この頃は、とんと日が短くなった。毎日決まって夕空を眺めていると、季節の移り変わりを強く感じる。
──茜理と突然別れてから、10日が経つ。
なにが起こったのかはわからない。あの日は、しばらく茜理が屋上を訪れなくて妙に心許なかった。待ち合わせをしているわけじゃないから、茜理は悪くない。だけど、1日ぶりに来た茜理は、どこか後ろめたそうにしていたから……おれはガキっぽくも、へそを曲げてしまったのだ。
そんなおれでも、茜理は諦めないでくれた。声をかけ続けてくれるのに甘えて、おれはろくに取り合おうともしなかった。
(素直になれなかった罰、かも)
夕陽に染まる赤い手を眺めていると、繋いだ手の温もりがまざまざと思い返される。相変わらず突拍子もない行動だったけど、別に不快ではなかった。頼もしい手に導かれた体は、希望に満ちあふれていた。一体どこへ行くのだろう。あの夜の逃避行みたいに、どこへ連れて行ってくれるのだろう。おれはいつしか、前を走る茜理に甘えられるようになっていたのだと気づいた。
茜理に対する感情が揺らぎはじめたのは、やっぱりあの文化祭の夜からだ。まどろむおれの頬に触れた柔らかい指先。直接言えなかった「ごめん」の言葉は、茜理に先を越されてしまった。だけど、そのおかげでわかったことがある。
(同じ気持ちだったんだよな、おれたち)
ケンカして、謝る。あたりまえのことだけど、うやむやにすることもできた。それでもずっと、お互いに心のどこかで後ろめたく思っていたのだと、知ったのだ。
「やっぱ、妙に潔いんだよなーアイツ」
あの時から、おれは茜理にだけは寄りかかれるようになった。イライラしても、ヤキモキしても、茜理が相手なら、隠さなくていいと思えたんだ。
茜理が手を引いてくれて、おれの中で確たる感情になった。時間があれば、伝えたかったのに……1歩早く屋上から飛び出た茜理の背中は、影に溶けていってしまったかのように忽然と消えた。
その後、柄にもなく必死で校舎中を探した。全日制のクラスは、もう消灯されていて真っ暗だったし、科学部では「そんな部員は在籍していない」と困惑されてしまった。
先生に聞こうと思ったが……やめた。真面目に取り合ってもらえると、どうしても信用できなかったから。
「幻だったのかなぁ」
なんてガキっぽい考察をしてみる。心の寂しさが見せた、想像上の友達。それが有明茜理だったりして。
(……そんなわけないって、信じたいよ)
あの力強い手を、温度を、幻だなんてひとことで片づけるなんてできない。星の散りばめられた強いまなざしに、救われてしまったんだ。
茜理が屋上に通った1か月。茜理が来ない日なんて、よくあることだったはずなのに。だけど、おれの気持ちひとつで、妙に屋上は広くて、空は冷たかった。
「また、来いよ。バカ茜理」
子どもみたいにむくれて、拗ねた顔で別れてしまったのは後悔だな。そんなことを思ううちに、6時のチャイムが鳴った。
「おー、星見」
相変わらず薄暗い校舎で、比留間先生がのびやかに笑う。
「……こんばんは」
「なんだ、元気ないな」
やっぱりこの先生は、生徒のことをよく観察しているらしい。いつかの治りかけの傷も、比留間先生は目ざとく見つけてきた。
「……はい、ちょっと、いろいろあって」
「ケンカか~?」
比留間がおどけて言う。おれは、上手に返事ができなかった。
(ケンカだったなら、どれだけいいか……)
理由もわからないまま離別して、おれはずっと心許ないのだ。不安でいっぱいなのだ。もう、茜理に会えないことが怖いのだ。
「……そういえば、聞いたぞ。朝帰りしたんだってな」
ぎくり。体が強張る。常に保健室にいる比留間先生には、伝わっていないものだと思っていた。
比留間先生は、くく、と笑いをこらえている。不快だ。
「……なんですか」
「いやね、この長い教員人生で2回目なんだよ。朝帰り事件」
「はぁ……」
比留間先生が「気になる?」と言いたげに、眉をあげて笑う。いつのことだか、だれのことだか質問してほしいのだろう。人は年をとるごとに、どうして話したがるようになってしまうのだろう。比留間先生の策にハマるまいと、おれは話を逸らす。
「文化祭の夜なら、生徒も先生もキャンプファイヤーに気を取られてるので、屋上にまで来ないんですよ」
「よくそんな悪知恵が働くよなぁ」
「……首謀者に言ってください」
「は!? だれか一緒だったの!?」
やべ、墓穴を掘った。友人を売りたくないなぁ、と言葉を選んでいるうちに、本鈴が鳴る。
「あ、授業遅れちゃうので。また」
おれはそそくさと比留間先生の傍を離れたのだった。
──茜理と突然別れてから、10日が経つ。
なにが起こったのかはわからない。あの日は、しばらく茜理が屋上を訪れなくて妙に心許なかった。待ち合わせをしているわけじゃないから、茜理は悪くない。だけど、1日ぶりに来た茜理は、どこか後ろめたそうにしていたから……おれはガキっぽくも、へそを曲げてしまったのだ。
そんなおれでも、茜理は諦めないでくれた。声をかけ続けてくれるのに甘えて、おれはろくに取り合おうともしなかった。
(素直になれなかった罰、かも)
夕陽に染まる赤い手を眺めていると、繋いだ手の温もりがまざまざと思い返される。相変わらず突拍子もない行動だったけど、別に不快ではなかった。頼もしい手に導かれた体は、希望に満ちあふれていた。一体どこへ行くのだろう。あの夜の逃避行みたいに、どこへ連れて行ってくれるのだろう。おれはいつしか、前を走る茜理に甘えられるようになっていたのだと気づいた。
茜理に対する感情が揺らぎはじめたのは、やっぱりあの文化祭の夜からだ。まどろむおれの頬に触れた柔らかい指先。直接言えなかった「ごめん」の言葉は、茜理に先を越されてしまった。だけど、そのおかげでわかったことがある。
(同じ気持ちだったんだよな、おれたち)
ケンカして、謝る。あたりまえのことだけど、うやむやにすることもできた。それでもずっと、お互いに心のどこかで後ろめたく思っていたのだと、知ったのだ。
「やっぱ、妙に潔いんだよなーアイツ」
あの時から、おれは茜理にだけは寄りかかれるようになった。イライラしても、ヤキモキしても、茜理が相手なら、隠さなくていいと思えたんだ。
茜理が手を引いてくれて、おれの中で確たる感情になった。時間があれば、伝えたかったのに……1歩早く屋上から飛び出た茜理の背中は、影に溶けていってしまったかのように忽然と消えた。
その後、柄にもなく必死で校舎中を探した。全日制のクラスは、もう消灯されていて真っ暗だったし、科学部では「そんな部員は在籍していない」と困惑されてしまった。
先生に聞こうと思ったが……やめた。真面目に取り合ってもらえると、どうしても信用できなかったから。
「幻だったのかなぁ」
なんてガキっぽい考察をしてみる。心の寂しさが見せた、想像上の友達。それが有明茜理だったりして。
(……そんなわけないって、信じたいよ)
あの力強い手を、温度を、幻だなんてひとことで片づけるなんてできない。星の散りばめられた強いまなざしに、救われてしまったんだ。
茜理が屋上に通った1か月。茜理が来ない日なんて、よくあることだったはずなのに。だけど、おれの気持ちひとつで、妙に屋上は広くて、空は冷たかった。
「また、来いよ。バカ茜理」
子どもみたいにむくれて、拗ねた顔で別れてしまったのは後悔だな。そんなことを思ううちに、6時のチャイムが鳴った。
「おー、星見」
相変わらず薄暗い校舎で、比留間先生がのびやかに笑う。
「……こんばんは」
「なんだ、元気ないな」
やっぱりこの先生は、生徒のことをよく観察しているらしい。いつかの治りかけの傷も、比留間先生は目ざとく見つけてきた。
「……はい、ちょっと、いろいろあって」
「ケンカか~?」
比留間がおどけて言う。おれは、上手に返事ができなかった。
(ケンカだったなら、どれだけいいか……)
理由もわからないまま離別して、おれはずっと心許ないのだ。不安でいっぱいなのだ。もう、茜理に会えないことが怖いのだ。
「……そういえば、聞いたぞ。朝帰りしたんだってな」
ぎくり。体が強張る。常に保健室にいる比留間先生には、伝わっていないものだと思っていた。
比留間先生は、くく、と笑いをこらえている。不快だ。
「……なんですか」
「いやね、この長い教員人生で2回目なんだよ。朝帰り事件」
「はぁ……」
比留間先生が「気になる?」と言いたげに、眉をあげて笑う。いつのことだか、だれのことだか質問してほしいのだろう。人は年をとるごとに、どうして話したがるようになってしまうのだろう。比留間先生の策にハマるまいと、おれは話を逸らす。
「文化祭の夜なら、生徒も先生もキャンプファイヤーに気を取られてるので、屋上にまで来ないんですよ」
「よくそんな悪知恵が働くよなぁ」
「……首謀者に言ってください」
「は!? だれか一緒だったの!?」
やべ、墓穴を掘った。友人を売りたくないなぁ、と言葉を選んでいるうちに、本鈴が鳴る。
「あ、授業遅れちゃうので。また」
おれはそそくさと比留間先生の傍を離れたのだった。
