サヨナラの理由は選択の余白に詰めて

陽菜のお母さんとお父さんが戻ってきた後、陽菜はでかいぬいぐるみを親に預けていた。
「車で帰らなくていいの?」
「うん。ちょっと歩きたい」
そう一言言ってきた後、俺と一緒に病院を出た。
思わず空を見上げると、視界に写る世界は全て青だった。雲ひとつない、清々しいほどの朝だった。
俺と陽菜は歩いた。お互いになかなか話が切り出せなかった。
しばらくして、俺は聞いた。
「……陽翔、最後に何て言ってた?」
彼女は答えなかった。
「陽菜?」
「分かんない」
「え?」
「私も知らない」
陽菜は空を見上げた。どこか寂しそうな、安心したような横顔だった。
「最後に何を選んだのかも」
俺は何も言えなかった。
「先生と何を話したのかも知らない」
「……そっか。じゃあさ、なんであのとき、聞かなかったの?本当は知りたかったんだろ?」
陽菜は少しだけ笑った。でも、その目には涙が浮かんでいた。
「……怖かったから」
「何が?」
「答えを知るのが」
俺は黙った。陽菜の声は震えていて、いつもの覇気も何もない。
「もし私が望んでいた答えと違ったら、どうすればいいのか分からなかった」
「……うん」
「だから、知らないままでいいんだよ…」
俺は頷いた。
陽翔が最終的に何を選んだのか。
安楽死だったのか、そうではなかったのか、俺たちには分からない。
当然、それを今からでも知ることができる人はいる。
でも、俺には分からないし、陽菜にも分からない。俺たちは答えを知りたいわけじゃないから。
ただ、一つだけ。
陽翔は亡くなった。
これから先、絶対に、永遠に、不変の事実となった。

*

蓮はただ頷いてくれた。
私はポケットの中から、一つの封筒を取り出す。
これは、弟が最後に私に残してくれたもの。
そこには長い手紙と、さらに1枚のかわいいメッセージカードが入っていた。カードには、短い言葉だけが書かれていた。
『姉ちゃん、ありがとう。楽しかった。』
それだけ。
陽翔のことついては何も書かれていない。
私は紙を握りしめて、そして空の遥か先を見上げる。
「……ちゃんと、選べたのかな」
思わず涙ぐんでしまう。隣にいる蓮に申し訳ないと思えてくる。
ただ私たちの間に、沈黙がはしるだけだった。