サヨナラの理由は選択の余白に詰めて

季節が変わり、朝方などは大分冷え込んでくるようになってきた頃だった。
陽翔の体調はみるみるうちに少しずつ悪くなった。
病室で話せる時間も減り、お見舞いに行っても眠っていることが増えた。
それでも目を覚ますと、『蓮兄ちゃん今日も来てくれたの?』と言って喜んでくれた。
俺はそのたびに、『来たよ』と答えていた。

ある日、陽翔は俺に言った。
「ねえ、蓮兄ちゃん。お願いがあるんだ」
「何?どうした?」
「お姉ちゃんのこと、よろしくね」
「……なんで?」
「お願いだから」
俺は必死に笑おうとした。だけど、表情筋が引き攣るだけだった。
「分かったよ」
「約束?」
「約束」
陽翔が小指を出してきて、ゆびきりげんまんを歌い始めた。それに合わせて、俺も小指を絡めた。

さらにその数日後。12月17日。全国各地で大雪が降ってくる日。
もう夜ごはんを食べようとしていたそのとき、陽菜から連絡が来ていた。
……着信数が異常なくらいに多かった。
『病院に来て』
妙にざわざわと胸騒ぎがしていた。10分で支度を終わらせ、俺は急いで病院へ向かった。
病室前のベンチには、陽菜とその両親がいた。
誰も、何も話していなかった。呼吸もしてないの?と疑うくらいに、ここだけ静かだった。
俺は陽菜の目の前まで行った。この距離でも気付かないなんて、一体どうしたのだろうか。
「どうした?」
陽菜は俺を見るなり驚いて、それから首を横に振った。
「まだ」
「まだ?」
「は、陽翔、先生と話してる」
俺はそこで初めて思い出した。
『安楽死』
彼は以前、医師からその選択について話をされていると俺に教えてくれた。
そして今、その答えを出す時間が来たのかもしれない。
現実の残酷さを突きつけられたような気がして、俺は何も言えなかった。

やがて、病室のドアが開いて、医師が出てきた。
「陽翔くん、今は眠っています」
それだけだった。
俺は聞こうと思った。
何を選んだんですか、と。
でも聞けなかった。
陽菜も聞かなかった。
その場にいた全員、声も出せなかった。
怖かったんだ。
その答えを聞いた瞬間、自分の世界が変わってしまう気がしたから。