男子校の姫にされちゃったんですけど

 こんなに嬉しそうな笑顔を見せている琉生に、野暮なことは言いたくない。
 琉生の手を握ったのは、夏休みに俺が熱を出したとき以来かな? 俺より小さい手だけど、随分頼もしく感じる。
 ああ、やっぱり俺は君のことが好きだな。
 琉生が俺をどう思っていても、俺は琉生を好きになったことは後悔しない。
 琉生は一生俺のお姫様だ。


 奏真先輩がお父さんと対峙してから、時計の針は更に速さを増したように、時間は刻々と過ぎて行った。
 姫制度を存続するかは全校生徒の投票で決めると先輩が宣言し、受験に選挙に卒業式の準備にと、学校中がてんやわんやだ。
 でもどれも大事なことだから、生徒会としても先生たちも手は抜けない。
 姫制度の今後を決めるためにも、過去の姫たち想いや出来事を隠すことはせず、俺が校内放送をしたときには下校していた生徒のためにも、もう一度きちんと話をすべきだと、奏真先輩は壇上に立った。
 正直、先代や先々代の姫たちを可愛がっていた人たちにとって、酷な話だったと思う。自分たちの行いが姫を苦しめていたかもしれないんだから。
 でも、知らなければいけない。そして姫制度というものの本来の目的も、理解してもらわないといけないんだ。
 今回の姫制度の選挙で一番驚いたことは、先代の姫が壇上に上がったことだ。俺の一つ上の先輩である先代は、凛とした雰囲気の、男の人なのに大和撫子って言葉が似合いそうな綺麗な人だった。
 その先輩は、壇上に上がって過去の想いを打ち明けてくれた。自分が女の子のように扱われ苦痛だったこと。誰もそのことに気付いてくれず、孤独を感じていたこと。でも、みんなが自分を姫と呼んで慕う笑顔は嬉しくて、複雑な胸中で一年を過ごしたことを、ゆっくりと嚙みしめるように話してくれた。
 もし俺が同じように辛い気持ちを抱えた姫だったら、先輩は姫制度の存続には反対する。だけどこの一年間俺を見てきて、何か変わる可能性を感じたと言ってくれたときは、恥ずかしながらちょっと泣きそうになってしまった。そんな風に俺のことを見ていてくれた人がいるなんて、思いもしなかったから。
 未完成だけど改善案も発表され、存続が決まれば今後もっと良くなるよう模索していくことを生徒会はみんなに誓った。その中心となるのが、姫経験者である俺になるということも。
 演説を聞いたみんなの表情は硬かった。姫制度のことを口にするのも憚られるような、そんな空気が漂っていた。
 やることはやった。だけど投票結果がどうなるかは、全く読めなかった。
 いざ開票となったとき、珍しく俺ですら緊張でお腹が痛くなった。奏真先輩も厳しい顔をしていたし、柏木先生もなんだかピリピリしているみたいだった。……氷室先輩は普段通りだったけど。
「奏真先輩、開票結果が出ましたね」
 奏真先輩は大きな仕事をやりきったと言わんばかりに、空を仰ぎ見る。
「琉生、後は任せたからね」
「はい。俺に任せてください」
 俺は厳しい声でそう言った。そう、俺にはここからが本当の戦いなんだ。
 開票の結果、圧倒的多数が姫制度の存続を望んでいた。
 姫制度はこうして存続されることになったのだった。


 卒業式の日。空は雲一つない晴天で、卒業生が白鷺学園から羽ばたくにはぴったりな日だった。
 奏真先輩は今日、この学校から去る。
 生徒会長は俺の一つ上の先輩が引継ぎ、次代の王子もその先輩が担うことになる。
 奏真先輩が王子でなくなるということは、そのバディだった俺も当然姫でなくなるというわけで。俺は姫としての任期をしっかり勤め上げたというわけだ。
 最初は姫ってなんだよ、ふざけんなって思っていたけど、いざ終わってしまうと寂しいと感じてしまう。それだけ、俺にとって姫はやりがいを感じていたんだろうな。
 それもこれも、全部奏真先輩がいてくれたから。俺の白鷺学園での生活は、奏真先輩で彩られていたと言っても過言じゃなかった。
「卒業、おめでとうございます」
 卒業式の後、俺は奏真先輩を庭園へと呼び出した。クリスマスの日、先輩はここで俺に告白してくれたっけ。あの時のクリスマスツリーはもうないけど、目を閉じたら今でもあの時を思い出せる。
「ありがとう。琉生も姫の卒業おめでとう。もうスカート姿を見られないと思うと、ちょっと悲しいなぁ」
「奏真先輩、本気か冗談か分からないこと言うのやめてくださいよ」
 こんなやり取りが当たり前に出来るのも、今日まで。明日からは先輩はここにはいない。もう奏真先輩と軽口を言い合う機会はなくなってしまう。
「……卒業、しないで欲しいです」
「可愛いこと言ってくれるんだね」
「俺にとって白鷺学園での生活は、奏真先輩がいるのが当たり前だったんです」
「……琉生には友達がたくさんいるから、俺がいなくてもすぐに慣れるよ」
「でも、先輩の変わりはいないんです。奏真先輩は、一人だけなんです……!」
 こんな子供みたいなわがまま、言っても先輩を困らせるだけなのに。分かっていても止められなかった。
「琉生は、正式に生徒会に入ることにしたんだって?」
「はい。先輩に約束した通り、姫制度の改革を進めていかなくちゃいけませんから」
「ナイトくんも生徒会に入るって聞いたよ」
「……俺、行動力はあっても頭は悪いから。内藤がサポートしてくれるって言ってて」
「本当に仲が良くて、妬けちゃうな」
「奏真先輩が妬く必要なんてないですよ。内藤はただの友達だし、それに……」
 奏真先輩は俺の特別な人だから。
 奏真先輩とこのまま離れたくない。先輩との繋がりを絶ってしまいたくなかった。
「クリスマスの告白の返事……今してもいいですか?」
「……うん」
 大きく深呼吸して、先輩を見つめる。
 まだ先輩は俺のこと好きでいてくれているのかな。気持ちが冷めちゃったってフラれたらどうしよう。不安な気持ちが頭の中をぐるぐる回る。
 緊張で足が震えた。でも伝えなきゃ。伝えなきゃ何も始まらない。
「……俺、人を好きになるってよく分かっていませんでした。家族のことも好きだし、友達だって好きだし、好きな先生もいます。だから奏真先輩のことも好きだけど、特別な……恋愛としての好きか、よく分からなかったんです。でも」
 俺は奏真先輩の手を取る。
「俺の手、震えてるでしょ。奏真先輩と離れたくない。卒業してしまっても先輩と繋がっていたいって必死なんです。……これがきっと、恋なんですよね?」
「琉生……」
「友達と一緒にいても、奏真先輩の隣にいるときみたいにドキドキしません。言葉一つで浮き沈みすることもない。そうなるのは全部……奏真先輩が特別だから。奏真先輩が大好きだから」
 俺の震える手を、先輩がぎゅっと強く握ってくれる。それだけで俺の中に勇気が湧いてくる。
「先輩がお父さんと向き合っているとき、俺に何が出来るだろうって考えました。先輩を助けたい、守りたいって。それまで奏真先輩が教えてくれたことを思い出して、動いたんです。俺、先輩といると強くなれます。楽しいだけじゃない。成長も出来るって思っています。だから……」
 俺はもう必死で、半分頭の中が真っ白だけど、どうしてもこれだけは伝えたいと思った言葉がある。
 俺と奏真先輩らしい言葉。
「奏真先輩、大好きです! 俺と人生のバディになってください!」
 ずっと一緒にいたい。これからの人生を奏真先輩と歩んでいきたい。告白の返事にするには重すぎる言葉かなって思わなくもないけれど、それでもどうしても伝えたかったんだ。それくらい先輩のことが本気で好きなんだって、分かって欲しかったから。
 奏真先輩は、しばらくの間何も言わなかった。
 繋いだ手を離すことはなかったけど、俺の言葉に何も反応を返してくれない。
 もしかして、もう手遅れだった? 返事をするのが遅すぎた? 俺のこと、もう好きじゃなくなったのかな……?
 怖い。告白の返事を待つのって、こんなに怖いんだ。それでも先輩は俺をせかすこともなく、ずっと待っていてくれてたんだ。
 フラれるかもしれないこの状況の中、俺はますます先輩が好きになってしまう。
「本当に琉生は……」
 先輩の声が緊張でずいぶんゆっくりに聞こえる。心臓が口から飛び出そうだった。
「一生琉生には敵わないな。人生のバディなんて、すごい殺し文句だよ。まさか告白の返事にプロポーズされるとは思わなかった」
「ぷ、ぷろぽーず!」
「あれ? 違った? 一生一緒にいようってことだよね?」
「そうです、けど! その! プロポーズになるとは思ってなかったというか!」
「うんうん。琉生らしいねぇ」
 初恋で初告白で、初プロポーズまでしちゃったのか、俺。
「もう少し大人になってから、プロポーズは王子らしく、俺から言うつもりだったのに。先を越されちゃった」
「……あの、それってもしかして、俺の人生のバディになってくれるってことですか」
 先輩はにっこり笑うと、そのまま俺を抱きしめた。
 場所もそうだけど、本当にクリスマスの日の続きみたいだ。
「あの、先輩……。顔が近いです」
「嫌?」
「……嫌なわけ、ないじゃないですか」
 長いまつげに水晶玉みたいな綺麗な目。ずっと眺めていてもうっとりしてしまう。そんな大好きな先輩の顔が、息のかかりそうな距離にあって……。
 気が付けば唇に柔らかいものが重なっていた。
 柔らかくて暖かくて、頭の芯がとろけそうになるそれがキスだって分かったのは、奏真先輩の唇がゆっくり離れてからだった。
「奏真先輩……あの」
「顔、真っ赤だよ。さっきまで人生のバディなんて男らしい告白してたのに、こんなトロトロの顔になっちゃうんだ。キスでこれなら、これよりすごいことしたらどうなるの?」
 これよりすごいことって、つまり……そういうこと?
「……今想像したでしょ? 頭から湯気でそうになってる」
「……奏真先輩の馬鹿」
「馬鹿でいいよ。俺、今浮かれてるから。好きな子と人生のバディになったんだ。これ以上幸せなことある?」
 そっか。先輩浮かれてるんだ。
 俺も浮かれてる。足が地面についてないみたいにふわふわしてる。先輩に抱きしめられて、キスされて、今この世で一番幸せなのは俺なんじゃないかって思うくらい。
 だから余計に先輩と離れがたくて、俺は先輩にギュっとしがみついた。
「……もっと早く自分の気持ちに気付けたら良かったのに。そしたら奏真先輩ともっと近くにいられたのに」
「琉生……」
「明日から、会えないんですよね。次に会えるのはいつになりそうですか? 俺、毎日メッセージ送るし、電話だって迷惑じゃなければ毎日したいです」
「会おうと思えば、毎日会えるよ?」
「え?」
「え?」
「……だって奏真先輩、遠くの大学に行くんですよね? 飛行機の距離だって……」
 文化祭の日、先輩は確かにそう言っていた。だから会えなくなるんだって、今日の日が怖かったんだ。
「……俺、琉生に言ってなかったっけ?」
「何をですか?」
「志望校変えたの。白鷺学園の大学にそのまま通うことにしたんだけど」
「え、聞いてないです」
 白鷺学園の経営する大学は、今いる場所から電車で二駅のところにある。
「大学近くに家を借りて、一人暮らしを始めることも言ってなかった?」
「聞いてないです!」
「ごめんごめん。言ったつもりになってた」
「ひ、酷いですよ! 俺、ほんとに先輩に会えなくなるって悲しかったのに! めちゃくちゃ寂しかったのに!」
「そうなんだ? 嬉しいなぁ」
「怒ってるんだから、喜ばないでください!」
「本当に怒ってる? 顔が笑ってるけど」
「お、怒ってます!」
 ……と言ってはいるけどちょっぴり嘘。怒っているのも確かだけど、それ以上にこれからも先輩に会える喜びのほうが強い。
「俺、琉生にフラれる覚悟をしていたんだ。でもフラれても絶対あきらめたくなくて。少しでも近くにいて、振り向いてもらうまで何度も告白しようって思ったんだ」
「……それで志望校変えたんですか?」
「そう。勉強はどこでも出来るけど、琉生はこの世で一人だけだから」
「いいんですか。先輩の将来のためにならないんじゃ……」