心が折れたので、二度と元のパーティには戻りません~僻地ではじめるスローライフ

「う……撃てぇ、撃て! 撃てぇええええ」

 霧の向こうから、グレンの声が聞こえてきている。
 いつもの、不遜で自信に溢れた声ではない。
 焦りが感じられた。

 あたしは、鞍の上からそれを聞き流しながら、ゆっくりと馬を歩ませていた。
 霧がいつからか発生して、あたしたちの視界を奪ってしまっていた。

 ラーマの翼蛇が、この霧を作り出しているのかは、わからない。
 自然的な霧、ではないようだ。

 霧は全体的に土地を覆い隠しているのではなく、濃いところと薄いところの差がくっきりとしている。
 それに、魔力もこの霧にはいくらか、含まれているようだ。
 呪符や戦闘スキルなどを阻害するほどのものではないが、標的の場所を特定する呪文は、まったく受けつけないみたいだった。

「エレナ隊長……撤退したほうが、よろしくないでしょうか」
 イオが声をかけてくる。
 顔まではわからないが、馬に跨がった彼女の姿が、霧の向こうでうっすらと浮かんでいる。

 つい、三十分ほど前までは、フィルと行動を共にしていたのだが、いつの間にか、はぐれてしまったようだ。
 そして、副官のイオと合流すると、あたしは彼女が用意してくれた馬に騎乗して、移動していた。

 ラーマの翼蛇相手では、三番隊では正直、手の出しようがない。
 強力な魔術による攻撃なら、ダメージが通るかもしれないが、それだけでなく、充分な準備とよく練られた戦術が必要だろう。

 フィルの『大地の加勢』があっても、さすがにラーマの翼蛇には通用しないか……。
 撤退命令は、まだグレンから出されてはいない。
 まさか——グレンは、あのラーマの翼蛇を討伐できる、と考えているのだろうか。

 霧の向こうから、赤い射線が走り抜けていった。
 それが、ラーマの翼蛇らしきものに、命中する。
 大きな火花が散り、音が鳴り響いた。

 それに少し遅れて、今度はどーん……という地響きが地面を通して伝わってきた。
 馬が興奮したかのように、上体を引き起こす。
 なだめようとしていると、今度は遠雷の音がした。
 霧の向こうで空が光り、轟音が聞こえてくる。

 閃光が走り、あたしの視界いっぱいに白い色が広がる。
 そして、圧倒的な音が耳を塞ぐ。

 落雷の呪文だろう。
 アッシュウルフを一掃した呪文だが、ラーマの翼蛇相手にはどうだろうか。

 そして、先程の轟音よりも、大きな音——おそらく、ラーマの翼蛇の叫び声が響いた。
 風が吹きつけてくる。

 あたしは身の危険を感じて、鞍から降りた。
 風は次第に強くなり、立っていられないほどになった。
 大きな岩が地面から突き出しているのを見つけて、あたしは馬の手綱を引いて、その陰へと身を隠した。

「隊長——三番隊だけでも、離脱したほうがよろしいかと。このままでは……」
 イオが同じく、岩陰に入り込みながら、そう告げた。

 ——グレン……。
 あたしは、唇を噛んだ。
 霧のせいで戦況がわからず、判断が遅れているのだろうか。

 あたしは、エーテル・リンケージをストレージから取り出した。
 メニューから、三番隊のメンバー表を表示させてみる。
 通話などは出来ないが、メッセージ程度なら送れることは可能だ。

 もう、限界だろう。
 躊躇いはあったが、あたしはメンバーに離脱を指示するメッセージを送った。
 合流地点を、コーヴェニアの表門にして、グレンにも離脱する内容を送信した。

 風が少し、弱くなってきた。
 今ならば馬に乗れば、何とか移動できるだろう。

「イオ。行くぞ」
 立ち上がると、鞍に跨がった。

 振り返ると、霧の向こうで巨大なラーマの翼蛇の影がゆっくりと、移動しているのが目に入った。
 再び、赤い射線が霧のなかを走り抜けていくのが見えた。
 さっきよりも、多くの射線が押しよせていく。

 あたしは、そちらに背を向けて、馬を走らせた。
 霧の薄いところを見つけて、そこを辿らせる。

 戦場から撤退するのは、”旗を振るもの”の旗揚げをしてから数回あったことだが、ここ数年はなかった。
 屈辱だが、同時にグレンに対する疑惑も生じていた。

「はッ!」
 手綱をぴしりと鳴らし、あたしは馬を走らせていった。

   ■ △   ▲   ▽

 その後、コーヴェニアには、三番隊は全員、無事帰還することが出来た。
 一方の二番隊は信じられないことだが、フィルが行方不明。
 隊員は、アッシュウルフとの戦闘で既に重傷者となっている者がおり、数人が戦場から離脱していた。

 一番、悲惨だったのは、一番隊だろう。
 半数が重傷となり、そのうち、ひとりだけだが、死亡者を出してしまっていた。
 コーヴェニアのほうには、被害は出なかったようだ。

 ラーマの翼蛇は、”旗を振るもの”と交戦の後、姿を消してしまったらしい。
 数日が経過しても、ラーマの翼蛇は姿を現わさず、そのことから、”旗を振るもの”が単独で討伐をした、という噂が流れはじめていた……。