男子校の姫にされちゃったんですけど

 その目で見下ろされると、なんだか胸がドキドキする。
 こんな先輩、見たことない。
 え……あれ。もしかして……。
 先輩の言った「好き」って、そういう意味での好き……?
 俺の勘違いかもしれない。でも、そうなんじゃないかと思ったら、それしか考えられなくって、一気に俺の顔は熱くなる。
「……っ」
 慌てて先輩から目を逸らそうとするけど、先輩の目がそれを許してくれない。痛いほど真剣な眼差しが、俺を射貫いていた。
「顔が赤い。……ようやくちゃんと伝わった?」
 いつもより先輩の声が少し低い。それがやけに大人っぽくて、心臓が掴まれたみたいにぎゅっとなる。
「俺は琉生が好き。琉生が想像している通りの意味で、好きなんだ」
 口元が震える。何か言いたいのに声が出ない。金魚みたいに口をパクパクさせていると、先輩が困ったみたいに少し笑った。
「ごめんね。困らせるつもりはなかったんだ」
 そう言って俺を抱きしめていた腕をゆっくりとおろす。先輩の温もりが離れていくと、ようやくまともに息をすることが出来た。
「忘れてくれていいよ」
 先輩は俺から目を逸らしてそう言った。言ったことを少し後悔したような先輩の姿に、俺は動揺しながらも、気持ちを伝える。
「わ、忘れるなんて無理ですよ!」
 声がひっくり返る。でも、これだけは奏真先輩に伝えておきたい。
「お、俺、恋愛ってしたことなくって。好きって言われたことも今までないんです。誰かをそういう意味で好きになったことも、今までなくて」
 言葉がうまくまとまらない。
「でも、先輩が好きって言ってくれたこと、嬉しいし忘れたくないです!」
「……嬉しいの? 俺たち、男同士だよ?」
「あ……そうでした……」
 告白された驚きであまり考えてなかった。でも、不思議と違和感や嫌悪感はない。
「……期待して、いいのかな?」
「ふぇっ⁉」
「琉生が俺のこと受け入れてくれるって」
 また、先輩の目に熱がこもる。ドキドキが止まらなくて、頭が煮えそうだ。
「へ、返事は少し待ってもらってもいいですか」
 回らない頭で、必死に考える。先輩の気持ちを無下にしたくないから。
「先輩のこと、大好きです。先輩に好きって言ってもらって嬉しかったのも、ドキドキしたのも本当です。でも、それが恋なのかまだ分からなくて」
「うん」
「ちゃんと考えて、この気持ちに言葉がついてから伝えたいです。……それじゃ、ダメですか?」
 先輩は少し考えてから寂しそうに笑う。その笑みに俺の胸はチクリと痛んだ。
「いいよ。俺は琉生が好きだから。気持ちにケリがつくまで、ずっと待つよ」
 ずっと、の言葉に重みを感じる。それだけ先輩が俺のことを好きって言ってくれている気がした。だからこそ、俺も生半可な気持ちを先輩に告げたくない。
「……それに今は姫制度のことに向き合わないとね。ここからが正念場だ」
 ああ、そっか。奏真先輩への気持ちだけじゃなく、そっちも考えなきゃいけないのか。考えることが苦手なのに、大事なことを二つも同時進行。ちゃんと出来るかな。
 俺の顔が強張ったのが分かったのか、先輩はクスっと笑う。その顔は、もうすっかりいつもの先輩だった。
「俺たちはバディでしょ。考えるのは俺、動くのは琉生。そうやってうまくやってきたじゃない」
 そうだ。ずっとそうやって奏真先輩とやってきた。柏木先生に良いバディだって褒められるくらい、俺たちは相性抜群だ。
「じゃあ食堂行こうか。お腹ぺこぺこなんでしょ?」
 先輩の言葉に返事するようにお腹が鳴る。ドキドキしたり緊張したりして空腹が遠ざかっていたのに、思い出したようにお腹が空いてきた。
「はい!」
 俺は奏真先輩と並んで歩きだす。
 先輩が俺のこと好きなんて、まだ信じられない。俺の気持ちもまだ分からない。
 だけど、横に並んだ先輩の手がちょっとだけ触れたとき、鼓動が早くなったことは紛れもない真実だった。 
 
 
 年も明け、正月のおめでたいモードも少しずつ薄れ始めた頃。姫制度の改革について俺たちは本格的に動き出していた。
 再び生徒会室に出入りするようになった俺に、氷室先輩は「静かだったのにまたうるさくなりますね」なんて悪態をついたけど、本当は奏真先輩と仲直りしたことに少しホッとしているようにも見えた。ほら、氷室先輩って本人には絶対言えないけどツンデレだし。
 奏真先輩も氷室先輩も、受験に生徒会の仕事にすごく多忙な日々を送っている。もちろん、他の生徒会役員や次期会長候補の先輩も尽力してくれているけど、姫制度のことは王子や姫の経験者でないと分からないことも多い。そうなると奏真先輩はやっぱり主導的な立場になってしまう。
 俺がみんなを引っ張っていけたらいいんだけど、行動力以外はからっきしだから、それも難しい。
「やっぱり改革案を文章でまとめて提出するのがいいんじゃないかな」
「最大の敵は保護者会になりますが、まずは教職員を納得させるところからはじめましょう」
「俺と琉生が一年を通してやってきたことを踏まえて、さらに改善案を出して――」
 ホワイトボードにメモ書きしながら、奏真先輩と氷室先輩は話を進めていく。
 こういう時の俺はほとんど役立たずだから、二人の話に耳を傾けつつも、半分上の空になっていることが多い。いや、色々考えようとはしているんだけど、一応は。
 氷室先輩と横に並ぶと、奏真先輩ってやっぱり少女漫画の王子様みたいだ。そうぼんやり見ていると、奏真先輩の背景に花まで見えてくる。
 そうなると氷室先輩は王子様に仕えるクールな執事とか、そんな感じだな。
 二人が向かい合って真剣な顔をしているのって本当に絵になる。なんで男子校にいるんだろう。勿体ない。女の子が絶対放っておかないだろうに。
 でもそんな王子様みたいな奏真先輩は、俺のことが好き……なんだよな。いまだに信じられないし、なんか夢でも見ていたのかなって思うときもある。
 でも先輩にギュって抱きしめられたときの思ったより広かった胸板とか、先輩の優しい香りの中にあった男性っぽい匂いとか、そんなのが強烈に脳に焼き付いていて、あれは夢なんかじゃないよって俺に教えてくれる。
 好きって言う先輩の声も、何回も頭の中で自動再生して……。ああ、もう。顔が熱くて仕方ない。
 俺は先輩をどう思っているのかな。
 好きって言われて嬉しかったし、思い出すとドキドキする。男同士だよって言われるまで、正直そんなことも忘れちゃってた。それくらい、先輩に告白されて俺は素直に受け入れちゃっている。
 俺は恋をしたことがない。恋愛漫画も読んだことがないし、恋は映画やドラマだけのものだった。むしろ恋愛シーンを観ても今までピンと来なかったし、中学は共学だったから誰と誰が付き合ってるなんて噂も聞いてきたけど、やっぱりよく分からなかった。
 恋愛での好きと、家族や友達に向ける好きってやっぱり違うものなのかな。
 俺は奏真先輩が好きだ。
 優しくて頼りになって、たまに掴みどころがないけど一緒にいてすごく楽しい。でもこれって、内藤や河合と本当に違う?
 あー、もう。もっと頭が良かったらすぐに分かったのに。
 奏真先輩のことを考えると身体がそわそわして落ち着かない。なんか衝動のまま叫びたくなる。
「さっきから何一人で百面相しているんですか」
「し、してないです!」
「してるでしょう。……気持ち悪い」
 うん、辛辣。でも今はちょっとくらい辛辣な言葉を投げられた方が、気持ちが落ち着くかもしれない。
「表情が豊かで可愛いよね、琉生は」
「か、かわいい……」
 あ、駄目だ。つま先から頭のてっぺんまでカーって熱くなってきた。奏真先輩、なんかおかしそうに笑ってるし。確信犯だろ、これ。
「これのどこが可愛いんですか。趣味が悪い」
「可愛いよ。俺の言葉一つでこんなに真っ赤になって。素直で可愛い」
「理解に苦しみますね。あなたも奏真の冗談を真に受けないでください。校庭でも走って頭を冷やしたらどうですか」
「……そうします」
 このままここにいても、ずっと悶えていそうだし、落ち着かないならこの際氷室先輩の言葉に従おう。
 のぼせたみたいな頭でふらふら生徒会室から出ようとすると、俺の背中に向かって奏真先輩が声をかけた。
「本当に行っちゃうの? 寂しいなぁ」
 その言葉に心臓がぎゅーってなって、とてもじゃないけど恥ずかしくて奏真先輩を振り返ることが出来なかった。もうゆでだこの自覚がある。
「す、すぐに戻ります!」
 扉を勢いよく開けると同時に俺は駆け出す。ちょっとでも風を感じて火照った熱を冷ましたかった。
 背後で氷室先輩が「廊下は走らない!」って怒っていたけど、文句は奏真先輩に言ってくれ。
 俺が真っ赤なのは、奏真先輩のせいなんだから。


 この日、生徒会室の扉をくぐった俺は、いつもと違う光景に足を止めた。
 そこにいたのは氷室先輩だけだった。
 いつもは奏真先輩もいるのに珍しい。
「氷室先輩、今日は奏真先輩は一緒じゃないんですか?」
 席に座り、書類をパラパラめくる氷室先輩は珍しく集中できていないようだった。
「……奏真は別件対応中です」
「そうなんですね」
 氷室先輩の声に張りがない。いつもと明らかに様子が違う。何か心配事でも抱え込んでいるような素振りだった。
「何かあったんですか?」
 俺がそう言うと、氷室先輩はゆっくりと顔を上げた。 
 一瞬、瞳が揺れる。やっぱり何かあったんだと確信した。でも氷室先輩は唇を硬く結び、話そうとはしない。
 ……俺、一年だし。まだ頼りないから話してくれなくてもしょうがないのかな。
 氷室先輩とはこの一年間で、少なからず信頼関係は結べていると俺は思っている。だから氷室先輩が話そうとしないってことは、俺が知る必要はないってことだ。
 ちょっと寂しいけど。奏真先輩が対応中なら任せるしかないし、話してくれる日もきっとくる。
 氷室先輩の様子は気になるけど、今の俺は出来ることをするべきだ。
 俺はすっかり自分の指定席になっている窓際の席に腰を下ろすと、ペラペラの鞄から数十枚の用紙を取り出した。
「氷室先輩。これ、姫制度に関する声をいくつか抜粋したものなんです。俺の友達の内藤ってやつが意外と顔が広くて、聞きまわってくれて。ほら、姫である俺には直接言えないこともあるじゃないですか。だから内藤も協力してくれて……」
 氷室先輩はぼんやりした眼差しでこちらを見る。
「河合ってやつも、部の先輩に話を聞いてくれているみたいなんです。普段は引っ込み思案なんだけど、良いやつなんですよ。友達のためなら力になるよって言ってくれて。よくつるんでるから姫様御一行なんて呼ばれたりもするけど、本当に俺には勿体ないくらい、良い仲間です」
「仲間、ですか」
「あ、奏真先輩と氷室先輩も仲間ですよ! 他にも柏木先生とか、生徒会役員のみんなとか!」
 いつもはここで「あなたが私の仲間ですか? 足手まといではなく?」みたいなこと言ったりするんだけど、今日はそんな言葉も飛んでこない。
 ってか俺、氷室先輩の解像度高すぎない?
 氷室先輩は考え込むように目を伏せた。祈るように手を組んでわずかに首を垂れた氷室先輩は、俺から見ても苦しんでいるようだった。
「……姫野」
 氷室先輩が呟くように俺の名前を呼んだ。
 氷室先輩が俺の名前を呼ぶのは、覚えている限りこれが初めてだった。
「助けてくれませんか」
「……氷室先輩が俺に助けを求めるなんて、よっぽどですね」
「茶化さないでください」
 茶化したつもりはないけれど、そんな軽口を叩かなきゃこの空気に耐えられなかった。
 だって、氷室先輩が俺を頼るなんて普通じゃ考えられない。
「今日、保護者会の代表が来校されたんです」
 保護者会と言えば、姫制度廃止派。生徒会にとって一番の敵だ。
「卒業式に関する話をするためだったんです。ですが、やはり例の手紙が話題に上がったようで……」
「それで奏真先輩が対応しているんですね」
 聞く限り何もおかしいことはない。むしろ適切な行動だと思う。
 だが氷室先輩の表情は暗かった。