まだ自分に何ができるか、どうすればいいかは分からない。でもきっと、姫制度を変えてみせる。存続させるためにも、絶対に。
奏真先輩と一緒ならそれが出来るはずだ。
奏真先輩と向き合う前に、俺は俺自身と向き合わなくちゃいけない。
俺は姫制度を本当はどうしたいのか。奏真先輩とどうしたいのか。それが本当に分からないうちは、先輩に会うべきじゃない。
姫になって俺は良いことがあった。でも一方で違う姫なら傷付く制度でもあった。俺と過去の姫と何が違う? 性格って言われたら、それで全部終わってしまうけど、それだけじゃないはずだ。
柏木先生は言っていた。俺が姫として活動できた理由を考えてみろって。制度を維持することが目的だけなら、先輩は俺を放置したって。
その通りだ。だって今までの姫はそうやって放置されて、みんなの玩具になるか、孤立するかどちらかの道を辿った。
従来の姫の扱いに疑問を持つ奏真先輩がいたから、俺は孤独にも玩具にもならず、姫活動に疑問を抱かなかったんだ。だって俺が姫になってすぐ、俺のことみんなに覚えてもらおう、挨拶運動していこうって言ってくれた。姫として活動していくためにって。もうそれだけで、俺は過去の姫たちと全然違う。
……奏真先輩も水臭い。最初から姫制度を改革したいって教えてくれれば良かったのに。でもきっと、教えてくれなかったのも先輩の優しさだ。過去の姫たちの話を聞いたら、俺は絶対に不安になって身構えるから。
最初は姫って呼ばれるのがむず痒かった。でも次第にみんなが俺のこと姫って呼ぶのが当たり前に感じて、嬉しく思うようになった。姫だから、スカートだから可愛がられているとは思わなかった。みんな、俺のことを受け入れてくれているって感じたから。
そっか。一方的に可愛がられるのが姫じゃない。俺もみんなや白鷺学園が大好きで、みんながそれに応えてくれて、ようやく本当に姫になる。
姫は一年の代表。学校の顔って、そういうことだったんだ。
姫を可愛がるだけの象徴のように思い込んでいる意識を変えるのは大変かもしれない。でも、きっと変えられる。奏真先輩がそれを証明してる。だって俺は姫制度に変な先入観を抱かず、みんなのために動くことが出来たから。それが姫だって先輩が教えてくれたからだ。だからみんなも、本当の姫制度はこうなんだって知れば、きっと良い方向に変わっていく。
先輩と二人で、姫制度を改革したい。いや、二人じゃなきゃ駄目なんだ。王子だけの言葉じゃ納得できない人もいる。でも当事者である姫の言葉でなら、響くこともあるはずだ。王子と姫はバディ。その意味がようやく分かった。
奏真先輩に会いたい。会わないといけない。
やっぱり俺、考えることは苦手だ。先輩がいないと何も出来ない。俺一人じゃ、姫制度の改革なんて出来やしない。
奏真先輩は生徒会室かな。どこにいるかメッセージで聞けばいいだけなのに、なんだかその時間すら惜しい。先輩の元へ駆け出して行きたい気持ちでいっぱいだった。
廊下を走る。本当は駄目なんだけど。氷室先輩辺りに見つかったら、あなたも姫という生徒会特別職の規範となるべく、なんてお小言を言われるだろうな。でもなんだろう。今は氷室先輩の説教すら懐かしいんだ。
人の気配をほとんど感じない廊下だったけど、俺は道中である奴とすれ違った。相手は俺とすれ違っても顔を上げようともしない。でも俺の足は次第にゆっくりになって、やがて止まった。
「城戸!」
俺は振り返って、その名前を呼ぶ。
挨拶運動のとき、意地でも挨拶を返さなかった城戸。食堂で誘っても、俺とは席を共にはしてくれなかったっけ。誰とも打ち解けることなく、城戸は今も一人で白鷺での生活を送っている。俺は今まで、そのことを気にしながらも、理由まで考えたことがなかった。
「俺さ、姫制度を改革しようと思ってる!」
城戸の足が止まる。振り返りはしない。でも、俺の言葉を聞いているのは確かだった。
「俺一人じゃ出来ないけど、俺には奏真先輩や仲間がいる。これから先の姫も、誰も孤立なんてさせやしない。そのために、姫制度を変えて見せる!」
柏木先生から預かった姫の歴史が綴られたノート。その中で俺は、ある名前を見つけていた。五年前、白鷺に数か月だけ在籍していた城戸という姫の名前を。
「……なんでそんなこと俺に言うわけ」
城戸が蚊の鳴くよう声で言う。その声が震えていたことに俺は気付いていた。
「さあな。なんか伝えなきゃと思っただけ!」
俺がそう言うと、城戸は弾かれたみたいにこちらを振り返る。
俺はニッと笑いかけて城戸に手を振ると、再び廊下を駆け出した。
城戸に宣言しちゃったし、後はもうやるしかないよな。廃止か存続か、俺には未来は分からないけど、信じるしかないんだ。
奏真先輩なら生徒会室にいるはずだと向かっていたけど、道中、意外な場所で俺は先輩の姿を見かけた。
校舎から校庭へと続く道にある、小さな庭園。奏真先輩はそこでぼんやりとクリスマスツリーを見上げていた。
そっか。もうクリスマスなんだ。
今回の騒動があってから、季節やイベントを気にする余裕があんまりなかった。
「奏真先輩!」
声を掛けると先輩は驚いたように俺を見る。
「琉生、どうして……」
「クリスマスツリー、綺麗ですね」
白鷺学園での生活は外の世界と関わる機会が少ないため、季節のイベントを大切にしている。クリスマスツリーもそんな学園からの計らいだった。
「暗くなってくると、ツリーのライトアップがロマンチックです。男子校にロマンなんて必要ないかもですけど」
俺の言葉に先輩がクスっと笑顔を見せた。
先輩の笑った顔を見たのは久しぶりだ。
「せっかくのツリーだけど、足を止める生徒がほとんどいないのは勿体ないね。特に三年は受験が目前で余裕がない生徒も多いから」
「じゃあ先輩は余裕があるってことです?」
「んー、まあ、ちょっとだけ。あ、律には言わないでね。油断は大敵です、なんてお説教されちゃうから」
奏真先輩の氷室先輩の物真似がよく似ていて、俺は思わず噴き出した。
やっぱり奏真先輩の隣は落ち着く。先輩の隣にいると、胸があったかくなる。奏真先輩の隣が俺の場所なんだって、あらためて思った。
「奏真先輩って姫制度のこと、このままじゃいけないってずっと思ってたんですよね」
河合じゃなく俺を姫に推薦したこと。俺を一人にせず、一緒に姫活動に取り組んでくれたこと。本来の居場所を作るという目的を一緒に果たそうとしてくれたこと。それがすべてを物語っている。
「……俺は一年の途中から生徒会に入ったんだ。生徒会室に行くと、姫がたまにいてね。クラスが違ったからそれまで話したことはなかった」
「俺の先々代にあたる姫、ですね」
「そう。彼は上級生から愛される姫だった。少なくとも俺にはそう見えていた。姫に対してスキンシップが過剰に見える行為もあったけど、彼はいつも笑っていたから。でも、本当は違ったんだ」
先輩はツリーを見上げているように見えたけど、本当はどこか遠くを見ているようだった。
「彼、泣いてたんだ。本当はずっと嫌なのに、わざと笑っていたんだね。周りも俺も、それに気付かなかった。もしかしたら気付いていたのに、気付かないふりをしていた人もいたかもしれない。……実際俺も、彼が泣いていることに気付いても何もしなかった」
「その頃先輩は一年だったから」
「そんなのは言い訳だよ」
ぴしゃりと言い切った先輩にかける言葉がなかった。
「二年になって新入生が新しい姫になったときも何も出来なかった。辛そうにしているときも、気休め程度の言葉をかけることしか出来なかった。そのとき思ったんだ。このままでいいのかって」
「それで自分の代で変えようとした」
奏真先輩は静かに目を伏せる。無言の肯定だった。
「歴代の生徒会長も姫のことで苦しんではいた。なんとかしてやりたいと思っていたとは思う。ただ、姫制度を変えることも止めることも難しかった。ずっと引き継いできた伝統を、自分の代で途絶えさせることになったら。……今回の騒動で目の前にそれを突き付けられて、正直俺も怖いよ」
「奏真先輩……」
そっか。先輩は一年の頃からずっと、姫制度と戦ってきたんだ。ずっと一人で、このままじゃいけないんだって。
「先輩、伝統ってなんだと思いますか」
「え?」
「俺、考えるのは苦手だけど、こう思うんです。伝統は人のためにあるものだって。伝統を守るために人が犠牲になっちゃいけない。今の人のためにならない伝統なら、それは変えていかなくちゃいけないって」
「琉生……」
「姫が犠牲になるような姫制度は嫌いです。でも俺は犠牲になってない。最初は何だこの制度って思ったけど、今じゃ姫になって良かったなって思ってます。それはきっと、奏真先輩のお陰です。奏真先輩が作る姫制度なら、俺は守っていきたい」
俺はまっすぐ先輩を見つめる。奏真先輩の不安そうな眼差しが、少しずつ晴れていく。
「奏真先輩が姫制度を変えるために戦うなら、俺も一緒に戦います。俺なんてあまり役に立たないけど、それでも出来ることはきっとあるから」
「役に立たないなんて、そんなことない」
「自分で言うのもなんですが、行動力だけはありますから!」
「それ以外も、琉生はすごく頼もしいよ」
俺は先輩に向かって片手を上げる。
先輩、この意味わかってくれるかなってちょっと心配だったけど、そんなの杞憂だった。
先輩の暖かい手が俺の手と軽い音を立てる。
ハイタッチは心が繋ぎ合った証。バディ再結成の証明だった。
先輩と離れていたことでどんよりしていた心が、フッと明るくなる。
クリスマスツリーもなんだかさっきより綺麗に感じるから不思議だ。照明がキラキラ輝いて、これから先の未来は明るいよって言ってくれているような気がする。
もう少し先輩と並んで束の間のクリスマス気分を味わっていたい。
だけど駄目だな、俺って空気が読めない。俺のお腹が盛大に情けない音を立てて、ムードを完全に壊しちゃった。
「……安心したのかお腹が空きました」
大きな音が鳴ったから、先輩の耳にも絶対届いた。クリスマスツリーのロマンスも流石に台無しだ。
「先輩、もう夕方だし一緒に食堂行きましょうよ。ご飯食べながら今後の作戦でも――」
俺の言葉はそこで途切れた。
急に全身をふわっと暖かいもので包まれて、奏真先輩のお日様みたいな匂いがすごく近くになる。
心臓の音が、二つ聞こえる。あれ、俺って心臓二つもあった? そんなわけない。じゃあもう一つ聞こえてくるこの音はなに?
「……ごめんね、急に抱きしめて」
先輩にそう言われて、俺はようやく自分が抱きしめられていることに気付いた。
「ずっと不安だったんだ。琉生に嫌われたんじゃないか、もう卒業まで琉生と話したり、会ったり出来ないんじゃないかって」
「俺が先輩のこと嫌いになるとか、あるわけないですよ」
「うん……。それでも不安で堪らなかった」
先輩の腕が、ギュッと俺を抱きしめる。どれだけ不安だったのか、俺に教えているようだった。
「俺はもう、琉生と離れることなんて出来ないんだよ」
宙ぶらりんになって居場所のなかった俺の腕を、先輩の背中にゆっくり回す。
色々あったから、先輩だいぶ弱ってたんだな。俺は子供をあやすように背中を優しく撫でた。大丈夫、ここにいますよって先輩に伝えるみたいに。
「好きだ。好きなんだ、琉生のことが」
「俺も奏真先輩のこと、大好きですよ」
少し照れくさいけど素直な気持ちを伝える。
先輩は俺にとって最高のバディで、最高の親友。最高の王子。
普段は友達にわざわざ好きなんて言わないけど、今はクリスマスツリーの前だから。こういうのも悪くない。
「……駄目だよ、琉生。そんなこと軽々しく言っちゃ」
「え?」
抱きしめられたまま顔を上げると、先輩がジッと俺を見下ろしていた。
いつもの見守るような優しい眼差しとは、少し違う。熱を孕んだような真剣な目に、俺は思わず息を呑んだ。
「先、輩……?」
奏真先輩と一緒ならそれが出来るはずだ。
奏真先輩と向き合う前に、俺は俺自身と向き合わなくちゃいけない。
俺は姫制度を本当はどうしたいのか。奏真先輩とどうしたいのか。それが本当に分からないうちは、先輩に会うべきじゃない。
姫になって俺は良いことがあった。でも一方で違う姫なら傷付く制度でもあった。俺と過去の姫と何が違う? 性格って言われたら、それで全部終わってしまうけど、それだけじゃないはずだ。
柏木先生は言っていた。俺が姫として活動できた理由を考えてみろって。制度を維持することが目的だけなら、先輩は俺を放置したって。
その通りだ。だって今までの姫はそうやって放置されて、みんなの玩具になるか、孤立するかどちらかの道を辿った。
従来の姫の扱いに疑問を持つ奏真先輩がいたから、俺は孤独にも玩具にもならず、姫活動に疑問を抱かなかったんだ。だって俺が姫になってすぐ、俺のことみんなに覚えてもらおう、挨拶運動していこうって言ってくれた。姫として活動していくためにって。もうそれだけで、俺は過去の姫たちと全然違う。
……奏真先輩も水臭い。最初から姫制度を改革したいって教えてくれれば良かったのに。でもきっと、教えてくれなかったのも先輩の優しさだ。過去の姫たちの話を聞いたら、俺は絶対に不安になって身構えるから。
最初は姫って呼ばれるのがむず痒かった。でも次第にみんなが俺のこと姫って呼ぶのが当たり前に感じて、嬉しく思うようになった。姫だから、スカートだから可愛がられているとは思わなかった。みんな、俺のことを受け入れてくれているって感じたから。
そっか。一方的に可愛がられるのが姫じゃない。俺もみんなや白鷺学園が大好きで、みんながそれに応えてくれて、ようやく本当に姫になる。
姫は一年の代表。学校の顔って、そういうことだったんだ。
姫を可愛がるだけの象徴のように思い込んでいる意識を変えるのは大変かもしれない。でも、きっと変えられる。奏真先輩がそれを証明してる。だって俺は姫制度に変な先入観を抱かず、みんなのために動くことが出来たから。それが姫だって先輩が教えてくれたからだ。だからみんなも、本当の姫制度はこうなんだって知れば、きっと良い方向に変わっていく。
先輩と二人で、姫制度を改革したい。いや、二人じゃなきゃ駄目なんだ。王子だけの言葉じゃ納得できない人もいる。でも当事者である姫の言葉でなら、響くこともあるはずだ。王子と姫はバディ。その意味がようやく分かった。
奏真先輩に会いたい。会わないといけない。
やっぱり俺、考えることは苦手だ。先輩がいないと何も出来ない。俺一人じゃ、姫制度の改革なんて出来やしない。
奏真先輩は生徒会室かな。どこにいるかメッセージで聞けばいいだけなのに、なんだかその時間すら惜しい。先輩の元へ駆け出して行きたい気持ちでいっぱいだった。
廊下を走る。本当は駄目なんだけど。氷室先輩辺りに見つかったら、あなたも姫という生徒会特別職の規範となるべく、なんてお小言を言われるだろうな。でもなんだろう。今は氷室先輩の説教すら懐かしいんだ。
人の気配をほとんど感じない廊下だったけど、俺は道中である奴とすれ違った。相手は俺とすれ違っても顔を上げようともしない。でも俺の足は次第にゆっくりになって、やがて止まった。
「城戸!」
俺は振り返って、その名前を呼ぶ。
挨拶運動のとき、意地でも挨拶を返さなかった城戸。食堂で誘っても、俺とは席を共にはしてくれなかったっけ。誰とも打ち解けることなく、城戸は今も一人で白鷺での生活を送っている。俺は今まで、そのことを気にしながらも、理由まで考えたことがなかった。
「俺さ、姫制度を改革しようと思ってる!」
城戸の足が止まる。振り返りはしない。でも、俺の言葉を聞いているのは確かだった。
「俺一人じゃ出来ないけど、俺には奏真先輩や仲間がいる。これから先の姫も、誰も孤立なんてさせやしない。そのために、姫制度を変えて見せる!」
柏木先生から預かった姫の歴史が綴られたノート。その中で俺は、ある名前を見つけていた。五年前、白鷺に数か月だけ在籍していた城戸という姫の名前を。
「……なんでそんなこと俺に言うわけ」
城戸が蚊の鳴くよう声で言う。その声が震えていたことに俺は気付いていた。
「さあな。なんか伝えなきゃと思っただけ!」
俺がそう言うと、城戸は弾かれたみたいにこちらを振り返る。
俺はニッと笑いかけて城戸に手を振ると、再び廊下を駆け出した。
城戸に宣言しちゃったし、後はもうやるしかないよな。廃止か存続か、俺には未来は分からないけど、信じるしかないんだ。
奏真先輩なら生徒会室にいるはずだと向かっていたけど、道中、意外な場所で俺は先輩の姿を見かけた。
校舎から校庭へと続く道にある、小さな庭園。奏真先輩はそこでぼんやりとクリスマスツリーを見上げていた。
そっか。もうクリスマスなんだ。
今回の騒動があってから、季節やイベントを気にする余裕があんまりなかった。
「奏真先輩!」
声を掛けると先輩は驚いたように俺を見る。
「琉生、どうして……」
「クリスマスツリー、綺麗ですね」
白鷺学園での生活は外の世界と関わる機会が少ないため、季節のイベントを大切にしている。クリスマスツリーもそんな学園からの計らいだった。
「暗くなってくると、ツリーのライトアップがロマンチックです。男子校にロマンなんて必要ないかもですけど」
俺の言葉に先輩がクスっと笑顔を見せた。
先輩の笑った顔を見たのは久しぶりだ。
「せっかくのツリーだけど、足を止める生徒がほとんどいないのは勿体ないね。特に三年は受験が目前で余裕がない生徒も多いから」
「じゃあ先輩は余裕があるってことです?」
「んー、まあ、ちょっとだけ。あ、律には言わないでね。油断は大敵です、なんてお説教されちゃうから」
奏真先輩の氷室先輩の物真似がよく似ていて、俺は思わず噴き出した。
やっぱり奏真先輩の隣は落ち着く。先輩の隣にいると、胸があったかくなる。奏真先輩の隣が俺の場所なんだって、あらためて思った。
「奏真先輩って姫制度のこと、このままじゃいけないってずっと思ってたんですよね」
河合じゃなく俺を姫に推薦したこと。俺を一人にせず、一緒に姫活動に取り組んでくれたこと。本来の居場所を作るという目的を一緒に果たそうとしてくれたこと。それがすべてを物語っている。
「……俺は一年の途中から生徒会に入ったんだ。生徒会室に行くと、姫がたまにいてね。クラスが違ったからそれまで話したことはなかった」
「俺の先々代にあたる姫、ですね」
「そう。彼は上級生から愛される姫だった。少なくとも俺にはそう見えていた。姫に対してスキンシップが過剰に見える行為もあったけど、彼はいつも笑っていたから。でも、本当は違ったんだ」
先輩はツリーを見上げているように見えたけど、本当はどこか遠くを見ているようだった。
「彼、泣いてたんだ。本当はずっと嫌なのに、わざと笑っていたんだね。周りも俺も、それに気付かなかった。もしかしたら気付いていたのに、気付かないふりをしていた人もいたかもしれない。……実際俺も、彼が泣いていることに気付いても何もしなかった」
「その頃先輩は一年だったから」
「そんなのは言い訳だよ」
ぴしゃりと言い切った先輩にかける言葉がなかった。
「二年になって新入生が新しい姫になったときも何も出来なかった。辛そうにしているときも、気休め程度の言葉をかけることしか出来なかった。そのとき思ったんだ。このままでいいのかって」
「それで自分の代で変えようとした」
奏真先輩は静かに目を伏せる。無言の肯定だった。
「歴代の生徒会長も姫のことで苦しんではいた。なんとかしてやりたいと思っていたとは思う。ただ、姫制度を変えることも止めることも難しかった。ずっと引き継いできた伝統を、自分の代で途絶えさせることになったら。……今回の騒動で目の前にそれを突き付けられて、正直俺も怖いよ」
「奏真先輩……」
そっか。先輩は一年の頃からずっと、姫制度と戦ってきたんだ。ずっと一人で、このままじゃいけないんだって。
「先輩、伝統ってなんだと思いますか」
「え?」
「俺、考えるのは苦手だけど、こう思うんです。伝統は人のためにあるものだって。伝統を守るために人が犠牲になっちゃいけない。今の人のためにならない伝統なら、それは変えていかなくちゃいけないって」
「琉生……」
「姫が犠牲になるような姫制度は嫌いです。でも俺は犠牲になってない。最初は何だこの制度って思ったけど、今じゃ姫になって良かったなって思ってます。それはきっと、奏真先輩のお陰です。奏真先輩が作る姫制度なら、俺は守っていきたい」
俺はまっすぐ先輩を見つめる。奏真先輩の不安そうな眼差しが、少しずつ晴れていく。
「奏真先輩が姫制度を変えるために戦うなら、俺も一緒に戦います。俺なんてあまり役に立たないけど、それでも出来ることはきっとあるから」
「役に立たないなんて、そんなことない」
「自分で言うのもなんですが、行動力だけはありますから!」
「それ以外も、琉生はすごく頼もしいよ」
俺は先輩に向かって片手を上げる。
先輩、この意味わかってくれるかなってちょっと心配だったけど、そんなの杞憂だった。
先輩の暖かい手が俺の手と軽い音を立てる。
ハイタッチは心が繋ぎ合った証。バディ再結成の証明だった。
先輩と離れていたことでどんよりしていた心が、フッと明るくなる。
クリスマスツリーもなんだかさっきより綺麗に感じるから不思議だ。照明がキラキラ輝いて、これから先の未来は明るいよって言ってくれているような気がする。
もう少し先輩と並んで束の間のクリスマス気分を味わっていたい。
だけど駄目だな、俺って空気が読めない。俺のお腹が盛大に情けない音を立てて、ムードを完全に壊しちゃった。
「……安心したのかお腹が空きました」
大きな音が鳴ったから、先輩の耳にも絶対届いた。クリスマスツリーのロマンスも流石に台無しだ。
「先輩、もう夕方だし一緒に食堂行きましょうよ。ご飯食べながら今後の作戦でも――」
俺の言葉はそこで途切れた。
急に全身をふわっと暖かいもので包まれて、奏真先輩のお日様みたいな匂いがすごく近くになる。
心臓の音が、二つ聞こえる。あれ、俺って心臓二つもあった? そんなわけない。じゃあもう一つ聞こえてくるこの音はなに?
「……ごめんね、急に抱きしめて」
先輩にそう言われて、俺はようやく自分が抱きしめられていることに気付いた。
「ずっと不安だったんだ。琉生に嫌われたんじゃないか、もう卒業まで琉生と話したり、会ったり出来ないんじゃないかって」
「俺が先輩のこと嫌いになるとか、あるわけないですよ」
「うん……。それでも不安で堪らなかった」
先輩の腕が、ギュッと俺を抱きしめる。どれだけ不安だったのか、俺に教えているようだった。
「俺はもう、琉生と離れることなんて出来ないんだよ」
宙ぶらりんになって居場所のなかった俺の腕を、先輩の背中にゆっくり回す。
色々あったから、先輩だいぶ弱ってたんだな。俺は子供をあやすように背中を優しく撫でた。大丈夫、ここにいますよって先輩に伝えるみたいに。
「好きだ。好きなんだ、琉生のことが」
「俺も奏真先輩のこと、大好きですよ」
少し照れくさいけど素直な気持ちを伝える。
先輩は俺にとって最高のバディで、最高の親友。最高の王子。
普段は友達にわざわざ好きなんて言わないけど、今はクリスマスツリーの前だから。こういうのも悪くない。
「……駄目だよ、琉生。そんなこと軽々しく言っちゃ」
「え?」
抱きしめられたまま顔を上げると、先輩がジッと俺を見下ろしていた。
いつもの見守るような優しい眼差しとは、少し違う。熱を孕んだような真剣な目に、俺は思わず息を呑んだ。
「先、輩……?」
