神社ってね、感謝をするところなんだよ

進み出した時間。
最初にやったことは、お父さんに勧めてもらった通り、部活を一度休部することだった。

夏休みに入り、部活はコンクールに向けて毎日練習がある。職員室に行って、周りの皆にバレないように、こっそりと休部届を出そうと思っていたけれど、それは無理だった。

入学してから今まで、変なさぼり方をしているわけじゃ無かったから……皆「そうなるよね」と察してくれている感じはした。学校もだいぶ行けていない時間も多かったし。

(はあ。……一区切りついたって感じだなあ)

クラスに友達がたくさんいるわけではない。部活を一時的にとはいえ、辞めてしまうと……何だか心にぽっかりと穴が空いたような気になった。穏やかな風が吹く中、明るい時間に学校からの帰り道。坂を下っていく私の心の中は、何だかちょっと寂しかった。

8月3日
14:21
『部活、お休みしてきた』
『ちょっとだけ休部することにしたよ』

山手駅に向かって、更に坂を下っていく。私は久し振りに楓くんにDMを入れる。

部活にも参加してないし、今は思い切り夏休み。この時間に坂から見える静かな街並みは、寂しい気持ちをほんの少しだけ吹き飛ばしてくれているような気もした。

14:38
『休部するんだ。俺、賛成だよ』
『体調良くなったら、戻れば良いしね』

ここ2日間ほど、楓くんはDMを控えてくれていた。「メッセージを送って、既読が全然付かない時は……美咲ちゃん寝込んでるって思ってる」この前、楓くんが言っていた。ずっと気を遣ってくれている。

14:42
『うん。そのつもり』
『休部届出すとき、めっちゃ緊張したー(笑)』

本当は『皆の視線が痛かった』と送ろうと思ったけど……それは何か違うと思って、途中まで書いて文面を、私は削除した。

14:49
『そりゃ緊張するって』
『そう言えば、どうなったの?』
『お父さんに反対されなかった?』

14:52
『大丈夫! ちゃんといえたよ! 反対されてない!!』
『行って良いって!』

「でも、条件があるんだけどね」という文面は、ちょっと悩んでからこれも削除した。「もうちょっと後で送ろう」って思ったから。

14:55
『え? 本当? じゃあ次は俺だ』
『反抗期、止めないとだ(笑)』

15:02
『あ、でも待って。まだ終わってない』
『クリアの条件があるの』
『楓くんは、私がその条件クリアしたらね』

そう――
私にはお父さんと約束した条件がある。休部する時でこんなに緊張するのに……病院なんて、どのくらい緊張するんだろう。想像もつかない。

――でも、前に進むしかない。
私は、進みたい。

翌日。
お父さんと一緒に、家から近い病院に行くことになっていた。大丈夫。私は別に、悪いこと何もしてない。家を出る前に、お腹に少しだけチカラを入れた。

「いやあー……緊張するよ」
不思議なもので、緊張してる時は、何かしゃべっていないと心臓が口から出そうになる。「まあ大丈夫でしょ」と何度も心の中で唱えながら、口から出てくる言葉は、自分でも何を言っているのかが分からなくなる。

「診てもらって安心できれば、それが一番だからな」
お父さんは本当に凄い。いつも冷静。優しいし。……私の目から見ると、神様だ。私はお父さんのような大人になることができるんだろうかといつも思う。

「まぁね……。分かってるけど」
「そしたら、楓くんだっけ? 彼と行ってくれば良いよ」
「うん! 2泊くらいしたいなー! ……ねえ、良い?」
「まぁまぁ……その辺は後でゆっくり考えよう」
「あー……どこ行こうかなぁ。下通とか! 良いよね?」
「そうだな。賑やかだし……良いんじゃないか?」

週末の病院は待ち時間が凄い。小さい頃からあまり病院に行ったことの無い私は、びっくりしてしまった。週末だからなのか、横浜だからなのか。人が多い理由は分からない。

「……ねえ、これさ、皆待ってるのかな」
「そうだろうな。お父さんと同じで、付き添いの人もいるだろうけどな」
「そっか。そういうこともあるのか」

狭い院内。できるだけ頭を動かさずに色々と観察してみると、おばあちゃんが診察を受けていて……確かに迎えにきているだけのおじいちゃんもいたりする。

(……どんくらい待つんだろ)

次々と名前が呼ばれる。看護師さんの声がするたびに、一瞬ドキッとして身構えてしまうけれど、私じゃない。

さっきまで待合場所にいた人達が、徐々に診察室の中へと吸い込まれていく。私の胸はドンドンと、より強く打つ。

(帰りたい……)
(もう、覚悟決めるか――)

付いているテレビの音も、まったく耳に入ってこない。
ぎゅっと握り締めていた手は、いつの間にかぐっしょりと汗ばんできている。

名前を呼ばれたのは、それから10分くらい経ってからだった。看護師さんの声にも慣れてしまったらしく、最初は私の名前だと気が付かなかった。お父さんに声をかけられて、ようやく私は立ち上がる。……頭は真っ白。良い意味で緊張が解けて……「もう、なるようになれ」といながら、看護師さんの後を追って、診察室へと入った――。

先生との距離感に緊張しながら、お父さんと私が状況を説明する。……血液検査をしてから白いベッドに横になりエコーをしてもらったところまでは覚えている。

……その後はあまり記憶がない。先生の顔すら、何となくしか覚えていない。どんな表情で私にしゃべっていたんだっけ。覚えているのは、家に向かう帰り道。右手には大きな病院への紹介状を握り締めていた。……そして涙が流れていたこと。そして、いつも優しいお父さんも涙目になっていたような気がしたこと――。