答えのない病室

病院に着くと、妙な静けさを前にして急に足が重くなった。
学校とは違う匂いがする。
消毒液の匂い。
廊下を歩く看護師。
遠くから規則正しく聞こえる機械音。
俺はさっきまで言っていた言葉を思い出した。
『本人が決めればいい』
今も同じことを思っているけど、少しだけ自信がなくなっていた。
「緊張してる?」
陽菜が聞いてきた。
「ちょっと」
「大丈夫だよ」
「何が?」
「普通の子だから」
普通の子。
その言葉が妙に引っかかった。
病室の前で、美咲がドアを開ける。
「」
ベッドにいた少年が顔を上げた。
「お姉ちゃん、遅い」
「ごめん」
「今日も学校?」
「そうだよ」
「宿題は?」
「してない」
「高校生なのに?」
「うるさい」
悠が笑った。
俺は少し驚いた。
もっと静かな子だと思っていた。
病気で、もう長くない。
そう聞いていたから。
でも、目の前にいるのは普通の小学六年生だった。
「そっちは?」
悠が俺を見る。
「俺?」
「うん」
「……美咲の友達」
美咲が言った。
「彼氏」
「ちょっと!」
悠が目を丸くする。
「お姉ちゃん、彼氏いたの?」
「いたよ」
「いつから?」
「いいから」
「写真ある?」
「本人がいるでしょ」
「本物だ」
悠が笑う。
俺も笑った。
いつの間にか、病院に来る前の緊張が少しなくなっていた。