神社ってね、感謝をするところなんだよ

分かってるよ。お父さんは悪くない。そもそも……誰のせいでもない。でも泣くしかできない。お父さんにぶつかることしかできないんだよ……

ごめん。

「……ごめんなさい」
「……いや。良いよ。……気にしなくて良い」
「本当にごめんなさい……」

分かってるよ。本当はさ……お父さんだって……泣きそうじゃん。

なんでそんなに強くて優しいの……?

「不安だよな」
「……」
「今は、休むことしかできないよ」
「……うん……」
「仮に……何かあったとしても。ちゃんと治そう」
私の肩をぎゅっと掴んでくれる。温かくて、強い手。茜の病気の時だって、どんな時だって。優しく穏やかに、いつも私を守ってくれる温かい手。

「少し落ち着いたか?」
「うん……さっきはごめん」
「もう、良いって」
「うん」
「……少し食べるか?」
「……うん。ちょっとだけ……食べようかな」

お父さんは小さく「よし」と呟いて、台所へ向かった。お父さんの顔を、何故だか私は見ることができなかった。

「……ねえ、お父さん?」
「うん? 何」
「……」
「どうした……?」
「うん……あのさ」
「うん」
「今、行かせて欲しい」
「……?」
「今、行きたい……」
「どこに」
「……熊本に」

再び火を点けたコンロ。コポッ……コポッ……と鍋のお湯が小さく沸騰を始めている。お父さんの背中に視線を向けると、ずっと鍋に向かって視線を落としているように見えた。

「ちゃんと、聞いて?」
「……」
「ちゃんと、大きい病院で検査も受けるよ。何かあったとしても……ちゃんと治すから」
「うん」
「だからさ……今、行かせて欲しい」
「……」
「今、行かないとって思う……」
「……どうして?」
「分からない……でも、そう思う」

沸騰した鍋の火を止めると、静かにお父さんは食器をテーブルに並べた。いつもと同じように。

「なるほどな」
「……うん。ちゃんと真剣に考えてるんだよ?」
「それは分かってるよ」
「……」
「分かった」
「……えっ!? ……じゃあ」
「一つだけ。一つだけお父さんの言うこと聞いてくれたら……良いよ」
「え? 何? どうすれば良いの」
意外な返答に、思わず顔をお父さんの方に向ける。

「一度お父さんを楓くんと合わせてくれるなら、行ってきて良いよ」
「えっ……?」

お父さんの答えは私の予期しないものだった。頭ごなしに断られることはなかったけど……一体、どうしたら良いんだろうと思った。

(でも……)

もし将来、楓くんとずっと付き合って……ってなったら……いずれお父さんに紹介することになるのかと思うと、「意外と会って欲しいかも……」と思う自分もいた。

私の大好きな楓くんに会って欲しい気持ちもあった。
勝手な、一人だけの思いだけれど。

DMで楓くんに事情を伝えると「俺は大丈夫だよ」「美咲ちゃんのお父さんに会ってみたい」と言ってくれた。事前にこうなることを予想していたかのような返事に、一瞬戸惑いながらも、お父さんに楓くんの電話番号を伝える。

「……ちょっと電話掛けてくるよ」
そういうと、お父さんは一人で家を出ていってしまった。さっきまで自分の体調のことで涙を流していたとは思えない。お父さんと楓くんが一体どんな話をしているのだろうと、そればかりが気になる。ご飯に何一つ手を付けないまま、じっと家で待つことにした。

(……絶対、緊張するよね)
(それにしても……楓くんと何を話そうとしているんだろう?)

誰の声もしない家の中。しばらくするとガチャリとドアが開き、お父さんが帰ってくる。どれくらい経っただろう。「……どうだった?」前のめりになって、私はお父さんに質問した。

「ん? 良い感じの彼氏じゃないか」
「えっ……? そうだよ! 自慢の彼氏だよ」
思わず頬が緩んだ。

「で……何を話してきたの?」
「ん? それは内緒だよ」
「えっ? 内緒? 教えてくれないの?」
「あぁ。内緒だ」
おもむろに椅子に座り、「さ、食べるか」と言って、お父さんは箸を手にした。

(でも……熊本に行けるのかな……)
(一体どんな話をしたんだろう? 私のこと? 病気のこと?)
(……考えても、全然分からない)

晩ご飯を終えてベッドに横になりながら、色々と考えてみる。答えの出ない問答を繰り返しているうちに、いつの間にか朝を迎えていた――。