心が折れたので、二度と元のパーティには戻りません~僻地ではじめるスローライフ

 男は出血してはいたが、おれほどではなかった。
 既に、意識を失ってしまっている。
 放っておけば、やはり死んでしまうのだろうが、運がよければ、生き残るだろう。

 男に近づくと、おれは懐を弄った。
 ——あった。

 ナイフ型の魔工具を取り出す。
 ストレージにしまい込まれていたら、やっかいだったが、これで、この空間から抜け出せそうだ。

 半球状の決闘空間が解除され、おれたちはあの、コーヴェニア近くの丘陵のなかへと戻っていた。
 樹のそばまで歩いていくと、その幹の根元に腰を下ろした。

 自分のストレージから、ドラッグ・ショットを取り出す。
 ドラッグ・ショットは、回復や特殊な効果をもたらすドラッグを体内に直接、転送するためのもので、ポーションなどよりも即効性に優れていることから、アリアンフロッドをはじめ、騎士団やその他の戦士たちの間でも利用されていることが多い、ドリフテッド・シングスのひとつだった。

 回復用の錠剤がセットされたドラッグ・ショットを、おれは肌に当てた。
 円筒型のドラッグ・ショットの緑色のインジケーターがひとつ消え、治癒用の錠剤が体内に投与されたことがわかる。

 しばらくすると、少し、痛みが引いていった。
 傷口も塞がり、動けるようになる。
 が——すぐに戦場に復帰するのは無理そうだ。

 エレナは、どうなったのだろう。
 二番隊の仲間たちは?
 ラーマの翼蛇は、今はどのあたりにいるのだろうか。

 ——なんだろう、急に眠気が増してきた。
『生命力の低下により、天恵『大地神の祝福』のスキル「緊急避難」が発動しました。これより、該当者を……』
 どこからか、そんな声が聞こえてきたような気がした。

 戦場で眠ることなど、あってはならないことだ。
 しかし、この眠気には抵抗できないものを感じた。
 強い目眩を感じて、おれは目をぎゅっと閉ざした。

     ◆   □   ■

 そして——おれは、目を覚ました。
 頭痛がする。
 まるで、二日酔いにでもなったみたいだ。

『ずいぶんと、安らかな寝顔だったわね。キスしてあげたかったくらい』
 耳許で、声が聞こえてきた。
 甘ったるい、女の声だ。
 おれはそれで、一気に目を覚ました。

「ソフィか。えっと……ここは?」
『もうちょっと、悦んでくれてもいいんじゃないかなー。こんな美人が、添い寝をしてあげたのに』
「美人……ねぇ」

 おれは、ベッドから身を起こした。
「ここは……?」
『アリアンフロッドのなかの、フィルの私室よ。もう、忘れちゃった?』

 言われて、納得がいった。
 ここは、アリアンフロッド機関の、学生寮のなかだ。
 アリアンフロッド、というのは、アリアンフロッド機関に所属している、強力な戦闘スキルや天賦(てんぷ)、魔術などを行使することのできる能力者のことを言う。

 おれたちは、機関が運営する学園で教育を受けながら、アッシュウルフのような危険な獣の討伐の依頼を受けたり、キャラバンの護衛、希少なアイテムの採集や犯罪行為の摘発、敵対している武装集団の調停など、様々なクエストをこなしていた。

「どうして、おれはここにいる? コーヴェニアの森のなかにいたはず、だよな」
「さぁ?」
「さぁって、おまえ、ディストリクト・モータルだろう……わかんないのかよ」
「わかんない。たぶん、あの天恵が関係していると思うけどね」
 ソフィがベッドの上で膝を腕で抱えながら、上目遣いでおれを見る。

 彼女は、見た目通り、コモンの女性ではない。
 よく見れば、身体が半透明で透き通っている。
「えっち」
 おれの視線に気づいたソフィが、胸を隠した。

 ……美人、というのは、まぁ、その通りと思う。
 何しろ、彼女はおれの人格の一部を分離して、日常から戦闘に至るまで、様々なサポートをさせる、疑似的な意思を持った、ディストリクト・モータルと呼ばれる存在で、外見などはおれの好みを反映させているのだから。
 彼女はおれ以外に見えず、会話をしている内容も、他の人には聞こえない。
 言ってみれば、幽霊のような存在だ。

 ソフィは白い肌に、薄い純白のドレスを身につけ、銀髪の持ち主だ。
 ほっそりしているものの、全体的にスタイルはよく、仕草なども大人っぽい。

「天恵——あの『大地神の祝福』ってやつか。おまえにも、わかんないのか」
『機能としては、フィルの生命力が低下すると、登録済みの安全な場所へ転送されるみたいね。そんなのは、『大地の加勢』にはなかったのにねぇ』
「天恵って、進化するのか——って、おまえに聞いてもわかんないか」

 おれは立ち上がると、まずは着替えをした。
 お腹も空いていたが、その前に——今日は何日だ?

 もしかすると、また死に戻りをしたのだろうか。
『今日は、黄昏月、十二日よ』
 ソフィが告げた。
「え——本当か?」

 おれは、自分の目で確かめるために、エーテル・リンケージをストレージから取り出した。
 メニューを開き、時刻と月日を確認する。
 ——七六八年、黄昏月、十二日。

 それは、おれたちがコーヴェニアで、アッシュウルフやラーマの翼蛇と戦った、次の日付だった。
 カレンダーの表示に、しばらくの間、見入ってしまう。

「そ……そんな」
 愕然と、呟きを洩らしてしまう。

 これまでの繰り返しの生のなかで、黄昏月の十一日を越えることは、一度もなかった。
 どう足掻いても、黄昏月の十一日に、ラーマの翼蛇に殺されることが、決まっていたからだ。

 それに、コーヴェニアから、おれの部屋のあるアリアンフロッド機関の学園からは、馬を飛ばしたとしても、三日はかかる距離だ。
 翌日に、この部屋のベッドで横になるなど、あり得ない話だ。

 しかし——考え込んでもしょうがない。
 頭を切り替えると、おれはベッドから立ち上がった。
 そのうち、真相は明らかとなるのだろう。

 まずは、腹ごしらえだ。
 部屋を出ると、朝食を食べるために、学園内の料理屋へと向かうことにした。


 学生寮から、おれは料理店が並ぶ一角へと向かった。
 このアリアンフロッドの学園は、本当に何でも揃っている。

 武器屋や防具、装備の修理も出来るし、ノートやペンといった日用品なども手に入る。
 料理店もあるので、食事にも困らない。

 学食のコーナーはいっつも朝から混んでいるので、おれは馴染みのベーカリーカフェへと向かった。
 カウンターのウェイトレスの娘に挨拶をすると、奥のカフェへと向かった。
 カフェの込みぐらいは、五割くらいが埋まっている、という感じだ。
 明るいオレンジ系の調度品で統一されており、女子にも人気があるカフェだった。

 おれはボリュームたっぷりのハンバーガーが気に入っているのだけど、女性たちはケーキが目当てなのが多いようだ。
 テーブル席に腰を下ろし、ハンバーガーと卵サンド、ブラックコーヒーを注文する。

 朝食が運ばれてくるまでの間、エーテル・リンケージを開いてみたが、やはり、”旗を振るもの”がどうなったのか、についての情報はなかった。
 学園内でのことなら、即座にデバイスに表示されるが、遠く離れたコーヴェニアのことなどは、商人や旅人からの口伝えなどが頼りとなる。
 少なくとも、”旗を振るもの”たちが帰還するまでは、詳しいことはわからないまま、なのだろう。

「フィル先輩じゃないですか!」
 店内に、やたらと大きい声が響いた。
「……ラファイユか」
 あんまり、会いたくない相手に見つかってしまったようだ。

 ラファイユは、”旗を振るもの”のメンバーではなく、他の小隊の一員だが、ややお喋りで口が軽いのが難点なアリアンフロッドだ。
 やや小柄で、顔はいいのだが、お調子者なので、ベテランのアリアンフロッドからは、煙たがれていることが多い。

 ラファイユは、おれの隣の椅子を引いた。
「おい。勝手に座るなよ」
「まぁまぁ。これでも、色々と噂話については、詳しいんで。フィル先輩って、今回はたまたま、コーヴェニアへの遠征とは別行動になったんですよね」
 にんまりと、笑顔を浮かべる。

 ——こいつ……。
 どういう伝なのか、わからないが、ラファイユはおれが”旗を振るもの”から追放されたことを、知っているみたいだ。

「……グレンさんと言えば、妙なことを聞いたんですけどね。一ヶ月ほど前から、学園の外に連日、出掛けて夜中になっても帰ってこない、とか。”旗を振るもの”の活動資金が大量に引き出されている、とか。或いは、アリアンフロッド機関の支援者に寄付の依頼をしている、とか」
 おれは、コーヒーを口に含むと、ゆっくりと飲み干した。

 中隊から騎士団への昇格——ということなら、色々と資金が必要となるのかもしれない。
 その調達ということだろうか?
 ——そう言えば、おれの退職金の話もあったんだった。

 ま、任務の途中で逃げ出したような形となっているので、貰えるとは思ってもいないし、必要もないのだが。
 ラファイユの話は、気にはなるが、もう追放されてしまったし、殺されかけてもいるのだ。
 もう、どうでもいいことだった。