「お待たせ! ごめんね」
ゆっくりと呼吸を落ち着かせて平静を装いながら、体を起こす楓くんに近づいていく。最初心配の眼差しを向けていた楓くんだったけれど、徐々にさっきと変わらない瞳になった。
「あっ、美咲ちゃん。……長かったね」
「いや、ちょっと。歩こうかなあって」
「……」
「もしかしてさ、一周してきた?」
「あれ? バレた?」
「だって、行った方向と逆から帰ってきたから」
「ちょっとね。どんな感じなんだろうって思ってさ。歩いてみたんだよ」
「そっか」
ゆっくり歩いたのは、もちろん体調のこともあったけど……一番は呼吸が乱れないようにするため。きっと今からの時間は緊張するに決まっているんだから。せめて呼吸だけは、いつも通りにしておかないと。心も落ち着かせたかったし。
「歩きたかったんだ」
「うん。ちょとね」
「そういう時あるよ。疲れたでしょ? 座る?」
「うん」
上半身だけ起こしている楓くんに対して、私はまだじっと立ち続ける。徐々に高まっていく鼓動の強さも、さっき歩きながらイメージはしてきた。
「……楓くん」
「何? 話せそう?」
「うん」
「ゆっくりで大丈夫だよ。ちゃんと聞いてるから」
「……ありがとう」
「……」
「何て言えば……良いかな」
「……ん? 何。どうしたの」
「何だろう、お願いっていうか……」
「お願い……?」
「ちょっと違うな……」
何て言えば良いのか……分からなかった。気持ちの整理はつけてきたつもりだったけれど、いざ話をしようとするとどんな言葉にするべきなのか、全く分からなかった。後のことは考えずに、率直な気持ちをぶつけてみようと思った。……たとえ駄目だったとしても。
「一生のお願いがあります!!!!」
大きな声を出してしまった。でないと……伝えられない。
「……一生のお願い?」
「……そう」
優しい眼差しで、私を見続けてくれている。「はあ」と大きく息を吸い込んで、私は言った。
「あのね……一緒に……熊本に行って欲しい」
一瞬止まる時間。視界の中に動きが止まった楓くんが映る。
「えっ……? 熊本に? 一緒に?」
「『何言ってんだ』って思われるのは分かってるの。……でも、本気なんだよ私」
「旅行ってこと?」
「うーん……」
「一緒に引越そうってこと?」
「……いや、そうじゃない……」
何を言われたとしても、一言一句。楓くんが言う言葉の全てに、私は緊張してしまう。
「そうか。だから1周してきたんだ」
「うん。じゃないと……言えないなって思って」
「良いよ。一緒に行こう」
「え?」
「行こうよ。熊本。行ってみたかったんだよね。美咲ちゃんが過ごした所に」
今度時が止まったのは、私だ。
体じゅうの血液が、一気に冷やされたかのように、一気に無くなったかのように……空っぽになるのを感じた。
神様、ありがとう……。
私の一生のお願いを……聞いてくれて。
「おいって、みんな見てるって……」
「ありがとう……」
気が付いた時、思わず楓くんに抱きついていた。
もう、これで使い果たしたかも。
『私のお願い』
「何日か行こうってことだよね」
「うん」
「どんなイメージなの?」
「もう一度……歩きたくて。住んでたとことか。一緒に」
「……懐かしくなった?」
「何だろう、そういう感じじゃないんだよね……上手くいえないんだけど……」
「でもさ、美咲ちゃん……辛いことも色々あったんでしょ? 大丈夫?」
「だから、行きたいの」
「……」
「あの時のこと……正直あんま覚えてないんだよね」
「そうだよね」
「うん……記憶があんまない。気付いたらこっちでの生活が始まってた感じだから」
「そっか」
「うん。だから……ちゃんと最後に、もう一度感じたいの」
「……」
「楓くんと一緒なら……ちゃんと向き合えるような気がして」
「……うん」
「あとね」
「何?」
「楓くんにも、見て欲しいんだよ」
「何を?」
「ん? 私が……いや、私達が生活してた街」
「そうだね。見たいな。美咲ちゃんが……どんなとこで生まれ育ったのか」
「生まれたのは大分市だよ?」
私達は笑った。
これまでの緊張が一気にほどけていく。これで、全て上手くいくような気がする。今までの苦しかった思い出も、心の中で上手く整理できるような気がしていた。
「でもさ、美咲ちゃんはお父さんに言ってあるの?」
私は首を横に振った。
「でも、ちゃんと家に帰ったら……真剣に話す」
「うん」
「お父さんにも、真剣な気持ち聞いて欲しいし」
茜に会いたいと思っているのか
楓くんに私が育った街を見て欲しいと思っているのか
どれか一つに理由を決めろと言われたら、正直分からない。
「神様……本当に本当にありがとう」森林公園を出る時、何度も振り返って心の中でつぶやいた。
ゆっくりと呼吸を落ち着かせて平静を装いながら、体を起こす楓くんに近づいていく。最初心配の眼差しを向けていた楓くんだったけれど、徐々にさっきと変わらない瞳になった。
「あっ、美咲ちゃん。……長かったね」
「いや、ちょっと。歩こうかなあって」
「……」
「もしかしてさ、一周してきた?」
「あれ? バレた?」
「だって、行った方向と逆から帰ってきたから」
「ちょっとね。どんな感じなんだろうって思ってさ。歩いてみたんだよ」
「そっか」
ゆっくり歩いたのは、もちろん体調のこともあったけど……一番は呼吸が乱れないようにするため。きっと今からの時間は緊張するに決まっているんだから。せめて呼吸だけは、いつも通りにしておかないと。心も落ち着かせたかったし。
「歩きたかったんだ」
「うん。ちょとね」
「そういう時あるよ。疲れたでしょ? 座る?」
「うん」
上半身だけ起こしている楓くんに対して、私はまだじっと立ち続ける。徐々に高まっていく鼓動の強さも、さっき歩きながらイメージはしてきた。
「……楓くん」
「何? 話せそう?」
「うん」
「ゆっくりで大丈夫だよ。ちゃんと聞いてるから」
「……ありがとう」
「……」
「何て言えば……良いかな」
「……ん? 何。どうしたの」
「何だろう、お願いっていうか……」
「お願い……?」
「ちょっと違うな……」
何て言えば良いのか……分からなかった。気持ちの整理はつけてきたつもりだったけれど、いざ話をしようとするとどんな言葉にするべきなのか、全く分からなかった。後のことは考えずに、率直な気持ちをぶつけてみようと思った。……たとえ駄目だったとしても。
「一生のお願いがあります!!!!」
大きな声を出してしまった。でないと……伝えられない。
「……一生のお願い?」
「……そう」
優しい眼差しで、私を見続けてくれている。「はあ」と大きく息を吸い込んで、私は言った。
「あのね……一緒に……熊本に行って欲しい」
一瞬止まる時間。視界の中に動きが止まった楓くんが映る。
「えっ……? 熊本に? 一緒に?」
「『何言ってんだ』って思われるのは分かってるの。……でも、本気なんだよ私」
「旅行ってこと?」
「うーん……」
「一緒に引越そうってこと?」
「……いや、そうじゃない……」
何を言われたとしても、一言一句。楓くんが言う言葉の全てに、私は緊張してしまう。
「そうか。だから1周してきたんだ」
「うん。じゃないと……言えないなって思って」
「良いよ。一緒に行こう」
「え?」
「行こうよ。熊本。行ってみたかったんだよね。美咲ちゃんが過ごした所に」
今度時が止まったのは、私だ。
体じゅうの血液が、一気に冷やされたかのように、一気に無くなったかのように……空っぽになるのを感じた。
神様、ありがとう……。
私の一生のお願いを……聞いてくれて。
「おいって、みんな見てるって……」
「ありがとう……」
気が付いた時、思わず楓くんに抱きついていた。
もう、これで使い果たしたかも。
『私のお願い』
「何日か行こうってことだよね」
「うん」
「どんなイメージなの?」
「もう一度……歩きたくて。住んでたとことか。一緒に」
「……懐かしくなった?」
「何だろう、そういう感じじゃないんだよね……上手くいえないんだけど……」
「でもさ、美咲ちゃん……辛いことも色々あったんでしょ? 大丈夫?」
「だから、行きたいの」
「……」
「あの時のこと……正直あんま覚えてないんだよね」
「そうだよね」
「うん……記憶があんまない。気付いたらこっちでの生活が始まってた感じだから」
「そっか」
「うん。だから……ちゃんと最後に、もう一度感じたいの」
「……」
「楓くんと一緒なら……ちゃんと向き合えるような気がして」
「……うん」
「あとね」
「何?」
「楓くんにも、見て欲しいんだよ」
「何を?」
「ん? 私が……いや、私達が生活してた街」
「そうだね。見たいな。美咲ちゃんが……どんなとこで生まれ育ったのか」
「生まれたのは大分市だよ?」
私達は笑った。
これまでの緊張が一気にほどけていく。これで、全て上手くいくような気がする。今までの苦しかった思い出も、心の中で上手く整理できるような気がしていた。
「でもさ、美咲ちゃんはお父さんに言ってあるの?」
私は首を横に振った。
「でも、ちゃんと家に帰ったら……真剣に話す」
「うん」
「お父さんにも、真剣な気持ち聞いて欲しいし」
茜に会いたいと思っているのか
楓くんに私が育った街を見て欲しいと思っているのか
どれか一つに理由を決めろと言われたら、正直分からない。
「神様……本当に本当にありがとう」森林公園を出る時、何度も振り返って心の中でつぶやいた。


