男子校の姫にされちゃったんですけど

 いい調子。と思っていたら敵が横から来る。不意打ちとは卑怯な……って俺も今したばっかりか。人のことは言えない。
 でも不意打ちするなら最後まで相手に気付かれないようにしないとな。じゃないと失敗して返り討ちにあうかも。こんな風に。
 伸びてきた腕をかわして、三つ目の鉢巻きをゲット。
「おい、姫野のチーム、なんか強くないか」
「あれのどこが姫なんだよ……」
「武者だよ、武者」
「ゲームのキャラに姫武者とかいるよな。あれか」
 ちょっと目立ち過ぎたのか、そんな声が聞こえてくる。
 ってか誰が姫武者だ。姫は役職なだけで……俺だって男なんだから普通に武者でいいだろ。
 少し離れた応援席で、高嶺先輩がジッとこっちを見て応援してくれている。俺の活躍を喜んでくれているような、でもちょっと心配してくれているような……見守ってくれているのかな。
 応援してくれている人もいるし、頑張らないとって思うけど、注目を集めてしまったせいか、敵チームから狙われているのもヒシヒシ感じる。
「内藤、後ろに回り込まれないようにギリギリまで下がろう」
 戦略的に引くことも大事。分かっているからそう提案したけど、敵も俺たちを逃がす気はないようだ。
 左右から挟み込まれるように敵チームがやってくる。流石に両サイドから襲われたらひとたまりもないので、正面から素早く突破するけど、相手も馬鹿じゃない。
 突破先に待ち構えていたのは、どっしりと構えた敵将……運動部だけで作られた騎馬チームだ。
 これはもう、やるしかない。
 正面からぶつかって、取っ組み合う。なんとか鉢巻きを取られないよう、お互い腕で牽制し合うけど、力でもリーチでも俺がやっぱり不利だった。
 相手の騎手、俺より十センチ近く背が高い。そんなでかいやつが上になって騎馬は大丈夫なのかよと思うけど、騎馬は柔道部で固められて抜群の安定感を誇っている。
「新メニュー試食権は俺たちが頂く!」
 あ、こいつらも賞品につられたのか。まあ運動部ってお腹すきそうだしな。
 だけど負けたくないのは俺も同じだ。
「俺だって新メニュー早く食べたいから!」
 それに高嶺先輩が応援してくれてるんだ。簡単に負けるわけにはいかない。
 パワー勝負にならなければ、きっと勝機はあるはず。だからなんとか相手の土俵にあがらないように注意を払う。
 でも勝負の世界は無情だった。
 相手が何気なく振り払った腕で、俺たちのチームは大きくバランスを崩す。そこから世界がスローモーションになったように、ゆっくりと景色が反転する。
 騎馬から落ちたと気付いたのは、落ちるさなかに内藤と目が合ったからだ。
 このままじゃ騎馬になってくれた内藤やクラスメイトを下敷きにしてしまう。騎馬戦に負けるのは嫌だけど、友達を怪我させるのはもっと嫌だから、俺は咄嗟に身をよじって少し離れたところに落ちるようにした。
 そのおかげで受け身は取れなかったし、無様に顔面から地面に落ちたけど、みんなを巻き添えにしなかっただけでもグッジョブだ、俺。
「姫野、大丈夫か!」
 内藤が少し焦ったような声でそう言った。
「だいじょぶ……」
 砂が口の中に入って、ちょっともごもごしながら俺は返事する。痛いけど大丈夫。鉢巻きは俺の額にまだしっかりついていたけど、騎馬から落ちた時点で俺の負け。それが騎馬戦のルールでもあった。
 高嶺先輩が応援していてくれたのに……。かっこ悪いとこ見せちゃったかな。
 悔しくて地面に突っ伏したまましばらく動けない。
 このままじゃみんなを心配させちゃうから早く起きなきゃなと思ったところで、俺の身体は地面からひょいっと引き離された。
「え、ええ?」
 何が起こったか分からず、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。でもすぐに状況を理解した。俺は誰かに抱えられている。誰かにっていうか、この柔らかいお日様みたいな匂いは、高嶺先輩に間違いない。
「え、ちょっと……高嶺先輩?」
「怪我してない⁉」
「し、してない」
 痛いところは特にない。それよりもこの状況に戸惑いを隠せない。
 騎馬から落ちた俺を心配して高嶺先輩は駆けつけてくれたんだろうけど……。
「姫、すごい落ち方してたよ⁉ ナイトを庇って落ちる姫って何⁉」
 いや、高嶺先輩が内藤を勝手にナイトって呼んでいるだけで、内藤はナイトじゃなくて俺の友達だし。
「誰かを怪我させたくないって姫の気持ちは分かるけど、自分の受け身も取れない真似はしちゃだめだよ!」
 先輩の声、すごく焦ってる。そっか。そんなに俺のこと心配してくれているんだ。
「……ごめんなさい」
「怪我はしてないって言ってたけど、とりあえず一旦医務室に……」
「あ、あの。それより降ろしてほしいんだけど」
 これじゃ目立って仕方ない。こんな……こんな米俵みたいに肩に担がれてる姿。
 高嶺先輩も必死だったんだろうけど、まさか米俵担ぎなんて。
 ほら、近くにいる内藤が必死で笑いをこらえてる。
「姫のピンチに颯爽と駆けつける先輩ってまさに王子って感じっすけど、抱き上げた方が男らし過ぎでしょ。イメージに合わないっていうか」
 内藤は半笑いだ。
「王子が姫を抱き上げるならあれでしょ、あれ。お姫様抱っこ」
 あほか、内藤。王子と姫なんて役職名であって実際は高校生の男二人なんだから、お姫様抱っこなんて必要なくてだな。
 まあ、高嶺先輩が米俵担ぎのイメージに似合わないのは同意する。
 内藤の言葉に高嶺先輩は呆れたのか、黙ったままゆっくりと俺を地面に降ろしてくれた。
 流石に恥ずかしかったからちょっとホッとする。
 ……うん。足も痛くないし、このまま自分の足で医務室に行けるかな。
 わざわざ駆けつけてくれた先輩にお礼を言おうとしたら、俺の身体はまた地面から引き離された。
「はへっ⁉」
 今度は思わず気の抜けるような変な声が出た。
 だって、だってこれは……さっき内藤が言ってたいわゆるお姫様抱っこというやつで。
 先輩の匂いや体温がものすごく間近に感じられる。顔だって、いつもより近い。
「おお。やっぱり王子にはその抱き方が似合ってますよ」
 内藤が感心したようにそう言っているけど、似合うとか似合わないとかじゃなくて!
「せ、先輩! 歩けますから!」
「駄目だよ。すごい落ち方してたし、頭を打っていたら大変だからね」
 落ちた時の痛みより、この状況のほうが俺の心臓が持たない。
「絶対に落とすつもりはないけど、姫もしっかり掴まっていて」
「つ、掴まるって……」
「首のとこに腕を回して」
 いやいや、そんなことしたらもっと先輩とくっついちゃうじゃん。
「しっかり掴まっていた方が、他の人から顔が見えにくいと思うよ? 恥ずかしいんでしょ」
 そういうものだろうか。
 恐る恐る先輩に腕を絡めると、先輩の胸に顔をうずめるような形になる。
 なるほど。確かにこれなら他の人に俺の顔は見られない。
 でも……高嶺先輩。恥ずかしさが三割増しです。先輩の胸に頬を摺り寄せるみたいになって、先輩の心臓の音まで聞こえそうになって、恥ずかしすぎて破裂しそうなんですが。
「ナイトくん。俺は姫を医務室に運ぶから、後のことは頼んだよ」
 高嶺先輩は内藤の返事を待たずに駆け出した。
 俺を抱えたままでも普通に走れるんだ。先輩って見た目より力があるんだな。
 周りは見ないようにしているけど、視線が突き刺さるのを感じる。先輩は恥ずかしくないのかな。それとも男同士で恥ずかしがってる俺がおかしいのかな。怪我しているかもしれないから、高嶺先輩は心配して運んでくれているだけなのに。
「姫、顔が真っ赤だけど、大丈夫?」
 先輩が俺の顔を覗き込む。
 何度も見た先輩の顔だけど、こんなに近いのは初めてだ。
 まつげがふさふさしていて、長い。なんか彫刻みたいに整ってる。本当に俺と同じ日本人で、同じ性別なんだろうか。
「が、顔面から落ちたから赤いんだと思う」
 俺はそんな言い訳をする。顔面から落ちたのは本当だし、顔面から落ちといて良かった。
「鼻の頭、ちょっとすりむいてるね。早く消毒しなくちゃ。痕が残ったら大変だ」
「……俺、男だしちょっとくらい痕になっても別にいいけど」
「駄目だよ。姫の大切な顔なんだから。可愛いんだから大事にしよう?」
「か、かわっ……」
 いや、可愛くないから! 可愛いってのは河合みたいなやつに言うことであって、俺は全然可愛くないから!
「あ、また顔が赤くなってきた。早く医務室で見てもらわないと心配だな……」
 高嶺先輩はそう言うけど、俺の顔が赤いのは先輩のせいです。でも先輩の言葉に照れているなんて、そんなこと口が裂けても言えないけど。
 ってか男同士なんだから、照れる俺もなんか変だ。
 先輩は野次も飛ぶ中、気にした様子もなく颯爽と駆け抜けた。
 王子が姫をお姫様抱っこしてるなんて、これも一種の出し物か、みたいには囃し立てられたけど、高嶺先輩は涼しい顔をしてスルーしていた。
 俺だけ真っ赤で、恥ずかしくて。高嶺先輩は冷静だから、俺が間違っているみたいで更にいたたまれない。
 医務室に俺を届けた先輩は、少し名残惜しそうにしながらグラウンドへと帰って行った。体育祭ももう終わりだから、生徒会長である先輩は閉会式の準備をしないといけないらしい。
「しっかり診てもらってね。何かあったらいつでも連絡して。俺たちはバディなんだから」
 そう言って俺の頭を優しく撫でた高嶺先輩に、俺は赤い顔をしたまま頷くことしか出来なかった。
 バディだから。……うん。高嶺先輩がここまで俺を気にかけて優しくしてくれるのも、俺が姫で先輩が王子だからだ。特に先輩は俺を姫に推薦したって負い目を感じている部分があるから、余計に気にかけてくれているんだろう。
 そこにきっと他意はない。
 こうして体育祭は幕を閉じた。借り人競争は大成功に終わったし、騎馬戦は負けちゃったけど、俺もそれなりに活躍できたと思う。
 残念ながら俺のいたチームは優勝出来なかったけど、食堂の新作メニューでこんなに白熱したんだから、賞品に提案してみて良かったな。
 白鷺に来て初めての体育祭はきっと一生忘れない。借り人競争の準備に走り回った日も、一生の思い出だ。
 でも、それよりも。
 最後に高嶺先輩に抱っこされたときの匂いや体温が、俺の中に焼き付いてしまっていた。


「疲れたな……」
 一人きりの生徒会室で、ふとそんな声が漏れた。
 姫野くんと今日まで借り人競争の件で走り回って、無事に大盛況のまま体育祭が終わったことで、少し気が抜けたようだ。
 疲れたけれど、嫌な気分じゃない。どこか清々しいとさえ思う。
 俺は朝に姫野くんから渡された姫活ノートをぱらりとめくる。前日までは借り人競争の不安な気持ちとか、賞品である新作メニューのことが綴られていたけど、体育祭本番の今日のページには「絶対体育祭を成功させるぞ!」とだけ、大きな文字で書かれていた。
 その勢いに思わずクスっと笑みがこぼれる。
 彼のこういうところは、本当に良いよね。
 入学していきなり姫になって、訳も分からないまま彼は全力で姫活動に取り組んでくれている。みんなのためにって一生懸命頑張っている姿は、見ているだけで応援したくなる。
 頼ることを知らなかった姫野くんが、素直に頼ってくれることもすごく嬉しい。
 今までこんなに後輩に慕われたことってなかったからか、本当に可愛いなって思う。
「同じ学年だったら、三年間一緒にいられたのにな……」
 そうしたら一緒に競技に出て、一緒に授業を受けて、一緒の思い出がどんどん作れるのに。王子と姫の関係ではなくなるけど、ただの友達として彼といられたら、きっと毎日が楽しいに違いない。それが出来るナイトくんや河合くんが羨ましいと思ってしまう。
 ナイトくんと言えば、姫野くんが彼を庇うように騎馬から落ちた時は、心臓が止まるかと思った。
 友達思いなのは彼の良いところだけど、それで受け身も取らないなんて。
 考えるより先に、身体が動いていた。あれほど焦ったのは、自分でも少し意外だった。