心が折れたので、二度と元のパーティには戻りません~僻地ではじめるスローライフ

 ——あぁ……。
 絶望が、心を押しつぶしていく。
 巨大な姿に、圧倒される。

 ラーマの翼蛇との距離は、まだ矢が届くか届かないぐらいはあるのに、その大きさに、全身に震えが走る。
 砦の塔——それが、意思を持って、歩いてきている、と思えばいいのだろうか。
 攻城用の大型の弩や火薬を使った大砲などがあっても、五分の戦いも出来ないだろう。
 そのくらい、ラーマの翼蛇は強大だ。

 王国や地域によっては、ワイヴァーンの兵団や竜騎兵団といった軍隊も存在するらしいが、それがあったとしても、相打ちにするのがせいぜいだろう。
 全滅、という言葉がおれの脳裏に閃く。
 盾になる、という言葉すら、非現実的だ。

 罪悪感が、おれの心を締めつける。
 この依頼を受けたのはグレンだが、ここにラーマの翼蛇がいる、と告げなかったのは、おれだ。
 どうせ、おれは死に戻りをするのだし、追放されてしまう小隊のことなど、知ったことではない——とも、正直、考えてもいた。

 しかし、先程、エレナと会って、それが間違いだと気づかされた。
 おれにとっては、彼らとまた、会えるのかもしれないが、エレナや二番隊のみんなは一度きりの人生を精一杯、生きているのだから。

 と——鋭い喇叭の音が響いた。
「い……一番隊、突撃!」
 ——バカな……。

 あのラーマの翼蛇を見て、まだ攻撃をしかけると言うのか。
 三番隊とは、デザインの異なる鎧姿の、騎馬の兵たちが騎兵槍を構えて、集団で走り抜けていった。
 おれたち、二番隊を追い越して、進撃していく。

 後ろのほうから、炎の輪のようなものがラーマの翼蛇めがけて、いくつも向かっていった。
 魔術による攻撃だ。
 でかいだけあって、炎の輪はラーマの翼蛇に命中はするが、大したダメージとはならない。
 炎が羽毛のところで弾けるが、燃え上がることはない。

 ラーマの翼蛇が、翼を広げた。
 風の攻撃をしかけるつもりのようだ。
 身体を浮かび上がらせながら、大きな翼を素早く、動かす。

 さっきと比較にならない、暴風がおれたちに襲いかかってくる。
 地面ごと、根こそぎとなった木々が宙を舞う。
 悲鳴があがるが、風の音にかき消されてしまう。

 目を開けていられない。
 こんな状態では、戦いにすら、ならないだろう。

 さらに、大地が揺れた。
 ラーマの翼蛇が、地面を踏みしめたのだろう。
 地割れが走る。

 裂け目が現われ、逃げ切れなかった一番隊の騎馬の戦士たちが飲み込まれていく。
 同じ光景だ。
 ラーマの翼蛇には、いくら、騎士団への昇格を目の前にしている”旗を振るもの”であっても、倒すことなど、不可能なのだ。

 と——背中に激痛が走った。
 見下ろすと、剣の尖端がおれの腹部から突き出している。
 刺されたのだと、わかると、周囲の風景が霞んでいった。

 剣が背中から、引き抜かれた。
 おれは、倒れはしないものの、膝をついた。

 ラーマの翼蛇だけでなく、森や斜面、遠くの雲や空なども見えなくなってしまう。
 風景が変化したのは、刺されたことによるものではなく、奇妙な空間へと引き込まれてしまったのだと、わかった。

 半球状に閉鎖された、とても広い空間だった。
 その向こうは、虹色に変化する壁に遮られて、外がどうなっているのか、わからない。

 少し、離れたところに、血の滴る剣を右手から下げている男がいた。
 灰色のローブを頭からかぶり、表情はいっさい、見えない。
 ただ、歪められた唇とあごだけが、覗いている。

 おれは、背後から刺された腹部の傷を抑えるが、腰と腹部、両方の傷口から血が次々と流れ落ちてきていた。
 手が真っ赤に染まっている。
 致命傷ではないが、体力を奪われていっているのは、感じた。

「フィル……おまえには、ここで死んでもらいたいそうだ」
 掠れた、聞き取りづらい声で、男が言った。

 名前はわからないが、その男のことを、おれは知っていた。
 “旗を振るもの”ぐらいの大きな中隊ともなると、きれいごとでは済まないようなトラブルを抱えることになる。
 その実行部隊を率いているメンバーのひとり、ということだ。

「どうして、だ。追放するだけでは、気が済まないのか」
「おまえは、目障りってことさ。いずれ、害になるくらいなら、はやいところ、手を打っておいたほうがいい」

 ——そんなつもりはないのだが……。
 ここで、毎回、おれはラーマの翼蛇に殺されてしまうのだから、追放された先のことをまったく、考えていなかった、ということもある。

 だが……これまで、グレンの手にかかって、殺される、という未来は存在していなかった。
 何かが、変わろうとしているのだろうか。
 どっちにしろ、後ろから斬りかかってくるような卑怯な奴に、屈するつもりは、いっさいない。

「こんなことをしていても、いいのか。ラーマの翼蛇に、”旗を振るもの”全員、殺されてしまうぞ」
「心配はいらない。あの方なら対策はもう、準備してあるそうだ」
 ——対策……?

 おれは、傷口に手を当てて、立ち上がった。
 激痛が走るが、それに耐えて、脚を踏ん張る。
 流れる血が、下半身を濡らしている。

「ここは……異空間のなかか」
「……そうだ。魔術師同士の決闘用の空間だ。どちらかが死ぬまで、誰も外には出られない」
 男が、ナイフを模したミニチュア——魔術が封印された魔工具(プライマリア・サプライア)なのだろう、懐から取り出したそれを、一瞬だけ見せる。

「そうか。では、決着をつけよう」
 さっきまで使っていた剣はなくしてしまったようなので、おれは予備の刀をストレージから取り出した。
 傷口を押さえていた手をお腹から離し、両手で構える。

「グレンに伝えろ。これからは、おれに一切、関わるな、とな」
「おまえは死ぬんだよ。そんなこと、したくでも、できないだろうさ」

 男が、駆けよってくる。
 剣を上段に構え、斬りかかってきた。
 おれは、深呼吸をすると、刀を振り抜いた。

 正面から、剣と刀がぶつかる。
 白刃が煌めき、キン!という金属がぶつかる音がする。
「あ……」

 男の剣が持ち主から離れ、ぐるぐると旋回しながら、空中を飛んでいった。
 そして、刀が相手の胸を切り裂いた。
 血潮が吹き出し、そして、最後に信じられない——という目つきで、おれを見た。

「いいな? おれに、もう二度と関わるなよ」