男子校の姫にされちゃったんですけど

 そんなの答えは当たり前に決まっている。
「断る!」
 きっぱりさっぱり、男らしくそう言い切った俺に、高嶺先輩は予想していたみたいに小さく笑った。
「困ったな。断られたときの対処法は、マニュアルに載っていないんだ」
「嘘つき」
「本当だよ。困った困った」
 口ではそう言うけど、高嶺先輩の顔は、困ったなんて言っていない。
「生徒会長としてここで白鷺の伝統を絶やしたら、俺は歴代最低の生徒会長になっちゃうかもしれないな」
「白鷺の伝統……」
「もう五十年近く続いている由緒ある伝統なのに……。俺の代で潰してしまうことになるかもしれないなんて」
 そんな言い方、ずるい。
 断る俺が悪者みたいじゃないか。
「でも嫌がる姫野くんに押し付けるのも駄目だよね。俺が最低の生徒会長として名を刻むことになっても、無理強いするなんてそんな……」
「あー、もう! そんなこと言われても引き受けないったら引き受けない!」
 その手には乗らないぞと真っ向から拒否すると、ここでようやく先輩の雰囲気が変わった。
「……うん、そうだよね。ごめんね姫野くん」
 高嶺先輩はしょんぼりと肩を落とした。
 なんだか叱られたあとの大型犬みたいで、犬好きの俺としては、そんな顔をされたら心が痛むじゃないか。
「でも、俺も生徒会長としてこのまま姫制度を途絶えさせるわけにはいかないんだ」
 高嶺先輩は小さく息をつくと、ゆっくりみんなの方を向いた。
「今年度の姫候補は、二人いました。姫野くんが断った今、もう一人の候補に姫を引き受けてもらいたい」
 今度は在校生の席まで大きくざわつく。こんな展開は誰も予想していなかったようだ。
「もう一人の姫候補は……河合千尋くん」
 壇上の上からでも、河合の肩がびくっと震えたのが見えた。
 まさか自分の名前が呼ばれるなんて、思ってもみなかったに違いない。
 注射を怖がっていたときみたいに大きな瞳が不安げに揺れていた。
「河合くん、壇上まで来てくれるかな?」
 高嶺先輩が優しく声をかけるけど、河合はその場から動こうとしない。いや、動けないんだろう。
 引っ込み思案で怖がりな河合にとって、人前に立つのは注射と同じくらい苦手なことなんだと思う。
「河合千尋って、どいつだ?」
「姫候補が二人いるって前代未聞じゃん」
「早く行けよ」
「河合ー、呼ばれてんぞー」
 そんな声が辺りから湧き上がって、河合はますます小さく丸くなる。そうやって必死で自分の身を守っている。
「……やめろよ」
 思わず、そんな言葉が口から出た。
 意味が分からない。姫なんてやりたくもない。正直、誰かが代わってくれるならその方が楽だと思っていた。
 ……そりゃ、確かに楽だけど。
 あんなに嫌がって怖がってるやつに押し付けて、本当にそれでいいのか?
 健康診断の帰り、寮まで一緒に帰った河合は、照れくさそうに、でも嬉しそうに笑っていた。
 友達が出来てよかったと笑っていた河合をここで見捨てるなんて、そんなの……何が友達だよ。
 俺は手をグッと握りしめる。
「もうやめろよ! 俺がやる! 俺が姫にでもなんにでもなってやるから!」
 壇上から叫ぶようにそう言うと、辺りは静まり返った。
「……今の言葉、信じていいのかな?」
 高嶺先輩が真っすぐこっちを見る。
 口元は柔らかいけど、その目はすごく真剣で、俺の心を確かめているような、そんな目だった。
「嫌がっていたのに、姫になって後悔しない? 途中で投げ出すことは出来ないよ?」
 念を押すようにそう言われると、流石にちょっと怖くなる。姫なんて何をするのか全然分からないから。
 でも、友達を見捨てるほうが俺はもっと嫌なんだ。
「後悔は……するかもしれない。やってみないと分からないから」
 でも、と俺は一息つく。
「やるって決めたら俺はやる。途中で投げ出したりなんかしない。俺は、自分にそう約束する」
 高嶺先輩は少し驚いたように目を見開いた後、俺に向かって嬉しそうに頷いた。
「やっぱり君を姫に推薦して良かったな」
「え? 推薦って……」
 高嶺先輩はみんなに向かって高らかに宣言する。
「白鷺学園の伝統である今年度の姫は、姫野琉生くんに決定しました!」
 ワッと会場が震えるような大きな歓声が上がる。
 その迫力に、俺ってもしかしたらとんでもないことを安請け合いしちゃったんじゃないかと頭によぎる。
 やってみないと分からないけど、すでにちょっと後悔気味だ。
 河合が大きな瞳でこっちを見つめているのに俺は気が付いた。
 俺が庇って姫になったのを気にしているような、少し不安げな眼差しだった。
 元々最初に指名されたのは俺だし、何も気にしなくていいのに。
 大丈夫だから心配すんなよって笑いかけてやると、河合は小さな笑顔を浮かべた。
 その笑顔を見れりゃ、俺はもう十分だ。
 あとはもう、途中で投げ出さないって宣言しちゃったし、腹を括ってやるしかない。
 なってやろうじゃないか。白鷺学園伝統の姫とやらに。
 …………
 ……
 で、結局姫ってなにすんの?



 俺の高校生活は、入学初日にしてすでに波乱万丈だ。
「お、姫だ」
「頑張れよー、姫!」
 廊下を歩くだけで、同級生も先輩も先生まで俺を見て声をかけてくる。
 一躍有名人だ。
 ……いや、こんなことで有名になっても。
「入学式が終わったら、生徒会室にきてくれるかな? 姫野くんも知りたいことが沢山あるだろうし」
 高嶺先輩にそう言われた俺は、今、生徒会室に向かっている。
 ……向かっているはず。いや、だって俺生徒会室がどこにあるか知らないし、通りかかった先輩に聞いても、
「え、生徒会室? あっちじゃね?」
「いや、二階」
「三階だった気がするけど」
 みんなこんな感じで。
 やっとの思いでたどり着いた頃には、白鷺学園を一周していた。流石に中学とは規模が違う。
 生徒会室と書かれたプレートの前で、俺は立ち尽くす。
 思えば俺の人生には、生徒会室なんてお堅い場所に縁はなかった。
 なんだか場違いじゃないかなと思いつつ、俺は二回ノックする。
「どうぞ」
 中から高嶺先輩の声が聞こえて、俺は少し緊張しながら扉を開けた。
「ようこそ、生徒会室へ。遅かったね。もしかして迷った?」
「もしかしなくても迷いました」
「だよね」
 最初から迷うと分かっていたなら、ちゃんと場所を教えておいて欲しかった。
 俺は恨めしい顔をしていたのだろう。高嶺先輩は困ったような笑みを浮かべた。
「そんな顔しないで。少なくとも校内は見て周れたでしょ?」
「……そのつもりで場所を知らせなかったんですか?」
 早く学校に慣れてほしいという高嶺先輩なりの配慮だったのかと、思わず感心する俺に、
「いや、結果としてそうなっただけ」
 なんてあっけらかんと言う。
 ……この人、優しい王子様系かと思ったら、ちょっと食えないタイプの人かもしれない。
「今後のことを説明する前に、まず今ここにいるメンバーを紹介しておくね。まずは生徒会顧問の柏木先生」
 高嶺先輩の後ろでホワイトボードの準備をしているジャージ姿の先生が、ひらひらと手を振った。なんというか、ちょっとくたびれた感じの男の先生だ。
「あと机に向かって難しい顔をしているのが、副会長の氷室律。俺と同じ三年」
 眼鏡をかけた厳しい表情をした氷室先輩は、俺を一瞥すると興味なそうにすぐに視線をそらした。
 俺とは気が合わなそうなタイプかもしれない。
「生徒会メンバーはまだいるけど、大体この三人の誰かが生徒会室にいると思っていいよ」
「……俺が生徒会室に呼ばれたのって、姫だから、ですよね」
「そうだよ」
「あの、単刀直入に聞きますけど、姫って何なんですか」
「ほんとに単刀直入だね」
 高嶺先輩はおかしそうに笑う。
「そうだな……」
 柏木先生がホワイトボードにキュッキュと文字を書き始める。
「端的に言うと、姫っていうのは一年の代表だよ」
「代表、ですか」
「うん。一年全体の代弁者。あとは、新入生の顔とでもいうかな」
「顔って……俺、そんな顔が広いタイプじゃないですよ」
「うんうん。姫野くんは小顔だよねぇ」
 いや、そういう意味じゃなくて……高嶺先輩って本気で言っているのか冗談なのか、たまに分からないな。
「冗談はともかくね」
 あ、冗談だったらしい。
「新入生の顔っていっても、有名人を求めているわけじゃないから」
「じゃあなんで俺なんですか。俺のこと、姫に推薦したのって高嶺先輩なんでしょ」
「うーん。それを話すのは、今後の説明が終わってからにしようかな」
 高嶺先輩はホワイトボードの前に立つ。
「姫は生徒会の特別職でね、姫野くんには一年間、ある目標を達成するために頑張ってもらう。その目標がこれ」
 高嶺先輩がホワイトボードに大きく書かれた文字を指さす。
「一年生全員の居場所を作る……ですか」
「そう。これが姫という職の大きなミッションだよ」
 俺はホワイトボードを見つめる。
「……なんか、思ってたのと違う」
 姫なんて名前だからどんな無茶ぶりを押し付けられるのかと思っていたら、妙に現実的で真面目なお題に、俺は驚きを隠せない。
「白鷺学園は全寮制の男子校でしょ。これまでの生活と環境がガラッと変わるから、それに苦しむ新入生は多いんだ。親元を離れるのは初めてな子が多いし」
「……まあ、そうかもしれないですね」
 入学前に入寮して一週間近く経つが、実際にこれまでの生活とは大きく変わった。同年代との距離は近い分、頼れる人はそばにいない。
 俺みたいなタイプならともかく、河合みたいな繊細そうなやつだとしんどいかもしれないな。
「昼はみんな一緒の学校に通って、夜はみんなで生活を共にする。居場所を作れなかった子は逃げ場がなくなってしまう。それを防ぐのが、姫である君の仕事だよ」
「……想像以上に責任重大なんですけど」
「もちろん、姫だけに押し付けるつもりはないよ。そのためにいるのがバディ」
「バディ……?」
 聞きなれない単語に首をかしげていると、氷室先輩がおもむろに立ち上がる。
「ここからは私が説明します」
 高嶺先輩の穏やかな声と違って、氷室先輩の声は温度が低く感じがして、俺の背筋は自然と伸びる。
「特別職である姫には一年間、生徒会のバックアップが付きます」
 だから生徒会室に俺が呼ばれたのか。
「特に生徒会長である奏真は姫を助けるバディ……相棒としてあなたと活動を共にすることになります」
 一瞬だけ氷室先輩の言葉の意味が分からなくなる。
 バディ……相棒?
「高嶺先輩が、俺の相棒⁉」
 俺が思わず高嶺の方先輩を見ると、高嶺先輩はニコニコしていた。
「三年が一年に困ったことはない? なんて聞いても遠慮しちゃうでしょ。だから姫野くんがその役割を果たして、俺に報告する。俺が生徒会長として、環境の改善を図る。良いタッグでしょ?」
「そうかも知れないですけど……え、一年間ずっと一緒ってことですか⁉」
「そうだよ。もしかして嫌だった? 傷付いちゃうなぁ」
「嫌ってわけじゃないですけど……」
 一年生と三年生だし。高嶺先輩って食えない人っぽいし。今だって傷付いちゃうなーとか言って傷付いてる感じゼロだし。
「ちなみに、姫とバディを組む生徒会長は代々王子と呼ばれています。なので奏真も王子ということに」
 涼しい顔をして氷室先輩がとんでもないことを言っている。
「なんでわざわざ生徒会長って役職があるのに名称を王子に変えるんですか⁉」
「んー、歴代の先輩方が決めたことだけど、会長と姫より、王子と姫のほうがそれっぽいからじゃない?」
「高嶺先輩は王子でいいんですか」
「別に構わないよ。姫よりマシだし」
 サラッと俺に対して酷いこと言ってる気がする。
「これで分かった? 俺が君を姫に推薦した理由」
 全然分からない、と首を傾げる俺に、高嶺先輩はこう言った。
「一年間一緒に組むなら、俺は君と組みたいと思ったんだ。河合くんを自然と助けた君を見てね」
「……あんなの、普通のことですよ」
「その普通が、誰にでも出来ることじゃないんだよ」