屋上から見渡す景色にも、すっかり慣れた。日を増すごとに、日が暮れるのが早まっている。暮れなずむ街は、ここに初めて来た日よりも色濃く建物の陰に隠されていた。
文化祭が終わると、校内にはだらけたムードが蔓延る。それは部活でも同じことで、燃え尽きた部員たちはだらだらと駄弁って、活動時間の大半を過ごしている。
それならば、屋上でだらけていても変わらないだろう。そう決意して、オレはやっぱり屋上へやってきた。今まで張り切りすぎていたんだ、少しサボったってかまわないだろ。
サボりのお供に持ってきた都市伝説の本を読んでいると、碧唯がやって来る。
「おーおつかれ」
小さく手をあげて、碧唯は無表情にやって来る。
「バイト……卒業するまで辞めることにした」
フェンスにもたれたオレの隣に座るなり、碧唯は突然そう言った。
「え!? な、なにがあった!?」
驚くオレとは対照的に、碧唯はやっぱり表情を変えない。
別に、と言いながら、やっと弁当箱を取り出す。今日の飯は、たまごサンドだ。
「今まで貯めた金あるし……まぁ、あと1年ちょっとくらいどうにかなるかなって」
「そもそも、将来のために貯めてたんだよな?」
あぐらをかき直して、身を乗り出す。文化祭にすら参加しないで頑張ってたバイトを辞めるということは、よっぽど心境に変化があったのか。
「元はそうだけど……でも、どうせ働くんなら、今稼ぐ必要ってないかもなって」
そっか。空返事だった。高校の費用だって施設の大人が払うだろうし、返そうとしなくていいのだと思う。この先の進路でも、それはたぶん同じなのに。
(やっぱり、大学とは専門には行かない、ってことだよな)
碧唯の賢さは、話しているだけでもよくわかる。やりたいことがなくとも、碧唯なら大学や専門の授業を存分に楽しめそうだと思う。その進路を選ばないのは、やっぱり早く自立したいという気持ちの表れなのだろうか。大学とか専門とか行けばいいのに……。そんなことを考えるオレとはうらはらに、なんだか碧唯はすっきりとした表情をしている。だから、オレはそれ以上のことは言えなかった。
「やりたいことができたんだよ」
隣に座る碧唯が、はぁ、とため息をつく。
「え? それって……」
なに? と尋ねようとしたオレに、碧唯がぐいと身を寄せる。
「オマエのせいだから、茜理」
「はぁ? なにが……」
近い。急な接近に、みぞおちがひゅっと詰まる心地がする。びっくりして動けないオレの耳もとで、碧唯が内緒話をする。
「だから……一緒に」
甘い声が、鼓膜を揺らした。その声はかすれていて、小さくて、あまりにも心許ない。だけど、はっきりと耳に届く。
「――――……」
それだけ言うと、碧唯は拗ねたように体を離して顔を背ける。オレはただ、柔らかそうな黒い髪の毛を眺めて、脈打つ心臓を落ち着かせることしかできない。
(び……っくりした)
不覚にも、紅潮してしまった。碧唯の顔も赤く染まっているように見えるのは、夕景のせいだろうか。
「あー……わ、わかったよ、わかった」
ごまかさなきゃ。あの夜から訪れた心身の変化を、碧唯に悟られないように。オレはいたっていつも通りを装って、頭をがしがしと掻いた。
「約束、しろよ」
「お、う……約束」
ぎこちなく差し出された小指に、ぎこちなく小指を差し出す。絡んだ指と指を、ふっと切る。子どもじみた約束が、夜の影に落ちた。
文化祭が終わると、校内にはだらけたムードが蔓延る。それは部活でも同じことで、燃え尽きた部員たちはだらだらと駄弁って、活動時間の大半を過ごしている。
それならば、屋上でだらけていても変わらないだろう。そう決意して、オレはやっぱり屋上へやってきた。今まで張り切りすぎていたんだ、少しサボったってかまわないだろ。
サボりのお供に持ってきた都市伝説の本を読んでいると、碧唯がやって来る。
「おーおつかれ」
小さく手をあげて、碧唯は無表情にやって来る。
「バイト……卒業するまで辞めることにした」
フェンスにもたれたオレの隣に座るなり、碧唯は突然そう言った。
「え!? な、なにがあった!?」
驚くオレとは対照的に、碧唯はやっぱり表情を変えない。
別に、と言いながら、やっと弁当箱を取り出す。今日の飯は、たまごサンドだ。
「今まで貯めた金あるし……まぁ、あと1年ちょっとくらいどうにかなるかなって」
「そもそも、将来のために貯めてたんだよな?」
あぐらをかき直して、身を乗り出す。文化祭にすら参加しないで頑張ってたバイトを辞めるということは、よっぽど心境に変化があったのか。
「元はそうだけど……でも、どうせ働くんなら、今稼ぐ必要ってないかもなって」
そっか。空返事だった。高校の費用だって施設の大人が払うだろうし、返そうとしなくていいのだと思う。この先の進路でも、それはたぶん同じなのに。
(やっぱり、大学とは専門には行かない、ってことだよな)
碧唯の賢さは、話しているだけでもよくわかる。やりたいことがなくとも、碧唯なら大学や専門の授業を存分に楽しめそうだと思う。その進路を選ばないのは、やっぱり早く自立したいという気持ちの表れなのだろうか。大学とか専門とか行けばいいのに……。そんなことを考えるオレとはうらはらに、なんだか碧唯はすっきりとした表情をしている。だから、オレはそれ以上のことは言えなかった。
「やりたいことができたんだよ」
隣に座る碧唯が、はぁ、とため息をつく。
「え? それって……」
なに? と尋ねようとしたオレに、碧唯がぐいと身を寄せる。
「オマエのせいだから、茜理」
「はぁ? なにが……」
近い。急な接近に、みぞおちがひゅっと詰まる心地がする。びっくりして動けないオレの耳もとで、碧唯が内緒話をする。
「だから……一緒に」
甘い声が、鼓膜を揺らした。その声はかすれていて、小さくて、あまりにも心許ない。だけど、はっきりと耳に届く。
「――――……」
それだけ言うと、碧唯は拗ねたように体を離して顔を背ける。オレはただ、柔らかそうな黒い髪の毛を眺めて、脈打つ心臓を落ち着かせることしかできない。
(び……っくりした)
不覚にも、紅潮してしまった。碧唯の顔も赤く染まっているように見えるのは、夕景のせいだろうか。
「あー……わ、わかったよ、わかった」
ごまかさなきゃ。あの夜から訪れた心身の変化を、碧唯に悟られないように。オレはいたっていつも通りを装って、頭をがしがしと掻いた。
「約束、しろよ」
「お、う……約束」
ぎこちなく差し出された小指に、ぎこちなく小指を差し出す。絡んだ指と指を、ふっと切る。子どもじみた約束が、夜の影に落ちた。
