心が折れたので、二度と元のパーティには戻りません~僻地ではじめるスローライフ

 “街道の狼”団の武装を完全に解除し、おれたちは峡谷から引き上げることにした。
 リンたち、傭兵団”八月の涼風”は、この地域一帯を荒らし回っていたレイダーの集団、”街道の狼”団を討伐するべく、駆けつけてきたようだ。

 首領のスレッジ以下、”街道の狼”団のレイダーたちは今回の件で壊滅的な打撃を受けたようだ。
 もうちょっと、彼女たちの討伐が早ければ、おれの旅ももっと安全に続けられたところなのだけど——まぁ、それについては、何も言うまい。

 アドニのカートライナーは、車体が破損し、すぐに動かすことは難しいようだ。
 ということで、おれたちは、リンたちが用意していた、馬車に同乗させてもらうことにした。
 本来は、馬車は”街道の狼”団のレイダーたちを町まで連行するために用意していたものらしいが、それでもいいのなら——ということで、乗せてもらうことにした。

 リンたちだが、やはり傭兵団のようだった。
 リア河のこちら側にも、アリアンフロッド機関や学園のようなものはあるけど、数は少なく、危険な獣や盗賊団の討伐といった任務は独立した傭兵団などに任されていることが多い。

 “街道の狼”団の討伐の依頼を出していたのは、エレミエル王国に属する都市、グリムダールで、そこまで馬車で移動させてもらうことになった。
 アドニも、グリムダールには知り合いの商人がいるので、また渓谷に戻って、破損したカートライナーと貨物などを回収するつもりのようだ。

 護衛たちは、アドニと行動を共にするらしい。
 おれは——故郷に戻ることを優先させたいので、グリムダールでアドニたちとは別れることにした。

 “街道の狼”団に賭けられていた賞金だが——おれは受け取らなかった。
 リンたちは、こちらにも獲得する権利がある、と言ってはくれたが、おれは辞退した。

 “八月の涼風”のメンバー全員に持ち馬があることを考えると、やりくりも大変そうだ。
 というか、賞金のことは伏せておいて、おれたちと別れたあと、こっそり頂いてしまえばいいとも思うのだが——それが、リンたちのやり方、というものなのだろう。
 賞金の額のことは聞いておらず、やせ我慢をしていると思われているのかもしれないが、今のところはお金には困ってはいない。

「いやー、あんた。いい人だねぇ。フィル……うん。あんた、いい人だ」
 無理矢理、肩を組ませられ、おれとリンはグリムダールのとある酒場で、酒を飲み交わしていた。
「本当、お金いらないんだね? うん、あんた、本当にいい人だ」

 さっきから、リンは隣で同じ言葉を繰り返し、時々、背中をばしばしと叩いてきている。
 既に双陽は落ち、窓の外には宵闇が広がっている。

 酒場は窓を開け放してあるが、吹き込んでくる風は生温かく、本格的な夏の到来を感じさせた。
 片手に抱えたゴブレットのなかのエールも、すっかり冷めてしまって、なんだか、酔いが回らない感じだ。

「ごめんね。リンってば、気に入った相手には、一方的に馴れ馴れしくしちゃうから……」
 “八月の涼風”のメンバーのひとり、レッドが言った。

 彼女はどうやら、”八月の涼風”のサブリーダーみたいな立場らしい。
 どっしりとした体格肉付きはよく、背丈はおれと同じくらい。
 少し、くすんだ紅葉色の髪の持ち主で、それを背の半ばまで伸ばしている。
 見たところ、リンよりも年上っぽく、落ち着いてみえる。
 気さくな性格なのか、よくおれに話しかけてくれていた。

 テーブルには、おれとリン、レッド、それにもうひとり、無言でエールの杯をぐびぐびと乾している、コレットという男の四人。
 他のメンバーは、違うテーブルで騒いでいるようだ。

 酒場は、満員というほどではないが、カウンターには六人ほど、こちらに背中を見せ、テーブル席も端っこが空いている程度。
 女将がひとりで料理と注文、配膳を担当しているらしく、忙しそうにしている。

 なんだか、懐かしい気分だ。
 こんな風に酒場で飲むのは、ここ最近ではほとんど、なくなってしまっていた。

 二番隊の隊長となってからは、飲みに誘われることもなく、また、隊長同士でもエレナ以外とでは、飲んだことはもちろん、食事をした記憶もない。
 “旗を振るもの”が結成したばかりの頃は、グレンや他のメンバーたちとよく、任務を終えた後、食事をしたものなのだが。

「それで、フィル。あんた、自分の故郷へ戻る途中なのかい?」
 鶏の唐揚げを勧めながら、レッドが話しかけてきた。
「ん? あぁ、そうだ。ずいぶんと、離れていたので、ちょっと顔見せ程度にな」
「離れていたって、どのくらい?」
「ええと……」

 実際は、八年ほどのはずだ。
 しかし、死に戻りをしているので、おれの感覚では四十年以上も時間が経過していたことになる。

 アリハタナ村は、追い出されるようにして、後にしているので、親しい友人もおらず、正直、いい思い出なんて、ひとつもない。
 それなのに、戻りたいと思うのは、そこが出発点だからだ。
 遠くから、眺めるだけでもいい。
 それから、自分の行き先を決めてみたい。

『……そうかしらねぇ』
 ソフィがこっそりと、耳打ちをしてきた。
『本当は、アリアンフロッドとして凱旋して、村人たちにざまぁみろって思いたいんじゃないの?』

 おれはそれには答えずに、唐揚げを口にした。
 温いエールで、無理矢理、喉に流し込む。

「もう! そんなことは、もういいから。ね、ぼくたちも東へ向かうからさっ、途中まででいいんなら、馬に乗せてあげるよ」
 突然、リンがそんなことを言い出した。

「ちょ……ちょっと、リン。東へ向かうって、今、はじめて聞いたんだけど」
「うん、ぼくも今、はじめて言った。だって、次の任務なんて、まだ決まってないしね。ねぇ、フィルって、アリアンフロッドなんでしょ」

「ん? あ……あぁ。よく、わかったな」
「そりゃ、わかるよ。あんたの使っていた板剣って、斬奸刀(ざんかんとう)なんでしょ。今はひとりなの?」

『本当は、追放されたんだよね』
 ソフィが、聞こえないのをいいことに、好き勝手なことをおれに話しかけてくる。
「あぁ。まぁな」
「本当なら、”八月の涼風”に入ってもらいたいぐらいなんだけどねっ」

「それは……」
「リン、本当に、あんたって……。何でも思いつきを口にしちゃう性格は知っているけどね」
 そう言いながら、レッドは特に怒っている様子はない。
 振り回されつつも、レッド自身も愉しんでいるみたいだ。

 本当に明日には、どうなっているか、わからない。
 おれ自身、死に戻りの運命に、ついこの間まで、振り回されていたのだから。
 それならば、あまり深く考えずに、思い切って飛び込んでみるのも、ありなのかもしれない。