男子校の姫にされちゃったんですけど

「奏真では、保護者会の代表を納得させることは恐らく出来ません」
「な、なんでですか。氷室先輩がそんな弱音を吐くなんて、らしくないです」
「保護者会の代表というのは、奏真のお父さんなんです」
「奏真先輩の、お父さん?」
 まさかの人物の出現に俺も思わず言葉を失う。
「で、でも親子なら逆に話がしやすくないですか?」
「……あなたは奏真からご両親の話を聞いたことがないんですね」
 その通りだった。人の上に立つ人間になるよう教育された、厳しい両親だったのは知っているけど、それ以外のことは何も知らない。聞いたこともなかった。だって、奏真先輩はあまり家のこと話したくなさそうだったから。
「奏真の家は実業家で、いくつも会社を経営しているんです。当然、奏真はその跡取りとして育てられています」
「知りませんでした……」
 ちょっと俺の友達たちと雰囲気が違うなって思っていたけど、所謂上流階級の人間だったんだ。
「厳しいご両親だそうで、ご両親の言うことは絶対だったそうです。この学校に入学して親元を離れるまで、それを疑問に思ったこともなかったと」
「それって、奏真先輩の意思は尊重されなかったってことですか?」
「そうでしょうね。この学校に来て、初めて自分の意見を持つようになったって言ってましたから」
「そんなの……奏真先輩が可哀想ですよ」
「流石に私も不憫に思いました。だから奏真が生徒会長なら、私はそれを支えようと思ったんです。自分の意思で何かをする、その手伝いが出来たらと思って」
 氷室先輩がそんな思いを抱えて奏真先輩のそばにいたなんて、考えたこともなかった。仲が良いなとは思っていたけど、それだけじゃなかったんだ。
「今まで逆らうことも出来なかった父親に、奏真は恐らく勝てません」
「そんなの、分からないですよ。だって奏真先輩は自分の意思でここまでやってきたじゃないですか。昔はお父さんの言いなりだったとしても、今は違う」
「でも奏真のお父さんは、それを知らない」
「それは、そうですけど……」
「奏真自身が変わったとしても、お父さんはそれを知りません。昔と変わらず接してくるでしょう。親の言うことは絶対だと」
 言葉が出てこない。奏真先輩と三年間過ごしてきた氷室先輩の言葉は強く、きっと正しかった。
「……俺はどうすればいいですか」
 氷室先輩は俺に奏真先輩を助けて欲しいと言った。きっと、氷室先輩には何か秘策があって――。
「分からないですよ、そんなの」
 って秘策ないの⁉
「あなたの売りは行動力なんでしょ。なんかこう……ないんですか」
 氷室先輩からのまさかの無茶ぶり。
「俺、考えるの苦手だし、奏真先輩のお父さんを納得させられる言葉なんて持ってないですよ。むしろそういうのは氷室先輩が得意じゃないですか」
「私が話し合いに乗り込むことも考えはしたんです。でも私じゃきっと、相手を納得させることは出来ません」
「どうしてですか」
「当事者ではないからですよ。近くで見守っては来ましたが、私は王子でも姫でもない。言葉の重みが私にはありません」
「氷室先輩が無理なことを、俺なんかに出来るとは……」
 そう弱音を吐きかけて、グッと言葉を飲み込む。
 奏真先輩が一人で戦っていてピンチなのに、俺が弱音を吐いている場合じゃないだろ。まして氷室先輩が俺を頼っているんだ。普段は俺のことなんてみそっかす扱いなのに。
 ここで諦めるなんて出来ない。
「俺が絶対に、何とかしてみせる」
 方法はまだ思いつかない。でもいつもそうだった。分からないまま突き進んできたのが俺じゃないか。
「……不思議な人ですね」
「俺がですか?」
「はい。確証もないのに、あなたなら本当に何とかしてしまいそうで」
「しますよ。絶対に奏真先輩を助けてみせます」
「姫制度を守ってみせる、じゃなくて奏真を助けてみせる、ですか」
「えっ?」
「王子と姫ということを抜きにしても、本当に仲が良いんですね」
「そ、そりゃだって、奏真先輩は俺の大事な……」
 大事な、何なんだ? 
 先輩? 友達? バディ? どれも正解で、どれも違う気がする。
 大切な先輩なら氷室先輩だってそうだし、友達なら内藤や河合だってそうだ。バディは奏真先輩しかいないけど、この想いはバディだから?
 奏真先輩の隣にいたい。先輩と笑い合いたい。奏真先輩には自由に生きてもらいたいし、そのために必要なことがあるなら、俺はなんだってする。先輩のピンチなら駆けつけて、俺が先輩を守りたい。
 だって先輩は俺の大切な――。
 大切な、大好きな人だから。
 そっか、俺って奏真先輩のことが好きだったんだ。他の人と違う、特別な好き。
 だから奏真先輩が近くにいると心臓がドキドキしたんだ。内藤や河合の手に触れてもなんとも思わないのに、奏真先輩に少し触れただけで顔が熱くなって、頭がふわふわしたのも、恋をしていたから。
 馬鹿だな、俺。ずっと身体は正直に先輩が好きって教えてくれていたのに、全然気付いていなかった。
 奏真先輩が好き。大好き。だから先輩を守りたいし、俺が助けたい。
 でもどうする。俺に出来ることは一体なんだ?
「……奏真先輩たちってどこで話し合いをしているんですか?」
「来賓室です。……その顔は、何か思いつきましたか」
「思いついたってほどじゃないです。俺一人じゃどうにも出来ないことも、みんなの力があれば出来るんじゃないかなって」
「……あなた、何をするつもりです」
 氷室先輩が胡乱気な眼差しで俺を見る。
 俺は何も返事せず、氷室先輩に不敵に微笑んで見せた。
「氷室先輩も協力してくださいね」
 氷室先輩は一瞬すごく嫌そうな顔をした。でもすぐに諦めたように溜め息を吐く。他にどうすることも出来ない以上、俺に任せるしかないんだろう。
 正直、うまくいくかは分からないけど。この部屋でただ時間が過ぎるのを待つだけよりいいはずだ。
 待っていてくださいね、奏真先輩。
 さあて。姫が王子を助けに行きますか。
 
 
 来賓室の空気が重い。空気が淀んでいる。
 校長先生と保護者会の代表である父さんとの話し合いの場に呼ばれたのはほんの少し前。用向きは言われずとも理解しているので、生徒会顧問である柏木先生も付いてきてくれたけれど、早くも帰りたい気持ちでいっぱいだった。
 父さんと向き合って座るなんて、随分久しぶりのことだ。白鷺に入ってからはろくに帰っていなかった。あまり変わりないように見えるけれど、白髪は少し増えたかな。少し小さく見えたのは、俺の背が伸びたからだ。
 最も、小さく見えたとしても父さんの態度は相変わらずで、背だけが大きくなっただけの俺は、子供の頃を思い出して委縮してしまっていた。
「それで、姫制度とかいう訳の分からないものは廃止になったんでしょうね?」
 開口一番、無駄を嫌う父さんらしい物言いだ。上から押さえつけるような物言いは、人の良さそうな校長とは相性が悪く、校長は一瞬でたじろいでしまう。
 まあ、仕方ない。校長はとりあえず席を一緒にしているだけで、姫制度についてはあくまで中立な立場。父さんからの圧があれば、すぐに廃止派になる可能性もある。最初から頼れるとは思ってはいない。
「生徒の代表として発言させて頂きますが、姫制度は継続中であり、今後も廃止する予定はありません」
 あくまで親子でなく、それぞれの代表として話をするため、あえて硬い言葉でそう言った。出来るだけ毅然とした声を出したつもりだけれど、少し動揺したようにも聞こえる。駄目だと分かっていても、子供の俺が父に畏怖してしまっていた。
「手紙の告発は事実なのでしょう? 先生としてはそれでも姫制度とやらを支持するおつもりですか」
 父さんは俺をちらりとも見ず、柏木先生を真っすぐ見据える。
「白鷺学園は生徒の自主性を重んじております。過去にあったことは事実ですが、制度自体は改善されてきており、生徒の意見も聞かず即刻廃止するわけにはいきません」
「自主性とは言葉はいいですが、それでは何のための教師ですか」
「もちろん、生徒が危険な目にあったり、道を誤らぬように導くのが教師の役目だと思っております」
「その言葉をそのまま受け取ると、あなた方は教師の役目を放棄しておられる。過去、姫制度で実害があったわけでしょう。それなのになぜ、今も制度を続けている。告発がなければ私はそんな過去も知らなかったわけですが……これは学校として不祥事を隠蔽したというわけですか」
「い、隠蔽だなんてとんでもない!」
 校長が慌てたように言う。
 駄目だ。校長はすっかり動揺している。父さんに丸め込まれるのも時間の問題だ。
「か、過去に姫と呼ばれた生徒が転校したのは事実ですが、学校側としましては制度に問題があったせいだとは認識しておらず……」
「だが実態は制度のせいであったわけだ。認識が甘かったのではないですか」
 校長はぐうの音も出ない。
「保護者の代表としては、こんな制度があると知っていたら、息子を入学させたくはなかった。どんな悪影響を受けるか、分かったものではない」
 校長は青い顔で俯く。額に浮かんだ汗を拭う姿が、なんだかとても痛々しい。
「過去にあった痛ましい事実を、当然看過することは出来ません。そのため生徒会としましては姫制度の改革を進めております。特に高嶺さんの息子さんである奏真くんは生徒会長として尽力しており、今期の姫制度は大きく改善されました」
「こちらが姫制度について全校生徒にとったアンケート結果です。そして過去の姫活動、今期の姫活動を通じての改善案をまとめたものになります」
 俺は父さんに報告書を手渡す。
 改善案については正直、まだまだ粗削りだ。これでいいとは思っていない。
 あくまでこれは現時点での精一杯。ここから精査して、もっと改善していかなくてはならない。俺は卒業してしまうけど、後任の生徒会長や琉生ならきっとやってくれると、俺は信じていた。
 今はともかく、父さんから姫制度廃止を撤回させることだけ考えればいい。
 父さんは手渡された報告書を、煩わしいものでも受け取ったかのように一瞥すると、そのまま机の上に伏せた。
 ……一ページも捲ることなく、目を通すこともしない。
 毎日生徒会室で琉生や律と頭を悩ませながら考えた改善案だった。膨大な生徒たちのアンケートに目を通し、意見をまとめる作業も骨が折れた。受験勉強との両立で律は目の下に隈を作り、琉生も運動靴の底がすり減るくらい、学校中を駆け回ったんだ。
 その結果が、これ?
 じっくり読むどころか、ほんの少しの興味すらない。
「柏木先生と仰ったかな。私はね、道を誤る前に軌道修正してやるのが大人の務めだと思っている。姫制度が生徒間での伝統だったとしたら、そんな無駄なものは潰してやるのが大人の責任だ」
 父さんの声を聞いていると心が冷えていくのを感じる。
 ああ、俺は大きな勘違いをしていた。
 これは話し合いの場なんかじゃない。これはただの確認。要望通りに姫制度は廃止されたか問うための席で、そこに意見なんて必要はない。
 なんとか姫制度を維持できるように走り回ったのは一体なんだったんだろう。なんのために琉生も律も自分の時間を犠牲にしてきたんだ。
 このままではいけないと思っているのに、言葉が出てこない。心が折れるとは、このことなのか。
 生徒の代表として、ここで諦めるわけにはいかないのに。
 俺の前に立ちはだかる父さんという壁は、あまりに高かった。
「納得していただけたなら早急に手を打って頂きたい。せめて卒業式までに廃止にすれば、来年度からこんな無駄な制度に労力を使わなくて済むでしょう。話はこれで終いだ。私も暇ではないのでね。これで失礼するとしよう」
 父さんが席を立つ。
 駄目だ。このままじゃ本当に終わってしまう。このまま父さんを帰すわけにはいかない。そう頭では分かっているのに、どうやって引き留めていいのか分からなかった。どうすれば父さんを止められる?
 琉生なら、こんな時どうするだろう。
 琉生が今そばにいたら……。