サヨナラの理由は選択の余白に詰めて

次の日、学校が休みなのもあって、俺は陽翔の病室に行った。
俺が行くと連絡したら、陽菜もついてきてくれた。
エレベーターではなく、これも『男の意地』だとか言ってなぜか変に調子に乗って、8階まで階段を使ったから、病室に着く頃にはすでに疲れ果てていた。我ながらバカすぎる。俺は真っ先に椅子に座った。
陽翔はその様子を見てあんぐりしていた。
今日は手元にゲーム機を持っていた。
「何のゲーム?」
「生地山battle royal(いくちやまバトルロイヤル)っていうやつ。知らない?」
「知らない」
「え、マジで?」
「俺ゲームしないから」
「蓮兄ちゃん、人生損してるよー」
「大げさだな」
「大げさじゃないよ」
陽翔はゲーム画面を見えるように置き直した。
「ここが難しいんだよ」
「へえ」
「やってみる?」
「俺が?めっちゃ下手だけど…」
「うん。大丈夫だって」
そう言われて、俺はコントローラーを受け取った。

数分後。
「……これどうするの?」
「だからそこ押して」
「押してる」
「違うって」
「え?」
「そこじゃない!逆!あーやばい!今すぐ逃げて」
色々と教えてくれるのはとてもありがたいのだが、横で大爆笑しないで欲しい…。
「下手すぎ」
陽菜がからかってきた。
「初めてだから仕方ないだろ」
「姉ちゃんより下手」
「それはひどい」「私が1番上手いし」
陽菜と同時に陽翔に反論していた。その様子を見て、陽翔はさらにお腹を抱えて笑い出した。
さらには陽翔が勝つたびに、
「弱いな、蓮兄ちゃん」
と笑われ、バカにされた。
さらには『高校生なのに』とも言ってきた。
陽菜が怒って、俺が笑うと、陽翔も笑う。
そんな時間が何度もあった。

*

私はベッド脇の椅子に座りながら、二人を見ていた。
本当に不思議だった。
ついさっきまで、蓮は『安楽死』という言葉を簡単に口にしていた。私が怒りを隠せなくなるほどに。
でも今は、ゲームに負けて悔しそうな顔をしている。
陽翔も病気の話なんて一度もしない。
ただゲームをしている。学校の話をしている。友達の話をしている。好きな食べ物の話をしている。
そこには『死ぬか、生きるか』という二択なんて微塵もなかった。
そこにはただ一人の少年がいるだけだった。
それは私の弟で、蓮の前では初対面の少年で、自分自身の未来を考えなければならない、一人の人間だった。
「姉ちゃん、明日、プリン買ってきてよ」
「また?」
「食べたいもん!」
「病院食あるでしょ」
「プリンは別」
「運動もしてないんだから、今より太るよ」
「デブな姉ちゃんに言われたくない」
「何それ!」
陽翔の口は動いていなくとも、顔はずっと懇願してきた。
「しゃーなし。いいよ」
ついに私が折れると、陽翔はガッツポーズして喜んだ。

*

「蓮兄ちゃん。姉ちゃんってさ、学校ではどんな感じなの?」
「…普通」
「嘘だ、絶対猫かぶってる」
「いや、本当に」
「猫なんてかぶってないし!」
陽菜が途中で口を挟んできた。
「陽翔、余計なこと聞かなくていいから」
「姉ちゃんさ」
陽翔が遠くを見ながら静かに笑う。
「蓮兄ちゃん…っていうか、彼氏の前だとちょっとだけ優しくなるよね」
「ならないよ」
「なる」
「ならない」
「なってるって」
「……陽翔」
「何?」
「黙って」
「…やっぱ怖い」
そのやり取りのせいで、俺は思わず吹き出した。流石は姉弟。
「笑うな!」
「ごめって」
その日は、そんな話をして終わった。
帰り際、病室のドアの前で俺は『じゃあ、また』と言って手を振った。
「またね」
陽翔は嬉しそうな、そしてどこか寂しそうな顔をして、俺たちを見送ってくれた。