誰そ彼エスケープ

「六曜(ろくよう)って知ってる?」
 飽きずに、オレはまた放課後の屋上にやって来る。こうしてオカルトの本を開いているのは、一応部活動をしているという建前のためだった。
「ほら、大安とか、仏滅とか……カレンダーに書いてあるだろ」
「あぁ、あるね」
 碧唯も飽きずに屋上へやってくる。待ち合わせもしていないのに、こうやって当然のように受け入れてくれるということは、少なからず悪い印象は持たれてないのかな、なんて邪推。
 無難な返答をしながら、菓子パンの袋をがさがさと開けている。
「それがさ……あれって、信ぴょう性ないらしい」
 科学部。活動内容、都市伝説やオカルトの類をかき集めること。無駄に詳しくなった知識を話題に、オレたちは屋上での時間を過ごす。
「でも信ぴょう性ないくせに、けっこう日本人って信じてるだろ?」
「結婚とか、宝くじとかね」
 大安には、芸能人が結婚を発表したことが話題になるし、宝くじ売り場も長蛇の列になる。碧唯にも思い当たる光景があるのだろう、賢さのにじむ相づちが心地いい。
「信ぴょう性ないのにみんな当然のように信じてるのって……なんかブキミじゃねぇ?」
 たしかになぁ。碧唯が、興味なさげに空へ視線を向ける。
「で……それがどうしたの?」
「ん? あー、文化祭の発表に使えないかなって、いろいろ調べてるだけ」
 10パーセント割引の牛乳をちゅーっと吸いながら、相変わらず興味のなさそうな碧唯は「ふぅん」と空返事をした。
 
 そう。今月、我が校でも文化祭が行われる。クラスや部活、委員会が出し物や展示を行う祭りで、フィナーレにはキャンプファイヤーまで実施されるのだ。
 弱小とはいえ、一応部活動に分類される科学部も、例年展示を行っていた。展示する内容は個人の裁量に委ねられるが、模造紙1枚分にまとめた内容を貼り出すのが通例だ。
「そういえば、定時も文化祭でなにかするのか?」
 全日制に通っているだけだと、定時制のヤツと話す機会もない。興味本位で尋ねると、碧唯はやっぱり興味無さそうに答える。
「全クラス合同でなにかの屋台やるんだって」
「なにかって……」
 ひどく他人事な言い方だが、それも仕方ないのかもしれない。なにせ碧唯は、バイトに学業に忙しそうだから。きっと積極的に手伝いを引き受けることもしないのだろう。
「じゃあ、文化祭には来ないのか?」
「うん、休日だし。バイト」
 それは残念。素直にそう思ったけど、まぁ口出しはできない。それが碧唯の選択なのだから。
 
 てかさ。飲み干した牛乳パックを潰して、碧唯が口を開く。
「部長じゃないのに、よくやるね」
「は!?」
 藪から棒に……というか、蛇が飛び出るような発言に、オレはキレるタイミングすら見失った。敏感になった逆鱗に触れる言葉を、よくためらいもなく吐き出せるな?
 当の碧唯は、きょとんと首を傾げている。
(まぁ……本当にそのとおりなんだけどさ)
 出かかったこぶしを押しとどめることができたのは、自分だって同じことを思っているからだ。
 
 目指してた部長に選ばれず、副部長の座に座らされて……状況だけ見れば、ふてくされてもおかしくない。
 だけどオレはむしろ、躍起になっていた。不満を露わにして、周りの気を引こうだなんて、高校2年のオレが選ぶにはあまりに幼いやり方だし。……まぁ、あの日は感情に身を任せて部室を飛び出したわけだけど。
(ガキっぽい~とか、だから部長じゃないんだ~とか思われる方が、腹が立つからな)
 だから、その現状を逆手にとってやろうと決めていた。
「完璧な展示して、オレを部長に選ばなかったこと……アイツらに悔しがらせてやるんだ」
「うわー……」
 資料を握る手に力を込めるオレを見て、碧唯は完全にドン引いていた。うるせー。不器用で上等。こうすることでしか、オレはオレを肯定できないんだ。
 
「そういう動機でも、楽しいんならいいんじゃない」
 荷物をまとめた碧唯は、ひらひらと手を振って立ち上がる。
「楽しい……?」
「部活に熱心に取り組むのって、おれには想像でしかないんだけど……楽しいんでしょ?」
 碧唯の出ていった屋上の扉が閉まると、ちょうど6時のチャイムが鳴る。
 取り残されたオレの手のひらが、オレンジ色の中で異様に白い。オレは、いつから部活を「楽しい」と思わなくなってしまったんだっけ。
「楽しくないなら……辞めても、いいのか」
 部活に所属するのが自由なら、退部するのだって自由なはずだ。部長に選ばれなかったのだから、オレがもう科学部で頑張る理由もない──。
 思考に暗雲が立ち込めた時、吹きつける風が手元のノートのページをめくった。
 
【6は完全数! 完全数とは?】

 あぁ、そんなことを調べてた時もあったな。なんとはなしに、ノートを読み返す。濃い筆圧でびっしり書かれたページは、大袈裟な音を立ててめくれる。それは辺りの静けさを際立たせて、オレの気持ちが落ち着いていく。
「……やってやろーじゃん」
 オレを選ばなかったアイツらに、一泡吹かせてやる。ついでに、『部長じゃないのに、よくやるね』と言い放ちやがった碧唯にも。
 やる気に火がついたオレは、小難しいことをすべて放り投げてノートを何度も読み返す。部長候補だった優秀なオレの展示のネタは、もうここにめいっぱい詰め込んである!