あれから4日が経った。
心の中では「きっと熱が出て、大変なんだろう」「きっとそのうち返信、来るだろう」と思うようにしていたけど、いつスマホに目を向けても、美咲ちゃんからDMが来ていることは無かった。
毎日毎日「明日こそは」と思うようにしていたけど、それどころか既読すら付かないメッセージに、俺は焦り始めていた。
郵便ポストに手紙が届いたのは、次の日のことだった。
上から覗き込むと、ピンク色の封筒が目に入る。
(……ひょっとして)
ピンク色の封筒。美咲ちゃんからの手紙かもと思いポストから取り出す。普段うちは、そんなカラフルな手紙が来ることは無いから。そこには美咲ちゃんの字でうちの住所が書かれてあった。
(あ……!)
瞬間的に裏面を見ると『結城美咲』と書いてある。
(……良かった!)
急いで部屋に戻り、誰も部屋いないことを確認する。そして深呼吸をしてから勢いに任せて封筒を開けた――。
『楓くんへ
突然手紙を書いて、ごめんなさい。
DM、くれてたよね。ちゃんと気付いてるよ! ありがとう。
私は今、病院にいます。
あれからすぐ、病院直行だったよ。
何を書けば良いのかなあ。もう……ここまでで15分経ってるよ(笑)
とにかく……思ったこと、書いていくね。
気持ち勝負!
勢いって大切だからさ。
先ずは……私のこと、好きになってくれてありがとう!
熊本にも一緒に行ってくれて……本当に嬉しかったよ。
言葉じゃ、言い表せないくらい。
本当に本当に、ありがとう。言い足りない。だけど、ありがとう!
楓くんと一緒に、神社だったり、公園だったり……一緒にデートできて
本当に幸せだった。夜に公園でばったり会ったこともあったね。
あの時、実はめっちゃドキドキしてたんだよ? 気付いてた?
頑張って隠してたからね。気付かなったでしょ。楓くんはニブいからさ。
熊本からこっちに引越してきて……誰も知り合いもいなくて。ずっと寂しかった。
来る直前に茜もいなくなっちゃったからね。お父さんも落ち込んでたし。
当たり前だよね。
楓くんと同じC組になれて……私は本当に良かった。強運だ。
新幹線の中でも話したけど、ずっと楓くんと「しゃべってみたいな」って思ってたんだよ?
買い出しの時、勇気を出して、声を掛けてくれて本当にありがとう!
大好きだよ。楓くんのこと。
何度言っても、言い足りないもん。
大好きだ!!!
私のことも、好きになってくれて、本当にありがとう!
嬉しいよ。
私は世界で一番の幸せ者だと思う!
お父さんもね、楓くんのこと大好きみたいだよ。
「真面目そうな彼氏だね」って言ってた。
将来、会う日が来ると良いなあ……。
私ね、茜と同じ病気なんだって。
先生に言われちゃった。
お父さん、こっそり泣いてたよ。泣きたいのはこっちなのにね。
お父さんの気持ちも分かるけど。茜もいないんだから。
でね
私、正直言うとどうなるか分からない。
もしかしかたら死んじゃうかも知れない。
でも言ってくれたよね。「2人でまたデートしよう」って。
すっごく嬉しかった。私にとって最高のお守りになってる。
私、頑張るから。
長いね。もうちょっとだけ。
楓くんは優しいからさ。絶対にお見舞い来てくれちゃうはずなんだ。
でも、駄目。ちゃんと治った私を見て。
これから闘うからさ。その姿は見せたくないんだよ。
理解してもらえると嬉しいよ。
お願い。
私、頑張って闘うから。
しばらくは楓くん1人で神社に行くことになっちゃうね。
寂しくない?
大丈夫?
ちゃんと治して、私も一緒に行くからさ。
それまでは1人で行ってね?
「美咲ちゃんの病気が治りますように」ってお願いしちゃ駄目だよ?
神社ってね、感謝をするところなんだよ。
前も言ったよね。
だから「美咲ちゃんと出会えて、感謝してます」みたいな感じにしておいて。
私、楓くんともっと一緒にいたい。
もっと沢山しゃべりたい!
2人で色々な所にデートに行きたい!
旅行もしたい!
だから、ちょっとだけ待ってて。
いつになるか分からないけど
必ず、戻ってくるからさ。』
――涙で最後まで手紙を読む事ができなかった。
――
――
――
――
――
4月の栄ケ丘高校は、一面桜に覆われる。
校門から昇降口までの直線は、本当に桜が綺麗だ。
高校総体が迫ってくる、この時期。
グラウンドには今まで以上に気合の入った掛け声が響き渡っている。
「……なんだ、お前は今日なのか」
「うん。今日の夕方」
勇太とは2年生の時にクラスが離れたけれど、3年生でまた同じになった。お互い理系クラス。今日は受験生になってから第1回目の進路面談の日。
俺は夕方4時からの予定になっている。
「で、お前はどこ受けるんだよ」
「……まあ、内緒。勇太は?」
「俺は、早稲田」
「早稲田? 私立じゃんか」
「あぁ。早稲田でやりたい研究室、見つけたから」
「私立かあ。でも早稲田も難しいだろ?」
「何言ってんだよ。勝負はこれからだろ。見てろって」
「まあ……それは俺も同じだけどさ」
「よし、じゃあ、次―」
教室内から俺を呼ぶ声が聞こえる。
「じゃあ、行ってくる」
「おお。外で待ってるわ。一緒に帰ろう」
「分かった」
「失礼します」
「おぉ、そこ座れ」
「はい」
俺は4つに並べられた面談用の机に近づいて、ぎこちなく腰を下ろす。
「失礼します」
「うん」
「で、今のところ……どの大学を考えてるんだ?」
「市大です」
「市大? 市立大か?」
「はい。横浜市立大学です」
「そうか、市大ね。……学部は?」
「医学部です」
「……医学部? 市大の?」
「はい」
「お前、レベル分かってるのか」
「はい、ちゃんと分かってますよ」
「相当勉強しないと受からんぞ?」
「分かってます。死ぬほど勉強します。てか、やってます」
先生は「ふぅ」と一息ついて、また質問をしてくる。
「私立とかは? 考えてないのか」
「はい。私立は流石に学費が高いんで」
「……そりゃ、そうだけどな」
「今年落ちたら浪人します。覚悟はできてるんで」
「……」
「で、次の年にもう一度受けます」
「そこまで考えてるのか」
「はい」
「医学部に入って……医者になりたいんだな」
「はい。俺、小児がんの研究やりたいんですよ」
「……小児がん?」
「はい。臨床医でも良いんですけど……」
「なるほどな。目標はもうちゃんとあるんだな」
「ありますよ。だから、今頑張ってますもん」
「進路希望調査表には書いておいたのにな」と思いながら、先生に軽く頭を下げる。ドアを開けて廊下に出ようと思ったその時だった。
「頑張れよ」
振り向くと、穏やかに力強く先生が言った。
「……はい」
「まさかお前がなあ……医学部目指すなんてな」
「……」
「1年生の時、窓の外ばっかりぼんやり見ていたのにな」
「まあ……」
「やっと見るものができたんだな。応援してるぞ。大変だけど……頑張れ」
――
――
――
「楓、どうだったよ。面談」
「え? 別に?」
「何だよ、それ」
「お前も早稲田行くんだろ。勉強しないとな」
「……分かってるって。帰ろうぜ」
「俺、今から本屋に行くけど」
「あ、マジ? ……どこ行く?」
「有隣堂に行こうと思って」
「関内か。俺も一緒に行こうかな。参考書だろ?」
「そう」
俺達は学校を出て、JR関内駅にある大型書店に向かうことにした。昇降口を出て、校門まで続く1本道を勇太と歩く。
「よし、ちょっと急ぐか!」
「おいって、楓……」
俺達は山手駅に向かって、桜並木の下を全速力で走った。カバンを脇で抱え込みながら。
本当に桜が綺麗だ。
こんなに桜が綺麗だなんて、2年前に入学した時は気が付かなかった。
君のお陰で
同じ桜のはずなのに、こんなにも色付いて見える。
栄ケ丘高校は、春になると桜が満開になる。
入学して以来、初めて知った――
【完】
心の中では「きっと熱が出て、大変なんだろう」「きっとそのうち返信、来るだろう」と思うようにしていたけど、いつスマホに目を向けても、美咲ちゃんからDMが来ていることは無かった。
毎日毎日「明日こそは」と思うようにしていたけど、それどころか既読すら付かないメッセージに、俺は焦り始めていた。
郵便ポストに手紙が届いたのは、次の日のことだった。
上から覗き込むと、ピンク色の封筒が目に入る。
(……ひょっとして)
ピンク色の封筒。美咲ちゃんからの手紙かもと思いポストから取り出す。普段うちは、そんなカラフルな手紙が来ることは無いから。そこには美咲ちゃんの字でうちの住所が書かれてあった。
(あ……!)
瞬間的に裏面を見ると『結城美咲』と書いてある。
(……良かった!)
急いで部屋に戻り、誰も部屋いないことを確認する。そして深呼吸をしてから勢いに任せて封筒を開けた――。
『楓くんへ
突然手紙を書いて、ごめんなさい。
DM、くれてたよね。ちゃんと気付いてるよ! ありがとう。
私は今、病院にいます。
あれからすぐ、病院直行だったよ。
何を書けば良いのかなあ。もう……ここまでで15分経ってるよ(笑)
とにかく……思ったこと、書いていくね。
気持ち勝負!
勢いって大切だからさ。
先ずは……私のこと、好きになってくれてありがとう!
熊本にも一緒に行ってくれて……本当に嬉しかったよ。
言葉じゃ、言い表せないくらい。
本当に本当に、ありがとう。言い足りない。だけど、ありがとう!
楓くんと一緒に、神社だったり、公園だったり……一緒にデートできて
本当に幸せだった。夜に公園でばったり会ったこともあったね。
あの時、実はめっちゃドキドキしてたんだよ? 気付いてた?
頑張って隠してたからね。気付かなったでしょ。楓くんはニブいからさ。
熊本からこっちに引越してきて……誰も知り合いもいなくて。ずっと寂しかった。
来る直前に茜もいなくなっちゃったからね。お父さんも落ち込んでたし。
当たり前だよね。
楓くんと同じC組になれて……私は本当に良かった。強運だ。
新幹線の中でも話したけど、ずっと楓くんと「しゃべってみたいな」って思ってたんだよ?
買い出しの時、勇気を出して、声を掛けてくれて本当にありがとう!
大好きだよ。楓くんのこと。
何度言っても、言い足りないもん。
大好きだ!!!
私のことも、好きになってくれて、本当にありがとう!
嬉しいよ。
私は世界で一番の幸せ者だと思う!
お父さんもね、楓くんのこと大好きみたいだよ。
「真面目そうな彼氏だね」って言ってた。
将来、会う日が来ると良いなあ……。
私ね、茜と同じ病気なんだって。
先生に言われちゃった。
お父さん、こっそり泣いてたよ。泣きたいのはこっちなのにね。
お父さんの気持ちも分かるけど。茜もいないんだから。
でね
私、正直言うとどうなるか分からない。
もしかしかたら死んじゃうかも知れない。
でも言ってくれたよね。「2人でまたデートしよう」って。
すっごく嬉しかった。私にとって最高のお守りになってる。
私、頑張るから。
長いね。もうちょっとだけ。
楓くんは優しいからさ。絶対にお見舞い来てくれちゃうはずなんだ。
でも、駄目。ちゃんと治った私を見て。
これから闘うからさ。その姿は見せたくないんだよ。
理解してもらえると嬉しいよ。
お願い。
私、頑張って闘うから。
しばらくは楓くん1人で神社に行くことになっちゃうね。
寂しくない?
大丈夫?
ちゃんと治して、私も一緒に行くからさ。
それまでは1人で行ってね?
「美咲ちゃんの病気が治りますように」ってお願いしちゃ駄目だよ?
神社ってね、感謝をするところなんだよ。
前も言ったよね。
だから「美咲ちゃんと出会えて、感謝してます」みたいな感じにしておいて。
私、楓くんともっと一緒にいたい。
もっと沢山しゃべりたい!
2人で色々な所にデートに行きたい!
旅行もしたい!
だから、ちょっとだけ待ってて。
いつになるか分からないけど
必ず、戻ってくるからさ。』
――涙で最後まで手紙を読む事ができなかった。
――
――
――
――
――
4月の栄ケ丘高校は、一面桜に覆われる。
校門から昇降口までの直線は、本当に桜が綺麗だ。
高校総体が迫ってくる、この時期。
グラウンドには今まで以上に気合の入った掛け声が響き渡っている。
「……なんだ、お前は今日なのか」
「うん。今日の夕方」
勇太とは2年生の時にクラスが離れたけれど、3年生でまた同じになった。お互い理系クラス。今日は受験生になってから第1回目の進路面談の日。
俺は夕方4時からの予定になっている。
「で、お前はどこ受けるんだよ」
「……まあ、内緒。勇太は?」
「俺は、早稲田」
「早稲田? 私立じゃんか」
「あぁ。早稲田でやりたい研究室、見つけたから」
「私立かあ。でも早稲田も難しいだろ?」
「何言ってんだよ。勝負はこれからだろ。見てろって」
「まあ……それは俺も同じだけどさ」
「よし、じゃあ、次―」
教室内から俺を呼ぶ声が聞こえる。
「じゃあ、行ってくる」
「おお。外で待ってるわ。一緒に帰ろう」
「分かった」
「失礼します」
「おぉ、そこ座れ」
「はい」
俺は4つに並べられた面談用の机に近づいて、ぎこちなく腰を下ろす。
「失礼します」
「うん」
「で、今のところ……どの大学を考えてるんだ?」
「市大です」
「市大? 市立大か?」
「はい。横浜市立大学です」
「そうか、市大ね。……学部は?」
「医学部です」
「……医学部? 市大の?」
「はい」
「お前、レベル分かってるのか」
「はい、ちゃんと分かってますよ」
「相当勉強しないと受からんぞ?」
「分かってます。死ぬほど勉強します。てか、やってます」
先生は「ふぅ」と一息ついて、また質問をしてくる。
「私立とかは? 考えてないのか」
「はい。私立は流石に学費が高いんで」
「……そりゃ、そうだけどな」
「今年落ちたら浪人します。覚悟はできてるんで」
「……」
「で、次の年にもう一度受けます」
「そこまで考えてるのか」
「はい」
「医学部に入って……医者になりたいんだな」
「はい。俺、小児がんの研究やりたいんですよ」
「……小児がん?」
「はい。臨床医でも良いんですけど……」
「なるほどな。目標はもうちゃんとあるんだな」
「ありますよ。だから、今頑張ってますもん」
「進路希望調査表には書いておいたのにな」と思いながら、先生に軽く頭を下げる。ドアを開けて廊下に出ようと思ったその時だった。
「頑張れよ」
振り向くと、穏やかに力強く先生が言った。
「……はい」
「まさかお前がなあ……医学部目指すなんてな」
「……」
「1年生の時、窓の外ばっかりぼんやり見ていたのにな」
「まあ……」
「やっと見るものができたんだな。応援してるぞ。大変だけど……頑張れ」
――
――
――
「楓、どうだったよ。面談」
「え? 別に?」
「何だよ、それ」
「お前も早稲田行くんだろ。勉強しないとな」
「……分かってるって。帰ろうぜ」
「俺、今から本屋に行くけど」
「あ、マジ? ……どこ行く?」
「有隣堂に行こうと思って」
「関内か。俺も一緒に行こうかな。参考書だろ?」
「そう」
俺達は学校を出て、JR関内駅にある大型書店に向かうことにした。昇降口を出て、校門まで続く1本道を勇太と歩く。
「よし、ちょっと急ぐか!」
「おいって、楓……」
俺達は山手駅に向かって、桜並木の下を全速力で走った。カバンを脇で抱え込みながら。
本当に桜が綺麗だ。
こんなに桜が綺麗だなんて、2年前に入学した時は気が付かなかった。
君のお陰で
同じ桜のはずなのに、こんなにも色付いて見える。
栄ケ丘高校は、春になると桜が満開になる。
入学して以来、初めて知った――
【完】


