新年度を迎えた、四月一日。
涼しい春風が吹き抜け、やわらかな日差しが窓から差し込む爽やかな朝だ。
引っ越しの荷物も届き、家具も届き始めて部屋は生活感が溢れてきている。
数日過ごしたひとり暮らし。自炊や掃除や洗濯はひとりでやらなければいけない苦労もあっけど、その苦労を差し引いても敵が同じ空間にいないというだけで独り暮らしのほうが圧倒的に過ごしやすかった。
なにより、人生で一番ぐっすりと眠れた数日間を過ごし、エネルギーがみなぎって体が異様に軽い。
朝食のトースト二枚を食べ終え、全身鏡の前に立つ。
人生で初めて買ったブラジャー。それもスカイブルーの派手な色に、編み込が繊細なデザイン。ショーツと合わせて鏡に映る下着姿。独り暮らしを始めてからその姿を見るたびに、こんなにもかわいいのかと毎回驚く。
その上からインナーやスパッツを履き、今日から正社員として働くことになった工場のユニフォームとなる作業着を着こなしていく。
ダボつきや弛みがないようにベルトを締め、襟元をしっかりと正し、袖口のボタンまで留められているか、何度も全身鏡の前で指差し確認をする。
さらに、メイク講座の動画を何十回も視聴して、慣れない手つきで練習を重ねてきたメイクを施す。
チークの位置、リップのムラ、アイラインのズレ、ファンデーションの崩れや浮きがないか、至近距離で鏡を覗き込んで念入りにチェックする。
狭い玄関で安全靴の紐をぎゅっと力強く結び直し、使い古したトートバッグを持った。スマートフォンの電源を入れる。
「……」
プッシュ通知には「リヒト先生に告白する」っという、一年半前にカレンダーに書き込んだ予定が表示されていた。
昨日通知され、こんなことも書いたなっと懐かしさを覚え、まだ消していない。
指先でピットその通知を消す。
「よし……大丈夫、大丈夫、大丈夫」
胸にそっと手を当て、何度も言い聞かせて静かな気合を入れる。
まだ住み始めて間もないアパートのドアを開けた。澄み切った朝の空気を胸いっぱいに吸い込みながら、どこまでも続くのどかな田舎道を一歩一歩踏みしめて歩く。
やわらかな春風が頬を優しくかすめ、新緑の青々とした匂いが鼻腔をくすぐった。道端には小さな野の花が咲き誇り、鳥たちのさえずりが遠くから心地よく響いてくる。
少し離れた先に工場が集まるエリアがあり、目指す建物が見えてきた。白地に黒字でロゴマークが描かれた大きな看板――玲瑠が今日から社会人としての第一歩を踏み出す、歴史ある工場だ。
そして、ここにはリヒトが務めている。
リヒトと出会う前までは、なにもかもに絶望して、人生を舐め腐って、生きている意味がないって思っていた、
でもリヒト先生からマステ絵を通して人生のアドバイスをもらい、明紀から生きる気力をもらった。
人生は叶わないことばかり。売れ残りのマスキングテープで描いたマステ絵も、佳作止まりで、配られたカードで戦うのはやっぱり限界がある。
でも、リヒトハ配られた貧弱なカードでも、戦いに挑戦する心意気を教えてくれ、実際に戦えるって教えてくれた。だから玲瑠は玲瑠という人生の中で配られたカードの中で目一杯努力をして、リヒト先生と同じ職場で働くという、ささやかな願いを叶えることができた。
リヒトと出会ってなかったら、叶うかもわからない、不確定な未来に向かって努力することなんて、一度もなかっただろう。でも、リヒト先生と出会ったからこそ、玲瑠でも努力することができた。
誰からも選ばれなかった玲瑠という柄を、ここまで強い柄にしてくれたのは、まぎれもなくリヒトだ。
こんな素敵な柄にしてくれた、リヒトのことは、やっぱりどうしよもなく大好きだ。
立派な大人になった玲瑠の戦いはこれからだ、今からリヒトにもう一度愛の告白をする。
引きこもりになり、人生をあきらめていた埠頭玲瑠という売れ残りの柄。
そして、うつ病になり、社会からはじき出されたリヒトという売れ残りの柄。
マステ絵みたいに、売れ残った柄同士、協力し、支え合い、ふたりでしか描けない未来がこれから描いていきたい。
世間が言う正解は掴めないかもしれない。
でも、売れ残った柄たちは、配られたカードの中で、目一杯の幸せを掴むために、明日からも冷たい社会を生き抜いていく。
インターネットのどこにも描かれていない、小さな幸せを手に入れるために。
涼しい春風が吹き抜け、やわらかな日差しが窓から差し込む爽やかな朝だ。
引っ越しの荷物も届き、家具も届き始めて部屋は生活感が溢れてきている。
数日過ごしたひとり暮らし。自炊や掃除や洗濯はひとりでやらなければいけない苦労もあっけど、その苦労を差し引いても敵が同じ空間にいないというだけで独り暮らしのほうが圧倒的に過ごしやすかった。
なにより、人生で一番ぐっすりと眠れた数日間を過ごし、エネルギーがみなぎって体が異様に軽い。
朝食のトースト二枚を食べ終え、全身鏡の前に立つ。
人生で初めて買ったブラジャー。それもスカイブルーの派手な色に、編み込が繊細なデザイン。ショーツと合わせて鏡に映る下着姿。独り暮らしを始めてからその姿を見るたびに、こんなにもかわいいのかと毎回驚く。
その上からインナーやスパッツを履き、今日から正社員として働くことになった工場のユニフォームとなる作業着を着こなしていく。
ダボつきや弛みがないようにベルトを締め、襟元をしっかりと正し、袖口のボタンまで留められているか、何度も全身鏡の前で指差し確認をする。
さらに、メイク講座の動画を何十回も視聴して、慣れない手つきで練習を重ねてきたメイクを施す。
チークの位置、リップのムラ、アイラインのズレ、ファンデーションの崩れや浮きがないか、至近距離で鏡を覗き込んで念入りにチェックする。
狭い玄関で安全靴の紐をぎゅっと力強く結び直し、使い古したトートバッグを持った。スマートフォンの電源を入れる。
「……」
プッシュ通知には「リヒト先生に告白する」っという、一年半前にカレンダーに書き込んだ予定が表示されていた。
昨日通知され、こんなことも書いたなっと懐かしさを覚え、まだ消していない。
指先でピットその通知を消す。
「よし……大丈夫、大丈夫、大丈夫」
胸にそっと手を当て、何度も言い聞かせて静かな気合を入れる。
まだ住み始めて間もないアパートのドアを開けた。澄み切った朝の空気を胸いっぱいに吸い込みながら、どこまでも続くのどかな田舎道を一歩一歩踏みしめて歩く。
やわらかな春風が頬を優しくかすめ、新緑の青々とした匂いが鼻腔をくすぐった。道端には小さな野の花が咲き誇り、鳥たちのさえずりが遠くから心地よく響いてくる。
少し離れた先に工場が集まるエリアがあり、目指す建物が見えてきた。白地に黒字でロゴマークが描かれた大きな看板――玲瑠が今日から社会人としての第一歩を踏み出す、歴史ある工場だ。
そして、ここにはリヒトが務めている。
リヒトと出会う前までは、なにもかもに絶望して、人生を舐め腐って、生きている意味がないって思っていた、
でもリヒト先生からマステ絵を通して人生のアドバイスをもらい、明紀から生きる気力をもらった。
人生は叶わないことばかり。売れ残りのマスキングテープで描いたマステ絵も、佳作止まりで、配られたカードで戦うのはやっぱり限界がある。
でも、リヒトハ配られた貧弱なカードでも、戦いに挑戦する心意気を教えてくれ、実際に戦えるって教えてくれた。だから玲瑠は玲瑠という人生の中で配られたカードの中で目一杯努力をして、リヒト先生と同じ職場で働くという、ささやかな願いを叶えることができた。
リヒトと出会ってなかったら、叶うかもわからない、不確定な未来に向かって努力することなんて、一度もなかっただろう。でも、リヒト先生と出会ったからこそ、玲瑠でも努力することができた。
誰からも選ばれなかった玲瑠という柄を、ここまで強い柄にしてくれたのは、まぎれもなくリヒトだ。
こんな素敵な柄にしてくれた、リヒトのことは、やっぱりどうしよもなく大好きだ。
立派な大人になった玲瑠の戦いはこれからだ、今からリヒトにもう一度愛の告白をする。
引きこもりになり、人生をあきらめていた埠頭玲瑠という売れ残りの柄。
そして、うつ病になり、社会からはじき出されたリヒトという売れ残りの柄。
マステ絵みたいに、売れ残った柄同士、協力し、支え合い、ふたりでしか描けない未来がこれから描いていきたい。
世間が言う正解は掴めないかもしれない。
でも、売れ残った柄たちは、配られたカードの中で、目一杯の幸せを掴むために、明日からも冷たい社会を生き抜いていく。
インターネットのどこにも描かれていない、小さな幸せを手に入れるために。
