「どうしようか? もう入っちゃおうか」
お盆前の空港の出発ロビーには、溢れそうなくらい人が多かった。ドームのように天井が高い空間のお陰で、電車内や横浜駅ほどは圧迫感を感じずに済んだ。手続きを終えて椅子に座って時間を待つ私に、楓くんは気を遣ってくれた。
「そうだね。早く静かな所に行きたいし。入ろうよ」
出発口の近くに早めに行くために、手荷物検査場を時間よりもだいぶ早く通ることにした。笑顔の子供達や、若い人達。きっとお盆のお休みを利用して、どこかへ遊びに行くんだろうなあと目を細める。「良いな。頭も痛く無いんだろうし」と恨めしい気持ちも多少はあった。
熊本への乗り場は一番奥。かなりの距離を歩く。
(……ちょっときついな)
「はあ」とわざとらしくため息をついて、動く歩道の上にキャリーケースを置いた。
元々、朝から体調が悪いのに加えて普段あまり乗らない満員電車。緊張が少しずつ解けてきたせいなのか、目まいがだいぶ酷くなっている。楓くんが話かけてくれている内容にも「そうだね」と相槌を打つので精一杯。
(早く座りたい)
「……体調、悪そうだね」
「そう? そんなこと無いよ。ちょっと疲れたけどね」
「まあ、それなら……凄い人だったからね。電車と横浜駅」
「少しだけ何か食べたいんだけどな……良いかな」
気を紛らわせたいという思いもあったけれど、実際に朝から何も食べていなかった。ちょっとでもお腹に何かを入れれば、吐き気も和らぐような気がしていた。
「そうだね。お昼前に羽田を出発だから……俺も少し何か食べたいな」
奥の方まで歩くとお土産屋さん、そしてお弁当など売っている小さなお店が、いくつか見えてきた。これからのフライトに備えて、家族で買い込んでいる人達で賑わっているように見える。
「どうしようか」
「……そうだね」
お菓子を食べたいわけじゃ無い。良いのが無いなと思いながら、お土産屋さんの横のエスカレーターをふと見上げると、上の階にもお店を見つけた。小さな立て看板がエスカレーターの下にいる私達の目に留まる。「もしかして、ご飯があるかも」と感じた。
「ねえ、あの上に行ってみて良い?」
「あ、うん。……何かお店あるね。エスカレーター乗ろうか」
予想は的中した。短いエスカレーターを上ると、喫茶店が少し大きくなったようなお店。中をちらりと覗いてみると、サラリーマンや女性のグループが何人かいるだけだった。皆、お皿に乗った食べ物を口に運んでいる。どうやら軽くご飯が食べられる場所らしい。
「あ、ここ……良いかも。ここにしても良い?」
「そうだね。結構空いてるし、良いかもね」
正面の大きな窓からは滑走路も見えて、解放感もあった。私達はこのお店に入ることに決めた。本当に喫茶店を少し大きくしたような場所で、私はカレーを注文することにした。
「……半分食べてもらっても良い? ちょっと量、多いかも」
「うん。そしたら……俺も同じにしようかな。ちょっとご飯もらうよ」
トレーをテーブルに置いて、ようやく腰を下ろすことができる。横浜駅のバスターミナルで少しだけ座ったけれど、空港までやって来てようやく「着いた」という感じだった。ここまで来るのに、一苦労。すでにかなり体力も無くなっている感じがする。手荷物検査場を抜けるまでは、熱は出ていな感じだったけれど、急に熱っぽくもなってきた。
(……早く飛行機の中で寝たい)
飛行機が出発するまで、まだ1時間近くある。「この1時間……何とか耐えないと」。お店の中にあまり人がいないことだけが、せめてもの救いだった。
「ちょっとだけ寝ない?」
カレーを食べ終わった後、ずっと考えていたかのように楓くんが提案してくれた。
「……実はさ、緊張しててあんまり寝れてないんだよね」
ばつが悪そうに笑っているけれど、絶対に気付いているんだと思う。私に体調のことを聞いても「大丈夫だよ」としか返していないからかも知れないと思った。
「あー……そうだね。良いかも。私もちょっと疲れたし」
お店を出てエスカレーターを下る。登場口の近くには座って待つことができるように、たくさんの椅子が所狭しと並んでいる。隅の椅子に腰を下ろして、少し眠ることにした。
――
――
――
飛行機はLCC。「中はそんなに広くは無いから。その代わりに安いんだよ」とお父さんが言っていた気がする。登場のアナウンスに従って機内に入り、航空券に書いている座席に座った。2人で隣に座ると、ドキドキするほどの距離感。
(うそ。……席こんなに近いの?)
お互いの服と服が、少し擦れ合うくらいの距離。バレないように、ほんの数ミリだけ体を楓くんと逆方向に移動させる。
「……近いね。何だか緊張する」
「ね。私も。飛行機って近いんだね」
ちょっと笑ってみせた。楓くんの呼吸音さえ聞こえてしまいそう。
「飛んでる間、たぶん俺……寝ちゃうと思うけど。良い?」
「あっ……うん。大丈夫。じゃあ私も寝ようかな」
カレーを食べた後に、念のために薬は追加で飲んである。時間的にもたぶん眠くなるはず……。
「上空に上ったら、手、繋ぐね」
「えっ……あ、うん」
CAさんの説明が始まって、大きくゆっくりと機体は滑走路に向けて動いている。小さな振動が心地良い。そのお陰なのか、もうこの段階で眠気が襲ってくる。ウトウトする……というよりは強制的に視界が遮られそうな眠気。寒気もあるし、呼吸も少し苦しい。
(……絶対、熱あるな、これ……)
他の乗客の人達が半袖で暑そうにしている中、私は一人、白のカーディガンを羽織る。
「出発だね。……熊本に」
私がそろそろ眠りに落ちるのが分かっているかのように……楓くんが小さく話かけてくれる。
(そうだ。いよいよだ。いよいよ熊本に行くんだ)
「そうだね。緊張するよ」
「緊張するの? この前まで熊本にいたのに」
「……そうだけど、緊張するよ……」
「……いつも通りで良いと思うよ」
「うん」
「……じゃ、そろそろ俺、寝ようかな」
「あっ、お休み。私も寝ちゃうと思う」
「うん。……目が覚めたら熊本か」
「ね。あっという間だと思うよ」
「そうだね」
ピンと機内で音がする。次の瞬間、飛行機は一気に加速して上空へと高度を上げていく――。
(……いよいよか…緊張するな)
「目を開けたら、次はもう……熊本なんだ」と思いながら、私は静かに目を瞑った。
意識は無かったけれど、楓くんの温もりを、確かに私の右手は感じていた――。
お盆前の空港の出発ロビーには、溢れそうなくらい人が多かった。ドームのように天井が高い空間のお陰で、電車内や横浜駅ほどは圧迫感を感じずに済んだ。手続きを終えて椅子に座って時間を待つ私に、楓くんは気を遣ってくれた。
「そうだね。早く静かな所に行きたいし。入ろうよ」
出発口の近くに早めに行くために、手荷物検査場を時間よりもだいぶ早く通ることにした。笑顔の子供達や、若い人達。きっとお盆のお休みを利用して、どこかへ遊びに行くんだろうなあと目を細める。「良いな。頭も痛く無いんだろうし」と恨めしい気持ちも多少はあった。
熊本への乗り場は一番奥。かなりの距離を歩く。
(……ちょっときついな)
「はあ」とわざとらしくため息をついて、動く歩道の上にキャリーケースを置いた。
元々、朝から体調が悪いのに加えて普段あまり乗らない満員電車。緊張が少しずつ解けてきたせいなのか、目まいがだいぶ酷くなっている。楓くんが話かけてくれている内容にも「そうだね」と相槌を打つので精一杯。
(早く座りたい)
「……体調、悪そうだね」
「そう? そんなこと無いよ。ちょっと疲れたけどね」
「まあ、それなら……凄い人だったからね。電車と横浜駅」
「少しだけ何か食べたいんだけどな……良いかな」
気を紛らわせたいという思いもあったけれど、実際に朝から何も食べていなかった。ちょっとでもお腹に何かを入れれば、吐き気も和らぐような気がしていた。
「そうだね。お昼前に羽田を出発だから……俺も少し何か食べたいな」
奥の方まで歩くとお土産屋さん、そしてお弁当など売っている小さなお店が、いくつか見えてきた。これからのフライトに備えて、家族で買い込んでいる人達で賑わっているように見える。
「どうしようか」
「……そうだね」
お菓子を食べたいわけじゃ無い。良いのが無いなと思いながら、お土産屋さんの横のエスカレーターをふと見上げると、上の階にもお店を見つけた。小さな立て看板がエスカレーターの下にいる私達の目に留まる。「もしかして、ご飯があるかも」と感じた。
「ねえ、あの上に行ってみて良い?」
「あ、うん。……何かお店あるね。エスカレーター乗ろうか」
予想は的中した。短いエスカレーターを上ると、喫茶店が少し大きくなったようなお店。中をちらりと覗いてみると、サラリーマンや女性のグループが何人かいるだけだった。皆、お皿に乗った食べ物を口に運んでいる。どうやら軽くご飯が食べられる場所らしい。
「あ、ここ……良いかも。ここにしても良い?」
「そうだね。結構空いてるし、良いかもね」
正面の大きな窓からは滑走路も見えて、解放感もあった。私達はこのお店に入ることに決めた。本当に喫茶店を少し大きくしたような場所で、私はカレーを注文することにした。
「……半分食べてもらっても良い? ちょっと量、多いかも」
「うん。そしたら……俺も同じにしようかな。ちょっとご飯もらうよ」
トレーをテーブルに置いて、ようやく腰を下ろすことができる。横浜駅のバスターミナルで少しだけ座ったけれど、空港までやって来てようやく「着いた」という感じだった。ここまで来るのに、一苦労。すでにかなり体力も無くなっている感じがする。手荷物検査場を抜けるまでは、熱は出ていな感じだったけれど、急に熱っぽくもなってきた。
(……早く飛行機の中で寝たい)
飛行機が出発するまで、まだ1時間近くある。「この1時間……何とか耐えないと」。お店の中にあまり人がいないことだけが、せめてもの救いだった。
「ちょっとだけ寝ない?」
カレーを食べ終わった後、ずっと考えていたかのように楓くんが提案してくれた。
「……実はさ、緊張しててあんまり寝れてないんだよね」
ばつが悪そうに笑っているけれど、絶対に気付いているんだと思う。私に体調のことを聞いても「大丈夫だよ」としか返していないからかも知れないと思った。
「あー……そうだね。良いかも。私もちょっと疲れたし」
お店を出てエスカレーターを下る。登場口の近くには座って待つことができるように、たくさんの椅子が所狭しと並んでいる。隅の椅子に腰を下ろして、少し眠ることにした。
――
――
――
飛行機はLCC。「中はそんなに広くは無いから。その代わりに安いんだよ」とお父さんが言っていた気がする。登場のアナウンスに従って機内に入り、航空券に書いている座席に座った。2人で隣に座ると、ドキドキするほどの距離感。
(うそ。……席こんなに近いの?)
お互いの服と服が、少し擦れ合うくらいの距離。バレないように、ほんの数ミリだけ体を楓くんと逆方向に移動させる。
「……近いね。何だか緊張する」
「ね。私も。飛行機って近いんだね」
ちょっと笑ってみせた。楓くんの呼吸音さえ聞こえてしまいそう。
「飛んでる間、たぶん俺……寝ちゃうと思うけど。良い?」
「あっ……うん。大丈夫。じゃあ私も寝ようかな」
カレーを食べた後に、念のために薬は追加で飲んである。時間的にもたぶん眠くなるはず……。
「上空に上ったら、手、繋ぐね」
「えっ……あ、うん」
CAさんの説明が始まって、大きくゆっくりと機体は滑走路に向けて動いている。小さな振動が心地良い。そのお陰なのか、もうこの段階で眠気が襲ってくる。ウトウトする……というよりは強制的に視界が遮られそうな眠気。寒気もあるし、呼吸も少し苦しい。
(……絶対、熱あるな、これ……)
他の乗客の人達が半袖で暑そうにしている中、私は一人、白のカーディガンを羽織る。
「出発だね。……熊本に」
私がそろそろ眠りに落ちるのが分かっているかのように……楓くんが小さく話かけてくれる。
(そうだ。いよいよだ。いよいよ熊本に行くんだ)
「そうだね。緊張するよ」
「緊張するの? この前まで熊本にいたのに」
「……そうだけど、緊張するよ……」
「……いつも通りで良いと思うよ」
「うん」
「……じゃ、そろそろ俺、寝ようかな」
「あっ、お休み。私も寝ちゃうと思う」
「うん。……目が覚めたら熊本か」
「ね。あっという間だと思うよ」
「そうだね」
ピンと機内で音がする。次の瞬間、飛行機は一気に加速して上空へと高度を上げていく――。
(……いよいよか…緊張するな)
「目を開けたら、次はもう……熊本なんだ」と思いながら、私は静かに目を瞑った。
意識は無かったけれど、楓くんの温もりを、確かに私の右手は感じていた――。


