不本意な形で訪れた熊本駅は、ホテルからタクシーで10分もかからなかった。思ったよりも小奇麗で、多くの観光客で賑わっている。苦痛の表情を隠しながら、できるだけ静かな場所に、腰を下ろした。
「薬……ちょっと効いてきたかも」
「本当? 良かった。……ちょっとここで待ってて。俺チケット買ってくるから」
そう言うとキャリーケースを私の横に置いて、小走りで駆け出していった。
ここまできて、帰ることになってしまった。
刺すような痛みに、少しずつ耐えられるようになってきた。薬が効き始めているとはいえ、完全に痛みが治まっているわけじゃ無い。
わざわざ、ここまで一緒にきてくれて……お父さんにせっかく許可をもらったのに。私がいけないのは分かっているけれど……。
……悔しい。
帰りたくない。
指定席が取れたと言いながら、息を切らして楓くんが戻ってきたのは、10分ほど経ったころだった。窓口は係員さんの数に割りに買いにきてる人が多いらしく、大行列になっていたらしい。発車の時間が近づくまで、今の所から動かないことにした。
「……ごめんね」
「何がごめんなの? 全然悪くないでしょ」
「……」
「仕方無いよ。まだ痛い?」
「……痛みはだいぶ治まってきたかな。ちょっと熱っぽい」
「はあ」と大きくため息をついてしまった。楓くんは気を遣ってくれているのか、あまり多くしゃべってくれない。かがみこむようにして、じっと座り続けている。
「……そっか。いつからだったの」
「昨日の朝から」
「……我慢してたの?」
「……うん」
「ふー……」と楓くんが鼻から息を吐き出した。新幹線の出発の時間が近づいてきたらしく、私達は改札口をくぐってホームへとエスカレーターを上っていく。
新幹線に乗り込む時、本当にここから帰らなくちゃいけないんだと改めて感じた。……私、まだ何もしてない。ついさっき熊本にきたばかりのような感覚だった。
「これ以上大変なことになってたら……どうすんだよ」
「……」
チケットに書いてある座席に座り、ようやく楓くんは一瞬だけ落ち着いた表情になった気がした。外の暑さとはうって変わって車内は涼しい。私は耐えられずにカーディガンを羽織った。時間通りに熊本駅の景色が徐々に遠ざかっていく。
「ふぅー……とりあえず、帰ろう」
「だって……楓くんと2人できたかったから」
「……」
「『美咲ちゃんが過ごした所、見てみたい』って言ってくれて……私、死ぬほど嬉しかったんだもん」
「……うん」
「絶対に……きたかったから……」
「うん」
「もっとたくさん……2人でいろんな話がしたかったんだもん」
「うん。良くなったら……いろんな話しよう」
「本当?」
「うん。また来よう。2人で」
「……」
「だから……今日は帰ろう。帰ってゆっくりしよう」
「絶対? 治ったら……絶対行ってくれる?」
「うん。約束するよ。絶対行こう」
「……うざくてごめん」
「そんなこと無いって」
「……うん……少し寝ようかな……」
30分くらい経つと、新幹線を降りることになった。寝ていた私は、楓くんに起こされて、理由も分からないままホームへと降り立った。どうやら博多駅で乗り換えることになっていたらしい。私は楓くんに支えられて……何とか次の新幹線に乗り換えた。そして静かに東京へ向けて博多の街並みが動き始める。いつもと違って……眠気が凄い。何でなんだろう。何でこんなに眠いんだろう……?
「……あ……ここ、どこ?」
新幹線の中で、目が覚めた。体の内部が燃えるように熱くなっていた。きっと熱が凄いことになっていそうだったけれど、不思議と汗はほとんどかいていない。カーディガンは羽織っていたけど、熱いのか寒いのか……もうわけが分からなくなっていた。
「あっ、目、覚めた?」
「うん……今、ここどこ?」
「さっき新大阪出たとこだよ」
「……新大阪……もうそんなとこまで進んだんだ」
「そうだね。もうちょっとだよ」
「寝ちゃったな……」
「何言ってんの。寝ててくれないと困るんだけど。良いんだよ。それで」
「……そっか」
「どう? 体調」
「お腹は……今は痛くないかなあ。少し痛いけど、我慢できるレベル」
「……そう。熱は?」
「たぶん……あると思う」
「そっか。……水、飲む?」
「あっ、うん。飲もうかな……」
深く腰をかけていたシート。後ろの人が気になって、ほとんど倒していない。水を飲もうとお腹に力を入れて、起き上がろうとする。
(……痛っ)
思わず顔をゆがめてしまう。朝に比べれば全然我慢できるけれど、何でこんなに……お腹が痛いのか……全く分からない。とにかく家までもってくれれば……。楓くんに最後まで迷惑かけたくない。
「どう。少し落ち着いた?」
「うん」
私は楓くんの腕に、ゆっくりと巻き付いた。……凄く温かい。もしかしたら私は冷蔵庫並みに冷たくなっているのかも知れないと思った。
「朝、ヤバかったなー……」
「大変そうだったよ。見てて」
「ごめん。本当にヤバかったからね……」
「学校に来れてない時、ずっと家でもあんな感じだったの?」
「……あれほどじゃないよ。何だろう、日に日に痛くなってるような気がする。熱は出たり、出なかったりだけど」
腕にしがみついているだけじゃなく、そのまま手も握った。上手く言えないけれど、怖いくらいに不安になってしまったから。離れて欲しく無かった。できるだけ近くにいたかった。
「……そっか」
「ねえ」
「何?」
「さっき言っていたこと。本当?」
「どのこと?」
「また……2人で行ってくれるってやつ」
「もちろん。俺も行きたいよ。美咲ちゃんが住んで、育ったところ」
「……」
「後は、純粋に色々な所も……見てみたいしさ。阿蘇とか」
「ありがと。嬉しいな」
「……行きたいな。2人で。ちゃんと治ったら」
眠気でまぶたが落ちてしまいそうなくらいなのに、不思議と言葉が口から素直に出てくる。考えてしゃべっていない。普段ずっと想っていたことを、述べているだけなのかも知れない。
「……私ね」
「うん」
「今は横浜の方が好きかなー」
「ん? 熊本よりもってこと?」
「そう。茜のこともあるし……本当は住んでたとこ、行きたかったんだけどね」
「……うん」
「小さい頃の景色とか……たまに思い出すことがあって。『あー懐かしいなあ』って思うこともあるんだけどさ」
「……」
「もしかしたら……楓くんと2人で行きたかっただけだったのかもなあ……」
「……」
「私、嫌われてんのかもね。昔住んでたとこに」
まぶたが半分閉じかけているのに、思わず私は自虐的に笑ってしまった。
「……考え過ぎでしょ」
「……何かさ、そんな気がするんだよね」
「ふぅん……そっか」
「磯子でさ、『散歩行こう』って色々な所に行ったでしょ? すっごい楽しかったし……嬉しかったんだよ? 私」
「うん」
「私のこと……クラスで友達いないヤツって思ってたでしょ?」
「……最初はね」
「……大変だったんだから」
「そう……だね。大変だったね」
「でもさ」
「ん?」
「良いの。……今……すっごい幸せなんだよ、私」
「……」
「ありがとう。私……すっごい幸せものだよ?」
「何だよ……改まって」
「本当のことだから」
「……俺もさ、高校入って……毎日退屈で。いつも窓の外ばっか……ぼーっと見てて」
「あー……あの席。気持ち良さそうだよね。窓際の所でしょ?」
「そう。気持ち良かったよ。景色も良かったしさ」
「羨ましかったもん。席もだけど……勇太くんとか……佐々木さんと楽しそうだなって」
「ははっ……裏表の無いやつらだからね……美咲ちゃん、大丈夫? こんなにしゃべってて。キツくない?」
「ううん。大丈夫。……もっと話したい」
不思議だった。「今しゃべっているのは誰だろう」と思いながら……私は楓くんと話をしていた。「これが私の想いなのかな」と思いながら。
「私、いっつも羨ましいなって思ってた」
「……そうなの? それだったら言ってくれれば良かったのに」
「言えるわけ無いじゃん。体調悪くて……学校だって全然行けてなかったのに」
「……めっちゃ休んでたもんね。学校」
「うん。絶対に何か言われてるんだろうなって思ってた」
「そんなこと無かったよ?」
「本当? 楓くんはさ……何となく雰囲気が違ってたんだよ」
「そんな感じで見られてたんだ」
「うん。なんだろう……寂しそうっていうか……ちょっと違うな。退屈な感じ?」
「……そうだね。『何やってんだろうな』って思ってた。毎日退屈だった」
「最初は……ちょっと気になるな、くらいだったんだけどね」
「そうなんだ」
「うん。だから……栄高祭の買い出し……誘ってくれて嬉しかったんだよ」
「美咲ちゃんも、何か1人だし。声掛けようかなって思ったんだよな……」
「えー? ……何それ。それだけ?」
ちょっとふくれた私とは対照的に、楓くんは少し照れくさそうに続けた。
「……まぁ。少し、気になってたかな」
「本当ー? 嬉しいこと言うじゃん!」
「だから、勇太と一緒に声掛けたんだよ」
「1人じゃ気まずいから?」
「そりゃそうでしょ。2人だけで買い出し行くなんて」
「そっか」
「うん。皆の目が気になり過ぎるでしょ」
車内アナウンスが、京都に近づいたことを知らせてくれて、周りで荷物を整理する音が聞こえてきた。
「少し、寝たら?」
「……うん。もうちょっとだけ……」
「無理しないでよ?」
「うん。……優しいね。大好きだ……」
「……おい」
(……もっと私は話がしたいよ)
(ずっとずっと、もっともっと話がしたいよ)
だって……
「初めてさ、神社に一緒に行った日」
「あー……懐かしいな。美咲ちゃんに声掛けられたんだよな……」
「緊張したんだよ? あれ。私史上、最高に緊張した」
「んっ? もしかして」
「……何?」
「後ろ、尾けてた?」
「……バレた?」
「マジ?」
「……だって。たまたま見つけてさ。上手く言えないんだけど……『ここで声かけないと!』って思ったんだよね」
「そんなことしなくて良いのに」
「そんなことしなきゃだったの! あれは仕方無い」
2人で声を出して笑った。そう。私があの日、勇気を振り絞って声をかけなかったら……あの後どうなっていたんだろう?
そう考えるだけで、私は暗闇に吸い込まれそうになる。
「あの時ってさ、私のこと……どう思ってたの?」
「どうって?」
「いやぁー?」
「……気に、なってた。……かな」
「それだけ?」
「……神社に行って……可愛いなって思った」
「……やった! そしたら、好きになっちゃった? みたいな感じ?」
「……別に、良いだろ」
「やだー! ちょっと楓くん赤くなってるじゃん」
「あ」
「ん?」
「そうだ。定演のお花。あれ……本当に嬉しかったんだ」
「あぁ。あれ……渡す前、めっちゃ緊張してたんだよ」
「そうなの?」
「そりゃそうだよ……周りは『音楽やってます』みたいな人ばっかりだったから」
「別に気にしなくて良いのに」
「恵も勇太も、同じこと言ってたけど……」
「そっか……。ありがとね。勇気出して……渡してくれて」
車内のアナウンスが、名古屋駅が近づいていることを告げた。確かに都会のような高いビルが景色の中に入り込んでくることが増えた。
私達の旅も、どうやら終わりが近いらしかった。
「ねえ」
「ん? 何?」
「……」
「どうしたの? また体調悪くなってきた?」
「はは……体調はずっと悪いよ」
「えっ? じゃあ……どうしたの」
「もしさ」
「うん」
「……もし、私がいなくなったら……どうする?」
「えっ?」
「もしだよ。もし」
「……そういうの、良いって」
「だよね。……ごめん」
「……」
「あー……また磯子の神社……一緒に歩きたいなー……」
「歩こうよ。治してデートしよう」
「……うん」
新横浜駅には、お父さんが迎えに来ていた。感覚が無くなり始めていた体を無理矢理動かして、何とか改札口を出ることができた。私が新幹線で寝ている間に、楓くんが連絡してくれていたらしい。教えてくれれば良いのに。
私はそのまま……車に乗って病院に向かうことになった。迎えにきてくれたお父さんの表情を、私は見ることができなかった。
「楓くん、ごめんね。……ありがと」
「ちゃんと治して。分かった?」
「……うん」
「磯子、また一緒にデートしてよ?」
「……うん」
段々と楓くんが小さくなっていく。
ああ……私は楓くんと出会えて、幸せだったよ――。
楓くんは?
私と出会って、どうだった……?
「薬……ちょっと効いてきたかも」
「本当? 良かった。……ちょっとここで待ってて。俺チケット買ってくるから」
そう言うとキャリーケースを私の横に置いて、小走りで駆け出していった。
ここまできて、帰ることになってしまった。
刺すような痛みに、少しずつ耐えられるようになってきた。薬が効き始めているとはいえ、完全に痛みが治まっているわけじゃ無い。
わざわざ、ここまで一緒にきてくれて……お父さんにせっかく許可をもらったのに。私がいけないのは分かっているけれど……。
……悔しい。
帰りたくない。
指定席が取れたと言いながら、息を切らして楓くんが戻ってきたのは、10分ほど経ったころだった。窓口は係員さんの数に割りに買いにきてる人が多いらしく、大行列になっていたらしい。発車の時間が近づくまで、今の所から動かないことにした。
「……ごめんね」
「何がごめんなの? 全然悪くないでしょ」
「……」
「仕方無いよ。まだ痛い?」
「……痛みはだいぶ治まってきたかな。ちょっと熱っぽい」
「はあ」と大きくため息をついてしまった。楓くんは気を遣ってくれているのか、あまり多くしゃべってくれない。かがみこむようにして、じっと座り続けている。
「……そっか。いつからだったの」
「昨日の朝から」
「……我慢してたの?」
「……うん」
「ふー……」と楓くんが鼻から息を吐き出した。新幹線の出発の時間が近づいてきたらしく、私達は改札口をくぐってホームへとエスカレーターを上っていく。
新幹線に乗り込む時、本当にここから帰らなくちゃいけないんだと改めて感じた。……私、まだ何もしてない。ついさっき熊本にきたばかりのような感覚だった。
「これ以上大変なことになってたら……どうすんだよ」
「……」
チケットに書いてある座席に座り、ようやく楓くんは一瞬だけ落ち着いた表情になった気がした。外の暑さとはうって変わって車内は涼しい。私は耐えられずにカーディガンを羽織った。時間通りに熊本駅の景色が徐々に遠ざかっていく。
「ふぅー……とりあえず、帰ろう」
「だって……楓くんと2人できたかったから」
「……」
「『美咲ちゃんが過ごした所、見てみたい』って言ってくれて……私、死ぬほど嬉しかったんだもん」
「……うん」
「絶対に……きたかったから……」
「うん」
「もっとたくさん……2人でいろんな話がしたかったんだもん」
「うん。良くなったら……いろんな話しよう」
「本当?」
「うん。また来よう。2人で」
「……」
「だから……今日は帰ろう。帰ってゆっくりしよう」
「絶対? 治ったら……絶対行ってくれる?」
「うん。約束するよ。絶対行こう」
「……うざくてごめん」
「そんなこと無いって」
「……うん……少し寝ようかな……」
30分くらい経つと、新幹線を降りることになった。寝ていた私は、楓くんに起こされて、理由も分からないままホームへと降り立った。どうやら博多駅で乗り換えることになっていたらしい。私は楓くんに支えられて……何とか次の新幹線に乗り換えた。そして静かに東京へ向けて博多の街並みが動き始める。いつもと違って……眠気が凄い。何でなんだろう。何でこんなに眠いんだろう……?
「……あ……ここ、どこ?」
新幹線の中で、目が覚めた。体の内部が燃えるように熱くなっていた。きっと熱が凄いことになっていそうだったけれど、不思議と汗はほとんどかいていない。カーディガンは羽織っていたけど、熱いのか寒いのか……もうわけが分からなくなっていた。
「あっ、目、覚めた?」
「うん……今、ここどこ?」
「さっき新大阪出たとこだよ」
「……新大阪……もうそんなとこまで進んだんだ」
「そうだね。もうちょっとだよ」
「寝ちゃったな……」
「何言ってんの。寝ててくれないと困るんだけど。良いんだよ。それで」
「……そっか」
「どう? 体調」
「お腹は……今は痛くないかなあ。少し痛いけど、我慢できるレベル」
「……そう。熱は?」
「たぶん……あると思う」
「そっか。……水、飲む?」
「あっ、うん。飲もうかな……」
深く腰をかけていたシート。後ろの人が気になって、ほとんど倒していない。水を飲もうとお腹に力を入れて、起き上がろうとする。
(……痛っ)
思わず顔をゆがめてしまう。朝に比べれば全然我慢できるけれど、何でこんなに……お腹が痛いのか……全く分からない。とにかく家までもってくれれば……。楓くんに最後まで迷惑かけたくない。
「どう。少し落ち着いた?」
「うん」
私は楓くんの腕に、ゆっくりと巻き付いた。……凄く温かい。もしかしたら私は冷蔵庫並みに冷たくなっているのかも知れないと思った。
「朝、ヤバかったなー……」
「大変そうだったよ。見てて」
「ごめん。本当にヤバかったからね……」
「学校に来れてない時、ずっと家でもあんな感じだったの?」
「……あれほどじゃないよ。何だろう、日に日に痛くなってるような気がする。熱は出たり、出なかったりだけど」
腕にしがみついているだけじゃなく、そのまま手も握った。上手く言えないけれど、怖いくらいに不安になってしまったから。離れて欲しく無かった。できるだけ近くにいたかった。
「……そっか」
「ねえ」
「何?」
「さっき言っていたこと。本当?」
「どのこと?」
「また……2人で行ってくれるってやつ」
「もちろん。俺も行きたいよ。美咲ちゃんが住んで、育ったところ」
「……」
「後は、純粋に色々な所も……見てみたいしさ。阿蘇とか」
「ありがと。嬉しいな」
「……行きたいな。2人で。ちゃんと治ったら」
眠気でまぶたが落ちてしまいそうなくらいなのに、不思議と言葉が口から素直に出てくる。考えてしゃべっていない。普段ずっと想っていたことを、述べているだけなのかも知れない。
「……私ね」
「うん」
「今は横浜の方が好きかなー」
「ん? 熊本よりもってこと?」
「そう。茜のこともあるし……本当は住んでたとこ、行きたかったんだけどね」
「……うん」
「小さい頃の景色とか……たまに思い出すことがあって。『あー懐かしいなあ』って思うこともあるんだけどさ」
「……」
「もしかしたら……楓くんと2人で行きたかっただけだったのかもなあ……」
「……」
「私、嫌われてんのかもね。昔住んでたとこに」
まぶたが半分閉じかけているのに、思わず私は自虐的に笑ってしまった。
「……考え過ぎでしょ」
「……何かさ、そんな気がするんだよね」
「ふぅん……そっか」
「磯子でさ、『散歩行こう』って色々な所に行ったでしょ? すっごい楽しかったし……嬉しかったんだよ? 私」
「うん」
「私のこと……クラスで友達いないヤツって思ってたでしょ?」
「……最初はね」
「……大変だったんだから」
「そう……だね。大変だったね」
「でもさ」
「ん?」
「良いの。……今……すっごい幸せなんだよ、私」
「……」
「ありがとう。私……すっごい幸せものだよ?」
「何だよ……改まって」
「本当のことだから」
「……俺もさ、高校入って……毎日退屈で。いつも窓の外ばっか……ぼーっと見てて」
「あー……あの席。気持ち良さそうだよね。窓際の所でしょ?」
「そう。気持ち良かったよ。景色も良かったしさ」
「羨ましかったもん。席もだけど……勇太くんとか……佐々木さんと楽しそうだなって」
「ははっ……裏表の無いやつらだからね……美咲ちゃん、大丈夫? こんなにしゃべってて。キツくない?」
「ううん。大丈夫。……もっと話したい」
不思議だった。「今しゃべっているのは誰だろう」と思いながら……私は楓くんと話をしていた。「これが私の想いなのかな」と思いながら。
「私、いっつも羨ましいなって思ってた」
「……そうなの? それだったら言ってくれれば良かったのに」
「言えるわけ無いじゃん。体調悪くて……学校だって全然行けてなかったのに」
「……めっちゃ休んでたもんね。学校」
「うん。絶対に何か言われてるんだろうなって思ってた」
「そんなこと無かったよ?」
「本当? 楓くんはさ……何となく雰囲気が違ってたんだよ」
「そんな感じで見られてたんだ」
「うん。なんだろう……寂しそうっていうか……ちょっと違うな。退屈な感じ?」
「……そうだね。『何やってんだろうな』って思ってた。毎日退屈だった」
「最初は……ちょっと気になるな、くらいだったんだけどね」
「そうなんだ」
「うん。だから……栄高祭の買い出し……誘ってくれて嬉しかったんだよ」
「美咲ちゃんも、何か1人だし。声掛けようかなって思ったんだよな……」
「えー? ……何それ。それだけ?」
ちょっとふくれた私とは対照的に、楓くんは少し照れくさそうに続けた。
「……まぁ。少し、気になってたかな」
「本当ー? 嬉しいこと言うじゃん!」
「だから、勇太と一緒に声掛けたんだよ」
「1人じゃ気まずいから?」
「そりゃそうでしょ。2人だけで買い出し行くなんて」
「そっか」
「うん。皆の目が気になり過ぎるでしょ」
車内アナウンスが、京都に近づいたことを知らせてくれて、周りで荷物を整理する音が聞こえてきた。
「少し、寝たら?」
「……うん。もうちょっとだけ……」
「無理しないでよ?」
「うん。……優しいね。大好きだ……」
「……おい」
(……もっと私は話がしたいよ)
(ずっとずっと、もっともっと話がしたいよ)
だって……
「初めてさ、神社に一緒に行った日」
「あー……懐かしいな。美咲ちゃんに声掛けられたんだよな……」
「緊張したんだよ? あれ。私史上、最高に緊張した」
「んっ? もしかして」
「……何?」
「後ろ、尾けてた?」
「……バレた?」
「マジ?」
「……だって。たまたま見つけてさ。上手く言えないんだけど……『ここで声かけないと!』って思ったんだよね」
「そんなことしなくて良いのに」
「そんなことしなきゃだったの! あれは仕方無い」
2人で声を出して笑った。そう。私があの日、勇気を振り絞って声をかけなかったら……あの後どうなっていたんだろう?
そう考えるだけで、私は暗闇に吸い込まれそうになる。
「あの時ってさ、私のこと……どう思ってたの?」
「どうって?」
「いやぁー?」
「……気に、なってた。……かな」
「それだけ?」
「……神社に行って……可愛いなって思った」
「……やった! そしたら、好きになっちゃった? みたいな感じ?」
「……別に、良いだろ」
「やだー! ちょっと楓くん赤くなってるじゃん」
「あ」
「ん?」
「そうだ。定演のお花。あれ……本当に嬉しかったんだ」
「あぁ。あれ……渡す前、めっちゃ緊張してたんだよ」
「そうなの?」
「そりゃそうだよ……周りは『音楽やってます』みたいな人ばっかりだったから」
「別に気にしなくて良いのに」
「恵も勇太も、同じこと言ってたけど……」
「そっか……。ありがとね。勇気出して……渡してくれて」
車内のアナウンスが、名古屋駅が近づいていることを告げた。確かに都会のような高いビルが景色の中に入り込んでくることが増えた。
私達の旅も、どうやら終わりが近いらしかった。
「ねえ」
「ん? 何?」
「……」
「どうしたの? また体調悪くなってきた?」
「はは……体調はずっと悪いよ」
「えっ? じゃあ……どうしたの」
「もしさ」
「うん」
「……もし、私がいなくなったら……どうする?」
「えっ?」
「もしだよ。もし」
「……そういうの、良いって」
「だよね。……ごめん」
「……」
「あー……また磯子の神社……一緒に歩きたいなー……」
「歩こうよ。治してデートしよう」
「……うん」
新横浜駅には、お父さんが迎えに来ていた。感覚が無くなり始めていた体を無理矢理動かして、何とか改札口を出ることができた。私が新幹線で寝ている間に、楓くんが連絡してくれていたらしい。教えてくれれば良いのに。
私はそのまま……車に乗って病院に向かうことになった。迎えにきてくれたお父さんの表情を、私は見ることができなかった。
「楓くん、ごめんね。……ありがと」
「ちゃんと治して。分かった?」
「……うん」
「磯子、また一緒にデートしてよ?」
「……うん」
段々と楓くんが小さくなっていく。
ああ……私は楓くんと出会えて、幸せだったよ――。
楓くんは?
私と出会って、どうだった……?


