そんなふうにして、大学時代を過ごし、卒業をして、怜司は高校の教師になった。俺は大学のときからバイトで入っていたカフェの正社員として働くことになった。
怜司は一人暮らしを始めた。やっと独り立ちができると喜んでいた。本当は奨学金を借りて大学に行きたかったらしい。でも、両親が出してくれると言うので、悪いと思って一人暮らしはできなかったと怜司は言っていた。俺の前では遠慮がないのに、それ以外ではめちゃめちゃ気を遣っているようだった。俺には養子になることが、どういうことなのか正直分からなかった。
怜司は赤ちゃんの頃に、公園に放置されていたところを保護されて、何度か里親と暮らしては、施設に戻ることを繰り返していた。そして、やっと六歳の頃に今の両親と出会い、小学生に上がる頃には養子にしてもらえたらしい。
そんなに気を張らなくてもいいのではないかと思っていたけど、その話を聞いて、俺は怜司が自分のままでいられる場所でありたいと思うようになった。
一人暮らしになった怜司の部屋に初めて泊まったときは飛び上がるほど嬉しかった。でもいわゆる恋人のようにはいかなかった。怜司のうちに行くときは必ず連絡をしてからじゃないとダメだった。お互い連絡し合わないと会えない。合鍵も作らない。そんな関係だった。
俺は正社員として働くうちに、自分の店を持つことを夢見るようになった。怜司も俺が店を持つことを楽しみにしてくれているようだった。
そんなふうに二人の関係はうまくいっていると思っていた。気づけば、怜司と出会って八年が経ち、俺たちは二十六歳になっていた。社会人生活にも慣れてきた頃、怜司が言った。
「俺、結婚しようと思うんだ」
「は?」
「俺さ、両親にちゃんと恩返ししたいんだよ」
「……結婚しろって言われたのか?」
「直接言われたわけじゃねぇけど、昔からさ、俺が結婚するの楽しみにしてくれててさ。親ってそういうもんなんだろ?」
「さあ? うちはもう諦めてるから。でもお前、そもそもそんな相手いるのかよ」
俺は顔が引き攣るのを感じながら、無理に笑って見せた。
「いる」
「え?」
「……同じ学校の教師なんだ」
「は? え? どういうこと? ずっと付き合ってたのかよ?」
「いや、昨日、好きだって言われて、俺もこの人ならうまくやれる気がして、結婚前提で付き合うことにした」
「は? お前、何言ってんの? 結婚だろ? 一生一緒にいるってことだろ? そんな簡単に決めていいのかよ」
「簡単には決めてねぇよ。ここ何年か一緒に仕事して、どういう人かよく知ってるし、この人なら両親とも上手くやってくれそうだし、何より色んなことに執着がない。妻にするならちょうどいい人なんだよ」
「お前、何言ってんの? 意味分かんねぇ。その人にも失礼だろ?」
「どうしてだよ? 俺のこと好きなんだし、俺もちゃんと大事にはするつもりだよ」
「……あー、そっか、そっか、悪ぃ。別れ話って気づかなくて」
「は? お前何言ってんの? 別れるも何も、俺たちってそういう仲なわけ?」
俺は怜司の顔をじっと見た。胸が痛い。鼻がじんわりと熱くなって、目頭から徐々に涙が溢れていった。
――やべ。
俺は慌てて、涙を拭いた。怜司に泣き顔なんて見せたくない。
「……そうか……そうだったんだ。俺の勘違いだったんだな」
「なんの勘違いだよ」
「だから、俺だけが一方的に好きだったってことだろ? 勝手に恋人だと思ってて悪かったな! あー、そうか、セフレだったんだよな。俺たち。八年も一緒にいてセフレとか……」
確かに、怜司は初めから好きだと言ってたわけでもない。ただ、俺のうちに来て、俺を抱いて、そのままそういう関係になっただけだ。怜司はずっとセフレだと思っていたのか? 確かに付き合おうとか言われていたわけでもなかった。
「今、分かった。分かったから、もう出てけよ! 俺の前に一生現れんなよ!」
「……お前さあ、人の話ちゃんと聞けよ」
「は?」
「俺はそんなふうには思ってねぇよ」
「……どういう意味だよ」
「なんで名前をつけようとすんだよ。好きならそれでいいだろ」
「意味わかんねぇ。結婚もして、俺とも続けるってことかよ?」
「そもそもそんな選択肢ねぇの。別れるとか、別れないとかじゃねぇんだよ」
「それってずっとそばにいろってこと? そんなの一番辛いじゃん」
「……お前の好きって、俺が結婚したら変わるんだな……そのくらいで離れていくなら、初めっから好きなんて軽々しく言うなよ!」
怜司の声が少し上擦った。怜司が俺の顔を睨みつけるような目で見ているのに、その瞳の奥は怯えるように震えていた。俺はどうしたらいいのか分からず、呟くように言った。
「……じゃあ、どうしろって言うんだよ」
「お前は俺といればいい。今までみたいに、会いたいときに会えばいいよ」
怜司が俺を抱きしめた。その腕がいつもより強くて、そして少し震えていた。いつも強気なくせに、ずるい。そんな怜司を見ていたら、手を離せなくなってしまう。
怜司がまるで縋るように、唇を重ねた。重ねた唇から体の力が抜けていく。温かくて気持ちよくて、頭が溶けそうになる。怜司は服を脱いで、俺の服も一緒に脱がせた。怜司の体が俺の体に触れて温かい。触れるたびに心地よくて、体がザワザワした。
「悠真、そばにいろよ。俺から離れるなんて、許さねぇ」
「怜司……俺だって離れてたくない……」
喉が詰まって、涙が止まらない。悲しいのか、嬉しいのか、分からない。ただ、怜司と一緒にいたい。
――なんで結婚なんかするんだよ。なんで恩返しなんだよ。なんでそんなに人のこと考えてんのに、俺のことは考えてくれないんだよ……。
初めて会ったとき、怜司は俺とこういう仲になるまで、女性としか付き合ったことがないと言っていた。だから結婚することに違和感はないのだろう。
怜司はいつも時間があればすぐに俺に会いに来ていた。
――でも結婚したら、もうそんなふうには会えないじゃん。
俺は怜司に抱かれながら、今までのことを思い出していた。
怜司は一人暮らしを始めた。やっと独り立ちができると喜んでいた。本当は奨学金を借りて大学に行きたかったらしい。でも、両親が出してくれると言うので、悪いと思って一人暮らしはできなかったと怜司は言っていた。俺の前では遠慮がないのに、それ以外ではめちゃめちゃ気を遣っているようだった。俺には養子になることが、どういうことなのか正直分からなかった。
怜司は赤ちゃんの頃に、公園に放置されていたところを保護されて、何度か里親と暮らしては、施設に戻ることを繰り返していた。そして、やっと六歳の頃に今の両親と出会い、小学生に上がる頃には養子にしてもらえたらしい。
そんなに気を張らなくてもいいのではないかと思っていたけど、その話を聞いて、俺は怜司が自分のままでいられる場所でありたいと思うようになった。
一人暮らしになった怜司の部屋に初めて泊まったときは飛び上がるほど嬉しかった。でもいわゆる恋人のようにはいかなかった。怜司のうちに行くときは必ず連絡をしてからじゃないとダメだった。お互い連絡し合わないと会えない。合鍵も作らない。そんな関係だった。
俺は正社員として働くうちに、自分の店を持つことを夢見るようになった。怜司も俺が店を持つことを楽しみにしてくれているようだった。
そんなふうに二人の関係はうまくいっていると思っていた。気づけば、怜司と出会って八年が経ち、俺たちは二十六歳になっていた。社会人生活にも慣れてきた頃、怜司が言った。
「俺、結婚しようと思うんだ」
「は?」
「俺さ、両親にちゃんと恩返ししたいんだよ」
「……結婚しろって言われたのか?」
「直接言われたわけじゃねぇけど、昔からさ、俺が結婚するの楽しみにしてくれててさ。親ってそういうもんなんだろ?」
「さあ? うちはもう諦めてるから。でもお前、そもそもそんな相手いるのかよ」
俺は顔が引き攣るのを感じながら、無理に笑って見せた。
「いる」
「え?」
「……同じ学校の教師なんだ」
「は? え? どういうこと? ずっと付き合ってたのかよ?」
「いや、昨日、好きだって言われて、俺もこの人ならうまくやれる気がして、結婚前提で付き合うことにした」
「は? お前、何言ってんの? 結婚だろ? 一生一緒にいるってことだろ? そんな簡単に決めていいのかよ」
「簡単には決めてねぇよ。ここ何年か一緒に仕事して、どういう人かよく知ってるし、この人なら両親とも上手くやってくれそうだし、何より色んなことに執着がない。妻にするならちょうどいい人なんだよ」
「お前、何言ってんの? 意味分かんねぇ。その人にも失礼だろ?」
「どうしてだよ? 俺のこと好きなんだし、俺もちゃんと大事にはするつもりだよ」
「……あー、そっか、そっか、悪ぃ。別れ話って気づかなくて」
「は? お前何言ってんの? 別れるも何も、俺たちってそういう仲なわけ?」
俺は怜司の顔をじっと見た。胸が痛い。鼻がじんわりと熱くなって、目頭から徐々に涙が溢れていった。
――やべ。
俺は慌てて、涙を拭いた。怜司に泣き顔なんて見せたくない。
「……そうか……そうだったんだ。俺の勘違いだったんだな」
「なんの勘違いだよ」
「だから、俺だけが一方的に好きだったってことだろ? 勝手に恋人だと思ってて悪かったな! あー、そうか、セフレだったんだよな。俺たち。八年も一緒にいてセフレとか……」
確かに、怜司は初めから好きだと言ってたわけでもない。ただ、俺のうちに来て、俺を抱いて、そのままそういう関係になっただけだ。怜司はずっとセフレだと思っていたのか? 確かに付き合おうとか言われていたわけでもなかった。
「今、分かった。分かったから、もう出てけよ! 俺の前に一生現れんなよ!」
「……お前さあ、人の話ちゃんと聞けよ」
「は?」
「俺はそんなふうには思ってねぇよ」
「……どういう意味だよ」
「なんで名前をつけようとすんだよ。好きならそれでいいだろ」
「意味わかんねぇ。結婚もして、俺とも続けるってことかよ?」
「そもそもそんな選択肢ねぇの。別れるとか、別れないとかじゃねぇんだよ」
「それってずっとそばにいろってこと? そんなの一番辛いじゃん」
「……お前の好きって、俺が結婚したら変わるんだな……そのくらいで離れていくなら、初めっから好きなんて軽々しく言うなよ!」
怜司の声が少し上擦った。怜司が俺の顔を睨みつけるような目で見ているのに、その瞳の奥は怯えるように震えていた。俺はどうしたらいいのか分からず、呟くように言った。
「……じゃあ、どうしろって言うんだよ」
「お前は俺といればいい。今までみたいに、会いたいときに会えばいいよ」
怜司が俺を抱きしめた。その腕がいつもより強くて、そして少し震えていた。いつも強気なくせに、ずるい。そんな怜司を見ていたら、手を離せなくなってしまう。
怜司がまるで縋るように、唇を重ねた。重ねた唇から体の力が抜けていく。温かくて気持ちよくて、頭が溶けそうになる。怜司は服を脱いで、俺の服も一緒に脱がせた。怜司の体が俺の体に触れて温かい。触れるたびに心地よくて、体がザワザワした。
「悠真、そばにいろよ。俺から離れるなんて、許さねぇ」
「怜司……俺だって離れてたくない……」
喉が詰まって、涙が止まらない。悲しいのか、嬉しいのか、分からない。ただ、怜司と一緒にいたい。
――なんで結婚なんかするんだよ。なんで恩返しなんだよ。なんでそんなに人のこと考えてんのに、俺のことは考えてくれないんだよ……。
初めて会ったとき、怜司は俺とこういう仲になるまで、女性としか付き合ったことがないと言っていた。だから結婚することに違和感はないのだろう。
怜司はいつも時間があればすぐに俺に会いに来ていた。
――でも結婚したら、もうそんなふうには会えないじゃん。
俺は怜司に抱かれながら、今までのことを思い出していた。


