高嶺先輩が城戸の名前を呼ぶ。優しいけど凛とした声音は、学校の代表……生徒会長という感じだった。
「無理に一緒に食べなくていいよ。でも君の席はあるから、気が向いたら来ればいい」
先輩は城戸に向かって一度柔らかく微笑んだ。
城戸は何も言わない。高嶺先輩の言葉になんて返事をしていいのか分からないというように、小さく唇を噛んで俯いた。
俺には城戸が何を思っているか分からない。ただ、俺には強引に城戸を誘うことしか出来なかった。高嶺先輩みたいに城戸に選択肢を与えることなんて、頭にすらない。
だから氷室先輩に、俺はおせっかいなんて言われるのかも知れなかった。
なんていうか、スマートに城戸の意思を尊重する高嶺先輩の言葉は、大人だなと感じる。
たった二歳しか先輩と変わらないはずなのに、その差になんだか……悔しいようなちょっと憧れるような。
「姫? ずっとこっちを見てどうしたの? 何か俺の顔についてる?」
「べっつにー」
自分の気持ちを素直に認めたくなくて、俺はわざと素っ気なくそう言った。
まあ、俺の下手な演技なんて多分高嶺先輩にはばれている。その証拠に高嶺先輩の頬が、笑うのを我慢するようにぴくぴくしていた。
それでも言葉にしないのがやっぱり大人というか……俺なら絶対口に出してしまうと思うから。
席について、ようやく俺たちは昼食にありつく。
俺と内藤は山盛りのご飯。河合は可愛らしい小盛りで、食事一つとっても個性が出る。氷室先輩が俺や内藤と同じ山盛りご飯を食べていたのが、ちょっと意外だった。
俺の隣の席は空けてあるけど、俺たちが昼食を平らげてからも、城戸は来ることはなかった。
何度か食堂内に目を走らせ、城戸の姿を探したけど、ついに城戸の姿を見つけることは出来ない。
「……購買のほうに行っちゃったのかな」
簡素にはなるが、購買部でパンでも買えば昼食の代わりにはなる。
自分が誘わなければ城戸はここでちゃんとした食事を摂れたかもしれない。そう思うとなんだか罪悪感が湧いてくる。
「あなたらしくないですよ」
余程暗い顔をしていたのか、氷室先輩がそんな風に言ってきた。
「ここで食事を摂らないと決めたのは彼自身。あなたが気に病む必要はないはずだ」
「でも……」
「姫、城戸くんには城戸くんの考えがあるんだよ。一緒に食事出来なかったのは残念だけれど……」
空になった食器に俺は目を落とす。日替わり定食の唐揚げはボリュームがあって、揚げたてで美味しかった。だからこそ、あったかいご飯を城戸にも食べて欲しかったなと、少し寂しい気持ちになる。
「いつか城戸くんと一緒にご飯食べられるといいね」
高嶺先輩の言葉に俺は頷いて答える。
城戸が何を考えているのか、俺には分からない。でも、いきなり知らない人間に声を掛けられても困るのは仕方ないよな。
俺はまだ城戸に信用されていない。きっとそれだけのことだ。
「よしっ、姫活頑張るぞー!」
そうしていけば、いつかきっと城戸も心を開いてくれると信じてやるしかない。
「切り替えんの早っ!」
「それが姫野くんのいいところだよね」
内藤と河合の言葉に、高嶺先輩が笑顔で頷く。
氷室先輩は相変わらず冷めた目で俺を見ていたけど、きっとこれがこの人の通常運転なんだろう。
姫になってまだ日が浅いけど、俺にはもう仲間がいる。城戸にもこんな仲間が出来たらいいな。
退屈そうな城戸の顔を思い浮かべつつ、俺はやるぞと拳を突き上げた。
白鷺学園に入学してから初めの大きな行事、体育祭。いつも思うんだけど、なんで雨の降りやすい六月にわざわざ体育祭をやるんだろうな。
ともあれ、一年にとっては初めての行事なわけで、運動好きのやつはそわそわ、運動が苦手なやつは憂鬱そうな顔をしている。
俺や内藤は前者で、河合は後者だ。
「いいなぁ、姫野くんも内藤くんも。僕は運動音痴だからみんなのお荷物だよ……。気が重いなぁ」
体育祭が迫る日、何気なく言った河合のこの言葉が、俺にはなぜか妙に刺さった。
「そんなに嫌なもん? 代わりに授業ないし、ラッキーじゃない?」
「それは運動出来る人の発想だよ。僕にとっては授業受けているほうが余程いいよ」
「マジか」
座ってジッとしていることの方が苦痛な俺にとっては信じられない話だ。
「姫野、もし数学大会なんてもんがあったら憂鬱で仕方ないだろ。河合にとってはそれと一緒だ」
「それ、説得力ある」
数学が苦手で赤点ギリギリの俺にとって、それはかなり切実な問題だ。
「運動が苦手なのは僕だけの問題だけど、体育祭はチームプレイだから……。誰かに迷惑かけると思ったら、ますます嫌になっちゃうよ」
「なるほどなぁ」
せっかくの行事なのに、苦痛なだけなのはそりゃ嫌だよな。
かと言って今から特訓したところで運動音痴なんてすぐに良くなるわけでもないし。
みんなが楽しめる行事に出来たらいいのに。
「運動が苦手でもなんとかなる競技があったら、なんとかなるのか……?」
「体育祭にそんな競技あるか?」
内藤の疑問ももっともだ。でも俺はこう思う。
「ないなら作ればいいじゃん」
「お。また姫活か?」
姫の目的はあくまで一年の居場所を作ること。体育祭をどうのこうのする権限なんてない。でも、一年の居場所を作る、という名目でなら、出来ることもあるはずだ。
運動が苦手なのは河合だけじゃない。二年にも三年にも、そんな人は大勢いる。そんな人たちが少しでも楽しめる競技を作れたら、それは一年だけじゃなく、みんなの居場所を作れるんじゃないかなって思う。
「よしっ。やるだけやってみるか!」
そんなこんなで放課後、生徒会室へ駆け込んだ俺は、先に来ていた高嶺先輩に意気揚々とこの話をした。
「それはまた、姫活の範疇を超えた話だね」
高嶺先輩は苦笑しながらそう言う。
「でも、せっかくならみんなが楽しめる体育祭にしたいじゃん」
「気持ちは分かるけどね。何か具体的な案でもあるの?」
先輩にそう言われて、俺は言葉に詰まる。
これだけ力説して新しい競技を作ろうなんて言っているけど、具体的な案どころかおぼろげに浮かぶものもない。全くのノープラン。
「……流石にそれじゃ先生たちも納得しないんじゃないかな」
ぐうの音も出ない。
「でも……諦めたくないんだ」
体育祭が嫌いな人の気持ちなんて今まで考えたことなかったし、知ろうともしなかった。でも知ってしまったから、自分に何か出来るならしたいと思う。見て見ぬふりは性に合わない。
頭は悪いから具体的な案は思い浮かばないけど……。
「諦めることはないと思うよ」
「え? でも先輩さっき……」
「今のままじゃ実現は出来ない。じゃあどうやったら実現できるかを考えようよ」
「考えるって言っても……」
考えるよりも行動をモットーに生きてきた俺だ。頭を使うことは正直、得意じゃない。
どうやったら実現できるかなんて、俺一人じゃ到底分からなかった。
「こら。一人で考えろなんて、一言も言ってないよ」
「高嶺先輩?」
「なんのために俺がいると思ってるの。俺たち、バディなんでしょ?」
先輩の言葉に俺はハッとした。
そうだ。先輩は俺のバディ……相棒で、白鷺で一番最初に出来た友達は河合だったけど、高嶺先輩は一番最初に出来た俺の、姫の仲間なんだ。
「姫の不得意な部分を補うのが俺の役目なんだから、ちょっとは頼って」
高嶺先輩の笑顔が眩しく、頼もしい。
先輩とはいえ同じ男だし、頼るなんて少し気恥ずかしさはあるけど、高嶺先輩には素直に頼ってもいいんだって思える。俺の苦手なことを笑う人じゃないし、先輩は俺にはないものを持ってる人だから。
「……じゃあ先輩も、不得意なことがあったら俺を頼ってくださいね」
実際に高嶺先輩が俺に頼るなんてことはきっとないだろうけど、俺はあえてそう言った。
先輩はもちろん、と頷いた後、真面目な表情へと戻る。普段、俺と話をしているときより幾分キリっとしていて、なんとなく入学式の日に壇上にいた高嶺先輩を思い出した。きっと生徒会長としての先輩の顔なんだろう。
高嶺先輩は俺より年上だから大人っぽいなって思うけど、今の先輩は出来る大人って感じで、いつもより格好良く見える。
恥ずかしいから絶対口にはしないけど。
「姫活の範疇は超えているけど、実際一人でも多くの生徒が体育祭を楽しめた方がいいのは確かだね」
「うん。河合なんかもう、今から悲壮な顔をしててさ」
「そんなに体育祭が苦痛なんだ? ……言われてみると、律もこの季節はため息が多くなるかもしれない」
「氷室先輩も運動得意じゃないんだ?」
確かに氷室先輩は根っからの頭脳派って感じはする。
「そんなに不得意にも見えないんだけどね。体育はそつなくこなしてるように見えるし」
「じゃあ何がそんなに嫌なんだろ。河合は運動音痴って自分から言ってたから、本当に苦手だと思うけど」
「……みんなが楽しめる競技を考える前に、体育祭の何に不満があるか、それを知った方がいいかも知れないな」
「不満?」
「河合くんみたいに単純に運動が苦手な子もいれば、ある程度出来ても律みたいに憂鬱な生徒もいる。この二人の体育祭への不満は、多分同じじゃないよね」
「あ……」
言われてみればそうかもしれない。運動が苦手な生徒だけが体育祭を嫌がると思っていたけど、そうじゃないこともあるんだ。
「生徒会執行部から全学年に向けてアンケートを取ろう。体育祭に好意的、否定的な生徒全員の意見を集められる。でも素直な気持ちを書けない生徒もいるから、そこは姫の番」
「俺?」
「俺はなんというか……誰かから相談を受けたとしても相手がいつも引いてしまうんだ。信頼されていないというか、本音を話しにくいみたいで」
ああ、と俺は納得するように頷いた。
高嶺先輩って良い人なんだけど、距離を取られやすいタイプの人だと思う。なんというか、ちょっと雲の上の人みたいな、普通の人とは違うオーラがある。接してみたら俺たちとそんなに変わらない普通の高校生なんだけど。
「その点、姫は俺と違って人の懐に入り込むのが上手いからね。みんなの本音を聞いてほしいんだ」
「人の懐って、俺そんなの上手くないですよ」
「そう思っているのは姫だけ。大丈夫。普段通りでいいんだよ。それが君の最大の魅力だから」
先輩の言葉に頬がカーっと熱くなる。
俺の魅力とか……なんで先輩はそんな台詞をサラッと言ってのけるんだ。
さっき先輩も普通の高校生なんて思ったけどやっぱり訂正。こんなこと平気な顔で言う高校生は普通じゃない。
俺は顔にたまった熱を放出するように、大きく息を吐いた。
俺が人の懐に入るのが上手いかは分からないけど、考えるより行動するほうが向いているのは確かだ。
それにあくまで発案者は俺だし。高嶺先輩に頼っていいとは言っても、何もしないわけにはいかない。
「……分かった。とりあえず、やってみる」
俺がそう言うと高嶺先輩は満足そうに頷いた。
「全校生徒に話を聞く必要はないよ。というか、そんなの無理だしね。でもある程度の人数から話が聞けると良いデータになるかな。好意的、否定的両方の意見が聞けるといいんだけど」
「じゃあ、部活回ってみようかな。運動部と文化部で意見が分かれそうだし」
「ああ、良いアイディアかもしれないね」
「俺、どこの部活も入ってないし。見学させてもらうついでに話してみる」
「……一応、生徒会所属扱いなんだけどね。姫は特別職だから」
あ、そうか。一応俺って生徒会のメンバーになるのか。でも運動部とも文化部ともちょっと違うし……どちらかと言えば委員会?
「生徒会入ってると、部活って出来ないのかな」
「そんなことないよ。実際に部に所属してるメンバーもいるし。姫もどこか入るつもりなの?」
「最初は運動部に入るのもいいかなって思ってたよ」
中学の時は何もしていなかったし、高校に入学したら今度こそはと思ってた。特別これがしたいというのはなかったけど。
「無理に一緒に食べなくていいよ。でも君の席はあるから、気が向いたら来ればいい」
先輩は城戸に向かって一度柔らかく微笑んだ。
城戸は何も言わない。高嶺先輩の言葉になんて返事をしていいのか分からないというように、小さく唇を噛んで俯いた。
俺には城戸が何を思っているか分からない。ただ、俺には強引に城戸を誘うことしか出来なかった。高嶺先輩みたいに城戸に選択肢を与えることなんて、頭にすらない。
だから氷室先輩に、俺はおせっかいなんて言われるのかも知れなかった。
なんていうか、スマートに城戸の意思を尊重する高嶺先輩の言葉は、大人だなと感じる。
たった二歳しか先輩と変わらないはずなのに、その差になんだか……悔しいようなちょっと憧れるような。
「姫? ずっとこっちを見てどうしたの? 何か俺の顔についてる?」
「べっつにー」
自分の気持ちを素直に認めたくなくて、俺はわざと素っ気なくそう言った。
まあ、俺の下手な演技なんて多分高嶺先輩にはばれている。その証拠に高嶺先輩の頬が、笑うのを我慢するようにぴくぴくしていた。
それでも言葉にしないのがやっぱり大人というか……俺なら絶対口に出してしまうと思うから。
席について、ようやく俺たちは昼食にありつく。
俺と内藤は山盛りのご飯。河合は可愛らしい小盛りで、食事一つとっても個性が出る。氷室先輩が俺や内藤と同じ山盛りご飯を食べていたのが、ちょっと意外だった。
俺の隣の席は空けてあるけど、俺たちが昼食を平らげてからも、城戸は来ることはなかった。
何度か食堂内に目を走らせ、城戸の姿を探したけど、ついに城戸の姿を見つけることは出来ない。
「……購買のほうに行っちゃったのかな」
簡素にはなるが、購買部でパンでも買えば昼食の代わりにはなる。
自分が誘わなければ城戸はここでちゃんとした食事を摂れたかもしれない。そう思うとなんだか罪悪感が湧いてくる。
「あなたらしくないですよ」
余程暗い顔をしていたのか、氷室先輩がそんな風に言ってきた。
「ここで食事を摂らないと決めたのは彼自身。あなたが気に病む必要はないはずだ」
「でも……」
「姫、城戸くんには城戸くんの考えがあるんだよ。一緒に食事出来なかったのは残念だけれど……」
空になった食器に俺は目を落とす。日替わり定食の唐揚げはボリュームがあって、揚げたてで美味しかった。だからこそ、あったかいご飯を城戸にも食べて欲しかったなと、少し寂しい気持ちになる。
「いつか城戸くんと一緒にご飯食べられるといいね」
高嶺先輩の言葉に俺は頷いて答える。
城戸が何を考えているのか、俺には分からない。でも、いきなり知らない人間に声を掛けられても困るのは仕方ないよな。
俺はまだ城戸に信用されていない。きっとそれだけのことだ。
「よしっ、姫活頑張るぞー!」
そうしていけば、いつかきっと城戸も心を開いてくれると信じてやるしかない。
「切り替えんの早っ!」
「それが姫野くんのいいところだよね」
内藤と河合の言葉に、高嶺先輩が笑顔で頷く。
氷室先輩は相変わらず冷めた目で俺を見ていたけど、きっとこれがこの人の通常運転なんだろう。
姫になってまだ日が浅いけど、俺にはもう仲間がいる。城戸にもこんな仲間が出来たらいいな。
退屈そうな城戸の顔を思い浮かべつつ、俺はやるぞと拳を突き上げた。
白鷺学園に入学してから初めの大きな行事、体育祭。いつも思うんだけど、なんで雨の降りやすい六月にわざわざ体育祭をやるんだろうな。
ともあれ、一年にとっては初めての行事なわけで、運動好きのやつはそわそわ、運動が苦手なやつは憂鬱そうな顔をしている。
俺や内藤は前者で、河合は後者だ。
「いいなぁ、姫野くんも内藤くんも。僕は運動音痴だからみんなのお荷物だよ……。気が重いなぁ」
体育祭が迫る日、何気なく言った河合のこの言葉が、俺にはなぜか妙に刺さった。
「そんなに嫌なもん? 代わりに授業ないし、ラッキーじゃない?」
「それは運動出来る人の発想だよ。僕にとっては授業受けているほうが余程いいよ」
「マジか」
座ってジッとしていることの方が苦痛な俺にとっては信じられない話だ。
「姫野、もし数学大会なんてもんがあったら憂鬱で仕方ないだろ。河合にとってはそれと一緒だ」
「それ、説得力ある」
数学が苦手で赤点ギリギリの俺にとって、それはかなり切実な問題だ。
「運動が苦手なのは僕だけの問題だけど、体育祭はチームプレイだから……。誰かに迷惑かけると思ったら、ますます嫌になっちゃうよ」
「なるほどなぁ」
せっかくの行事なのに、苦痛なだけなのはそりゃ嫌だよな。
かと言って今から特訓したところで運動音痴なんてすぐに良くなるわけでもないし。
みんなが楽しめる行事に出来たらいいのに。
「運動が苦手でもなんとかなる競技があったら、なんとかなるのか……?」
「体育祭にそんな競技あるか?」
内藤の疑問ももっともだ。でも俺はこう思う。
「ないなら作ればいいじゃん」
「お。また姫活か?」
姫の目的はあくまで一年の居場所を作ること。体育祭をどうのこうのする権限なんてない。でも、一年の居場所を作る、という名目でなら、出来ることもあるはずだ。
運動が苦手なのは河合だけじゃない。二年にも三年にも、そんな人は大勢いる。そんな人たちが少しでも楽しめる競技を作れたら、それは一年だけじゃなく、みんなの居場所を作れるんじゃないかなって思う。
「よしっ。やるだけやってみるか!」
そんなこんなで放課後、生徒会室へ駆け込んだ俺は、先に来ていた高嶺先輩に意気揚々とこの話をした。
「それはまた、姫活の範疇を超えた話だね」
高嶺先輩は苦笑しながらそう言う。
「でも、せっかくならみんなが楽しめる体育祭にしたいじゃん」
「気持ちは分かるけどね。何か具体的な案でもあるの?」
先輩にそう言われて、俺は言葉に詰まる。
これだけ力説して新しい競技を作ろうなんて言っているけど、具体的な案どころかおぼろげに浮かぶものもない。全くのノープラン。
「……流石にそれじゃ先生たちも納得しないんじゃないかな」
ぐうの音も出ない。
「でも……諦めたくないんだ」
体育祭が嫌いな人の気持ちなんて今まで考えたことなかったし、知ろうともしなかった。でも知ってしまったから、自分に何か出来るならしたいと思う。見て見ぬふりは性に合わない。
頭は悪いから具体的な案は思い浮かばないけど……。
「諦めることはないと思うよ」
「え? でも先輩さっき……」
「今のままじゃ実現は出来ない。じゃあどうやったら実現できるかを考えようよ」
「考えるって言っても……」
考えるよりも行動をモットーに生きてきた俺だ。頭を使うことは正直、得意じゃない。
どうやったら実現できるかなんて、俺一人じゃ到底分からなかった。
「こら。一人で考えろなんて、一言も言ってないよ」
「高嶺先輩?」
「なんのために俺がいると思ってるの。俺たち、バディなんでしょ?」
先輩の言葉に俺はハッとした。
そうだ。先輩は俺のバディ……相棒で、白鷺で一番最初に出来た友達は河合だったけど、高嶺先輩は一番最初に出来た俺の、姫の仲間なんだ。
「姫の不得意な部分を補うのが俺の役目なんだから、ちょっとは頼って」
高嶺先輩の笑顔が眩しく、頼もしい。
先輩とはいえ同じ男だし、頼るなんて少し気恥ずかしさはあるけど、高嶺先輩には素直に頼ってもいいんだって思える。俺の苦手なことを笑う人じゃないし、先輩は俺にはないものを持ってる人だから。
「……じゃあ先輩も、不得意なことがあったら俺を頼ってくださいね」
実際に高嶺先輩が俺に頼るなんてことはきっとないだろうけど、俺はあえてそう言った。
先輩はもちろん、と頷いた後、真面目な表情へと戻る。普段、俺と話をしているときより幾分キリっとしていて、なんとなく入学式の日に壇上にいた高嶺先輩を思い出した。きっと生徒会長としての先輩の顔なんだろう。
高嶺先輩は俺より年上だから大人っぽいなって思うけど、今の先輩は出来る大人って感じで、いつもより格好良く見える。
恥ずかしいから絶対口にはしないけど。
「姫活の範疇は超えているけど、実際一人でも多くの生徒が体育祭を楽しめた方がいいのは確かだね」
「うん。河合なんかもう、今から悲壮な顔をしててさ」
「そんなに体育祭が苦痛なんだ? ……言われてみると、律もこの季節はため息が多くなるかもしれない」
「氷室先輩も運動得意じゃないんだ?」
確かに氷室先輩は根っからの頭脳派って感じはする。
「そんなに不得意にも見えないんだけどね。体育はそつなくこなしてるように見えるし」
「じゃあ何がそんなに嫌なんだろ。河合は運動音痴って自分から言ってたから、本当に苦手だと思うけど」
「……みんなが楽しめる競技を考える前に、体育祭の何に不満があるか、それを知った方がいいかも知れないな」
「不満?」
「河合くんみたいに単純に運動が苦手な子もいれば、ある程度出来ても律みたいに憂鬱な生徒もいる。この二人の体育祭への不満は、多分同じじゃないよね」
「あ……」
言われてみればそうかもしれない。運動が苦手な生徒だけが体育祭を嫌がると思っていたけど、そうじゃないこともあるんだ。
「生徒会執行部から全学年に向けてアンケートを取ろう。体育祭に好意的、否定的な生徒全員の意見を集められる。でも素直な気持ちを書けない生徒もいるから、そこは姫の番」
「俺?」
「俺はなんというか……誰かから相談を受けたとしても相手がいつも引いてしまうんだ。信頼されていないというか、本音を話しにくいみたいで」
ああ、と俺は納得するように頷いた。
高嶺先輩って良い人なんだけど、距離を取られやすいタイプの人だと思う。なんというか、ちょっと雲の上の人みたいな、普通の人とは違うオーラがある。接してみたら俺たちとそんなに変わらない普通の高校生なんだけど。
「その点、姫は俺と違って人の懐に入り込むのが上手いからね。みんなの本音を聞いてほしいんだ」
「人の懐って、俺そんなの上手くないですよ」
「そう思っているのは姫だけ。大丈夫。普段通りでいいんだよ。それが君の最大の魅力だから」
先輩の言葉に頬がカーっと熱くなる。
俺の魅力とか……なんで先輩はそんな台詞をサラッと言ってのけるんだ。
さっき先輩も普通の高校生なんて思ったけどやっぱり訂正。こんなこと平気な顔で言う高校生は普通じゃない。
俺は顔にたまった熱を放出するように、大きく息を吐いた。
俺が人の懐に入るのが上手いかは分からないけど、考えるより行動するほうが向いているのは確かだ。
それにあくまで発案者は俺だし。高嶺先輩に頼っていいとは言っても、何もしないわけにはいかない。
「……分かった。とりあえず、やってみる」
俺がそう言うと高嶺先輩は満足そうに頷いた。
「全校生徒に話を聞く必要はないよ。というか、そんなの無理だしね。でもある程度の人数から話が聞けると良いデータになるかな。好意的、否定的両方の意見が聞けるといいんだけど」
「じゃあ、部活回ってみようかな。運動部と文化部で意見が分かれそうだし」
「ああ、良いアイディアかもしれないね」
「俺、どこの部活も入ってないし。見学させてもらうついでに話してみる」
「……一応、生徒会所属扱いなんだけどね。姫は特別職だから」
あ、そうか。一応俺って生徒会のメンバーになるのか。でも運動部とも文化部ともちょっと違うし……どちらかと言えば委員会?
「生徒会入ってると、部活って出来ないのかな」
「そんなことないよ。実際に部に所属してるメンバーもいるし。姫もどこか入るつもりなの?」
「最初は運動部に入るのもいいかなって思ってたよ」
中学の時は何もしていなかったし、高校に入学したら今度こそはと思ってた。特別これがしたいというのはなかったけど。
