それから、三年が経った頃、俺は自分の店をオープンした。名前は『Lazy Days』。意味はのんびりした日々。力を抜いて過ごす時間をとってほしいという願いを込めたものだった。そして、怜司の名前も入れたかったからだ。
あいつは今頃、俺とのことなんて忘れて、妻と子供たちと、のんびりした日々の中で幸せに暮らしているだろう。
俺は多分ずっと怜司のことを忘れられないと思う。あんなに傍若無人に振る舞って、それなのに、どこか寂しそうで、どこか満たされてなくて。いつもギリギリで頑張ってる怜司が俺は好きだった。そこまで分かっていたのに、どうして俺は別れることを選んでしまったのだろう。
この三年間、何度も他の人を好きになろうとした。でも、無理だった。
この店の名前はある意味、俺の降参宣言みたいなものなのかもしれない。俺から連絡をすれば怜司はまた戻って来てくれるかもしれない。でも、やっぱり俺からはできなかった。
店をオープンしてから一週間が経った。オープン前から少しずつSNSで発信していたのもあって、お客はある程度入っていた。
ゆったりと過ごしてもらえるように、インテリアはナチュラルなものにして、色は少しダーク系でまとめた。静かな浜辺をイメージして、ハンモック席を二席ほど設けた。その席はやはり人気があった。ハンモックは怜司も好きだった。店内は全部で十席ほどで、夜は九時まで開けていた。
今日も、最後の客が帰り、俺は外に置いてあった黒板型の立て看板をいつものように店内にしまおうとした。そのとき、後ろから声をかけられた。
「お前、傘持ってねぇの?」
――え?
それは怜司と交わした最初の言葉だった。俺は慌てて、声の主の方を見た。
――怜司。
「勝手にいなくなってんじゃねぇよ」
怜司が近づいてくる。俺は看板を持ったまま、目頭が熱くなるのを感じた。
怜司が、俺の持っている看板の店名を指でなぞった。
「レイジ、デイズ」
俺を見てニヤッと笑った。怜司の鼻の頭が、少し赤くなっているのに気づいた。怜司はそれを誤魔化すように、そのまま店に入って行った。俺も慌て店に入って扉を閉めた。
「いいじゃん。お前の家と同じじゃん」
そう言うと、怜司は嬉しそうにハンモックに座って、ゆさゆさと揺らした。
「うん。ありがとう」
俺は閉店を知らせるように、ブラインドを下ろした。全部の窓のブラインドを下ろし終えると、怜司はそれを待っていたかのように、立ち上がって、怒ったような顔で近づいてきて、俺を抱きしめた。
「勝手に消えてんじゃねぇよ! 俺がどんだけ悲しかったか分かるか!」
怜司の声が掠れている。
――泣いてる?
「ごめん……」
怜司の体が震えて、俺も一緒になって震えた。
「一回しか言わねぇから、ちゃんと聞けよ」
そう言うと怜司は俺の肩を持って、俺の顔を見た。
――泣いている。怜司が泣いている。
「俺は悠真を愛している。今までも、これからもずっと」
「……うん。俺も怜司を愛しているよ」
「知ってる。もう離れんなよ」
「うん。でも……」
「言っとくけどなあ、俺は離婚はしないし、子供もちゃんと育てる。全部大事にする。それで俺が無理することになっても、俺はどれも捨てることができない。それでもお前とも一緒にいたい。そういう俺の全部は、お前にだけ見せてきたんだよ。悠真」
怜司が真剣な顔で俺を見ている。目の前の怜司が段々と滲んで見えて、頬に涙が伝った。
「うん」
「それでも名前が必要なのか?」
俺はふっと笑って首を振った。怜司はそれを見て、優しく笑って、俺に唇を重ねた。
――あ、これが欲しかったんだ。俺も。
名前が欲しかったんじゃない。そんなことで安心したいわけじゃない。本当は、怜司に俺だけを選んで欲しかったわけでもない。どんな形でも怜司に必要とされていればそれで良かったんだ。俺はどんな怜司でもやっぱり好きだ。結婚しても父親になっても怜司じゃなくなったわけじゃない。俺が怜司を忘れることなんて、初めからできるわけがなかったんだ。
俺は諦めたように笑った。
「俺たちって、別れることもできないんだな」
「当たり前だろ。俺は初めて話したあのときから、そう思ってたよ」
「本当かよ」
「お前は、俺のどこを見てたんだよ」
怜司が俺のズボンのボタンを外そうとした。俺はその手を掴んで止めた。
「ここ店だから」
「じゃあ、お前んち行こうぜ」
「まだ片付け終わってないんだけど」
「じゃあ待ってるわ」
怜司がハンモックに寝転がった。
「なあ、もし、お前の家族に俺のことがバレたらどうするんだよ?」
「バレるようなヘマすると思うか?」
「分かんねぇじゃん。そんなの」
怜司は寝転がったまま、低い声で言った。
「……そんなこと絶対にさせない」
「……うん。ごめん」
怜司は上半身を起こして座った。
「今日、泊まってくわ」
「は? お前、今、バレないようにするって言ってたとこじゃねぇの?」
「言ったけど」
「お前、そんなんでちゃんと父親してんのかよ」
「してるっつーの。あ、そうそう、子供二人だから。二人目がこの前生まれた」
「は?」
「だから今、向こうは実家に帰ってんだわ」
「お前……」
「ちゃんと父親してるだろ」
「そういうことじゃねぇだろう。マジでお前って理解不能」
「だろうな。お前には一生かかっても分かんねぇよ」
「なんだよそれ、もっと分かって欲しいとか思わねぇの?」
「思うかよ。だって、お前、それでも俺のこと愛してんだろ? 店の名前にするくらい」
怜司が嬉しそうに笑っている。
――俺が、こいつを調子に乗せてんのか!?
「あー、店の名前になんてするんじゃなかったー」
そう言って、俺は笑った。
あいつは今頃、俺とのことなんて忘れて、妻と子供たちと、のんびりした日々の中で幸せに暮らしているだろう。
俺は多分ずっと怜司のことを忘れられないと思う。あんなに傍若無人に振る舞って、それなのに、どこか寂しそうで、どこか満たされてなくて。いつもギリギリで頑張ってる怜司が俺は好きだった。そこまで分かっていたのに、どうして俺は別れることを選んでしまったのだろう。
この三年間、何度も他の人を好きになろうとした。でも、無理だった。
この店の名前はある意味、俺の降参宣言みたいなものなのかもしれない。俺から連絡をすれば怜司はまた戻って来てくれるかもしれない。でも、やっぱり俺からはできなかった。
店をオープンしてから一週間が経った。オープン前から少しずつSNSで発信していたのもあって、お客はある程度入っていた。
ゆったりと過ごしてもらえるように、インテリアはナチュラルなものにして、色は少しダーク系でまとめた。静かな浜辺をイメージして、ハンモック席を二席ほど設けた。その席はやはり人気があった。ハンモックは怜司も好きだった。店内は全部で十席ほどで、夜は九時まで開けていた。
今日も、最後の客が帰り、俺は外に置いてあった黒板型の立て看板をいつものように店内にしまおうとした。そのとき、後ろから声をかけられた。
「お前、傘持ってねぇの?」
――え?
それは怜司と交わした最初の言葉だった。俺は慌てて、声の主の方を見た。
――怜司。
「勝手にいなくなってんじゃねぇよ」
怜司が近づいてくる。俺は看板を持ったまま、目頭が熱くなるのを感じた。
怜司が、俺の持っている看板の店名を指でなぞった。
「レイジ、デイズ」
俺を見てニヤッと笑った。怜司の鼻の頭が、少し赤くなっているのに気づいた。怜司はそれを誤魔化すように、そのまま店に入って行った。俺も慌て店に入って扉を閉めた。
「いいじゃん。お前の家と同じじゃん」
そう言うと、怜司は嬉しそうにハンモックに座って、ゆさゆさと揺らした。
「うん。ありがとう」
俺は閉店を知らせるように、ブラインドを下ろした。全部の窓のブラインドを下ろし終えると、怜司はそれを待っていたかのように、立ち上がって、怒ったような顔で近づいてきて、俺を抱きしめた。
「勝手に消えてんじゃねぇよ! 俺がどんだけ悲しかったか分かるか!」
怜司の声が掠れている。
――泣いてる?
「ごめん……」
怜司の体が震えて、俺も一緒になって震えた。
「一回しか言わねぇから、ちゃんと聞けよ」
そう言うと怜司は俺の肩を持って、俺の顔を見た。
――泣いている。怜司が泣いている。
「俺は悠真を愛している。今までも、これからもずっと」
「……うん。俺も怜司を愛しているよ」
「知ってる。もう離れんなよ」
「うん。でも……」
「言っとくけどなあ、俺は離婚はしないし、子供もちゃんと育てる。全部大事にする。それで俺が無理することになっても、俺はどれも捨てることができない。それでもお前とも一緒にいたい。そういう俺の全部は、お前にだけ見せてきたんだよ。悠真」
怜司が真剣な顔で俺を見ている。目の前の怜司が段々と滲んで見えて、頬に涙が伝った。
「うん」
「それでも名前が必要なのか?」
俺はふっと笑って首を振った。怜司はそれを見て、優しく笑って、俺に唇を重ねた。
――あ、これが欲しかったんだ。俺も。
名前が欲しかったんじゃない。そんなことで安心したいわけじゃない。本当は、怜司に俺だけを選んで欲しかったわけでもない。どんな形でも怜司に必要とされていればそれで良かったんだ。俺はどんな怜司でもやっぱり好きだ。結婚しても父親になっても怜司じゃなくなったわけじゃない。俺が怜司を忘れることなんて、初めからできるわけがなかったんだ。
俺は諦めたように笑った。
「俺たちって、別れることもできないんだな」
「当たり前だろ。俺は初めて話したあのときから、そう思ってたよ」
「本当かよ」
「お前は、俺のどこを見てたんだよ」
怜司が俺のズボンのボタンを外そうとした。俺はその手を掴んで止めた。
「ここ店だから」
「じゃあ、お前んち行こうぜ」
「まだ片付け終わってないんだけど」
「じゃあ待ってるわ」
怜司がハンモックに寝転がった。
「なあ、もし、お前の家族に俺のことがバレたらどうするんだよ?」
「バレるようなヘマすると思うか?」
「分かんねぇじゃん。そんなの」
怜司は寝転がったまま、低い声で言った。
「……そんなこと絶対にさせない」
「……うん。ごめん」
怜司は上半身を起こして座った。
「今日、泊まってくわ」
「は? お前、今、バレないようにするって言ってたとこじゃねぇの?」
「言ったけど」
「お前、そんなんでちゃんと父親してんのかよ」
「してるっつーの。あ、そうそう、子供二人だから。二人目がこの前生まれた」
「は?」
「だから今、向こうは実家に帰ってんだわ」
「お前……」
「ちゃんと父親してるだろ」
「そういうことじゃねぇだろう。マジでお前って理解不能」
「だろうな。お前には一生かかっても分かんねぇよ」
「なんだよそれ、もっと分かって欲しいとか思わねぇの?」
「思うかよ。だって、お前、それでも俺のこと愛してんだろ? 店の名前にするくらい」
怜司が嬉しそうに笑っている。
――俺が、こいつを調子に乗せてんのか!?
「あー、店の名前になんてするんじゃなかったー」
そう言って、俺は笑った。


