賞金や賞品もないのに、やる気が起きない。身も蓋もないと思うけど、正直何かあった方がみんなの意識も前向きになるのは確かだ。
「……気持ちは分かるけど難しいね。予算だってあるし」
「それは俺も理解しています。だからお金がかからないことならいいかなって……」
「何か考えでもある?」
「はい。実は相手先にはもう話してあるんですが……」
お金のかからない賞品だから、正直どこまでみんなのやる気に火を付けられるか分からなかった。
でもいざ体育祭本番になって、みんなの様子を見ている限り、成功かなって思う。
その証拠に、競う意味が分からないと言っていた氷室先輩が、なんだか体育祭に前のめりで。
「Aチームの選手! こちらへ来てお題を!」
……なんて応援席から選手に手を振ってる。まさか、積極的にお題を聞こうとする生徒の筆頭に、氷室先輩がなるとは俺も思わなかった。
河合は小走り……多分河合なりの全力で氷室先輩の元へと向かう。
「お、お題は犬を飼っている人、です!」
お、河合ちゃんと言えたじゃん。
「俺んち、犬飼ってるぞ!」
「俺の実家にも犬いる!」
河合の言葉に応援席から声が飛ぶ。複数声が上がって河合は戸惑うけど、その辺りは氷室先輩がバシッと決めてくれた。
「最初に挙手したあなた。河合くんとゴールへ向かってください」
「了解、副会長!」
「必ず勝ちます。食堂の新作メニュー試食権利は、私たちのものです」
お金のかからない賞品を何にするか。俺が考えたのは、やっぱり男子高生の食欲をダイレクトに刺激するのが効果的じゃないかってことだった。
気さくな食堂のおばちゃんたちに相談を持ち掛けたところ、新作メニューの試食を提案された。新作メニューはみんなが飽きないために定期的に追加されるし、そのためには何度も試作をしなきゃならない。それを食べる人も当然必要だし、それは考えたおばちゃんたちよりも実際に食べる学生の反応を見るほうが余程参考になる。
まさにwin―winな関係だ。
……氷室先輩がこの賞品にあんなに食いつくのは予想外だったけど。氷室先輩に対するイメージがちょっと変わったかもしれない。
でも体育祭を楽しめるきっかけになったなら良かったかな?
河合が犬を飼っている先輩を連れて頑張って走ってる。河合、頑張ってるな。足が遅いから連れられている先輩が河合のペースに合わせてあげている。良い先輩でよかった。
一番最初にゴールしたのは河合だった。河合は肩で息をしながら、自分が一等になったのが信じられないみたいに、きょろきょろ辺りを見回している。体育祭が憂鬱でたまらなかった河合は、今まで自分が一番になったことはないって言っていた。毎回チームの足を引っ張るって。でも今回はチームに大きく貢献したぞ。
犬を飼っている先輩は河合にハイタッチを促している。河合は笑顔で先輩と手を重ねた。
良かったな、河合。
あんなに体育祭が嫌だと顔を曇らせていた河合の笑顔を見ることが出来て、俺はちょっとホッとする。
河合のゴールから少し遅れて、他の選手たちがゴールしてくる。悔しそうな選手もいれば、一等じゃなくても楽しそうに笑顔を見せている選手もいた。
俺は隣で借り人競争の行方を見守っている高嶺先輩に声をかける。
「ちょっとは成功、しましたよね?」
今まで活躍出来なった運動が苦手なやつも笑顔になれて、やる気が出ないって言ってた氷室先輩みたいな人たちも、賞品が出ることで楽しめるようになった。
全員が全員そうじゃないのは分かってるけど、少しでも功を奏したなら……それは成功って言ってもいいのかな。
高嶺先輩は突然、俺の頭をぐしゃぐしゃと少し乱暴に撫でた。
「ちょっ……先輩! 何するんですか」
「ちょっとは成功どころか、大成功でしょ。もっとちゃんと見てごらん」
高嶺先輩が優しい眼差しでグラウンドを見ている。俺は先輩の視線の先を追った。
そこに広がっていたのは、優しい光景だった。
「あの……先輩はどんなワンちゃんを飼っているんですか?」
「うちは柴犬だよ! 犬好き?」
「は、はい。好きです。うちでは飼っていないけど、動画とかよく見てて……」
「なら俺んちの犬の動画とかも見てみる? 親からよく送られてきてさー、可愛いんだ」
人見知りの河合が、初めて会った先輩と笑顔で話をしている。その近くにいる借り人競争の選手たちも、
「まさか同じ歌手が好きな先輩がいると思わなかった! 結構マイナーだから、今まで話が出来る人がいなくて」
「どんな漫画が好きなんですか? 今度おすすめの漫画貸してくださいよー」
借り人競争で走った人たちが、お題をきっかけに話を広げていた。
普段は人見知りの河合も、一等をとった興奮を冷めやらぬ様子で、話に花を咲かせている。
人と人との繋がりが、目の前で生まれていた。なんてあったかい光景なんだろ。
「頑張ったね、姫」
高嶺先輩の言葉が胸にじわっとくる。
俺の頑張りが、こうやって目の前に結果として出ていることに、ここまでの努力が無駄じゃなかったんだって思えた。
正直、こんな達成感、生まれて初めてだ。
大変だったけど、やってよかったって心から感じる。
俺は高嶺先輩に向き合うと、手を掲げた。先輩は一緒何か分からなかったのか、面を喰らったような顔をしたけど、すぐに俺の行動の意味に気付いたように顔をほころばせる。
パンっと軽く乾いた音を立てて、俺たちは成功を祝うようにハイタッチした。
高嶺先輩との初めての共同作業は、こうして大成功したのだった。
体育祭も終盤。優勝争いも佳境を迎えている。勝負の行方を決めるのは、体育祭の花形競技の騎馬戦だ。
「高嶺先輩、俺騎馬戦に出るから応援よろしく!」
俺がそう言うと高嶺先輩は驚いたように目を丸くした。
「……待って。姫、午前中にも色んな競技出てたし、午後に二人三脚とリレーも出てたよね? まだ出るの? しかも騎馬戦に?」
「うん! ってか先輩、しっかり俺のこと応援してくれてんだね。種目まで覚えてくれてるんだ」
「そりゃあんなに盛り上がったら、嫌でも覚えるよ」
リレーでは俺が走るチームがぶっちぎりで一位になったし、二人三脚では内藤との爆走っぷりが会場をどよめかせた。特に二人三脚は二人で走っているはずなのに、そんじょそこらの一人で走ってる人間より早いんじゃないかって話題になったくらい。
まあ、内藤とは息がぴったりだからな。昔からの友達みたいに、なんか気が合う。
「……姫ってナイトくんと仲がいいんだね」
ナイトくん? ああ、内藤のことか。
「同じクラスだし、気は合う方かな」
「そう。……騎馬戦もナイトくんと?」
「うん。同じチームだけど」
「……へぇ」
つれない返事をした高嶺先輩の声は、なんだか低かった。先輩、どうしたんだろう。
「……俺も姫と一緒の競技に出たかったな」
先輩がふいにそう呟く。
「でも高嶺先輩は三年だし、俺と同じ競技に出ても競えませんよ?」
俺的には高嶺先輩相手に全力を出すのも悪くないんだけど。高嶺先輩、運動部の先輩並みに活躍してたし。
高嶺先輩は俺の言葉に困ったような顔でほほ笑んだ。
「……そういう意味じゃないんだけど」
意味が分からず首を傾げた俺に、高嶺先輩は苦笑する。……本当にどうしたんだろう?
「まあ、いいや。騎馬戦出場するんでしょう? 頑張っておいで」
「……うん」
なんだか複雑そうな高嶺先輩の表情に、俺の歯切れも悪くなる。
「そんな顔しないで。騎馬戦なんだから、勇ましくないと。危ない競技だから、気を付けてね」
高嶺先輩が何を思っているか俺にはよく分からなかったけど、それでも頑張れって背中を押してくれる。
……うん。なら俺は頑張るしかない。それが応援してくれる高嶺先輩に応えることになる、よな?
入場口にはすでに騎馬戦に出る選手が集まっていて、内藤の姿もそこにあった。みんなそれぞれ小さく集まって、作戦会議をしている。どのチームも気合十分、背中から闘志の炎がメラメラしているのが見えた。
だが残念だな。勝つのは俺たちのチームだ。
「おせーよ、姫野」
そんな風に言った内藤も、目の奥が燃えている。ちなみにこいつも賞品に釣られた口だ。
「作戦はどうする?」
「作戦? 全員倒す!」
「いや、それ作戦になってないから。脳筋か、お前は」
「まあ、半分冗談。半分は本気。とりあえず要注意なのはあの辺りだよな」
俺はちらりと横目で少し離れたところにいるチームに視線を送る。どのチームもチラチラ見ている、要注意人物たちだ。
「運動部で集まったチームだな。身体も態度もどのチームよりでかい」
内藤が少し毒づいた。実際、体育祭は俺たちの独壇場だと言わんばかりの態度が目立ったから、気持ちは分からんではない。
「正面から行くと力負けするぞ。どうする?」
「あっちがパワーでくるならこっちは速さで勝負する。上の奴がでかい分、小回りが利きにくい」
「姫野は小さいもんな」
「小さくねーよ! 内藤も俺とあんまり変わらないだろ」
「俺は百七十あるし」
ギリギリちょっと超えたくらいで俺と数センチしか変わらないくせに、ちょっとむかつく。
「……出来るだけ小回り利かせたいから、体重は前の内藤にかけるからな。俺よりでかいんだから、余裕だろ」
「……別に、余裕だし」
俺のこと小さいと言った手前、そういうしかないよな。まあ、俺のこと小さいって言わなくても最初から内藤には頑張ってもらうつもりだったけど。
パワーがない分、速さと小回りで勝負するしかないからな。
「俺が上からその都度指示は出す。大丈夫、勝機はある」
俺は鉢巻きを額にぎゅっと巻く。こいつを取られたら敗北だから、結ぶ力も必然と強くなる。
人間で作られた騎馬に跨り、いざ出陣だ。
「おいおい。姫ちゃんが騎手って、ほんとお転婆姫だな」
「足は速かったけど、騎馬戦は弱そう」
「ってか今日はスカートじゃないんだな」
「怪我しない程度に頑張れー」
応援席からそんな野次が飛んでくる。一応姫だからか、学校ではそれなりに顔が知られているみたいだ。それはいいんだけど、なんだか随分甘く見られている気がする。
そしてそれは騎馬戦に出ている他のチームもそうみたいで、なんというか生暖かい目で見られている気がしてならない。
舐められたもんだなぁ。
そして内藤もそう感じていたみたいで、
「……どうする? 開幕から潰すか?」
うーん、内藤ったらやる気満々。それは俺もだけど。
「……だな。目にもの見せてくれよう」
指定の場所につくと、意識を戦場へ集中させる。ちょっと緊張しつつも、この高揚感がたまらない。やるぞって気になる。
騎馬戦らしく、開戦の合図は太鼓だった。
ドンドンと徐々に早くなる太鼓の音と共に、雄たけびを上げて騎馬たちが敵陣を目掛けて突っ込んでいく。
開幕から潰す、と言ったけれど、俺たちは悠々と焦らずに進んだ。待っているだけで敵は突っ込んでくるし、こういう時、真打はどっしり構えているもんだろ?
ほら、行ってるそばから敵が来た。
「姫だかなんだか知らないけど、勝たせてもらうぜ!」
猪突猛進に突っ込んでくる敵将に、胸が熱い。でもな、頭は意外と冷静。勝負事はそうじゃないと、勝機が見えにくいもんだ。
「悪いけど、勝ちは譲れないなぁ」
食堂の新作メニュー、俺だって早く食べたいんだから。
力で不利なのは分かってる。だから押し合わずに身を引き、相手がバランスを崩したところですかさず鉢巻きに手を伸ばした。
まずは一人。
「敵将、討ち取った」
なんてゲームで聞いたことのある台詞を言ってみる。一回言ってみたかったんだよな。
この勢いのまま次に行くべく、ターゲットを探す。
うんうん。前の敵に集中しすぎて周りが見えていないのがチラホラいる。そこが狙い目だな。
内藤に耳打ちして、素早く、でも静かに回り込む。そうして相手が前ばかりに気を取られているうちに……二つ目の鉢巻きゲットだ。
「……気持ちは分かるけど難しいね。予算だってあるし」
「それは俺も理解しています。だからお金がかからないことならいいかなって……」
「何か考えでもある?」
「はい。実は相手先にはもう話してあるんですが……」
お金のかからない賞品だから、正直どこまでみんなのやる気に火を付けられるか分からなかった。
でもいざ体育祭本番になって、みんなの様子を見ている限り、成功かなって思う。
その証拠に、競う意味が分からないと言っていた氷室先輩が、なんだか体育祭に前のめりで。
「Aチームの選手! こちらへ来てお題を!」
……なんて応援席から選手に手を振ってる。まさか、積極的にお題を聞こうとする生徒の筆頭に、氷室先輩がなるとは俺も思わなかった。
河合は小走り……多分河合なりの全力で氷室先輩の元へと向かう。
「お、お題は犬を飼っている人、です!」
お、河合ちゃんと言えたじゃん。
「俺んち、犬飼ってるぞ!」
「俺の実家にも犬いる!」
河合の言葉に応援席から声が飛ぶ。複数声が上がって河合は戸惑うけど、その辺りは氷室先輩がバシッと決めてくれた。
「最初に挙手したあなた。河合くんとゴールへ向かってください」
「了解、副会長!」
「必ず勝ちます。食堂の新作メニュー試食権利は、私たちのものです」
お金のかからない賞品を何にするか。俺が考えたのは、やっぱり男子高生の食欲をダイレクトに刺激するのが効果的じゃないかってことだった。
気さくな食堂のおばちゃんたちに相談を持ち掛けたところ、新作メニューの試食を提案された。新作メニューはみんなが飽きないために定期的に追加されるし、そのためには何度も試作をしなきゃならない。それを食べる人も当然必要だし、それは考えたおばちゃんたちよりも実際に食べる学生の反応を見るほうが余程参考になる。
まさにwin―winな関係だ。
……氷室先輩がこの賞品にあんなに食いつくのは予想外だったけど。氷室先輩に対するイメージがちょっと変わったかもしれない。
でも体育祭を楽しめるきっかけになったなら良かったかな?
河合が犬を飼っている先輩を連れて頑張って走ってる。河合、頑張ってるな。足が遅いから連れられている先輩が河合のペースに合わせてあげている。良い先輩でよかった。
一番最初にゴールしたのは河合だった。河合は肩で息をしながら、自分が一等になったのが信じられないみたいに、きょろきょろ辺りを見回している。体育祭が憂鬱でたまらなかった河合は、今まで自分が一番になったことはないって言っていた。毎回チームの足を引っ張るって。でも今回はチームに大きく貢献したぞ。
犬を飼っている先輩は河合にハイタッチを促している。河合は笑顔で先輩と手を重ねた。
良かったな、河合。
あんなに体育祭が嫌だと顔を曇らせていた河合の笑顔を見ることが出来て、俺はちょっとホッとする。
河合のゴールから少し遅れて、他の選手たちがゴールしてくる。悔しそうな選手もいれば、一等じゃなくても楽しそうに笑顔を見せている選手もいた。
俺は隣で借り人競争の行方を見守っている高嶺先輩に声をかける。
「ちょっとは成功、しましたよね?」
今まで活躍出来なった運動が苦手なやつも笑顔になれて、やる気が出ないって言ってた氷室先輩みたいな人たちも、賞品が出ることで楽しめるようになった。
全員が全員そうじゃないのは分かってるけど、少しでも功を奏したなら……それは成功って言ってもいいのかな。
高嶺先輩は突然、俺の頭をぐしゃぐしゃと少し乱暴に撫でた。
「ちょっ……先輩! 何するんですか」
「ちょっとは成功どころか、大成功でしょ。もっとちゃんと見てごらん」
高嶺先輩が優しい眼差しでグラウンドを見ている。俺は先輩の視線の先を追った。
そこに広がっていたのは、優しい光景だった。
「あの……先輩はどんなワンちゃんを飼っているんですか?」
「うちは柴犬だよ! 犬好き?」
「は、はい。好きです。うちでは飼っていないけど、動画とかよく見てて……」
「なら俺んちの犬の動画とかも見てみる? 親からよく送られてきてさー、可愛いんだ」
人見知りの河合が、初めて会った先輩と笑顔で話をしている。その近くにいる借り人競争の選手たちも、
「まさか同じ歌手が好きな先輩がいると思わなかった! 結構マイナーだから、今まで話が出来る人がいなくて」
「どんな漫画が好きなんですか? 今度おすすめの漫画貸してくださいよー」
借り人競争で走った人たちが、お題をきっかけに話を広げていた。
普段は人見知りの河合も、一等をとった興奮を冷めやらぬ様子で、話に花を咲かせている。
人と人との繋がりが、目の前で生まれていた。なんてあったかい光景なんだろ。
「頑張ったね、姫」
高嶺先輩の言葉が胸にじわっとくる。
俺の頑張りが、こうやって目の前に結果として出ていることに、ここまでの努力が無駄じゃなかったんだって思えた。
正直、こんな達成感、生まれて初めてだ。
大変だったけど、やってよかったって心から感じる。
俺は高嶺先輩に向き合うと、手を掲げた。先輩は一緒何か分からなかったのか、面を喰らったような顔をしたけど、すぐに俺の行動の意味に気付いたように顔をほころばせる。
パンっと軽く乾いた音を立てて、俺たちは成功を祝うようにハイタッチした。
高嶺先輩との初めての共同作業は、こうして大成功したのだった。
体育祭も終盤。優勝争いも佳境を迎えている。勝負の行方を決めるのは、体育祭の花形競技の騎馬戦だ。
「高嶺先輩、俺騎馬戦に出るから応援よろしく!」
俺がそう言うと高嶺先輩は驚いたように目を丸くした。
「……待って。姫、午前中にも色んな競技出てたし、午後に二人三脚とリレーも出てたよね? まだ出るの? しかも騎馬戦に?」
「うん! ってか先輩、しっかり俺のこと応援してくれてんだね。種目まで覚えてくれてるんだ」
「そりゃあんなに盛り上がったら、嫌でも覚えるよ」
リレーでは俺が走るチームがぶっちぎりで一位になったし、二人三脚では内藤との爆走っぷりが会場をどよめかせた。特に二人三脚は二人で走っているはずなのに、そんじょそこらの一人で走ってる人間より早いんじゃないかって話題になったくらい。
まあ、内藤とは息がぴったりだからな。昔からの友達みたいに、なんか気が合う。
「……姫ってナイトくんと仲がいいんだね」
ナイトくん? ああ、内藤のことか。
「同じクラスだし、気は合う方かな」
「そう。……騎馬戦もナイトくんと?」
「うん。同じチームだけど」
「……へぇ」
つれない返事をした高嶺先輩の声は、なんだか低かった。先輩、どうしたんだろう。
「……俺も姫と一緒の競技に出たかったな」
先輩がふいにそう呟く。
「でも高嶺先輩は三年だし、俺と同じ競技に出ても競えませんよ?」
俺的には高嶺先輩相手に全力を出すのも悪くないんだけど。高嶺先輩、運動部の先輩並みに活躍してたし。
高嶺先輩は俺の言葉に困ったような顔でほほ笑んだ。
「……そういう意味じゃないんだけど」
意味が分からず首を傾げた俺に、高嶺先輩は苦笑する。……本当にどうしたんだろう?
「まあ、いいや。騎馬戦出場するんでしょう? 頑張っておいで」
「……うん」
なんだか複雑そうな高嶺先輩の表情に、俺の歯切れも悪くなる。
「そんな顔しないで。騎馬戦なんだから、勇ましくないと。危ない競技だから、気を付けてね」
高嶺先輩が何を思っているか俺にはよく分からなかったけど、それでも頑張れって背中を押してくれる。
……うん。なら俺は頑張るしかない。それが応援してくれる高嶺先輩に応えることになる、よな?
入場口にはすでに騎馬戦に出る選手が集まっていて、内藤の姿もそこにあった。みんなそれぞれ小さく集まって、作戦会議をしている。どのチームも気合十分、背中から闘志の炎がメラメラしているのが見えた。
だが残念だな。勝つのは俺たちのチームだ。
「おせーよ、姫野」
そんな風に言った内藤も、目の奥が燃えている。ちなみにこいつも賞品に釣られた口だ。
「作戦はどうする?」
「作戦? 全員倒す!」
「いや、それ作戦になってないから。脳筋か、お前は」
「まあ、半分冗談。半分は本気。とりあえず要注意なのはあの辺りだよな」
俺はちらりと横目で少し離れたところにいるチームに視線を送る。どのチームもチラチラ見ている、要注意人物たちだ。
「運動部で集まったチームだな。身体も態度もどのチームよりでかい」
内藤が少し毒づいた。実際、体育祭は俺たちの独壇場だと言わんばかりの態度が目立ったから、気持ちは分からんではない。
「正面から行くと力負けするぞ。どうする?」
「あっちがパワーでくるならこっちは速さで勝負する。上の奴がでかい分、小回りが利きにくい」
「姫野は小さいもんな」
「小さくねーよ! 内藤も俺とあんまり変わらないだろ」
「俺は百七十あるし」
ギリギリちょっと超えたくらいで俺と数センチしか変わらないくせに、ちょっとむかつく。
「……出来るだけ小回り利かせたいから、体重は前の内藤にかけるからな。俺よりでかいんだから、余裕だろ」
「……別に、余裕だし」
俺のこと小さいと言った手前、そういうしかないよな。まあ、俺のこと小さいって言わなくても最初から内藤には頑張ってもらうつもりだったけど。
パワーがない分、速さと小回りで勝負するしかないからな。
「俺が上からその都度指示は出す。大丈夫、勝機はある」
俺は鉢巻きを額にぎゅっと巻く。こいつを取られたら敗北だから、結ぶ力も必然と強くなる。
人間で作られた騎馬に跨り、いざ出陣だ。
「おいおい。姫ちゃんが騎手って、ほんとお転婆姫だな」
「足は速かったけど、騎馬戦は弱そう」
「ってか今日はスカートじゃないんだな」
「怪我しない程度に頑張れー」
応援席からそんな野次が飛んでくる。一応姫だからか、学校ではそれなりに顔が知られているみたいだ。それはいいんだけど、なんだか随分甘く見られている気がする。
そしてそれは騎馬戦に出ている他のチームもそうみたいで、なんというか生暖かい目で見られている気がしてならない。
舐められたもんだなぁ。
そして内藤もそう感じていたみたいで、
「……どうする? 開幕から潰すか?」
うーん、内藤ったらやる気満々。それは俺もだけど。
「……だな。目にもの見せてくれよう」
指定の場所につくと、意識を戦場へ集中させる。ちょっと緊張しつつも、この高揚感がたまらない。やるぞって気になる。
騎馬戦らしく、開戦の合図は太鼓だった。
ドンドンと徐々に早くなる太鼓の音と共に、雄たけびを上げて騎馬たちが敵陣を目掛けて突っ込んでいく。
開幕から潰す、と言ったけれど、俺たちは悠々と焦らずに進んだ。待っているだけで敵は突っ込んでくるし、こういう時、真打はどっしり構えているもんだろ?
ほら、行ってるそばから敵が来た。
「姫だかなんだか知らないけど、勝たせてもらうぜ!」
猪突猛進に突っ込んでくる敵将に、胸が熱い。でもな、頭は意外と冷静。勝負事はそうじゃないと、勝機が見えにくいもんだ。
「悪いけど、勝ちは譲れないなぁ」
食堂の新作メニュー、俺だって早く食べたいんだから。
力で不利なのは分かってる。だから押し合わずに身を引き、相手がバランスを崩したところですかさず鉢巻きに手を伸ばした。
まずは一人。
「敵将、討ち取った」
なんてゲームで聞いたことのある台詞を言ってみる。一回言ってみたかったんだよな。
この勢いのまま次に行くべく、ターゲットを探す。
うんうん。前の敵に集中しすぎて周りが見えていないのがチラホラいる。そこが狙い目だな。
内藤に耳打ちして、素早く、でも静かに回り込む。そうして相手が前ばかりに気を取られているうちに……二つ目の鉢巻きゲットだ。
