真っすぐ見つめられてそう言われると、なんだか気恥ずかしくて照れてしまう。
ちょっと顔が熱い。
俺は赤くなった顔で高嶺先輩を見られず、思わず目をそらした。
「実際のところ、奏真があなたを推薦するまで、あなたは姫の候補として名前も挙がっていませんでしたから。みんな河合くん推しでしたし」
「えっ、そんなんで俺が姫になっちゃっていいのか?」
「奏真が納得しなかったんで、仕方ないんですよ」
仕方なしで姫に抜擢されるとか、なんというかそれも酷くない?
「それに河合くんの様子を見た限り、奏真の判断は正しかったのだと思います。彼は一年間、姫の重責なんて耐えられないでしょうから」
「それはまあ……俺もなんとなくそう思うかも。ってかそもそも、なんで河合が姫候補になってたんだ?」
姫が一年生の代表で、みんなの居場所を作るというはっきりした目標があるのなら、最初から河合を選んだ理由がいまいち分からない。河合は良いやつだが、代表には向いていない性格なのはすぐ分かる気がする。
俺の質問に、柏木先生が困ったような顔をして答えた。
「お前、姫の今後の説明を聞いたとき、思ったのと違うって呟いたろ」
「はい。なんていうか、男子校で姫なんてよっぽどふざけたもんだろうなぁって」
「みんなもそうなんだよ。姫って名前だけが一人歩きしてるっていうか」
「一人歩き、ですか」
ここからは高嶺先輩が答えてくれた。
「元々、役目として一年の代表を決める制度はあったんだけど、そこに姫なんて名前が付いたのは比較的新しい歴史なんだ。最初は冗談だったんだろうね」
「冗談で男に姫なんてつけます?」
「そこは男子校だから。可愛がれる対象が欲しかったんじゃないかな。入学したての小柄な子なら、まだ中性的だったりするし」
そこまで言われてようやく気付いた。
小柄で小動物みたいな河合。確かに女の子に見えないことはない。
「本来の目的が分かっている人なら、河合くんは姫に向かない。でも姫って名前だけしか知らない生徒にとっては、河合くんが一番姫に相応しいんだよ」
みんなに可愛がられる象徴としての姫なら、確かに河合が適任だと俺も思った。
「……本当に俺でいいんですか」
ほとんどの生徒が姫の役割を象徴だと思っているなら、俺は不適任だ。投げ出さないって決めたけど、みんなが納得しないなら、俺が続けるのも違う気がする。
「何言っているの」
高嶺先輩は少しだけ困ったように笑ったあと、
「俺は君じゃなきゃ嫌だよ」
……なんて言って眩しい笑顔を見せた。
うん。自然とそんなことが言えてしまうのは、確かに王子っぽい。
同じ男だけど、なんかちょっとずるい。
「さて、姫野くんに説明も済んだし、姫として納得もしてもらえたし、残すは戴冠式だけかな」
「戴冠式?」
「そう。と言っても冠じゃないけど。姫の証……になるのかな」
柏木先生が高嶺先輩の背後で笑いをこらえるように震えている。氷室先輩はくだらないと吐き捨て、顔をそむけた。
え、何? 嫌な予感がする。
高嶺先輩から大きな長方形の箱を手渡される。大きいけど薄っぺらい箱に重さはない。
これは、ここで開けるべき……なんだよな?
近くにあった机を借りて、俺は恐る恐るその箱を開ける。
中に入っていたものを見た瞬間、俺は固まった。
「あの、高嶺先輩。一つ聞いてもいいですか」
「どうぞ」
「これを渡されて、俺はどうすればいいんですか」
「使えばいいんじゃないかな」
「……俺、男ですよ」
「知ってる。白鷺は男子校だし」
「じゃあなんでスカートなんて渡されるんです⁉」
箱の中に入っていたのは綺麗なプリーツが入ったスカートだった。チェック柄が入っていて、女の子が着ればそれはもう可愛くて似合うに違いない。
だが俺は男だ。
「姫って名称がついてからの習わしなんだよね。姫にスカートを履かせるの」
「はあ⁉」
「あ、安心して。サイズは多分大丈夫だよ。健康診断のとき問診表で身長体重を見せてもらったから」
確かにあのとき先輩に問診表を渡したけど、まさか最初からサイズを測るのが目的だったのか。
「……優しい先輩だなんて思った俺が馬鹿だった」
「ごめんね、よく言われる」
「……これ、マジで履かなきゃだめ?」
「うん。みんな楽しみにしてると思う」
そりゃ楽しいよな。見てる分には絶対笑えると思う。俺だって笑うよ。当事者になったら全然笑えないけど。
「授業中は普段の制服で平気だよ。あくまで姫として活動するときだけ、履いてくれればいいから」
「それ、一年間結構な割合でスカートになりません?」
「真面目に活動してたら、なるね」
俺は声にならない深い溜め息を吐く。
とんでもないことになった。
スカート履いて高嶺先輩とバディ組んで、王子と姫なんて呼ばれて、一年生全員の居場所を作るって……いや、明らかに前半だけおかしいだろ。なんだこの習わし。
でも全校生徒の前で投げ出さずにやるって宣言しちゃったし。スカートはあれだけど……一年をこの学校に馴染ませるのは、大切なことだと思う。
高嶺先輩とこれからずっと一緒ってのは一抹の不安ではあるけど。
でもなんとなく、この人となら、一年間やれる気がした。
履くしかない……いや、やるしかないか。
姫野琉生、男を見せろ。
「覚悟は決まった?」
高嶺先輩がそんな風に言うもんだから、俺ももう後には引けない。
「一年間、相棒としてよろしくお願いします」
俺がそう答えると高嶺先輩は嬉しそうな笑顔を見せた。
そうだよな。高嶺先輩はわざわざ俺を見て、俺とバディを組みたいって推薦してくれたんだもんな。どこまで期待に応えられるかは分からないけど、やれるだけやってみよう。
こうして俺の高校生活はスタートした。
正直想像していた高校生活とはだいぶ違ったものになりそうだけど、ある意味これも経験だ。
「よし、じゃあまずはサイズ確認もあるしスカート履いてみようか」
「え」
「覚悟は決まったんでしょ?」
うーん、やっぱり前途多難かもしれない。
春のうららかな日差し。青空は透き通るように高く、そよ風が木々の葉を揺らす音がとても爽やかだ。
桜はほとんど散ってしまって葉桜になってしまっているけど、その緑さえも清々しい。
少しだけ残っていた桜の花びらが風に吹かれて舞うと、俺の履いている膝丈スカートもふわりと揺れた。
スカート。男子校に入学したのに、スカート。もちろん俺も男なのに、スカート。
……白鷺学園で一人前の男になってくると言って家を出た俺がスカートを履いているなんて、家族が知ったらどんな顔をするだろう。
どんな顔をするか見てみたい気持ちと、スカートを履いているなんて知られたくない気持ちがある。いや、知られたくない気持ちの方が強いな、うん。
「おはようございまーす」
校門前で登校してくる全員にそう声をかけているのは、高嶺先輩と話し合って決めた、「姫活」の一つだ。
きっかけは高嶺先輩の言葉からだった。
「まずは姫のことをみんなに知ってもらうことから始めようか」
「……俺、入学式のときにだいぶ目立ったと思うんですけど。あれ以上、目立てって言うんですか?」
「目立つと言うよりは……。姫野くんの人柄はみんなには伝わってないでしょ」
高嶺先輩が何を言いたいのか分からず、俺は首を傾げる。先輩はそんな俺を見てクスっと笑った。
「どんな人か分からなければ、みんな心を開かないよね。困ったことがあってもきっと話してくれない。だから全生徒と触れ合うことから始めたいと思うんだ」
触れ合いと聞いて動物園のふれあいコーナーを思い浮かべた俺は、多分変な顔をしていたんだと思う。
高嶺先輩は困ったような苦笑いを浮かべた。
「みんなとベタベタしろってわけじゃなくて、挨拶とかでいいんだよ」
「挨拶、ですか」
「ほんの少しでも言葉を交わすようになれば、話をするきっかけだって生まれる。声のトーンで相手の気持ちの変化にだって気付くことが出来る。挨拶は基本だと言うけど、まさしく人と繋がりを持つ一歩としては、とても大切なことだと思うよ」
「そう言われると、そうかもって思えます。でも、俺のこと知ってもらうなんて、挨拶だけで出来るのかな」
「ああ、それは大丈夫だと思う」
高嶺先輩はきっぱりとそう言い切った。
「姫野くんの性格的に、ただの挨拶では終わらないと思うんだよね」
「俺の性格って……。俺と先輩って出会ってそんなに経ってないじゃないですか」
「そうだけど、それでも分かることはあるよ。……姫野くんって印象に残りやすいというか、結構強烈な性格というか」
「……高嶺先輩にだけは強烈な性格とか言われたくないです」
「君のそういうところを言ってるんだけど。俺は嫌いじゃないけどね」
褒められているのかそうでないのか。なんとなく微妙な気持ちになる。
「ともかく、まずは登校時の挨拶運動から始めよう。朝は早くなるけど頑張っていこう」
「はーい」
早起きはちょっと苦手だけど、やると決まったなら仕方ない。
「ちなみに挨拶運動は姫活なので、スカート着用です」
「……はーい」
これも決まりだから仕方ないんだけど、ちょっと返事が小さくなるくらいは勘弁してもらいたい。
というわけで爽やかな朝からスカートを履いて、校門前で高嶺先輩と並んで立っているわけだけど。正直、その、いくら俺でもやっぱり刺さるような視線がちょっと痛い。
「やば! 今年度の姫、スカート似合わなすぎ!」
「俺は結構似合ってると思う。よく見れば可愛いって」
「足だけ見れば女の子に見えないこともない」
姫制度にすっかり慣れてしまっている先輩たちは、好き放題言っている。
まあいいんだけど。ある程度ネタにしてくれた方が俺としてもありがたい。
でも足だけ見ればって言いながら、ほんとに足を凝視されるとちょっと。いや、あの普通に恥ずかしい。
「先輩たち、セクハラっすよ!」
まさかこんなセリフを男相手に言う日が来るなんて思わなかったぞ、俺。
「おお、姫が怒ってる」
「今年の姫は気が強いからな。入学式のときもすごかった」
「おとなしい姫もいいけど、じゃじゃ馬系もありじゃね?」
誰がじゃじゃ馬系だ。
高嶺先輩は横で腹を抱えて笑いをこらえているし。
でも先輩たちは姫制度を知っているから反応もマシな方で。姫をろくに知らない新入生の反応ときたらそれはもう俺の心を抉ってくるというか。
「……うわっ」
思わず出た声に驚いて、一年生は足を止める。俺と目が合うと、慌てたように視線を逸らした。
こんな風に小さく悲鳴を上げられるくらいなら、いっそのこと笑い飛ばしてもらいたい。いや、気持ちはわかるんだけど。
あ、でも近くにいた一年生に何か耳打ちしてる。こっちをチラチラ見てるから、俺のスカートを話題にしているんだな。うん、なら良しとしよう。話のネタになるんなら、スカートを履いた甲斐もあるというものだ。そう納得するしかない。
のろのろと寝ぼけ眼で登校してきたのは、同じクラスの内藤だった。教室ではうるさいくらいに明るいやつだったから、朝が弱いのかもしれない。たまに様子見て起こしに行ってやった方がいいかも。
そんな風に考えていたら、内藤とばったり目が合う。
俺がおはようと言葉をかける前に、内藤は目をカッと開いて思いっきり吹き出した。
「視界への暴力すぎんだろ!」
「いや、開口一番にそれは流石に酷過ぎない⁉ もうちょい言い方あるだろ⁉」
「目に毒!」
「だから言い方!」
別に本気で傷付いたりするわけじゃないけど、好きでこんな格好しているわけじゃないからな。
というか高嶺先輩も少しはフォローしてほしい。
「高嶺先輩もなんか言ってやってくださいよ!」
俺が高嶺先輩にそう振り返ると、先輩は少し困ったような顔をしてこう言った。
「……俺がスカート履くよりは似合ってると思うよ。多分」
先輩、全然フォローになってないです。
「いやー、良い目覚ましになったわ。男子高校生のスカート姿の破壊力、半端ないって」
ちょっと顔が熱い。
俺は赤くなった顔で高嶺先輩を見られず、思わず目をそらした。
「実際のところ、奏真があなたを推薦するまで、あなたは姫の候補として名前も挙がっていませんでしたから。みんな河合くん推しでしたし」
「えっ、そんなんで俺が姫になっちゃっていいのか?」
「奏真が納得しなかったんで、仕方ないんですよ」
仕方なしで姫に抜擢されるとか、なんというかそれも酷くない?
「それに河合くんの様子を見た限り、奏真の判断は正しかったのだと思います。彼は一年間、姫の重責なんて耐えられないでしょうから」
「それはまあ……俺もなんとなくそう思うかも。ってかそもそも、なんで河合が姫候補になってたんだ?」
姫が一年生の代表で、みんなの居場所を作るというはっきりした目標があるのなら、最初から河合を選んだ理由がいまいち分からない。河合は良いやつだが、代表には向いていない性格なのはすぐ分かる気がする。
俺の質問に、柏木先生が困ったような顔をして答えた。
「お前、姫の今後の説明を聞いたとき、思ったのと違うって呟いたろ」
「はい。なんていうか、男子校で姫なんてよっぽどふざけたもんだろうなぁって」
「みんなもそうなんだよ。姫って名前だけが一人歩きしてるっていうか」
「一人歩き、ですか」
ここからは高嶺先輩が答えてくれた。
「元々、役目として一年の代表を決める制度はあったんだけど、そこに姫なんて名前が付いたのは比較的新しい歴史なんだ。最初は冗談だったんだろうね」
「冗談で男に姫なんてつけます?」
「そこは男子校だから。可愛がれる対象が欲しかったんじゃないかな。入学したての小柄な子なら、まだ中性的だったりするし」
そこまで言われてようやく気付いた。
小柄で小動物みたいな河合。確かに女の子に見えないことはない。
「本来の目的が分かっている人なら、河合くんは姫に向かない。でも姫って名前だけしか知らない生徒にとっては、河合くんが一番姫に相応しいんだよ」
みんなに可愛がられる象徴としての姫なら、確かに河合が適任だと俺も思った。
「……本当に俺でいいんですか」
ほとんどの生徒が姫の役割を象徴だと思っているなら、俺は不適任だ。投げ出さないって決めたけど、みんなが納得しないなら、俺が続けるのも違う気がする。
「何言っているの」
高嶺先輩は少しだけ困ったように笑ったあと、
「俺は君じゃなきゃ嫌だよ」
……なんて言って眩しい笑顔を見せた。
うん。自然とそんなことが言えてしまうのは、確かに王子っぽい。
同じ男だけど、なんかちょっとずるい。
「さて、姫野くんに説明も済んだし、姫として納得もしてもらえたし、残すは戴冠式だけかな」
「戴冠式?」
「そう。と言っても冠じゃないけど。姫の証……になるのかな」
柏木先生が高嶺先輩の背後で笑いをこらえるように震えている。氷室先輩はくだらないと吐き捨て、顔をそむけた。
え、何? 嫌な予感がする。
高嶺先輩から大きな長方形の箱を手渡される。大きいけど薄っぺらい箱に重さはない。
これは、ここで開けるべき……なんだよな?
近くにあった机を借りて、俺は恐る恐るその箱を開ける。
中に入っていたものを見た瞬間、俺は固まった。
「あの、高嶺先輩。一つ聞いてもいいですか」
「どうぞ」
「これを渡されて、俺はどうすればいいんですか」
「使えばいいんじゃないかな」
「……俺、男ですよ」
「知ってる。白鷺は男子校だし」
「じゃあなんでスカートなんて渡されるんです⁉」
箱の中に入っていたのは綺麗なプリーツが入ったスカートだった。チェック柄が入っていて、女の子が着ればそれはもう可愛くて似合うに違いない。
だが俺は男だ。
「姫って名称がついてからの習わしなんだよね。姫にスカートを履かせるの」
「はあ⁉」
「あ、安心して。サイズは多分大丈夫だよ。健康診断のとき問診表で身長体重を見せてもらったから」
確かにあのとき先輩に問診表を渡したけど、まさか最初からサイズを測るのが目的だったのか。
「……優しい先輩だなんて思った俺が馬鹿だった」
「ごめんね、よく言われる」
「……これ、マジで履かなきゃだめ?」
「うん。みんな楽しみにしてると思う」
そりゃ楽しいよな。見てる分には絶対笑えると思う。俺だって笑うよ。当事者になったら全然笑えないけど。
「授業中は普段の制服で平気だよ。あくまで姫として活動するときだけ、履いてくれればいいから」
「それ、一年間結構な割合でスカートになりません?」
「真面目に活動してたら、なるね」
俺は声にならない深い溜め息を吐く。
とんでもないことになった。
スカート履いて高嶺先輩とバディ組んで、王子と姫なんて呼ばれて、一年生全員の居場所を作るって……いや、明らかに前半だけおかしいだろ。なんだこの習わし。
でも全校生徒の前で投げ出さずにやるって宣言しちゃったし。スカートはあれだけど……一年をこの学校に馴染ませるのは、大切なことだと思う。
高嶺先輩とこれからずっと一緒ってのは一抹の不安ではあるけど。
でもなんとなく、この人となら、一年間やれる気がした。
履くしかない……いや、やるしかないか。
姫野琉生、男を見せろ。
「覚悟は決まった?」
高嶺先輩がそんな風に言うもんだから、俺ももう後には引けない。
「一年間、相棒としてよろしくお願いします」
俺がそう答えると高嶺先輩は嬉しそうな笑顔を見せた。
そうだよな。高嶺先輩はわざわざ俺を見て、俺とバディを組みたいって推薦してくれたんだもんな。どこまで期待に応えられるかは分からないけど、やれるだけやってみよう。
こうして俺の高校生活はスタートした。
正直想像していた高校生活とはだいぶ違ったものになりそうだけど、ある意味これも経験だ。
「よし、じゃあまずはサイズ確認もあるしスカート履いてみようか」
「え」
「覚悟は決まったんでしょ?」
うーん、やっぱり前途多難かもしれない。
春のうららかな日差し。青空は透き通るように高く、そよ風が木々の葉を揺らす音がとても爽やかだ。
桜はほとんど散ってしまって葉桜になってしまっているけど、その緑さえも清々しい。
少しだけ残っていた桜の花びらが風に吹かれて舞うと、俺の履いている膝丈スカートもふわりと揺れた。
スカート。男子校に入学したのに、スカート。もちろん俺も男なのに、スカート。
……白鷺学園で一人前の男になってくると言って家を出た俺がスカートを履いているなんて、家族が知ったらどんな顔をするだろう。
どんな顔をするか見てみたい気持ちと、スカートを履いているなんて知られたくない気持ちがある。いや、知られたくない気持ちの方が強いな、うん。
「おはようございまーす」
校門前で登校してくる全員にそう声をかけているのは、高嶺先輩と話し合って決めた、「姫活」の一つだ。
きっかけは高嶺先輩の言葉からだった。
「まずは姫のことをみんなに知ってもらうことから始めようか」
「……俺、入学式のときにだいぶ目立ったと思うんですけど。あれ以上、目立てって言うんですか?」
「目立つと言うよりは……。姫野くんの人柄はみんなには伝わってないでしょ」
高嶺先輩が何を言いたいのか分からず、俺は首を傾げる。先輩はそんな俺を見てクスっと笑った。
「どんな人か分からなければ、みんな心を開かないよね。困ったことがあってもきっと話してくれない。だから全生徒と触れ合うことから始めたいと思うんだ」
触れ合いと聞いて動物園のふれあいコーナーを思い浮かべた俺は、多分変な顔をしていたんだと思う。
高嶺先輩は困ったような苦笑いを浮かべた。
「みんなとベタベタしろってわけじゃなくて、挨拶とかでいいんだよ」
「挨拶、ですか」
「ほんの少しでも言葉を交わすようになれば、話をするきっかけだって生まれる。声のトーンで相手の気持ちの変化にだって気付くことが出来る。挨拶は基本だと言うけど、まさしく人と繋がりを持つ一歩としては、とても大切なことだと思うよ」
「そう言われると、そうかもって思えます。でも、俺のこと知ってもらうなんて、挨拶だけで出来るのかな」
「ああ、それは大丈夫だと思う」
高嶺先輩はきっぱりとそう言い切った。
「姫野くんの性格的に、ただの挨拶では終わらないと思うんだよね」
「俺の性格って……。俺と先輩って出会ってそんなに経ってないじゃないですか」
「そうだけど、それでも分かることはあるよ。……姫野くんって印象に残りやすいというか、結構強烈な性格というか」
「……高嶺先輩にだけは強烈な性格とか言われたくないです」
「君のそういうところを言ってるんだけど。俺は嫌いじゃないけどね」
褒められているのかそうでないのか。なんとなく微妙な気持ちになる。
「ともかく、まずは登校時の挨拶運動から始めよう。朝は早くなるけど頑張っていこう」
「はーい」
早起きはちょっと苦手だけど、やると決まったなら仕方ない。
「ちなみに挨拶運動は姫活なので、スカート着用です」
「……はーい」
これも決まりだから仕方ないんだけど、ちょっと返事が小さくなるくらいは勘弁してもらいたい。
というわけで爽やかな朝からスカートを履いて、校門前で高嶺先輩と並んで立っているわけだけど。正直、その、いくら俺でもやっぱり刺さるような視線がちょっと痛い。
「やば! 今年度の姫、スカート似合わなすぎ!」
「俺は結構似合ってると思う。よく見れば可愛いって」
「足だけ見れば女の子に見えないこともない」
姫制度にすっかり慣れてしまっている先輩たちは、好き放題言っている。
まあいいんだけど。ある程度ネタにしてくれた方が俺としてもありがたい。
でも足だけ見ればって言いながら、ほんとに足を凝視されるとちょっと。いや、あの普通に恥ずかしい。
「先輩たち、セクハラっすよ!」
まさかこんなセリフを男相手に言う日が来るなんて思わなかったぞ、俺。
「おお、姫が怒ってる」
「今年の姫は気が強いからな。入学式のときもすごかった」
「おとなしい姫もいいけど、じゃじゃ馬系もありじゃね?」
誰がじゃじゃ馬系だ。
高嶺先輩は横で腹を抱えて笑いをこらえているし。
でも先輩たちは姫制度を知っているから反応もマシな方で。姫をろくに知らない新入生の反応ときたらそれはもう俺の心を抉ってくるというか。
「……うわっ」
思わず出た声に驚いて、一年生は足を止める。俺と目が合うと、慌てたように視線を逸らした。
こんな風に小さく悲鳴を上げられるくらいなら、いっそのこと笑い飛ばしてもらいたい。いや、気持ちはわかるんだけど。
あ、でも近くにいた一年生に何か耳打ちしてる。こっちをチラチラ見てるから、俺のスカートを話題にしているんだな。うん、なら良しとしよう。話のネタになるんなら、スカートを履いた甲斐もあるというものだ。そう納得するしかない。
のろのろと寝ぼけ眼で登校してきたのは、同じクラスの内藤だった。教室ではうるさいくらいに明るいやつだったから、朝が弱いのかもしれない。たまに様子見て起こしに行ってやった方がいいかも。
そんな風に考えていたら、内藤とばったり目が合う。
俺がおはようと言葉をかける前に、内藤は目をカッと開いて思いっきり吹き出した。
「視界への暴力すぎんだろ!」
「いや、開口一番にそれは流石に酷過ぎない⁉ もうちょい言い方あるだろ⁉」
「目に毒!」
「だから言い方!」
別に本気で傷付いたりするわけじゃないけど、好きでこんな格好しているわけじゃないからな。
というか高嶺先輩も少しはフォローしてほしい。
「高嶺先輩もなんか言ってやってくださいよ!」
俺が高嶺先輩にそう振り返ると、先輩は少し困ったような顔をしてこう言った。
「……俺がスカート履くよりは似合ってると思うよ。多分」
先輩、全然フォローになってないです。
「いやー、良い目覚ましになったわ。男子高校生のスカート姿の破壊力、半端ないって」
