男子校の姫にされちゃったんですけど

「……そんだけ良い目覚ましなら、これから毎朝この格好で起こしに行ってやろうか」
「それは視界への暴力だから遠慮したい」
 内藤とは初めて言葉を交わすのに、昔から友達だったように言葉がぽんぽん出る。なんだか仲良くなれそうだな。
 内藤と話をしていると、河合が一人で登校してきた。俺の顔を見ると明るい笑顔を見せてくれたが、横に立っている高嶺先輩を見て少し顔を強張らせる。
 河合は姫候補として高嶺先輩に名前を呼ばれたから、少し気まずいのかもしれない。
「おっはよー、河合!」
 俺は河合に向かって手を振る。河合は少し困ったような表情を浮かべたが、小さく手を振り返して、俺に駆け寄ってくれた。
「おはよう、姫野くん。えっと……おはようございます、先輩」
 律儀にお辞儀をして挨拶をする河合に、高嶺先輩もおはようございますと、軽く会釈する。
 うん、やっぱりこの二人は並ぶと絵面が少女漫画。
「少し眠そうな顔をしているね。まだ寮生活が慣れないのかな? ちゃんと寝れてる?」
「は、はい……」
「困ったことがあったら、いつでも声を掛けてね。俺に話しづらいことは、姫に言ってくれてもいいし」
 高嶺先輩がこっちに話を投げかけてくる。あ、そうか。姫って俺のことか。
「そうそう。なんてったって俺、河合の白鷺での友達第一号だし」
 河合みたいなタイプは気をかけてやらないと抱え込んじゃいそうだし、そうなる前に友達としてはなんとかしてやりたい。
「あと、入学式の時はごめんね。白鷺の伝統とは言え、知りもしない制度の姫候補に河合くんの名前を出してしまって。びっくりしたよね」
 申し訳ない、と頭を下げた高嶺先輩に、河合は焦ったように頭を上げてくださいと声を掛けた。
「河合くんは何も気にせず、白鷺での学園生活を送ってくれて大丈夫だから。姫制度のことは全部彼に任せるからね」 
 高嶺先輩の横でうんうんと俺は頷く。
「やると言ったら俺はやる!」
「男気ある発言だけど、言葉の主はスカート履いてんだよなぁ」
「うっせー、内藤」
「で、でもスカートも……似合ってるよ……?」
 河合、お前まで自信なさそうに言うなよ。そのハテナが余計なんだって。いや、似合ってると言い切られても複雑なんだけどさ。
「河合って同じクラスじゃなかったよな? とりあえず教室まで一緒に行こうぜ」
 内藤が河合にそう声を掛ける。
「……いいの?」
「同じ一年だし遠慮する必要ないでしょ。姫野の友達第一号らしいし、話聞かせてよ」
「内藤、友達になるのはいいけど、河合のことからかい過ぎんなよ」
 明るくて調子の良い奴だけど、その分言葉は選ばないところがありそうで、俺は内藤にそう釘を刺す。
「分かってるっての。こう見えても俺、中学時代は紳士なナイト様っ て呼ばれてたからな」
「内藤でナイトってギャグだろ!」
「姫野って名前で姫になった奴に言われたくない」
 うん、やっぱり内藤とは話が弾む。そばにいる河合も笑っているし、少しホッとした。
 また後でな、と言い残し、教室に向かった二人の背中を俺は見送る。
 挨拶運動は登校時間ぎりぎりまで続けたけど、朝から濃い時間だったと思う。
 たくさんからかわれて、ちょっと冷たい目を向けられたり、完全に無視する奴もいたり、スカートへの反応は様々だった。
 でも耳をすませると、俺のことを話題にする声が聞こえてきたから、やる意味はあったかもしれない。
「河合くんも、内藤くんっていう友達が出来たみたいだし。よかったね」
「……高嶺先輩ってなんだかんだ、河合のこと気にかけてますよね」
「繊細なのは見て分かっていたのに、姫候補として壇上で名前を挙げちゃったから。可哀そうなことをしたなと思って」
 そう。さっきから引っかかってたのはそれだ。
「せんぱーい。俺も、なんにも知らないのにいきなり姫候補として名前呼ばれて、壇上まで上がらされたんですけど」
 なのに河合にはフォローして俺には何もないって、扱いが違い過ぎない?
「河合くんは繊細だけど、姫は強い子でしょ?」
「……まあ繊細ではないですけど」
「君は姫に向いているから。挨拶運動だって俺の言った通り、ただでは終わらなかったでしょ?」
「そうですか?」
「多分、今日はどの学年も姫の話題で持ちきりだと思うよ。スカート初日でそれだけ堂々としてる姫、初めて見たし」
「……恥ずかしがってもじもじしてるほうが、逆に目立つかなって」
「そういう考え、君らしくて良いと思う」
 俺らしい、かは分からないけど先輩に褒められて悪い気はしない。
 先輩と話していると、予鈴が鳴った。あと五分で授業が始まってしまうと、俺は持ってきていたスラックスを履いて、スカートを脱ぐ。
 一旦姫活も終了だ。
 高嶺先輩と二人で急いで教室へ向かう。
 廊下で別れ際に、高嶺先輩はジッと俺を見た後、こう声をかけた。
「スカート履いたのを見た後だから、スラックス姿が違和感かも」
「へ?」
「案外スカート似合ってたんだね。スカート姿のほうが可愛いよ」
 それだけ言って、三年の教室へと行ってしまった高嶺先輩の背を、俺は赤面したまま見送るしかなかった。
 …………。
 ……。
 今、一体何を言われたんだ、俺は。
 可愛い? え、可愛いってどんな意味だっけ……?
 いや、意味は分かってる。分かってるから顔が熱いんだ。
 なんだか身体がむずむずする。心臓まで落ち着かなくて、顔だけじやなく全身が熱くなってきた。スカートを履いた時よりも恥ずかしくて、穴があったら入りたい。
 今更スカート姿のフォローなんてしてくれなくていいのに、なんで急に可愛いなんて言ったんだよ。先輩の馬鹿!
 俺はしばらくその場でじたばたもがいて、全身の熱が冷めるのを待つ。
 当然、授業には遅刻した。
 そのせいで、余計にクラスで目立ってしまった。それもこれも全部、高嶺先輩のせいだ。
 高嶺先輩の馬鹿!


 それからも先輩と二人で、朝の姫活はなんだかんだと続けた。
 スカート姿も見慣れてきたのか、極端な反応をするやつはほとんどいなくなった。
 その代わりに気さくに話しかけてくる生徒がどんどん増えて、これが高嶺先輩の言っていた挨拶の効果なのかなって思う。
 でもだからと言って困っていることを相談されるかと言ったらそれはまた別で。そこまで信頼を得るのは簡単なことじゃない。
「地道にやっていくしかないかぁ」
 独り言のようにそう呟くと、俺は一度背筋を大きく伸ばす。
 退屈な授業のせいで、すっかり身体が硬くなってしまった。やっぱりジッと座っているのは俺の性には合わない。
「姫野、メシ行こうぜ」
 すっかり仲良くなった内藤が、俺にそう言ってくる。
 午前の授業も乗り切って、ようやくお楽しみのランチタイムだ。
「行く行く」
 教室の外では河合が俺たちのことを待っていて、俺たち三人は連れ添って食堂へと向かう。なんだかんだこの三人で行動することが多くて、周囲からは姫様ご一行なんて呼ばれているのも俺たちは知っていた。
 白鷺学園の食事は、はっきり言ってレベルが高い。そりゃそうだ。全寮制で食事は全部この学生食堂で賄われている。まずいとなれば死活問題だ。逃げ出す連中だってきっと出る。
 今日の日替わりは……唐揚げ定食だ。唐揚げという文字と、食堂から漂う揚げ物の匂いだけで俺の胃袋はすっかり戦闘態勢になる。
 毎日飽きないように多彩なメニューを作ってくれる食堂のおばちゃんに、みんなは頭が上がらない。先生を敵に回すより、食堂のおばちゃんを敵に回す方が怖い生徒が多いに違いないだろう。俺もその一人だ。
 全校生徒が一斉に食事をするから当然食堂は広い。広いといっても全員分の席はないので、やっぱり順番に席を譲り合う必要がある。
 そうなると一年が先輩に気遣って席に座れないんだよな。俺や内藤なんかはお構いなしなんだけど。
「席探してるんだよな? 二人?」
 食堂の入り口で立ち尽くしていた二人組に、俺はそう声を掛けた。
 さっきから空いた席を見つけても、先輩たちの顔を見て立ち止まってしまっている。可哀そうに、これじゃいつまで経っても食事にありつけない。
 二人は困ったように頷くと、俺は食堂に響くような大きな声を張り上げる。
「先輩がたー! 二人分の席、どっかに空いてないー?」
 俺の声に反応して、食事中の生徒たちがきょろきょろと席を探してくれる。
「姫ちゃん、こっち詰めたら二人いける!」
「サンキュー! ほら、あの先輩のとこ行ってきな」
 俺がそう言っても二人はなかなか行こうとはしなかった。俺たちに遠慮してるらしい。
「俺ら三人だからさ」
 そう言うとようやく二人は納得してくれたのか、少し恐縮したように何度もこちらを振り返りながら、空いた席へと向かう。
 同じ年なんだし、別にそんなに気遣わなくていいのにな。内藤や河合も、こんなことで目くじらたてる奴じゃないし、席が空くのを待つのなんて、友達と話でもしていたらあっという間だ。
「呆れた。あなた、こんな所でも姫活ですか」
 背後からそんな声が聞こえて、俺は思わず振り返る。
 そこにいたのは、銀縁眼鏡の奥で俺を冷たい目で見降ろしている氷室先輩だった。氷室先輩の後ろにはひょっこり高嶺先輩もいる。
 生徒会の会長と副会長だから……いや、単純に仲が良いからか、二人はよく一緒に行動しているようだった。
 なんとなくタイプが違うように見えるから、仲が良いのが俺としては意外なんだけど。高嶺先輩はなんだかんだ優しいけど、俺を見る氷室先輩の目はいつも冷めきっている。
「えっと……俺、別に姫活なんて今してないですよ?」
 ほら、と俺は履いているスラックスを指さす。姫活しているときは原則スカートだ。
「言ったでしょ。姫はこれが素だって」
 高嶺先輩はなぜか誇らしげにそう言った。
「困った人がいたら放っておけない性格なんだよ」
「おせっかいとも言います」
 二人の意見は合わない。やっぱり仲が良いのが信じられなかった。
「俺たちも一緒にお昼を食べてもいい?」
 氷室先輩は俺たちと一緒でもいいのかなと思ったけど、こちらに断る理由はないのでもちろんと頷いた。
「五席か……。空くかな」
「待って、姫。六席にして欲しい」
 高嶺先輩の視線の先に、一人でぽつんと立つ一年がいた。
 見覚えがある。姫活での挨拶運動初日に、俺のスカート姿を見て小さく悲鳴を上げた奴だ。毎朝挨拶しても、返事が返ってきたことがなかった。
 河合が俺に耳打ちする。
「同じクラスの城戸くん。……誰とも関わろうとしないんだ」
「孤立してるのか?」
「声をかける子はいるんだけど、城戸くんの方から離れていっちゃうみたい」
「単純に一人が好きって奴がいるのは知っているけど……」
 なんとなく城戸の退屈そうな表情を見ると、そうではない気がした。
「おーい、城戸。席探してるなら俺たちと一緒に食べようぜ」
 俺は思い切って声を掛ける。毎朝無視されている相手だから、いくら俺でもちょっと勇気がいった。
「……遠慮する」
 城戸が素っ気なく言う。まあ、返事はなんとなく想像がついていたから、別にショックは受けない。
「そっか。でも席なくて困ってるんだろ? 席だけお前の分も確保するから」
「……は? 別にそんなことしてくれなくても……」
 城戸の言葉を遮るように、俺は食堂に向けて大きな声を響かせた。ちょっと強引だけど、城戸みたいなタイプには言葉より行動のほうが効果的だったりする。
「姫、ここのテーブルもうすぐ空くよ。俺ら食べ終わったから」
 六人掛けのテーブルにいた先輩が、手を挙げて俺たちに知らせてくれた。
 ナイスタイミングだ。ありがたい。
「よし、飯だ飯」
 内藤が軽やかな足取りでテーブルに向かう。河合は一度城戸を振り返ったあと、内藤の後を追うように足を進めた。
「ほら、城戸も」
「だから俺は一人でいいって」
 城戸は高嶺先輩と氷室先輩の顔色を窺うように目を彷徨わせる。先輩がいるから、断ることに抵抗感があるんだろう。
「城戸くん」