(あ……)
(さっきと、同じだ……)
暗闇の奥から、小さく小さくドアをノックする音が聞こえる。音が鳴る方へ、手を伸ばそうとするけれど、自由に体を動かすことができない。まるで自分の体じゃ無いみたいに。
(駄目……)
更に遠くなっていく、ノックの音。「絶対に鳴り終わる前に……手を伸ばさないと」と思い、無我夢中で、私は無理矢理手を伸ばした。
(あ……)
夕方と同じだった。夢から目が覚めた。
コンコンコンと3回。ドアから音が聞こえる。きっとこの音が、ずっと聞こえていたんだと思う。
(あぁ……寝てたんだ……)
汗が凄いし、呼吸も大きく乱れていた。まだまだ寒気はあるけど……ちょっと寝たお陰で、さっきよりは楽になった気がする。
「……開けるから……ちょっと待って」
お腹の中から声を振り絞るように出した。「うん」とドアの向こうから楓くんの声が返ってくる。
「どう? 体調」
「……寝たから……さっきより良い感じかな……」
「そう……て言うか、汗……ヤバいよ。着替えようよ」
「そうする。ありがと……」
「ちょっと触るよ」と言って、急に私のおでこに手を当てる。
「……だいぶあるよね」
「薬……さっき寝る前に飲んだから。寝れば何とかなると思う……」
「そうだね……とにかく着替えて寝よう」
「うん。……そうする」
「1時間後……どうしよ。寝てるだろうし、起こすのもな」
「大丈夫だよ。……本当にヤバかったら、絶対に言うから」
「本当?」
「本当だってば。ちゃんと電話するから」
「……分かった。じゃ、ちゃんと寝てね」
「うん。……本当にありがと」
「良いよ。おやすみ」
「うん。おやすみ」
楓くんが部屋を出ると、私はゆっくりとベッドから起き上がってタオルと新しいシャツを探す。もう自分の頭では無いみたいな感じで、ぐるぐると目の前の景色が渦を巻いていた。
(ヤバいな)
(……朝までに絶対に何とかしないと)
薬を1回分多く飲もうか……と思ったけど止めておいた。
(いや……これはヤバい)
もう一度薬の袋を手に取って、明日の分まで一気に飲み込んだ。
……
…………
…………コン……
(えっ……?)
駄目だ。目の前がぐるぐるしていて、寒い。楓くんがノックを続けてくれていた。……駄目だ、全然起き上がれない……。「夢すら見てないんだ」と思った。
カーテンから日差しが差し込んでいる。
チュン……チュン……と鳥の声が遠くの方から聞こえる。
(朝なんだ……)
(どうしよう)
「……はぁい……」
何とか声を絞り出し、一気に力を込めて無理矢理に体を起こした。「はあ」と大きく息を吐き出してからドアに近づいた。
(頭……いったぁー……)
(……これマジでヤバい)
「美咲ちゃん……だいじょ」
「美咲ちゃん? ちょっと!」
(……ありがと……もう駄目だ)
(頑張ってみたけど……ごめん)
……
……
楓くんが何か必死でしゃべってる……何? 何て言ってるの……?
何これ……あんまり聞こえない……。
(痛っあ!!!)
刺されたような痛みで急に意識が戻る。生まれてからこんな痛みは経験したことが無かった。
(……え?)
自分でも何が起きたのか、全く分からない。
「……痛ぁ……ヤバ……」
痛みは気のせいじゃ無かったらしい。また刺すような痛みがお腹を襲う。演技すらすることができず、私は亀のように丸まった。
「え? 大丈夫なの? 医者呼んだ方が良い?」
「……いや。……大丈夫。ちょっと待って」
「いや……ちょっと……」
「ほんと、大丈夫だから……」
(耐えろ……耐えろ……)
痛みが引いて、何とか落ち着くかも知れない。最後の望みに賭けてみたけれど、そういうレベルの問題じゃ無さそうに思った。
「……」
「っつ……」
「どうしたの?」
「……痛っあ……」
「痛い? どこ」
「……」
声が出せない……もう……。
「薬……取って……」
「……薬? どこ?」
「……上。机の上」
痛み止めとして病院からもらっていた薬だった。「飲むことなんて無いだろう」と思っていたけれど……何とか口まで運ぶ。
「……ヤバかった……」
別に病気を治す薬じゃ無い。「ちょっと痛みを抑えるだけ」と言われていた。「もしかしたら、痛みが出るかも」って言われていたから。確かに少しでけ痛みが和らいだ。でもどうしたら良いのか分からない。
「美咲ちゃん。もう帰ろう」
「……えっ?」
「家。家に帰ろう」
「嫌だ! ちょっと休めば……」
泣きそうな目で楓くんを見上げた。
「駄目! 何言ってんだよ……さっきあんなに痛がってたじゃんか!」
「……」
「それに……熱だってまだあるんでしょ。昨日だって……俺、分かってたんだよ?」
「ここにいたい……」
「帰ろう。また来よう」
「……嫌だ……」
「駄目」
「……まだ茜に会ってないよ!?」
「仕方無いって! また一緒に来よう!」
「……会いたい……」
「駄目。荷物、勝手に俺がケースに入れるから。向こうで着替えて。ゆっくりで良いから」楓くんは私の荷物を手早くキャリーケースと……楓くんのカバンに入れた。
「美咲ちゃんのキャリーケースは、宅急便で送ってもらおう」
「……」
「同意書に住所、書いてあるから。そこに送ってもらうから」
「……」
「行こう。新幹線で帰ろう」
熊本の8月。横浜と違って……朝から一気に気温が上がっている。もうすでに昨日と同じくらい暑い。私は楓くんの腕にしがみついていないと……歩けない。
「帰りの飛行機代は良いよ。新幹線なら今から取れるから」そう言うと熊本駅までタクシーで向かった。熊本駅は、ここから近い。じゅうぶんタクシーで行ける距離だった。
――私と楓くんの旅行が終わった。
……短かったな。家に行けなかったよ。
――「こっちに来ないで」って言ってるの?
ねえ
(さっきと、同じだ……)
暗闇の奥から、小さく小さくドアをノックする音が聞こえる。音が鳴る方へ、手を伸ばそうとするけれど、自由に体を動かすことができない。まるで自分の体じゃ無いみたいに。
(駄目……)
更に遠くなっていく、ノックの音。「絶対に鳴り終わる前に……手を伸ばさないと」と思い、無我夢中で、私は無理矢理手を伸ばした。
(あ……)
夕方と同じだった。夢から目が覚めた。
コンコンコンと3回。ドアから音が聞こえる。きっとこの音が、ずっと聞こえていたんだと思う。
(あぁ……寝てたんだ……)
汗が凄いし、呼吸も大きく乱れていた。まだまだ寒気はあるけど……ちょっと寝たお陰で、さっきよりは楽になった気がする。
「……開けるから……ちょっと待って」
お腹の中から声を振り絞るように出した。「うん」とドアの向こうから楓くんの声が返ってくる。
「どう? 体調」
「……寝たから……さっきより良い感じかな……」
「そう……て言うか、汗……ヤバいよ。着替えようよ」
「そうする。ありがと……」
「ちょっと触るよ」と言って、急に私のおでこに手を当てる。
「……だいぶあるよね」
「薬……さっき寝る前に飲んだから。寝れば何とかなると思う……」
「そうだね……とにかく着替えて寝よう」
「うん。……そうする」
「1時間後……どうしよ。寝てるだろうし、起こすのもな」
「大丈夫だよ。……本当にヤバかったら、絶対に言うから」
「本当?」
「本当だってば。ちゃんと電話するから」
「……分かった。じゃ、ちゃんと寝てね」
「うん。……本当にありがと」
「良いよ。おやすみ」
「うん。おやすみ」
楓くんが部屋を出ると、私はゆっくりとベッドから起き上がってタオルと新しいシャツを探す。もう自分の頭では無いみたいな感じで、ぐるぐると目の前の景色が渦を巻いていた。
(ヤバいな)
(……朝までに絶対に何とかしないと)
薬を1回分多く飲もうか……と思ったけど止めておいた。
(いや……これはヤバい)
もう一度薬の袋を手に取って、明日の分まで一気に飲み込んだ。
……
…………
…………コン……
(えっ……?)
駄目だ。目の前がぐるぐるしていて、寒い。楓くんがノックを続けてくれていた。……駄目だ、全然起き上がれない……。「夢すら見てないんだ」と思った。
カーテンから日差しが差し込んでいる。
チュン……チュン……と鳥の声が遠くの方から聞こえる。
(朝なんだ……)
(どうしよう)
「……はぁい……」
何とか声を絞り出し、一気に力を込めて無理矢理に体を起こした。「はあ」と大きく息を吐き出してからドアに近づいた。
(頭……いったぁー……)
(……これマジでヤバい)
「美咲ちゃん……だいじょ」
「美咲ちゃん? ちょっと!」
(……ありがと……もう駄目だ)
(頑張ってみたけど……ごめん)
……
……
楓くんが何か必死でしゃべってる……何? 何て言ってるの……?
何これ……あんまり聞こえない……。
(痛っあ!!!)
刺されたような痛みで急に意識が戻る。生まれてからこんな痛みは経験したことが無かった。
(……え?)
自分でも何が起きたのか、全く分からない。
「……痛ぁ……ヤバ……」
痛みは気のせいじゃ無かったらしい。また刺すような痛みがお腹を襲う。演技すらすることができず、私は亀のように丸まった。
「え? 大丈夫なの? 医者呼んだ方が良い?」
「……いや。……大丈夫。ちょっと待って」
「いや……ちょっと……」
「ほんと、大丈夫だから……」
(耐えろ……耐えろ……)
痛みが引いて、何とか落ち着くかも知れない。最後の望みに賭けてみたけれど、そういうレベルの問題じゃ無さそうに思った。
「……」
「っつ……」
「どうしたの?」
「……痛っあ……」
「痛い? どこ」
「……」
声が出せない……もう……。
「薬……取って……」
「……薬? どこ?」
「……上。机の上」
痛み止めとして病院からもらっていた薬だった。「飲むことなんて無いだろう」と思っていたけれど……何とか口まで運ぶ。
「……ヤバかった……」
別に病気を治す薬じゃ無い。「ちょっと痛みを抑えるだけ」と言われていた。「もしかしたら、痛みが出るかも」って言われていたから。確かに少しでけ痛みが和らいだ。でもどうしたら良いのか分からない。
「美咲ちゃん。もう帰ろう」
「……えっ?」
「家。家に帰ろう」
「嫌だ! ちょっと休めば……」
泣きそうな目で楓くんを見上げた。
「駄目! 何言ってんだよ……さっきあんなに痛がってたじゃんか!」
「……」
「それに……熱だってまだあるんでしょ。昨日だって……俺、分かってたんだよ?」
「ここにいたい……」
「帰ろう。また来よう」
「……嫌だ……」
「駄目」
「……まだ茜に会ってないよ!?」
「仕方無いって! また一緒に来よう!」
「……会いたい……」
「駄目。荷物、勝手に俺がケースに入れるから。向こうで着替えて。ゆっくりで良いから」楓くんは私の荷物を手早くキャリーケースと……楓くんのカバンに入れた。
「美咲ちゃんのキャリーケースは、宅急便で送ってもらおう」
「……」
「同意書に住所、書いてあるから。そこに送ってもらうから」
「……」
「行こう。新幹線で帰ろう」
熊本の8月。横浜と違って……朝から一気に気温が上がっている。もうすでに昨日と同じくらい暑い。私は楓くんの腕にしがみついていないと……歩けない。
「帰りの飛行機代は良いよ。新幹線なら今から取れるから」そう言うと熊本駅までタクシーで向かった。熊本駅は、ここから近い。じゅうぶんタクシーで行ける距離だった。
――私と楓くんの旅行が終わった。
……短かったな。家に行けなかったよ。
――「こっちに来ないで」って言ってるの?
ねえ


