「熊本は街の作りが他の県と違って、面白いんだよな」と昔お父さんが言っていたことがある。確かに、実際に歩いてみると……お店がたくさんあるアーケード以外のところには、お店が全く無い。ビルばっかり。広いといえば広いけれど、一箇所に本当に全部が集中している。遊んだりご飯を食べたりするには……そこまで歩いて行くしかない。
「お店、アーケードの方しか無いっぽいね。この辺りには何も無い感じだよね」
「ね。城の周りには何も無いなあ……」
「もうお城も入れないし。そっち戻ってみる?」
時間も5時半を過ぎてきた。楓くんもそろそろ晩ご飯のことを考えてそうだな……と思い、私達はお城を後にする。念のため、自販機で水を買っておいた。もうこんな時間なのに、湿気はむしろ強くなってきたくらいに感じる。
「でもさ、良い思い出ができたなあー……」
「写真のこと?」
「そう。だって……良くない?」
スマホに写っている画像を、うっとりするように私は見続けた。
「そうだね」
「だって磯子じゃないんだよ?」
「うん」
「だって私服だよ? プライベート感が凄いじゃん」
「美咲ちゃん、テンション高いな。久し振りに見たな、その感じ」
そう言うと楓くんは安心してくれたかのように、静かに笑った。よほど私は熊本にきてから笑っていなかったらしい。
「あ、こっち通ってみたいな」
お城の坂を下りると、堀に沿って散歩できるコースがあった。坂を上る前は、お城にばかり意識がいっていて、全く気が付かなかった。
「あ、ここ……通れるんだね。日陰もありそうだし……良いかもね」
「だよね。散歩してる人も結構いるし……行ってみて良い?」
ご飯も食べたい。でも正直、歩くのはもう限界だった。ちょっと座っていたい。目の前の日陰になった所にベンチを見つけたけれど、フラフラっと座ってしまうと楓くんにバレてしまうかも知れないから……わざとらしく「よいしょ」と声を出して座る。
「いや、城は……ちゃんと調べてくれば良かったなあ。凄い迫力だもんな。入ってみたかったな」後ろにあるお城。楓くんは珍しそうに見上げながら言った。
「横浜には無いもんね。こんなの」
「そうそう。……失敗したな」
「またいつか、こようよ」
「そうだね。そうしよう。美咲ちゃんって、この辺りに住んでたの?」
「うーん……微妙なとこだな。ちょっとこっから離れるかな」
「そうなんだ」
「北区ってとこ。電車で……どうだっけ。15分くらいだった気がする」
「へぇ……北区か」
「あっ、ダメだよ。『区』っていっても磯子とかと同じにしたら」
「あ、あぁ……そうか」
察してくれたかのように、笑ってくれた。
「明日、行くんだよね?」
「……うん。行っても良い?」
「行こうよ。そのために熊本に来たんだからさ」
「そうだね……」
ちょっとうつむきながら、私はペットボトルを握り締める。ゾクゾクする。すでに寒気は通り越していて、まさに悪寒という言葉が当てはまる。楓くんに気付かれないように、握る手に更に力を込めた。
「でも、嬉しいな」
ちょっと意識がどこかへ行きそうだ。
「……何が?」
「何って……こうやってさ、楓くんが一緒にきてくれたこと」
「……」
散歩をする人達。リズミカルな呼吸が聞こえる。汗をぬぐいながら……私達の近くを歩いていく。ここは知っている人は恐らく誰一人、通らない。
「ねえ」
「……何?」
「肩、貸して?」
何も言わずに楓くんの体が私に近づいた。静かに、そっと楓くんの肩に頭を乗せた。あの日の夜、芦名橋公園で見た景色が急に蘇る。
「体調、大丈夫なの?」
「……暑かったけどね……何とか大丈夫。何とか」
「そう?」
「……私さ、好きになった人が楓くんで良かったな」
日陰に生温かい風が吹き込んでくる。汗を冷やしているからなのか、体の芯が一気に冷えて震えが止まらない。段々と……意識も遠のいていくような気がした。
「俺も。美咲ちゃんで良かったなって思ってる」
真正面を見据えたまま、楓くんは言った。私は遠のく意識の中、何とか言葉をキャッチした。
「本当?」
「うん」
「……泣けること言うなあ」
「……ちょっと。何」
「本当はねー……2泊じゃなくて、もっとたくさん行きたい場所、あるんだよなあ……」
声が震えて上手くしゃべれない。いつの間にか涙が頬を伝わる。
「ここで?」
「そう。阿蘇とかさ……温泉とか、色々。私、行ったこと無いんだよね」
「また来ようよ。いつでも来れるよ」
「……」
「将来、車の免許も取ってさ。2人で色々回ろうよ。俺、運転するから」
「うん……でもこっちでも色々あったし、磯子で楓くんと出会えたけど……どっちも好きかなぁ……とにかく2人でいられれば、それだけで良いかな」
「そうだね。俺も。ちょっと前までじゃ……考えられない」
「ははっ……面白いよね。人生ってさ」
しばらく楓くんは無言になった。私はもう、何も考えることができなくなっていた。
ただただ、ここにいる。
――楓くんと一緒に。
「ね、美咲ちゃん」
「……」
「美咲ちゃん、聞いてる?」
「え? ……何? ごめん、ぼーっとしてた」
「……ホテル、戻ろっか」
「えっ……?」
「俺さ、初めての場所だから……ちょっと疲れちゃって」
「……」
「ごめん。ちょっと戻って良い?」
私は拒否できなかった。「嘘だ」と言えなかった。「気を遣ってくれてるんでしょ?」と言えなかった。「優しいね」と言えなかった。……もうとっくに限界を越えていた。
……あぁ……暑すぎるのがいけないんだ……そう思いながら、楓くんの腕に巻き付くように倒れ込むようにホテルへと歩いた。もう、楓くんの腕に掴まっていないと真っすぐ歩くことすらできないんだ……。
「……ごめん」
「何」
「……本当にごめん」
気が付けば自分の部屋の前。何とか絞り出した言葉は……『ごめん』だった。
「良いって」
「……ごめん」
「そんな泣かなくって良いって」
「だって」
「また来れば良いって。……それより……ちゃんと寝て」
「……うん……寝る」
「何かあったら、言って? 分かった? 熱、結構あるでしょ?」
「うん……」
「熱以外でもだよ? すぐ言って」
「……分かったってば……」
息が苦しい。口から細く呼吸しないと……息が入ってこない。楓くんの手が、私を部屋の入口まで導いてくれた。この手を離してしまったら……。
「……1時間経ったら、部屋コンコンするから」
「……大丈夫だって。寝れば治るよ。心配性だなあ」
最後に強がってみせた。「ありがとう」って言えば良いのに。
「いや……まあね。……一応」
「うん。分かった。……ここまできたのに……ごめんね」
「もう良いって。早く寝て」
部屋に入ると、すぐに布団に入った。襲ってきたのは物凄い寒気……体の芯から震えが止まらず、痛みに近いくらいだった。持ってきた薬を無理矢理飲み込んで、震えながら布団を被る。
(……痛っ)
おへその左側……何でだろう? 刺すように痛みが走る。
(ヤバい……寝なきゃ……)
痛みは一瞬だけだった。熱のせいなのか意識が遠のいていく……寒気に耐えているうちに、気付けば私は眠っていた。
(……ごめんね)
「お店、アーケードの方しか無いっぽいね。この辺りには何も無い感じだよね」
「ね。城の周りには何も無いなあ……」
「もうお城も入れないし。そっち戻ってみる?」
時間も5時半を過ぎてきた。楓くんもそろそろ晩ご飯のことを考えてそうだな……と思い、私達はお城を後にする。念のため、自販機で水を買っておいた。もうこんな時間なのに、湿気はむしろ強くなってきたくらいに感じる。
「でもさ、良い思い出ができたなあー……」
「写真のこと?」
「そう。だって……良くない?」
スマホに写っている画像を、うっとりするように私は見続けた。
「そうだね」
「だって磯子じゃないんだよ?」
「うん」
「だって私服だよ? プライベート感が凄いじゃん」
「美咲ちゃん、テンション高いな。久し振りに見たな、その感じ」
そう言うと楓くんは安心してくれたかのように、静かに笑った。よほど私は熊本にきてから笑っていなかったらしい。
「あ、こっち通ってみたいな」
お城の坂を下りると、堀に沿って散歩できるコースがあった。坂を上る前は、お城にばかり意識がいっていて、全く気が付かなかった。
「あ、ここ……通れるんだね。日陰もありそうだし……良いかもね」
「だよね。散歩してる人も結構いるし……行ってみて良い?」
ご飯も食べたい。でも正直、歩くのはもう限界だった。ちょっと座っていたい。目の前の日陰になった所にベンチを見つけたけれど、フラフラっと座ってしまうと楓くんにバレてしまうかも知れないから……わざとらしく「よいしょ」と声を出して座る。
「いや、城は……ちゃんと調べてくれば良かったなあ。凄い迫力だもんな。入ってみたかったな」後ろにあるお城。楓くんは珍しそうに見上げながら言った。
「横浜には無いもんね。こんなの」
「そうそう。……失敗したな」
「またいつか、こようよ」
「そうだね。そうしよう。美咲ちゃんって、この辺りに住んでたの?」
「うーん……微妙なとこだな。ちょっとこっから離れるかな」
「そうなんだ」
「北区ってとこ。電車で……どうだっけ。15分くらいだった気がする」
「へぇ……北区か」
「あっ、ダメだよ。『区』っていっても磯子とかと同じにしたら」
「あ、あぁ……そうか」
察してくれたかのように、笑ってくれた。
「明日、行くんだよね?」
「……うん。行っても良い?」
「行こうよ。そのために熊本に来たんだからさ」
「そうだね……」
ちょっとうつむきながら、私はペットボトルを握り締める。ゾクゾクする。すでに寒気は通り越していて、まさに悪寒という言葉が当てはまる。楓くんに気付かれないように、握る手に更に力を込めた。
「でも、嬉しいな」
ちょっと意識がどこかへ行きそうだ。
「……何が?」
「何って……こうやってさ、楓くんが一緒にきてくれたこと」
「……」
散歩をする人達。リズミカルな呼吸が聞こえる。汗をぬぐいながら……私達の近くを歩いていく。ここは知っている人は恐らく誰一人、通らない。
「ねえ」
「……何?」
「肩、貸して?」
何も言わずに楓くんの体が私に近づいた。静かに、そっと楓くんの肩に頭を乗せた。あの日の夜、芦名橋公園で見た景色が急に蘇る。
「体調、大丈夫なの?」
「……暑かったけどね……何とか大丈夫。何とか」
「そう?」
「……私さ、好きになった人が楓くんで良かったな」
日陰に生温かい風が吹き込んでくる。汗を冷やしているからなのか、体の芯が一気に冷えて震えが止まらない。段々と……意識も遠のいていくような気がした。
「俺も。美咲ちゃんで良かったなって思ってる」
真正面を見据えたまま、楓くんは言った。私は遠のく意識の中、何とか言葉をキャッチした。
「本当?」
「うん」
「……泣けること言うなあ」
「……ちょっと。何」
「本当はねー……2泊じゃなくて、もっとたくさん行きたい場所、あるんだよなあ……」
声が震えて上手くしゃべれない。いつの間にか涙が頬を伝わる。
「ここで?」
「そう。阿蘇とかさ……温泉とか、色々。私、行ったこと無いんだよね」
「また来ようよ。いつでも来れるよ」
「……」
「将来、車の免許も取ってさ。2人で色々回ろうよ。俺、運転するから」
「うん……でもこっちでも色々あったし、磯子で楓くんと出会えたけど……どっちも好きかなぁ……とにかく2人でいられれば、それだけで良いかな」
「そうだね。俺も。ちょっと前までじゃ……考えられない」
「ははっ……面白いよね。人生ってさ」
しばらく楓くんは無言になった。私はもう、何も考えることができなくなっていた。
ただただ、ここにいる。
――楓くんと一緒に。
「ね、美咲ちゃん」
「……」
「美咲ちゃん、聞いてる?」
「え? ……何? ごめん、ぼーっとしてた」
「……ホテル、戻ろっか」
「えっ……?」
「俺さ、初めての場所だから……ちょっと疲れちゃって」
「……」
「ごめん。ちょっと戻って良い?」
私は拒否できなかった。「嘘だ」と言えなかった。「気を遣ってくれてるんでしょ?」と言えなかった。「優しいね」と言えなかった。……もうとっくに限界を越えていた。
……あぁ……暑すぎるのがいけないんだ……そう思いながら、楓くんの腕に巻き付くように倒れ込むようにホテルへと歩いた。もう、楓くんの腕に掴まっていないと真っすぐ歩くことすらできないんだ……。
「……ごめん」
「何」
「……本当にごめん」
気が付けば自分の部屋の前。何とか絞り出した言葉は……『ごめん』だった。
「良いって」
「……ごめん」
「そんな泣かなくって良いって」
「だって」
「また来れば良いって。……それより……ちゃんと寝て」
「……うん……寝る」
「何かあったら、言って? 分かった? 熱、結構あるでしょ?」
「うん……」
「熱以外でもだよ? すぐ言って」
「……分かったってば……」
息が苦しい。口から細く呼吸しないと……息が入ってこない。楓くんの手が、私を部屋の入口まで導いてくれた。この手を離してしまったら……。
「……1時間経ったら、部屋コンコンするから」
「……大丈夫だって。寝れば治るよ。心配性だなあ」
最後に強がってみせた。「ありがとう」って言えば良いのに。
「いや……まあね。……一応」
「うん。分かった。……ここまできたのに……ごめんね」
「もう良いって。早く寝て」
部屋に入ると、すぐに布団に入った。襲ってきたのは物凄い寒気……体の芯から震えが止まらず、痛みに近いくらいだった。持ってきた薬を無理矢理飲み込んで、震えながら布団を被る。
(……痛っ)
おへその左側……何でだろう? 刺すように痛みが走る。
(ヤバい……寝なきゃ……)
痛みは一瞬だけだった。熱のせいなのか意識が遠のいていく……寒気に耐えているうちに、気付けば私は眠っていた。
(……ごめんね)


