土日を挟んで、月曜日。ちょっとずつよくなっているけど、まだ口の端は痛い。歯を磨く時と、みそ汁を飲むときが苦痛だ。
「ガキだなぁ、オマエたちって」
昼飯を食べたせいではがれた絆創膏をもらいに、オレは保健室を訪れる。いつも気だるげな保健医、比留間は呆れながらも傷の処置をした。
「うるせぇ」
「敬語を使いなさい、敬語を」
「だって、アイツが先に手出してきたんだぜ」
「はいはい、殴ってる時点でオマエも悪いからな」
手際よく貼られた絆創膏を撫でて、オレは校庭をなんとはなしに眺める。晴れた昼休み、高校生にもなって男子たちは泥まみれになって遊んでいた。
「どんなケンカか知らないけど、仲直りするんだぞ」
「仲直り?」
「え? しないの?」
比留間の言葉に、目からうろこがぼろぼろと落ちていく。そうだ、普通はケンカの後には仲直りをするものだ。それがすっかり抜け落ちていたのは、相手が碧唯だからだろうか。友だち以上に親しい相手なら、そうはならない。
「友だち、なのか……?」
「友だちじゃないヤツとケンカしたの!?」
直すほどの仲が、オレたちにはあるのだろうか。このまま屋上を訪れなければ、きっとこの縁は自然に切れる。その程度の仲。
考えこむオレを見かねた比留間は、指を立てた。まるで「ヒントをあげよう」と優位に立っているような表情だ。ムカつく。
「仲直りというと大それて聞こえるが、要はこれからもそいつとじゃれ合いたいと思うかどうかってことだ」
「じゃれ合うって……」
「本音で話して、ケンカして、でも謝る。それって『じゃれ合う』のと同義でしょ」
「絶対もっといい言い方がある」
はぁ、とため息をついて、オレは立ち上がる。
「あざした。放課後アイツに会います」
「あ、そう」
どこか楽しげに口の端を上げる比留間に、ちょっとだけイラっとしながら保健室を出る。
「じゃれ合うかはわかんないけど……放ってはおけないんで」
オレたちの理想は異なるけど、同じ空間で似たような悩みを抱いているのは本当だとわかったから。殴り合うんじゃなくて、話し合わなくちゃいけないと思ったのだった。
暮れなずむ空は、一秒ごとに景色を変えていく。シルエットになった街を見下ろしていると、屋上の扉がキィと音を立てて開いた。オレが碧唯を迎えるのは、そういえばはじめてだ。
「いい面してんじゃん」
頬にでかいガーゼを当てた碧唯が、ムスッとこちらをにらむ。
「……そのまんまお返しするよ」
「だな」
吹き出したオレの唇の端が、ピリッと痛んだ。
ともすると、碧唯はもう屋上を訪れないかもしれないと思っていた。だから、こうして変わらずに来てくれたことに、ちょっとだけ安心する。
ドカッと腰をかけた碧唯は、フェンスを背もたれに菓子パンをむさぼる。あんなことがあっても、碧唯は変わらずにバイトに行ったらしい。10%引きのメロンパンは、表面の砂糖が湿気で溶けてベトベトになっていた。
「……めちゃくちゃ心配された」
「だろーな」
ぽつりと、碧唯が口を開く。赤く腫れた頬はアザになり、あのあと紫色に変色したのだとか。傷を隠すための無駄にデカいガーゼは、施設の人が貼ったのだろう。
「オレも、比留間には呆れられた」
「……保健室の?」
「そう。ガキだな、って」
両親は、オレがケンカしたことも、怪我をしたことも知らない。この週末も、仕事だなんだとロクに顔も見ずに出かけて行ったから。
傾きはじめた太陽が、徐々に色づいていく。夕陽に照らされて熱い肌に、涼しい風がぶつかった。
「たぶん、すごく……焦ってくれてた」
「……言っただろ。ゼイタクだって」
なんだ、全然可哀想じゃないじゃん。うらやましさと、ちょっとの後悔がないまぜになって、発言を素直に撤回できはしないけれど。
碧唯はそんな複雑な気持ちに気づかないまま、あの日吐き捨てた「ゼイタク」という言葉を、うわごとのように拾い上げた。
「茜理の言いたいこと、ちょっとわかった。だけど」
暮れなずむ空を眺めていた目が、オレの方に向く。もう何度も見ているはずなのに、はじめて目が合ったような気がした。
(すげーきらきらしてる……)
こっちが恥ずかしくなるほど、真っすぐで純朴なヤツ。真面目な言葉に毒気を抜かれたまま、オレは呆然と視線を返す。
「だけど……それならなおさら、大人になりたい」
夕暮れの屋上で、たった数分話すだけの友だち。じゃれ合ってもいいと、かすかに思いはじめた友だち。なのに、足元に長く伸びた影は、上手に交わらなかった。
「ガキだなぁ、オマエたちって」
昼飯を食べたせいではがれた絆創膏をもらいに、オレは保健室を訪れる。いつも気だるげな保健医、比留間は呆れながらも傷の処置をした。
「うるせぇ」
「敬語を使いなさい、敬語を」
「だって、アイツが先に手出してきたんだぜ」
「はいはい、殴ってる時点でオマエも悪いからな」
手際よく貼られた絆創膏を撫でて、オレは校庭をなんとはなしに眺める。晴れた昼休み、高校生にもなって男子たちは泥まみれになって遊んでいた。
「どんなケンカか知らないけど、仲直りするんだぞ」
「仲直り?」
「え? しないの?」
比留間の言葉に、目からうろこがぼろぼろと落ちていく。そうだ、普通はケンカの後には仲直りをするものだ。それがすっかり抜け落ちていたのは、相手が碧唯だからだろうか。友だち以上に親しい相手なら、そうはならない。
「友だち、なのか……?」
「友だちじゃないヤツとケンカしたの!?」
直すほどの仲が、オレたちにはあるのだろうか。このまま屋上を訪れなければ、きっとこの縁は自然に切れる。その程度の仲。
考えこむオレを見かねた比留間は、指を立てた。まるで「ヒントをあげよう」と優位に立っているような表情だ。ムカつく。
「仲直りというと大それて聞こえるが、要はこれからもそいつとじゃれ合いたいと思うかどうかってことだ」
「じゃれ合うって……」
「本音で話して、ケンカして、でも謝る。それって『じゃれ合う』のと同義でしょ」
「絶対もっといい言い方がある」
はぁ、とため息をついて、オレは立ち上がる。
「あざした。放課後アイツに会います」
「あ、そう」
どこか楽しげに口の端を上げる比留間に、ちょっとだけイラっとしながら保健室を出る。
「じゃれ合うかはわかんないけど……放ってはおけないんで」
オレたちの理想は異なるけど、同じ空間で似たような悩みを抱いているのは本当だとわかったから。殴り合うんじゃなくて、話し合わなくちゃいけないと思ったのだった。
暮れなずむ空は、一秒ごとに景色を変えていく。シルエットになった街を見下ろしていると、屋上の扉がキィと音を立てて開いた。オレが碧唯を迎えるのは、そういえばはじめてだ。
「いい面してんじゃん」
頬にでかいガーゼを当てた碧唯が、ムスッとこちらをにらむ。
「……そのまんまお返しするよ」
「だな」
吹き出したオレの唇の端が、ピリッと痛んだ。
ともすると、碧唯はもう屋上を訪れないかもしれないと思っていた。だから、こうして変わらずに来てくれたことに、ちょっとだけ安心する。
ドカッと腰をかけた碧唯は、フェンスを背もたれに菓子パンをむさぼる。あんなことがあっても、碧唯は変わらずにバイトに行ったらしい。10%引きのメロンパンは、表面の砂糖が湿気で溶けてベトベトになっていた。
「……めちゃくちゃ心配された」
「だろーな」
ぽつりと、碧唯が口を開く。赤く腫れた頬はアザになり、あのあと紫色に変色したのだとか。傷を隠すための無駄にデカいガーゼは、施設の人が貼ったのだろう。
「オレも、比留間には呆れられた」
「……保健室の?」
「そう。ガキだな、って」
両親は、オレがケンカしたことも、怪我をしたことも知らない。この週末も、仕事だなんだとロクに顔も見ずに出かけて行ったから。
傾きはじめた太陽が、徐々に色づいていく。夕陽に照らされて熱い肌に、涼しい風がぶつかった。
「たぶん、すごく……焦ってくれてた」
「……言っただろ。ゼイタクだって」
なんだ、全然可哀想じゃないじゃん。うらやましさと、ちょっとの後悔がないまぜになって、発言を素直に撤回できはしないけれど。
碧唯はそんな複雑な気持ちに気づかないまま、あの日吐き捨てた「ゼイタク」という言葉を、うわごとのように拾い上げた。
「茜理の言いたいこと、ちょっとわかった。だけど」
暮れなずむ空を眺めていた目が、オレの方に向く。もう何度も見ているはずなのに、はじめて目が合ったような気がした。
(すげーきらきらしてる……)
こっちが恥ずかしくなるほど、真っすぐで純朴なヤツ。真面目な言葉に毒気を抜かれたまま、オレは呆然と視線を返す。
「だけど……それならなおさら、大人になりたい」
夕暮れの屋上で、たった数分話すだけの友だち。じゃれ合ってもいいと、かすかに思いはじめた友だち。なのに、足元に長く伸びた影は、上手に交わらなかった。
