神社ってね、感謝をするところなんだよ

少しだけ場内に足を踏み入れると発券場があった。城内に入場するためには、ここでチケットを買う必要があるらしい。並んで入場チケットを買おうと思った私の目に入ってきたのは、小さな立て看板だった。

『最終入場16:00』

「暑い中きたし。思い出にたくさん写真を撮ろう」と意気込んでいた私達は、思わず顔を見合わせて笑ってしまった。時間の確認はしていなかったけれど、坂道を下る人ばかりで、上る人が全くいないことが、一瞬で分かってしまったから。

「今、何時だっけ?」
「……もう夕方の5時前だね」

暑さも手伝ってか、一層大きく息を吐き出した。気にならなかった蝉達の大合唱が、より一層暑さに拍車をかけていた。

「そりゃ、うちらと同じ方向に進む人、いるわけないよ」
「いやー……やっちゃったな。ちゃんと調べてから来れば良かったなあ」
手で風を送るような仕草をしながら、楓くんはスマホをズボンに入れた。

「ごめん。私がホテルで寝てたから。そうしたら大丈夫だったのに」
「いや。そもそも4時までだからさ。どのみち仕方無かったんじゃないかな」
後ろ髪を引かれながら、私達は発券場を後にして、さっきの人達と同じように坂を下る。

(本当は行きたかったけど……結構ヤバいから良かったのかな、これで)
熱のせいなのか、よく分からないけれど……遠のいていく意識を頑張って保つので精一杯。まだ頭痛はしない。でも、正直かなり寒気がする。

(せっかく熊本にいるんだよ? もうちょっと頑張れ……私)

「さっきさ、坂の途中にお店みたいなのあったよね。美咲ちゃん気付いてた?」
何とか意識を保つので精一杯だった私。坂を上るの必死で、気が付かなかった。言われてみれば、坂を下っていた人達の中で、横道に逸れていった人もいた気がする。

「あったっけ? お店なんか」
「うん。どうせ道を戻る途中にあるみたいだから……とりあえず下りよう」
来た道を戻っていく。楓くんの言った通り、坂の途中で横に曲がると、何やら賑わっている場所がある。たくさんの人がいる方に吸い込まれていくと、そこには大きな広場が出てきた。中に入るとたくさんのお店、そして多くの観光客で賑わっていた。

「うわ……こんな場所あったんだ。ねえ、ちょっと寄ってみて良い?」
「うん。せっかく来たしね。行ってみようか」
賑やかな雰囲気に誘われて、私達は敷地内へと足を踏み入れた。

「ちょっと待って。カーディガン、ちゃんと着るから」
腕にかけていたか―ディガンに袖を通す。

「カーディガン着るの……? 暑くない?」
「え? そりゃ暑いよ。でも日焼けがね……」
私は嘘をついた。「ああ、磯子でも嘘をついちゃったのになあ」と急に思い出す。

敷地内からはたくさんの笑い声。そして美味しそうな匂いが色々な方向から漂ってくる。いくつくらいだろう。20ほどのこじんまりとしたお店が、所狭しと並ぶ。敷地の広さの割には人が多くて、目まいはどんどん酷くなる。お腹の奥の方も何だかズキンと痛みを感じるようになっていた。

「ここってさ、まだ時間は平気なのかな」
「……えっと……夕方6時までだって。入口に書いてあるね」
「何か食べてみたいけどなー……そう言えば、美咲ちゃん晩ご飯まだ考えなかったよね」
「うん。さっきと変わらずだよ。何かあるでしょ、くらいだね……」
自分でも驚くくらい、笑顔を作ることができなかった。ちょっと引きつるような表情。体調不良の中で笑うのは、こんなに大変なのかと驚いた。

「後で、楓くんと相談しなきゃなって思ってたんだよ」
「そっか。……実はさ、ちょっとアイス食べたいんだよね」
右前には、抹茶をベースにした飲み物や食べ物を売っているようなお店。楓くんが指さした。

「良いな! ……でも、冷たいしな、アイス。ちょっと分けてもらっても良い?」
「あ、うん。そうだね。そうしようか」
相談の結果、抹茶ソフトを1つ買って小さなプラスチックのスプーンを2つもらうことにした。

「溶けちゃうよ」という楓くんの言葉に従って、ベンチで座って食べることにした。小さなスプーンを使って交互に食べていく。一口ずつ。確かに信じられない暑さの中、抹茶ソフトはじわりじわりと溶け出してくる。

「どうしようかね、晩御飯。楓くんは何か食べたいもの、ある?」
「えー……難しいな。せっかく熊本来たしな……とは思うけど」
「馬刺しが有名だね。ここは」
「馬刺し……馬の刺身ってこと? いやー……苦手かも」
「ははっ! そうだよね。私も食べたことないよ」
「だよね。それに高校生が食べるような感じじゃ無いんじゃないかな」

その時だった。

「……すみません」

ちょっと離れたところから、少したどたどしい日本語が私達に向けられた。私と楓くんの前に立つ女性。ふと見上げると外国の人だった。どうやら旅行客みたいな雰囲気。色白でブロンドって言えば良いのか、綺麗な長髪……。一瞬で私は「綺麗な人だなあ」と感じた。

「……はい」
「あの、すみませんが写真撮ってもらえませんか?」
「写真ですか?」
「はい。お願いできますか?」
「はい! 私、撮りますよ!」

本当はこのままずっと座っていたい。いや、本音はホテルで解熱薬を飲んで……すぐにでも寝た方が良いはず。本格的に体の芯から寒気が襲い始めていた。

でも、何故だろう。私は外国人の女性からスマホを受け取るために、ゆっくりと立ち上がった。

「……どこで撮りましょうか?」
ぎこちない笑顔も、段々と様になってきたのかも知れない。女性が気にする素振りは無かったから。

「そうですね……じゃあここでお願いします」
お店が背景として写り込む場所へと移動して、外国人の女性は穏やかに笑顔を浮かべた。両手をお腹の前でクロスさせるように。

「……じゃ、撮りますね。はい、チーズ!」
「ありがとうございます……!」
「いえいえ。大丈夫です」
近づいてくる女性にスマホを返す。

「あの、あなた達の写真も……撮りましょうか?」
「……えっ? 良いんですか?」
「はい。写真、撮って頂いたので」
穏やかに微笑んでくれた女性。私の心は踊った。

「ねえ! 楓くん! 写真撮ってくれるって!」
「……写真?」
楓くんのところに戻ると、ちょうど抹茶ソフトを食べ終わる頃だった。

「うん。さっきの外国の人、今度は私達の写真撮ってくれるって」
「あ、うん。分かった。今行く」

「どこで撮りましょうか」
「……んー、じゃあここで。お願いします!」

「え? そこだと……滅茶苦茶、人が多くない?」
少し遅れてやってきた楓くんは不思議そうな顔をしていた。

「いやいや……それが良いんだよ。分かってないなあ」
小声で楓くんに呟いた。それでも良く分からないという表情を浮かべているように見えた。

「ねぇ、もっとこっちきてよ」
「あ、あぁ……。これくらい?」
「もうちょっと」
私達はピタリと肌を寄せるようにくっついた。……ついでに楓くんの右腕にギュッと巻き付く。

「カーディガン、脱がなくて良いの?」
恥ずかしそうに、楓くんが言う。誤魔化そうとしているのは、十分伝わった。
「平気、平気」
「まあ……なら、良いけど」
「よし! 撮ってもらおう!」

「写真、お願いします!」
離れた場所から指を少し丸めてオーケーのサインを送ってくれて、「はい、チーズ」と流ちょうな日本語。スマホのシャッターボタンを3回押してくれたらしい。

そして別れ際に「素敵な恋人同士なのね。お幸せに」と言ってくれた。

――これは、お城で撮った私達の、大切な大切な思い出の写真。