「選ばれなかった、選ばれなかった……!」
有明茜理、17歳。高校2年生。こみ上げる涙をようやく堪えて、オレは一心不乱に逃げていた。上履きの奏でるパタパタという音は安っぽくて、悔しさに拍車をかける。
部員6名の、弱小科学部。科学とは名ばかりで、実際の活動内容はオカルトの研究。高2の生徒は、オレと佐山のふたりだけだ。となると、次期部長は、自動的に50パーセントの確率ということになる。それがわかっていたから、オレは1年の頃からめっちゃ頑張った。部長になれるように信頼を勝ち得ようと、明るく、社交的に、勤勉に。それなのに――選ばれなかった!
頼りない部長の、下がりきったなで肩を思い出す。
「一応ね、ほら……部活の建前って必要でしょ? だからこれはその……決して優劣、ということではなくてぇ……」
額に浮かぶ玉みたいな汗をオジサンみたいに拭き取りながら告げられたのは、佐山を部長に任命するという宣言だった。
当然、オレは部長に詰め寄った。胸ぐらをつかむ勢いってやつだ。本当にやるとマズイから、もちろん「勢い」というだけ。それでも、部長はヒィと声をあげた。
「ほ、ほら佐山さんは……愛嬌もあるし、ね! ね!」
「オレだって、社交性は負けてないと思うッスけど!」
「それにほら、お、女の子だし」
科学部という名の、オカルト研究集団。男子5対、女子1の弱小部である。その長が女子なら……来年の部員は増えるよな、そうだよな。
なよなよとした言葉のくせに、部長の言葉はオレの心を鋭く刺した。オレは、性別に――たったそれだけのことに、負けたのだ。たったそれだけと評してしまえるものが、オレには足りなかったというのか。
活動を放棄して、オレは屋上へ向かっていた。放課後に好き好んで屋上にたむろする連中もいない。ひとりで吠えてやるつもりだった。
――ガシャン。
ぶっきらぼうに開け放した扉の先に、夕景が広がる。沈みかけの太陽は、空を、街を、オレを、オレンジ色に染め上げた。
「……誰?」
眩しさに慣れる間もなく、何者かの声が届く。「誰?」はまったく、こちらの台詞だ。
探るように注視する。じっと見つめてみれば、オレンジの景色のなかに、黒いシルエットが浮かんでいる。
「?」
そこにいた先客は、牛乳パンをむさぼりながら、オレが世界に侵入するのを迎え入れたのだった。
「なんで放課後にこんなところでパン食ってんデスカ」
男はもくもくと牛乳パンを食べ、次いで焼きそばパンを取り出した。
真っ黒でつやつやな髪は長くて、眉毛と耳をすっかり隠している。無駄に白い肌に、くっきりとした目元はクールだ。
「しょっぱいのが先だろ、普通……」
「そうなの?」
感情のない表情でパッケージを見つめたあと、気を取り直したように袋を破く。20円引きのシールが、なんとも侘しい。
でも見た目はいいから、割引の飯を食べたとしてもモテるんだろうな……。自分の短い栗色の前髪を、指でつまんで伸ばしてみる。オレももう少し伸ばせば、モテるだろうか。
「これから授業だから、晩メシ」
時間差で、律儀にオレの質問に答えてくれたらしい。パッと出のオレとも会話を続けてくれるのか、とオレはちょっと無頓着だと思っていた男を見直した。
「これから……って、塾?」
「ううん。定時」
あぁ、ようやく合点がいった。この学校には、夕方から授業のはじまる定時制のクラスがある。この男は、そこの生徒らしい。
定時制は、制服も違うのか。首元の堅苦しい詰襟を思い出して、オレは訳もなく首を鳴らした。
「そういうオマエは? なんで放課後にこんなところへ来たんデスカ」
オレの口調を真似しやがったな、コイツ。
「……部活、抜けてきた」
「ふぅん。何部?」
「科学部」
焼きそばパンの軟弱なソフト麺を嚙み千切るその横顔に、オレへの興味はほとんどない。どうせオレなんか、誰にも見向きされないですよー。
そうやって不貞腐れていると、すぐに先ほどの出来事を思い出して、膝から力が抜ける。なんだか……放心してしまった。
屋上のフェンスに寄っかかり、空を眺める。サーモンピンクの空に、うろこ雲が広がっている。こうやって空を眺めるのは、いつぶりだったか。
「どんだけキレても……もう決まってんだもんなぁ」
なにも考えずに出てしまった不満に、男は首を傾げる。
「なにが?」
あぁ、言わなくてもよかったな。説明するのも億劫で、オレは空を見上げたまま目をつむる。
「部長」
「部長?」
不可解だと言わんばかりに、反復される声。そうだよ、部長だよ。
「オレは副部長。これ、決定事項」
「部長になりたかったの?」
「そう。確率は二分の一だったってのに。ったく、ツイてねーよ」
返事の代わりに、男は食べ終わった焼きそばパンの袋をがさがさと握りしめる。
「じゃ、おれ行くから」
6時を告げるチャイムが、タイミングよく響いた。それを合図に、アイツは去っていった。オレと夕陽を置いていったというのに、振り返ることすらしなかった。憐れむでも、諫めるでもなく、ただアイツは、パンを食うという自分の目的を終えて……去ったのだ。
完全なる置いてけぼり。だけど……不思議と虚しくはなかった。
「ツイてねー……」
そう言いながらも、感じていた悔しさの20円分くらいは、ちゃっかり値下がっていたのだった。
有明茜理、17歳。高校2年生。こみ上げる涙をようやく堪えて、オレは一心不乱に逃げていた。上履きの奏でるパタパタという音は安っぽくて、悔しさに拍車をかける。
部員6名の、弱小科学部。科学とは名ばかりで、実際の活動内容はオカルトの研究。高2の生徒は、オレと佐山のふたりだけだ。となると、次期部長は、自動的に50パーセントの確率ということになる。それがわかっていたから、オレは1年の頃からめっちゃ頑張った。部長になれるように信頼を勝ち得ようと、明るく、社交的に、勤勉に。それなのに――選ばれなかった!
頼りない部長の、下がりきったなで肩を思い出す。
「一応ね、ほら……部活の建前って必要でしょ? だからこれはその……決して優劣、ということではなくてぇ……」
額に浮かぶ玉みたいな汗をオジサンみたいに拭き取りながら告げられたのは、佐山を部長に任命するという宣言だった。
当然、オレは部長に詰め寄った。胸ぐらをつかむ勢いってやつだ。本当にやるとマズイから、もちろん「勢い」というだけ。それでも、部長はヒィと声をあげた。
「ほ、ほら佐山さんは……愛嬌もあるし、ね! ね!」
「オレだって、社交性は負けてないと思うッスけど!」
「それにほら、お、女の子だし」
科学部という名の、オカルト研究集団。男子5対、女子1の弱小部である。その長が女子なら……来年の部員は増えるよな、そうだよな。
なよなよとした言葉のくせに、部長の言葉はオレの心を鋭く刺した。オレは、性別に――たったそれだけのことに、負けたのだ。たったそれだけと評してしまえるものが、オレには足りなかったというのか。
活動を放棄して、オレは屋上へ向かっていた。放課後に好き好んで屋上にたむろする連中もいない。ひとりで吠えてやるつもりだった。
――ガシャン。
ぶっきらぼうに開け放した扉の先に、夕景が広がる。沈みかけの太陽は、空を、街を、オレを、オレンジ色に染め上げた。
「……誰?」
眩しさに慣れる間もなく、何者かの声が届く。「誰?」はまったく、こちらの台詞だ。
探るように注視する。じっと見つめてみれば、オレンジの景色のなかに、黒いシルエットが浮かんでいる。
「?」
そこにいた先客は、牛乳パンをむさぼりながら、オレが世界に侵入するのを迎え入れたのだった。
「なんで放課後にこんなところでパン食ってんデスカ」
男はもくもくと牛乳パンを食べ、次いで焼きそばパンを取り出した。
真っ黒でつやつやな髪は長くて、眉毛と耳をすっかり隠している。無駄に白い肌に、くっきりとした目元はクールだ。
「しょっぱいのが先だろ、普通……」
「そうなの?」
感情のない表情でパッケージを見つめたあと、気を取り直したように袋を破く。20円引きのシールが、なんとも侘しい。
でも見た目はいいから、割引の飯を食べたとしてもモテるんだろうな……。自分の短い栗色の前髪を、指でつまんで伸ばしてみる。オレももう少し伸ばせば、モテるだろうか。
「これから授業だから、晩メシ」
時間差で、律儀にオレの質問に答えてくれたらしい。パッと出のオレとも会話を続けてくれるのか、とオレはちょっと無頓着だと思っていた男を見直した。
「これから……って、塾?」
「ううん。定時」
あぁ、ようやく合点がいった。この学校には、夕方から授業のはじまる定時制のクラスがある。この男は、そこの生徒らしい。
定時制は、制服も違うのか。首元の堅苦しい詰襟を思い出して、オレは訳もなく首を鳴らした。
「そういうオマエは? なんで放課後にこんなところへ来たんデスカ」
オレの口調を真似しやがったな、コイツ。
「……部活、抜けてきた」
「ふぅん。何部?」
「科学部」
焼きそばパンの軟弱なソフト麺を嚙み千切るその横顔に、オレへの興味はほとんどない。どうせオレなんか、誰にも見向きされないですよー。
そうやって不貞腐れていると、すぐに先ほどの出来事を思い出して、膝から力が抜ける。なんだか……放心してしまった。
屋上のフェンスに寄っかかり、空を眺める。サーモンピンクの空に、うろこ雲が広がっている。こうやって空を眺めるのは、いつぶりだったか。
「どんだけキレても……もう決まってんだもんなぁ」
なにも考えずに出てしまった不満に、男は首を傾げる。
「なにが?」
あぁ、言わなくてもよかったな。説明するのも億劫で、オレは空を見上げたまま目をつむる。
「部長」
「部長?」
不可解だと言わんばかりに、反復される声。そうだよ、部長だよ。
「オレは副部長。これ、決定事項」
「部長になりたかったの?」
「そう。確率は二分の一だったってのに。ったく、ツイてねーよ」
返事の代わりに、男は食べ終わった焼きそばパンの袋をがさがさと握りしめる。
「じゃ、おれ行くから」
6時を告げるチャイムが、タイミングよく響いた。それを合図に、アイツは去っていった。オレと夕陽を置いていったというのに、振り返ることすらしなかった。憐れむでも、諫めるでもなく、ただアイツは、パンを食うという自分の目的を終えて……去ったのだ。
完全なる置いてけぼり。だけど……不思議と虚しくはなかった。
「ツイてねー……」
そう言いながらも、感じていた悔しさの20円分くらいは、ちゃっかり値下がっていたのだった。
