「早くケツ出せよ」
「なっ! お前なあ!」
――あー、まじムカつく。
そう思いながらも、俺は自分のズボンを脱いだ。
「時間ないなら来んなよ」
「お前が会いたいって言ったんだろうが!」
怜司も自分の服を脱ぎながら、上から目線で俺を見てくる。
「は? 言ってねぇし」
「言ったろ」
――言ってねぇつーの!
怜司はいつも強引だ。本当は自分が会いたいくせに、絶対に素直に言ってこない。常に俺様的なところが腹立たしい。そう思うのに、少しの時間でも会いに来ようとする怜司を愛おしく思ってしまう。
怜司と出会ったのは大学生のときだった。正直、こんなやつだとは全く思っていなかった。
怜司はまるで王子様のような出で立ちで、背が高く、いつも襟のついた綺麗な色のシャツと細身のジーンズを履いていた。男女問わず人気があって、いつも人に囲まれていて、まるで絵に描いたような好青年だった。
そんな怜司を俺は密かに想っていた。
俺はゲイだ。それを自覚したのは、高校生になってからだった。それまでも俺は女子を好きになったことはなかったし、そういう話にも興味が持てなかった。でも、同級生がふざけてプロレスの技をかけてきたりすると、変に緊張してしまった。クラスの格好いいと思う男子をなんとなく目で追ってしまったりして、自分でも、もしかしたらとは思っていた。そして、高校のときに憧れていた先輩と初めて付き合った。でも、先輩が卒業して自然消滅してからは、ずっと好きな人はいなかった。
大学に入ってすぐに怜司の存在を知った。あの日、大学の食堂でどこに座ろうかと友人と席を探していたときに、怜司を見かけた。俺はなんて綺麗な人がいるんだろうと見惚れてしまった。
怜司は友人たちと窓際の席に座っていて、キラキラとした笑顔で笑ったかと思うと、一瞬だけ空を見上げて真顔になった。そして、また友人たちと楽しそうに話を続けた。俺は、その一瞬に心を奪われてしまった。彼のその横顔が、王子様のようにキラキラしている顔とは真逆に見えた。なんとなくイラついているような、冷たい横顔――。
その日から、俺は怜司を目で探すようになった。怜司のことは女子に聞けばすぐに分かった。
名前は吉田怜司。同じ歳で、理学部。卒業後は理科の教師になりたいらしい。バイトは近くの児童相談所でしているらしかった。子供が好きで、社会のこともちゃんと考えている好青年。
俺とは真逆だった。俺はかろうじて受かりそうなこの大学の経済学部に入った。特に何かをやりたいということもなく、将来就職するのに有利そうだったのと、俺の成績でも入れそうだったからだ。そんな適当に生きている俺とは全然違った。
存在すら知られていないのに、俺はこのキラキラ王子様に惹かれてしまった。そして、どんどん、彼から目が離せなくなっていた。
俺はただ見ているだけで良かった。それなのに、あの日、傘を持っていなかった俺は大学の校舎の出入り口で、呆然と雨を見上げて立ちすくんでいた。周りの人たちは傘をさしてどんどん校舎から出ていった。人が去って、少し静かになった頃、俺は濡れる覚悟で校舎を出ようとしたそのとき。
「お前、傘持ってねぇの?」
背後から声が聞こえて振り返ると、そこに怜司がいた。俺は自分に話しかけられているとは思えず周りを見渡した。すると彼は近づいてきて、低い声で言った。
「お前だよ。どあほ」
――え? この人、俺がいつも目で追いかけていた、あの人だよね?
俺は何が起きているのか分からず、呆然と怜司の顔を見た。彼は冷たい目で俺を見ていたかと思うと、にこっと笑った。
「こんな降水確率高い日に傘持って来ないなんて、お前くらいなんじゃねぇの?」
怜司は俺を見て、小馬鹿にするように笑った。俺は恥ずかしくなって後退りながら言った。
「え? あっいや、あの、その……すみません」
俺が校舎の屋根からはみ出て雨がかかりそうになると、怜司が慌てたように俺の腕を引っ張った。
「濡れるっ」
「あっ、ごめん。その、すみません」
一瞬なのに、俺は顔が熱くなるのを感じて俯いた。怜司はそんな俺を見て大きな口を開けて笑った。それから、俺にだけ聞こえるくらいの声で言った。
「間抜けなヤツ」
――この人ってこんな人だったの? 見ていた印象と全然違うんだけど。
「駅行くの?」
「はい」
「入ってく?」
「え? いや、いいです」
俺は慌てて首を横に振った。
「濡れて帰んの?」
「あっ、まぁ……」
「遠慮すんなって」
怜司はバッと傘を広げて、俺の肩を抱き寄せた。
「ひゃぁ」
変な声が漏れてしまう。怜司はふっと笑って、肩から腕を下ろした。
「行くぞ」
俺はとりあえず怜司に合わせて歩き出した。少し歩いたところで、怜司が言った。
「お前さあ、なんでいつも俺のこと見てんの?」
「え? あの……」
「怒ってるわけじゃねぇから、言ってみ?」
怜司を見上げると、彼は冷たい目で俺を見ていた。
――めっちゃ怒ってるじゃん!
「すみません。そんなに見ているつもりじゃなかったんですけど」
「無自覚かよ」
「すみません。もう見ないように気をつけます。やっぱり俺、傘いいです」
俺は恥ずかしすぎて、走り出そうとしたら、すぐに怜司に腕を掴まれた。
「駅までいろよ。俺が悪者になる」
「え?」
俺は何を言われたのか一瞬把握できなかった。でも多分、気を遣ってくれたのだろうと思った。
「じゃあ、すみません。駅まで」
「ん」
一瞬二人とも黙った。雨の音と、靴音がした。
「お前、一人暮らし?」
「はい」
怜司は何かを考えるように少し黙った。
「……じゃあ、これから行くわ。お前んち」
「へ?」
「なんか予定あんの?」
「いや、そうじゃないですけど」
「じゃあ、決まりな」
――えーーーーーー!?
俺は驚いて怜司の顔を見ると、彼は目を細めてニヤッと笑った。
――この人サイコパスだったりして……。
「あ、すみません。予定あるの忘れてました……」
「はあ?」
怜司が怒ったように言った。
「いや、なんでもないです」
そしてその日、怜司はうちに来た。
「へぇー、おしゃれにしてんじゃん」
嬉しいけれど、どう返事をしていいのか分からず愛想笑いをした。
「部屋にハンモックとか置いてるやつ初めて見たわ」
怜司はハンモックに気持ちよさそうに寝転んだ。
俺は何か飲み物を出そうと、ケトルに水を入れて、スイッチを押した。
「お前名前なんつーの?」
「あ、佐伯悠真です」
「悠真はさ、俺のこと好きなの?」
怜司は体を起こしてそのままハンモックの上に座って、俺をじっと見た。俺は小さく頷いた。
「ふーん。なんで? 俺と話したこともねぇじゃん」
「それは……」
怜司はずっと俺を真顔で見ていた。
「大学の食堂で初めて見て、そのとき、一瞬、空を睨んでて」
怜司の瞳が一瞬揺れた。
「……それが気になって……気がついたら、いつも目で探してました」
俺は言いながら恥ずかしくなって俯いた。
「……お前、男が好きなの?」
俺はまた小さく頷いた。
「ふーん。俺は女としか付き合ったことねぇんだよな」
「ですよね。すみません」
俺は居ても立っても居られず、慌ただしく、カップを取り出した。
「コーヒーでもいいですか?」
「俺としたいと思う?」
「へ? いや、あのコーヒー……」
「いらねぇ。俺としたくねぇの?」
「そ……れは……」
怜司はイラっとして立ち上がった。
「したくねぇの?」
「だって、吉田さん……」
「怜司」
怜司はゆっくりと俺の方に歩み寄ってきた。
「え?」
「下の名前で呼べ」
「あ、怜司さんは」
「さんとかいらねぇから」
怜司との距離が、少しずつなくなっていく。
「はい、えっとなんでしたっけ? そう、女の人が好きなんですよね?」
「だったらなんなんだよ」
「だから、俺としても……」
「あー、もう、うるせえんだよ」
怜司は俺を抱き寄せて、唇を重ねた。
驚く間もなく、口の中に怜司の舌が入ってきた。体が緊張して、動けなかった。
――この人、女としか付き合ったことないって言ってたじゃん。
口も態度も悪いのに、抱きしめるその腕は優しかった。強引でわけの分からない人なのに、俺は不快に思わなかった。求めてくる怜司はどこか、必死で、俺に何かを理解して欲しそうにも見えた。
俺たちはそのまま抱き合った。怜司は終わった後も、ベッドから出ずにしばらく話をしていた。女は嫌いじゃないけど、時々どうしようもなく疲れるときがあるらしい。俺が「それって、怜司もゲイなんじゃないの?」と言うと「そんなことあるわけねぇだろ」と言われた。ちょっとむかついた。
それから、律儀に親に夕飯は要らないと連絡してから、俺に夕飯を作らせて、一緒に食べて帰って行った。
――これって、俺たち付き合うってことなのかな?
そう思ったけど、聞けなかった。なんとなく、聞いたら、そこで終わってしまいそうな気がして。
「なっ! お前なあ!」
――あー、まじムカつく。
そう思いながらも、俺は自分のズボンを脱いだ。
「時間ないなら来んなよ」
「お前が会いたいって言ったんだろうが!」
怜司も自分の服を脱ぎながら、上から目線で俺を見てくる。
「は? 言ってねぇし」
「言ったろ」
――言ってねぇつーの!
怜司はいつも強引だ。本当は自分が会いたいくせに、絶対に素直に言ってこない。常に俺様的なところが腹立たしい。そう思うのに、少しの時間でも会いに来ようとする怜司を愛おしく思ってしまう。
怜司と出会ったのは大学生のときだった。正直、こんなやつだとは全く思っていなかった。
怜司はまるで王子様のような出で立ちで、背が高く、いつも襟のついた綺麗な色のシャツと細身のジーンズを履いていた。男女問わず人気があって、いつも人に囲まれていて、まるで絵に描いたような好青年だった。
そんな怜司を俺は密かに想っていた。
俺はゲイだ。それを自覚したのは、高校生になってからだった。それまでも俺は女子を好きになったことはなかったし、そういう話にも興味が持てなかった。でも、同級生がふざけてプロレスの技をかけてきたりすると、変に緊張してしまった。クラスの格好いいと思う男子をなんとなく目で追ってしまったりして、自分でも、もしかしたらとは思っていた。そして、高校のときに憧れていた先輩と初めて付き合った。でも、先輩が卒業して自然消滅してからは、ずっと好きな人はいなかった。
大学に入ってすぐに怜司の存在を知った。あの日、大学の食堂でどこに座ろうかと友人と席を探していたときに、怜司を見かけた。俺はなんて綺麗な人がいるんだろうと見惚れてしまった。
怜司は友人たちと窓際の席に座っていて、キラキラとした笑顔で笑ったかと思うと、一瞬だけ空を見上げて真顔になった。そして、また友人たちと楽しそうに話を続けた。俺は、その一瞬に心を奪われてしまった。彼のその横顔が、王子様のようにキラキラしている顔とは真逆に見えた。なんとなくイラついているような、冷たい横顔――。
その日から、俺は怜司を目で探すようになった。怜司のことは女子に聞けばすぐに分かった。
名前は吉田怜司。同じ歳で、理学部。卒業後は理科の教師になりたいらしい。バイトは近くの児童相談所でしているらしかった。子供が好きで、社会のこともちゃんと考えている好青年。
俺とは真逆だった。俺はかろうじて受かりそうなこの大学の経済学部に入った。特に何かをやりたいということもなく、将来就職するのに有利そうだったのと、俺の成績でも入れそうだったからだ。そんな適当に生きている俺とは全然違った。
存在すら知られていないのに、俺はこのキラキラ王子様に惹かれてしまった。そして、どんどん、彼から目が離せなくなっていた。
俺はただ見ているだけで良かった。それなのに、あの日、傘を持っていなかった俺は大学の校舎の出入り口で、呆然と雨を見上げて立ちすくんでいた。周りの人たちは傘をさしてどんどん校舎から出ていった。人が去って、少し静かになった頃、俺は濡れる覚悟で校舎を出ようとしたそのとき。
「お前、傘持ってねぇの?」
背後から声が聞こえて振り返ると、そこに怜司がいた。俺は自分に話しかけられているとは思えず周りを見渡した。すると彼は近づいてきて、低い声で言った。
「お前だよ。どあほ」
――え? この人、俺がいつも目で追いかけていた、あの人だよね?
俺は何が起きているのか分からず、呆然と怜司の顔を見た。彼は冷たい目で俺を見ていたかと思うと、にこっと笑った。
「こんな降水確率高い日に傘持って来ないなんて、お前くらいなんじゃねぇの?」
怜司は俺を見て、小馬鹿にするように笑った。俺は恥ずかしくなって後退りながら言った。
「え? あっいや、あの、その……すみません」
俺が校舎の屋根からはみ出て雨がかかりそうになると、怜司が慌てたように俺の腕を引っ張った。
「濡れるっ」
「あっ、ごめん。その、すみません」
一瞬なのに、俺は顔が熱くなるのを感じて俯いた。怜司はそんな俺を見て大きな口を開けて笑った。それから、俺にだけ聞こえるくらいの声で言った。
「間抜けなヤツ」
――この人ってこんな人だったの? 見ていた印象と全然違うんだけど。
「駅行くの?」
「はい」
「入ってく?」
「え? いや、いいです」
俺は慌てて首を横に振った。
「濡れて帰んの?」
「あっ、まぁ……」
「遠慮すんなって」
怜司はバッと傘を広げて、俺の肩を抱き寄せた。
「ひゃぁ」
変な声が漏れてしまう。怜司はふっと笑って、肩から腕を下ろした。
「行くぞ」
俺はとりあえず怜司に合わせて歩き出した。少し歩いたところで、怜司が言った。
「お前さあ、なんでいつも俺のこと見てんの?」
「え? あの……」
「怒ってるわけじゃねぇから、言ってみ?」
怜司を見上げると、彼は冷たい目で俺を見ていた。
――めっちゃ怒ってるじゃん!
「すみません。そんなに見ているつもりじゃなかったんですけど」
「無自覚かよ」
「すみません。もう見ないように気をつけます。やっぱり俺、傘いいです」
俺は恥ずかしすぎて、走り出そうとしたら、すぐに怜司に腕を掴まれた。
「駅までいろよ。俺が悪者になる」
「え?」
俺は何を言われたのか一瞬把握できなかった。でも多分、気を遣ってくれたのだろうと思った。
「じゃあ、すみません。駅まで」
「ん」
一瞬二人とも黙った。雨の音と、靴音がした。
「お前、一人暮らし?」
「はい」
怜司は何かを考えるように少し黙った。
「……じゃあ、これから行くわ。お前んち」
「へ?」
「なんか予定あんの?」
「いや、そうじゃないですけど」
「じゃあ、決まりな」
――えーーーーーー!?
俺は驚いて怜司の顔を見ると、彼は目を細めてニヤッと笑った。
――この人サイコパスだったりして……。
「あ、すみません。予定あるの忘れてました……」
「はあ?」
怜司が怒ったように言った。
「いや、なんでもないです」
そしてその日、怜司はうちに来た。
「へぇー、おしゃれにしてんじゃん」
嬉しいけれど、どう返事をしていいのか分からず愛想笑いをした。
「部屋にハンモックとか置いてるやつ初めて見たわ」
怜司はハンモックに気持ちよさそうに寝転んだ。
俺は何か飲み物を出そうと、ケトルに水を入れて、スイッチを押した。
「お前名前なんつーの?」
「あ、佐伯悠真です」
「悠真はさ、俺のこと好きなの?」
怜司は体を起こしてそのままハンモックの上に座って、俺をじっと見た。俺は小さく頷いた。
「ふーん。なんで? 俺と話したこともねぇじゃん」
「それは……」
怜司はずっと俺を真顔で見ていた。
「大学の食堂で初めて見て、そのとき、一瞬、空を睨んでて」
怜司の瞳が一瞬揺れた。
「……それが気になって……気がついたら、いつも目で探してました」
俺は言いながら恥ずかしくなって俯いた。
「……お前、男が好きなの?」
俺はまた小さく頷いた。
「ふーん。俺は女としか付き合ったことねぇんだよな」
「ですよね。すみません」
俺は居ても立っても居られず、慌ただしく、カップを取り出した。
「コーヒーでもいいですか?」
「俺としたいと思う?」
「へ? いや、あのコーヒー……」
「いらねぇ。俺としたくねぇの?」
「そ……れは……」
怜司はイラっとして立ち上がった。
「したくねぇの?」
「だって、吉田さん……」
「怜司」
怜司はゆっくりと俺の方に歩み寄ってきた。
「え?」
「下の名前で呼べ」
「あ、怜司さんは」
「さんとかいらねぇから」
怜司との距離が、少しずつなくなっていく。
「はい、えっとなんでしたっけ? そう、女の人が好きなんですよね?」
「だったらなんなんだよ」
「だから、俺としても……」
「あー、もう、うるせえんだよ」
怜司は俺を抱き寄せて、唇を重ねた。
驚く間もなく、口の中に怜司の舌が入ってきた。体が緊張して、動けなかった。
――この人、女としか付き合ったことないって言ってたじゃん。
口も態度も悪いのに、抱きしめるその腕は優しかった。強引でわけの分からない人なのに、俺は不快に思わなかった。求めてくる怜司はどこか、必死で、俺に何かを理解して欲しそうにも見えた。
俺たちはそのまま抱き合った。怜司は終わった後も、ベッドから出ずにしばらく話をしていた。女は嫌いじゃないけど、時々どうしようもなく疲れるときがあるらしい。俺が「それって、怜司もゲイなんじゃないの?」と言うと「そんなことあるわけねぇだろ」と言われた。ちょっとむかついた。
それから、律儀に親に夕飯は要らないと連絡してから、俺に夕飯を作らせて、一緒に食べて帰って行った。
――これって、俺たち付き合うってことなのかな?
そう思ったけど、聞けなかった。なんとなく、聞いたら、そこで終わってしまいそうな気がして。


