心が折れたので、二度と元のパーティには戻りません~僻地ではじめるスローライフ

 地下墳墓内の空気が動いた。
 殺気が吹きつけてくる。
「くっ……」

 おれは、その場から飛び退った。
 床を転がり、回避する。

 さっきまで、おれのいた場所に亡旗の剣士が現れ、斧を叩きつけてきた。
 既に防護陣は展開させてはいるが、あれをまともに食らったら、かなり危険だろう。
 ”剣王の矜恃”を構えて、おれは正面から飛散してくる小石を防いだ。

 すぐに、ダッシュして迫ろうとするが、駆け出そうとするその間にまた、剣士の姿は霞み、消えてしまった。
「ちぃっ……」
 舌打ちをする。

 振り返り、”剣王の矜恃”を振り回す。
 がきん……と金属をぶつけるような音が鳴り、宙に火花が散った。
 柄を握る手に、痺れに似た衝撃が走る。
 正面から、剣士の斧とおれの斬奸刀がぶつかったのだ。

 もう一度、おれは一歩、前に踏み込んだ。
 水平に、”剣王の矜恃”を突き出す。
 コンバット・アーツのスパイラル・ブレードだ。

 一撃のダメージよりも命中率と速度を重視して放った技だが、技が届く前にまた、亡旗の剣士の姿が消えてしまった。
 コンバット・アーツは空打ちとなり、虚しく、空中で霧散していく。

 ——だめか……。
 │天賦《てんぷ》など強力な技を叩きつけてやれば、亡旗の剣士ぐらい、倒せてしまうのだろう。
 だが——そうすると、この地下墳墓も、ただではすまないだろう。
 岩盤が脆くなっていたら、崩落してしまう、ということだって、あり得る。

 おれは、リンと視線を合わせた。
 正面の床に、”剣王の矜恃”を突き刺し、深呼吸をした。

 その間に、リンが剣士に迫っていった。
 刀を構えると、飛び出す。

 おそらく——おれとリンのふたりで剣士を挟撃しようとしても、難しいと思う。
 ならば、どちらかが囮となって、隙を作るしかない。
 リンが攻撃を仕掛けている間に、おれは呪文を練り上げていった。

「千の顔を持つ、夜空の主よ、天則を司る者よ。星々ですら、星宿の掟に縛られり。汝が諸力なかれば、空間は歪み、次元は千々に乱れよう。存在の根源を法によりて禁ずるのを求めれば──」

 おれは、地下墳墓に宿る魔力から、「霊魂」と「漆黒」を呼び出し、そこから「禁制」へと呪文を使って、書き換えていった。
「深淵は今こそ門戸を解放し、縛鎖の軛を……」

 しかし——あと少しで呪文が完成する、というところで、殺気を感じた。
 反射的に、その場から飛び退る。

「くっ……」
 背後に剣士が出現し、斧を叩きつけてくる。
 水平に薙ぎ払い、おれは迫る斧の刃をぎりぎりで避けた。
 倒れ込みながら、躱したおれの顎の先を斧が通過していく。

 倒立しながら地面を腕で突き、空中で回転しながら、剣士から距離を取った。
 呪文はあと、数句で完成させられたのだが——。
 舌打ちをして、剣士を睨みつける。

 ——やはり、天賦をぶつけるしかないか……。
 声に出さずに呟いた時、奇妙な音が響いた。

 カタカタカタ……と、音が伝播するように、音がどんどん、大きくなっていく。
「な……なんの音だ……」

 そして、おれは気づいた。
 地下墳墓の、鉄格子の向こうに鎮座している骸骨が、音を鳴らしているのだ。

 ある者は、口蓋を動かし、ある者は腕を床に叩きつけ、ある者は組んだ脚を腕で打つ、というように。
 それから、おれは音と共に護の属性が急激に高まるのを感じた。
 波状に、吹きつけてくる。

 見えざる風のようなものが生じ、地下墳墓のなかを走り抜けていった。
 おれは、その風のなかに、攻撃的な意志が含まれているのを感じた。
 肌の上を、静電気のようなもので刺激される。

 おれの身体に、それ以上の害はなかったが、亡旗の剣士は違った。
 膝をつき、人には出せないような声で苦悶すると、斧と戦旗を手放した。
 護の魔力が、剣士の動きを封じているようだ。

「リン!」
「いいよっ」
 ふたりで、武器を手に、飛び出していく。

 おれは、“剣王の矜恃”で。
 リンは刀を鞘に収めたままで亡旗の剣士に迫り、居合抜きで斬りかかった。
 ふたり、同時に攻撃をする。

 技量など、何もない。
 力任せに、ただ、打撃を加えるだけの攻撃だ。

 手応えは、あった。
 剣士の鎧を切り裂き、金属を叩きつぶす感覚が、掌に走る。

 兜が落ち、それから、籠手や胸当て、胴鎧や具足などがばらばらになる。
 鎧の下から、黒い輪郭のはっきりしないものが現れた。

 そして、その黒いものは悲鳴のようなものを発するのと同時に千切れ、闇に同化するようにして、消えていった。
 あとには、亡旗の剣士の力の源泉となっていた、招魂殻が残されているだけだった。
 赤紫色の、アンバランスにカットされた石を、おれは床から拾い上げた。

 ストレージに収めると、地下墳墓を見渡した。
 もう、聖者たちの骸骨が音を鳴らすことはなかった。
 おれは、聖なる仕草を指先ですると、リンと共にまた、歩き出していった。