の政務も行われる場所だ。女房のみならず、さまざまな官吏も出入りする。そう考えれば、逆に「あり得ない」という心の隙を突かれた犯行だと言える。

「ただ、やはり疑わしいのは内侍司(ないしのつかさ)の女房だ。彼女たちは内裏であれば、どこにいても怪しまれることはないからな。内密に調べたいのだが、藤や雅貴だと立場上目立ってしまうし、誰に頼もうか悩んでいたところなのだ」
「それで新入りの私ですか?」
「そうだ。なに、犯人を捕まえろと言っているのではない。何か不審なことがないか情報を集めて欲しいのだ」
「なるほど。情報集めですね」
「しかし東宮、だからと言って橙子さんが勝手も分からず動き回るのはやはり危険です」

 雅貴が食い下がる。うっかり「さん」で呼んでいるぞ、とは誰も突っ込まない。本人も気づいていないようなのでそっとしておく。彼はずいっと膝を詰め、声をひそめた。
 
「実は、なくなった扇子の一本が東の市で売られていました。形や柄など報告を受けていた物と同じなので間違いないでしょう。おそらく外に持ち出したものと思われます。店の主を尋問したところ、持ち込んだのは男だという話です。つまり、内裏の女房と接触できる官吏が関わっている可能性がある。橙子さん……殿一人では荷が重すぎます」

 今度は、「さん」と「殿」が合体した。なんとか体裁(ていさい)を保とうとしているようだ。が、これもそっと聞き流す。雅貴の混乱ぶりがちょっと垣間見れて、それはそれで楽しい橙子である。

「そんなに心配しなくても、なんとかなるわ」
「ならなかった時にどうするんだ!」
「どうした雅貴。いつも淡々としている蔵人少将が、いつになく心配性だな」