「姫のクラスの出し物は喫茶店か。オーソドックスだけど火の取り扱いには注意してね」
「はーい。といっても俺、あんまりクラスの出し物には関わっていないんです」
「そうなの?」
「ええと……生徒会の手伝いをしているからって免除されてて」
高嶺先輩はそうなんだ、と言ってまた申請書に目を落とす。
……咄嗟についた嘘だけど、先輩は納得してくれたらしい。
クラスで喫茶店をやるのも、俺があまり関わっていないのは本当。でも理由は、生徒会の手伝いをしているからじゃない。
本当の理由は……当日高嶺先輩を驚かせたいから秘密。ごく一部だけが知るトップシークレット。
高嶺先輩がどんな顔をするか、今から楽しみだ。ついでに氷室先輩も。
そんなこんなで文化祭準備に奔走していたら、あっという間に当日を迎える。
俺は生徒会の方に少し顔を出したら、すぐに自分のクラスの出し物である喫茶店……ではなく、文化部の部室がある校舎へと向かう。
目指すは演劇部の部室だ。
「姫野、参上しました!」
勢いよくドアを開けると、すでに部室内は熱気で溢れていた。
「待ってたわよ、姫ちゃん。よし、演劇部と手芸部の全身全霊で、姫ちゃんを本物の姫に仕立て上げるわよ!」
おー! という大きな掛け声が室内に響き渡る。
うん、みんなの熱意を全身に感じるぞ。なんか珍しく俺が及び腰なんだけど、そうも言っていられない。
俺を本物の姫に仕立て上げる、そんな計画を持ち掛けてきたのは意外にも河合だった。
「姫野くんは僕が手芸部に入ったのは知っているよね?」
「もちろん」
河合は借り人競争で出会った先輩をきっかけに、手芸部に所属した。男子校に手芸部なんてあるんだと驚いたけど、結構本格的な部活らしく、河合は毎日活動に勤しんでいる。
「文化祭の発表でモデルが必要だから、その……姫野くんに頼めないかなって」
「俺がモデル? なんで?」
「実は……本格的なドレスをみんなで仕立てようって話になったんだ」
ははーん。読めたぞ。
「それで姫だけに俺に白羽の矢が立ったのか」
「お願い、出来ないかな……。僕が姫野くんとお友達なの先輩たちが知っていて、なんとしてもイエスをもらって来いって頼まれていて」
その先輩たちもなかなかの悪だな。河合にそんなこと頼むなんて。
「お願い」
河合が大きな目を潤ませて頼んでくる。そんな顔されちゃ誰も断れないって。
「別にいいよ」
「本当に? ドレスだよ……?」
「あー、うん。なんというかスカート履く機会が多すぎて、その辺の抵抗感も薄れてきたって言うか」
男としてどうなのかとも思うけど。
「俺、あんまり姫っぽくはないし。せっかくの文化祭だから、この際ちゃんと姫になってみんなを一回くらい驚かしてやるのも面白いかなって」
「ドレスだけじゃ無理だろ」
横で聞いていた内藤が話を割って入ってくる。
「でも姫野の本格的姫計画、面白そうだな。よし、俺、演劇部の先輩と知り合いだから、ウィッグとか化粧の話をつけてやるよ。面白いことが好きな先輩だから、絶対話に乗ってくれると思う」
こうして手芸部と演劇部による極秘ミッション。本格的姫計画が始動して、当日を迎えたわけだ。
ドレスは何回かサイズ調整のために試着してるけど、ウィッグや化粧は初めてだからちょっと緊張する。
「白系のドレスだから、お顔はコーラルピンクで多幸感を出しましょうか。唇はグロスで艶々に。ウィッグはブラウンが似合いそうね。ダークブラウンにしましょう」
「よ、よく分かんないからお任せします」
「靴はこのヒールね。あ、ドレス着る前にコルセット締めまーす」
「アクセサリーはパール系にしよ。あ、姫なんだからティアラ必須じゃない?」
「胸元、ちょっと詰めたほうがいい!」
……ちょっとみんな気合入れ過ぎじゃない?
「お手柔らかにお願いします……」
ああでもない、こうでもないと着せ替え人形のように扱われて一時間。
ようやくみんなが納得する姫に仕上がったときには俺はもうヘロヘロだった。コルセットは苦しいし、ヒールは高くて立ってるだけで大変だし。
でも鏡に映る自分の姿を見たら……そんな疲れも吹き飛ぶような出来栄えだった。
「え、これ俺⁉」
鏡の中の俺はどこからどう見ても女の子にしか見えない。俺自身が戸惑うくらい別人だ。
「姫野くん、すごく可愛い! 本当にお姫様みたいだよ!」
「馬子にも衣装」
河合は飛び上がって喜んでいるけど、内藤……それは誉め言葉か?
「いや……自分で言うのもなんだけど、化けるもんだなぁ」
これは本格的姫計画を知らない高嶺先輩は俺を見ても絶対に誰か気付かないだろう。
俺のいたずら心がむくむくと芽を出す。どんな顔をして驚くのか、見るのが楽しみで仕方ない。
「よしっ! いざ出陣ー!」
みんなの反応を知りたくて、賑わい始めた校内へ飛び出す。いや、気持ちとしては飛び出したんだけど、ヒールを履いているから実際の速度はかなり遅い。ちょっともどかしい。
ゆっくり時間をかけながら、自分の教室の前まで歩く。道中、俺を見て振り返る奴がいたり、可愛い可愛いとあちこちから声が上がったり。そのたびに恥ずかしいような、ちょっと優越感があるような不思議な感覚だ。
まっ、俺だってやれば姫らしくなれるってもんだ。みんなの力を総集結して一時間もかかったけど。
「え、あれってマジで姫?」
「うそだろ。別人じゃん。女の子連れて来たんじゃないの?」
中にはこんな風に信じない奴もいる。でもそういうやつにはこうやって声をかけてやると……
「残念でした。男だよーだ」
「うわっ、男の声だ! ってかその声、マジで姫じゃん!」
「えー! すげぇ! 写真撮って!」
姫姿を記録に残すのは恥ずかしいけど、これも思い出だ。快く記念写真を撮ろうじゃないか。
「姫と記念撮影、一回三百円でーす」
内藤、お前は俺で金儲けしようとするな。
記念撮影に応じていると、次第に人が集まって、いつしかそれは列になった。こうなればもうちょっとした騒ぎだ。
騒ぎになったら当然、文化祭の運営管理を任される生徒会の耳に入るわけで……。
「これは一体、なんの騒ぎですか」
ほら、早速刺々しい氷室先輩の声が聞こえてきた。
「廊下で何をしているのか知りませんが、生徒会は許可していませんよ」
人の列がサッと氷室先輩を裂けるように割れる。モーゼの海割りみたいだな。
そんな氷室先輩の後ろを悠々と高嶺先輩が歩いている。
高嶺先輩を驚かせたくて内緒にしていた姫計画だけど、いざ先輩にこの姿を見せるとなると少し緊張してきた。
高嶺先輩がこちらを見る。目が合って……ニコって笑いかけてくれた。でもすぐに、その目はそばにいる内藤へ向けられる。
……これはもしかして、俺だって気付いてない?
「ナイトくん、この騒ぎは何かな?」
「ただの記念撮影ですよ」
「記念撮影って言ってもね、外部から女性を連れてきて廊下を占領するのは許可できないよ」
「外部からの、女性……」
あ、内藤の目が泳いでる。笑うなよ。そこで笑ったらおかしいだろ。
あー、もう。俺の正体を知ってる奴、みんな笑いを堪えてぷるぷるしてるよ。何も分かっていない高嶺先輩と氷室先輩だけが周囲から取り残されている。
種明かしはもうちょっと後にしたかったのに。こうなれば仕方ない。
「高嶺先輩、俺ですよ!」
「え?」
先輩が辺りを見回す。声を掛けても、まだ気付いていない。
「だから、俺ですってば!」
こっちこっちと俺は手を振る。高嶺先輩は俺を上から下まで見て、今度は下から上までもう一度見た後、目を大きく見開いた。
なるほど。目を丸くするってこういうことか。
「ひ、め? 本当に、姫野くん……?」
「正真正銘、姫野です」
「え、なんで……?」
「せっかくだから、一回だけ本気で姫になってみようと思って。先輩を驚かせたくて内緒にしてたんですよ。ドッキリ大成功?」
俺は高嶺先輩の前で白いドレスも少し持ち上げ、お姫様がするようにお辞儀をした。
「大成功過ぎるよ……」
高嶺先輩、驚き過ぎたのか反応がちょっと遅い。氷室先輩まで固まっちゃってる。
「氷室先輩、俺の本気の姫、どうですか?」
「……馬子にも衣装ですね」
既視感。それさっきも聞いたな。
「高嶺先輩は、どう思いますか?」
先輩にもっとよく見てもらおうと、一歩近づく。ヒールを履いてる分、先輩と顔の距離がいつもより近い。
「結構、うまく化けれたと思うんです」
覗き込むように高嶺先輩の顔を見つめると、先輩の顔が耳までほんのり赤くなる。
「似合ってる……すごく」
高嶺先輩は落ちつきなく視線を彷徨わせた。
先輩、照れてる……?
男子校だし、女の人への免疫がないのかもしれない。まあ、俺は男なんだけど。でも照れるくらい上手に姫に変身できたのかと思うと、姫冥利に尽きるっていうもんだ。
「と、とりあえず。すごく似合っているんだけど、廊下で撮影会はちょっと駄目かな。みんなの通路になるからね」
うん、そりゃそうだよな。
「中庭でなら記念撮影を許可するよ。ただし、騒ぎにならないように。列はちゃんと形成すること」
「はーい」
先輩の言葉に従うように、並んでいたみんなも中庭へと移動していく。俺も移動しなきゃ。
「わっ……」
ドレスの裾を踏んで、思わず前のめりになる。なんとか踏ん張って倒れることはなかったけど、危なかった。
「おい、大丈夫か」
「平気。でもやっぱりヒールって歩きにくいな」
しかも慣れない靴のせいで少し靴擦れしてきている。
「しゃあねぇな。手貸してやるよ、ほれ」
内藤が手を差し出してきた。口は悪いしぶっきらぼうなんだけど、なんだかんだ良い奴なんだよな、こいつ。
「うむ、よきにはからえ」
「なんだそれ。殿様か?」
「姫っぽくしたつもりなのに」
俺は素直に差し出された手を取る。やっぱりヒールだとバランスが取りにくくて怖いから、ここは素直に甘えてしまおう。
「お姫様とナイト様みたいだね」
河合がニコニコとそう言う。
ナイトって柄か、こいつ。内藤って響きが似ているだけだろ。
内藤に手を引かれながらゆっくりと足を進める。俺の足が遅いから、周りにいた奴らはほとんど先に行ってしまったようで、さっきまでの喧騒が嘘のように静かだった。
「琉生」
「……え?」
背後から俺の名前を呼ぶ声が聞こえて、ただでさえ遅い俺の足が止まる。
高嶺先輩の声だった気がする。でも……聞き間違い? だって先輩が俺のことを下の名前で呼んだことなんて一度もなかったのに。
俺はゆっくり先輩を振り返る。高嶺先輩はいつものように柔らかな笑みを浮かべていたけれど、その目はなんだか真剣だった。
「ナイトくん。その役目は俺が変わるよ」
「会長が、っすか」
「うん。俺の方が君より背が高いし、琉生を支えるのに向いているからね」
高嶺先輩は俺のそばに立つと、スッと腕を差し出した。
その仕草があまりに自然で、スマートで。俺はほんとんど考えることもなく、その腕に自分の腕を絡ませる。
「ゆっくり行こうか。こけそうになっても俺が抱きとめるから」
「ありがとう、ございます」
ヒールを履いているのに、先輩の方がまだ背が高い。細身に見えるけど俺が少し体重をかけてしまっても先輩はびくともしなかった。
「流石会長というか。エスコートが様になってる。なんか新郎新婦みたいだな」
「ド、ドレスも白だしね」
河合、顔が真っ赤だぞ。
でもそんな風に言われると、なんか照れる。ドレス姿は変わらず同じなのに、その姿の意味が変わるだけで、顔が赤くなっていくのを自分でも感じる。
「高嶺先輩……」
助けを求めるように先輩の名前を呼ぶ。
高嶺先輩の顔も、ほんのり赤い。俺を見下ろす目が、すごく優しかった。
「こんなに可愛い子が俺の花嫁なんて、光栄だな」
きゅっと息が詰まる。
なんか今、すごいこと言われた……?
全身が熱い。心臓がばくばくしている。高嶺先輩の顔をうまく見られない。
ただでさえ遅かった俺の足が、ぴたりと止まってしまう。
「はーい。といっても俺、あんまりクラスの出し物には関わっていないんです」
「そうなの?」
「ええと……生徒会の手伝いをしているからって免除されてて」
高嶺先輩はそうなんだ、と言ってまた申請書に目を落とす。
……咄嗟についた嘘だけど、先輩は納得してくれたらしい。
クラスで喫茶店をやるのも、俺があまり関わっていないのは本当。でも理由は、生徒会の手伝いをしているからじゃない。
本当の理由は……当日高嶺先輩を驚かせたいから秘密。ごく一部だけが知るトップシークレット。
高嶺先輩がどんな顔をするか、今から楽しみだ。ついでに氷室先輩も。
そんなこんなで文化祭準備に奔走していたら、あっという間に当日を迎える。
俺は生徒会の方に少し顔を出したら、すぐに自分のクラスの出し物である喫茶店……ではなく、文化部の部室がある校舎へと向かう。
目指すは演劇部の部室だ。
「姫野、参上しました!」
勢いよくドアを開けると、すでに部室内は熱気で溢れていた。
「待ってたわよ、姫ちゃん。よし、演劇部と手芸部の全身全霊で、姫ちゃんを本物の姫に仕立て上げるわよ!」
おー! という大きな掛け声が室内に響き渡る。
うん、みんなの熱意を全身に感じるぞ。なんか珍しく俺が及び腰なんだけど、そうも言っていられない。
俺を本物の姫に仕立て上げる、そんな計画を持ち掛けてきたのは意外にも河合だった。
「姫野くんは僕が手芸部に入ったのは知っているよね?」
「もちろん」
河合は借り人競争で出会った先輩をきっかけに、手芸部に所属した。男子校に手芸部なんてあるんだと驚いたけど、結構本格的な部活らしく、河合は毎日活動に勤しんでいる。
「文化祭の発表でモデルが必要だから、その……姫野くんに頼めないかなって」
「俺がモデル? なんで?」
「実は……本格的なドレスをみんなで仕立てようって話になったんだ」
ははーん。読めたぞ。
「それで姫だけに俺に白羽の矢が立ったのか」
「お願い、出来ないかな……。僕が姫野くんとお友達なの先輩たちが知っていて、なんとしてもイエスをもらって来いって頼まれていて」
その先輩たちもなかなかの悪だな。河合にそんなこと頼むなんて。
「お願い」
河合が大きな目を潤ませて頼んでくる。そんな顔されちゃ誰も断れないって。
「別にいいよ」
「本当に? ドレスだよ……?」
「あー、うん。なんというかスカート履く機会が多すぎて、その辺の抵抗感も薄れてきたって言うか」
男としてどうなのかとも思うけど。
「俺、あんまり姫っぽくはないし。せっかくの文化祭だから、この際ちゃんと姫になってみんなを一回くらい驚かしてやるのも面白いかなって」
「ドレスだけじゃ無理だろ」
横で聞いていた内藤が話を割って入ってくる。
「でも姫野の本格的姫計画、面白そうだな。よし、俺、演劇部の先輩と知り合いだから、ウィッグとか化粧の話をつけてやるよ。面白いことが好きな先輩だから、絶対話に乗ってくれると思う」
こうして手芸部と演劇部による極秘ミッション。本格的姫計画が始動して、当日を迎えたわけだ。
ドレスは何回かサイズ調整のために試着してるけど、ウィッグや化粧は初めてだからちょっと緊張する。
「白系のドレスだから、お顔はコーラルピンクで多幸感を出しましょうか。唇はグロスで艶々に。ウィッグはブラウンが似合いそうね。ダークブラウンにしましょう」
「よ、よく分かんないからお任せします」
「靴はこのヒールね。あ、ドレス着る前にコルセット締めまーす」
「アクセサリーはパール系にしよ。あ、姫なんだからティアラ必須じゃない?」
「胸元、ちょっと詰めたほうがいい!」
……ちょっとみんな気合入れ過ぎじゃない?
「お手柔らかにお願いします……」
ああでもない、こうでもないと着せ替え人形のように扱われて一時間。
ようやくみんなが納得する姫に仕上がったときには俺はもうヘロヘロだった。コルセットは苦しいし、ヒールは高くて立ってるだけで大変だし。
でも鏡に映る自分の姿を見たら……そんな疲れも吹き飛ぶような出来栄えだった。
「え、これ俺⁉」
鏡の中の俺はどこからどう見ても女の子にしか見えない。俺自身が戸惑うくらい別人だ。
「姫野くん、すごく可愛い! 本当にお姫様みたいだよ!」
「馬子にも衣装」
河合は飛び上がって喜んでいるけど、内藤……それは誉め言葉か?
「いや……自分で言うのもなんだけど、化けるもんだなぁ」
これは本格的姫計画を知らない高嶺先輩は俺を見ても絶対に誰か気付かないだろう。
俺のいたずら心がむくむくと芽を出す。どんな顔をして驚くのか、見るのが楽しみで仕方ない。
「よしっ! いざ出陣ー!」
みんなの反応を知りたくて、賑わい始めた校内へ飛び出す。いや、気持ちとしては飛び出したんだけど、ヒールを履いているから実際の速度はかなり遅い。ちょっともどかしい。
ゆっくり時間をかけながら、自分の教室の前まで歩く。道中、俺を見て振り返る奴がいたり、可愛い可愛いとあちこちから声が上がったり。そのたびに恥ずかしいような、ちょっと優越感があるような不思議な感覚だ。
まっ、俺だってやれば姫らしくなれるってもんだ。みんなの力を総集結して一時間もかかったけど。
「え、あれってマジで姫?」
「うそだろ。別人じゃん。女の子連れて来たんじゃないの?」
中にはこんな風に信じない奴もいる。でもそういうやつにはこうやって声をかけてやると……
「残念でした。男だよーだ」
「うわっ、男の声だ! ってかその声、マジで姫じゃん!」
「えー! すげぇ! 写真撮って!」
姫姿を記録に残すのは恥ずかしいけど、これも思い出だ。快く記念写真を撮ろうじゃないか。
「姫と記念撮影、一回三百円でーす」
内藤、お前は俺で金儲けしようとするな。
記念撮影に応じていると、次第に人が集まって、いつしかそれは列になった。こうなればもうちょっとした騒ぎだ。
騒ぎになったら当然、文化祭の運営管理を任される生徒会の耳に入るわけで……。
「これは一体、なんの騒ぎですか」
ほら、早速刺々しい氷室先輩の声が聞こえてきた。
「廊下で何をしているのか知りませんが、生徒会は許可していませんよ」
人の列がサッと氷室先輩を裂けるように割れる。モーゼの海割りみたいだな。
そんな氷室先輩の後ろを悠々と高嶺先輩が歩いている。
高嶺先輩を驚かせたくて内緒にしていた姫計画だけど、いざ先輩にこの姿を見せるとなると少し緊張してきた。
高嶺先輩がこちらを見る。目が合って……ニコって笑いかけてくれた。でもすぐに、その目はそばにいる内藤へ向けられる。
……これはもしかして、俺だって気付いてない?
「ナイトくん、この騒ぎは何かな?」
「ただの記念撮影ですよ」
「記念撮影って言ってもね、外部から女性を連れてきて廊下を占領するのは許可できないよ」
「外部からの、女性……」
あ、内藤の目が泳いでる。笑うなよ。そこで笑ったらおかしいだろ。
あー、もう。俺の正体を知ってる奴、みんな笑いを堪えてぷるぷるしてるよ。何も分かっていない高嶺先輩と氷室先輩だけが周囲から取り残されている。
種明かしはもうちょっと後にしたかったのに。こうなれば仕方ない。
「高嶺先輩、俺ですよ!」
「え?」
先輩が辺りを見回す。声を掛けても、まだ気付いていない。
「だから、俺ですってば!」
こっちこっちと俺は手を振る。高嶺先輩は俺を上から下まで見て、今度は下から上までもう一度見た後、目を大きく見開いた。
なるほど。目を丸くするってこういうことか。
「ひ、め? 本当に、姫野くん……?」
「正真正銘、姫野です」
「え、なんで……?」
「せっかくだから、一回だけ本気で姫になってみようと思って。先輩を驚かせたくて内緒にしてたんですよ。ドッキリ大成功?」
俺は高嶺先輩の前で白いドレスも少し持ち上げ、お姫様がするようにお辞儀をした。
「大成功過ぎるよ……」
高嶺先輩、驚き過ぎたのか反応がちょっと遅い。氷室先輩まで固まっちゃってる。
「氷室先輩、俺の本気の姫、どうですか?」
「……馬子にも衣装ですね」
既視感。それさっきも聞いたな。
「高嶺先輩は、どう思いますか?」
先輩にもっとよく見てもらおうと、一歩近づく。ヒールを履いてる分、先輩と顔の距離がいつもより近い。
「結構、うまく化けれたと思うんです」
覗き込むように高嶺先輩の顔を見つめると、先輩の顔が耳までほんのり赤くなる。
「似合ってる……すごく」
高嶺先輩は落ちつきなく視線を彷徨わせた。
先輩、照れてる……?
男子校だし、女の人への免疫がないのかもしれない。まあ、俺は男なんだけど。でも照れるくらい上手に姫に変身できたのかと思うと、姫冥利に尽きるっていうもんだ。
「と、とりあえず。すごく似合っているんだけど、廊下で撮影会はちょっと駄目かな。みんなの通路になるからね」
うん、そりゃそうだよな。
「中庭でなら記念撮影を許可するよ。ただし、騒ぎにならないように。列はちゃんと形成すること」
「はーい」
先輩の言葉に従うように、並んでいたみんなも中庭へと移動していく。俺も移動しなきゃ。
「わっ……」
ドレスの裾を踏んで、思わず前のめりになる。なんとか踏ん張って倒れることはなかったけど、危なかった。
「おい、大丈夫か」
「平気。でもやっぱりヒールって歩きにくいな」
しかも慣れない靴のせいで少し靴擦れしてきている。
「しゃあねぇな。手貸してやるよ、ほれ」
内藤が手を差し出してきた。口は悪いしぶっきらぼうなんだけど、なんだかんだ良い奴なんだよな、こいつ。
「うむ、よきにはからえ」
「なんだそれ。殿様か?」
「姫っぽくしたつもりなのに」
俺は素直に差し出された手を取る。やっぱりヒールだとバランスが取りにくくて怖いから、ここは素直に甘えてしまおう。
「お姫様とナイト様みたいだね」
河合がニコニコとそう言う。
ナイトって柄か、こいつ。内藤って響きが似ているだけだろ。
内藤に手を引かれながらゆっくりと足を進める。俺の足が遅いから、周りにいた奴らはほとんど先に行ってしまったようで、さっきまでの喧騒が嘘のように静かだった。
「琉生」
「……え?」
背後から俺の名前を呼ぶ声が聞こえて、ただでさえ遅い俺の足が止まる。
高嶺先輩の声だった気がする。でも……聞き間違い? だって先輩が俺のことを下の名前で呼んだことなんて一度もなかったのに。
俺はゆっくり先輩を振り返る。高嶺先輩はいつものように柔らかな笑みを浮かべていたけれど、その目はなんだか真剣だった。
「ナイトくん。その役目は俺が変わるよ」
「会長が、っすか」
「うん。俺の方が君より背が高いし、琉生を支えるのに向いているからね」
高嶺先輩は俺のそばに立つと、スッと腕を差し出した。
その仕草があまりに自然で、スマートで。俺はほんとんど考えることもなく、その腕に自分の腕を絡ませる。
「ゆっくり行こうか。こけそうになっても俺が抱きとめるから」
「ありがとう、ございます」
ヒールを履いているのに、先輩の方がまだ背が高い。細身に見えるけど俺が少し体重をかけてしまっても先輩はびくともしなかった。
「流石会長というか。エスコートが様になってる。なんか新郎新婦みたいだな」
「ド、ドレスも白だしね」
河合、顔が真っ赤だぞ。
でもそんな風に言われると、なんか照れる。ドレス姿は変わらず同じなのに、その姿の意味が変わるだけで、顔が赤くなっていくのを自分でも感じる。
「高嶺先輩……」
助けを求めるように先輩の名前を呼ぶ。
高嶺先輩の顔も、ほんのり赤い。俺を見下ろす目が、すごく優しかった。
「こんなに可愛い子が俺の花嫁なんて、光栄だな」
きゅっと息が詰まる。
なんか今、すごいこと言われた……?
全身が熱い。心臓がばくばくしている。高嶺先輩の顔をうまく見られない。
ただでさえ遅かった俺の足が、ぴたりと止まってしまう。
