誰そ彼エスケープ

「てわけで、第一稿だ!」
 オレは大きな模造紙を、オレンジ色に染まる地面へ広げる。シャーペンで書いただけの裸の文字が、行儀よく並んでいる。なにせ、まだ第一稿だからな。

 数日空けて訪れた屋上には、予想した通り碧唯の姿があった。おそらく雨とか雪が降らない限り、毎日屋上を訪れているのだろう。待ち合わせなくとも会えるのは、なんだか特別感がある。
 口をつけていた割引パンを遠ざけて、碧唯は広めたばかりの模造紙を言葉少なに覗き込む。
「へぇ……数字の6がテーマなんだ」
 そうとも。オレは鼻高々に腕を組んでみせる。
「6っておもしれー数字なんだぜ」
 思えば、数字の「6」は、あちらこちらに根づいた数字だ。昆虫の足は6本だし、角度も時間も6の倍数。一方で不吉な数字と言われ、また一方では完全数とも言われる。
 今回の展示では、その「おもしれー」要素を詰め込んでやろうと思ったのだ。既に過去のオレが用意しておいてくれたネタのタネを、パンパンに。
「確かにおもしれーかもだけど……」
「『だけど』?」
 シャーペンの字を律儀に目で追っていた碧唯が、顔を上げる。
「情報量多すぎて、頭に入ってこない」
 ムッ。碧唯の感想に、おれは思わず眉を顰める。見る目がないな。情報を多くすれば、それだけ見ごたえのある展示になるというものだ。
 胸を張って熱弁するも、碧唯の視線は冷ややかなまま。
「見づらい。読もうと思わない」
 直球に吐き出される感想に、忖度はひとつもない。そのうちに、ちょっとずつ不安になってく。え、本当に見づらいのか?
 足元が、ボロボロと崩れていく。視認性には、自信があった。こだわっていたのに。だけど、言われてみれば……小さな文字が敷き詰められていて、大きく書いた主題以外は見えづらいのかもしれない。多少は。
 
「というか、茜理はなにを伝えたいの?」
 模造紙から体を離して、碧唯は再びパンに口をつける。
「なにって……オレのほうが本気だぞ、って」
「それを伝えたいなら、まぁいいんじゃない」
 諦めたような口調に、ちょっとだけカチンときた。なんだよ、大人ぶって。
「でも、オマエを知らない人がこれを見るんだろ? それって伝える意味ある?」
 碧唯の言葉が、ぐさりと刺さる。正論だった。
 

 6時のチャイムが鳴る。碧唯が去った屋上で、模造紙がオレンジ色の光に照らされる。
「オレの伝えたいこと……」
 そもそも、オレの発表を心待ちにする人間などいない。うぬぼれることすらできないほど、マジで見向きされない。
 
 なにも知らなかった1年の文化祭。そのときのオレは、もっと無邪気に楽しんでいたはずだ。入部してはじめての活動ということもあって、展示を作り上げる過程そのものが新鮮で面白かった。
 結局、科学部の展示を見に訪れたのは、部員の家族や友だちだけだったけど。つまり、特別仲のいい友達も、行事に来てくれるような家族もいないオレの展示は、見られないままだった。
 それが悔しくて、一矢報いてやりたくて、部長を目指しはじめたんだっけ。部長の展示となれば、胸を張って友達にも――両親にも自慢できるだろうし。
 
 なのに、部長に選ばれなかった。オレの考えうる限り、唯一の打開策が、あっけなく頓挫した。
「部長じゃねーなら、見てもらえねーじゃん」
 この部に、オレみたいなやつがいるんだぞって。こんだけ熱心に取り組んでるんだぞって。……楽しんでるぞ、って。本当は、それを誰かに知ってほしかった。
 だけど、碧唯に言わせれば、『それって伝える意味ある?』と思われてしまうらしい。碧唯が去って冷静になった頭が、遅ればせながらその意見に同意している。
(こんなんじゃ部長になれなかった腹いせに、展示を使ってるだけだ)
 碧唯はきっと、それを見抜いていた。猪突猛進で単細胞なオレの行動が、わかりやすいからなのかもしれないけれど。
「もっと、あるはずだろ……オレにしかできない、オレだけの展示」
 暗くなりゆく景色のなか、オレは這いつくばって、消しゴムを動かす。シャーペンの軌跡と一緒に、浮ついた迷いも消えればいいのに。そんなことを考えていた。