「……ねえ、楓くん」
何も考えずにずっと空を見続けると、もう一段階胸の奥にあった言葉が自然と上ってきているような気がした。
「何? どうしたの?」
私はゆっくりと起き上がり体育座りの姿勢をとる。両手を脛の前で柔らかく組んで、言葉を選ぶように考え込んでしまった。
「……」
「どうしたの? 体調悪くなってきた?」
言葉に合わせるかのように首を横に振る。
「真面目に聞いてくれる?」
「もちろん。何でも話してって言ったでしょ」
「うん……」
「話にくいなら、今じゃ無くても良いし」
「……うん」
ジーワ……ジーワ……と蝉の声。木々が多いこの公園は、磯子の街よりも蝉鳴き声が合奏のように耳に届く。芝生から伝わるひんやりと涼しかった感覚は、再び照り付けてきた太陽の日差しに負け始めていて、背中にじんわりと汗をかき始めたことに気が付く。
「……また暑くなってきたな……向こうに行こう」
「うん」
すぐ近くにあった大きな木の下に場所を移動して、今度は2人とも体育座りになった。
「……ここなら、だいぶ涼しいね」
「でしょ? 木陰だからね。今年は暑すぎる」
「……ちょっとここで待ってて?」
「あ、うん」
おもむろに立ち上がって一瞬襲いかかってきた目まいに耐え切ると、私は一人離れて歩き出した。
「……美咲ちゃん? どこ行くの」
「大丈夫!! すぐ戻ってくるから。そこで待ってて」
芝生の周囲にぐるりと巡っている舗装された外周コース。重くなった体に逆らうことができずに、ちょっとだけ肩を丸めながら歩いていく。頭も痛いし体もだるい。そしてほんの少しだけ……熱っぽい。
(……ゆっくり……ゆっくり歩こう)
激しい呼吸音が徐々に近づいてくる。ジョギングをしている女性が、後から私を追い越して行った。でも私は自分のペースを守って……呼吸を整えながら、ゆっくりと歩く。
この公園は落ち着く。何て言えば良いんだろう、木々の量がちょうど良い。そうだ。ちょうど良いんだ。森過ぎることもない。少な過ぎて寂しいこともない。
たまに吹き込んでくる風で、木々が揺れるとサーっと太陽の日差しが景色に入り込む。マイナスイオンが森の中一面に、たっぷり入り込んできてるんだろうなって思う。
ひょうたんのような形をしている、公園の外周コース。マイナスイオンを感じながら、ゆっくりと歩く……。
(……色々あったなあ)
たった半年間。この半年間、本当に色々なことがあった。ずっと熊本にいたのに。今は横浜にいる。こんなこと思いもしなかった。
毎日辛くてきつかった。苦しい色で塗り固めてきた日々。ほんのちょっとだけ昔のことになりつつあるけど……私の心の中では、いつも『あの日』のことだけは、昨日のことのように脳裏に浮かぶ。
あまり記憶に残っていなかった、あの日。徐々に、徐々に思い出せるようになっていた。
(磯子に来てからも大変だったな)
春から栄ケ丘高校に入学したこと……C組での出来事……学校を休んでばかりいたから、友達が大勢いるわけじゃない。でも、私なりに想い出はたくさんできた。いじめられていたわけじゃないから。
(……本当に、あっという間だった)
これまでのことが、まるで映画のように。自分のことでないように。頭の中に浮かんでは、消える。あれほど苦しかったのに。
楓くんに出会えて、私は本当に幸せだ――。
2人で一緒にデートして。一緒に笑って。私はもうこれ以上何も望んでない。ひょうたん型のコースも、どうやらちょうど中間地点らしく、顔を上げると正面遥か遠くに楓くんが見える。約束通り、芝生に寝転がりながら……私を待ってくれている。
(ありがとう――私と出会ってくれて。私のことを好きになってくれて)
(でもね……もう一つだけ……もう一つだけ、お願いがあるの)
神様。もし神様がいるのなら……もうちょっとだけ力を貸してください――。
お願いします……それ以外、何も望まないから。約束します――。
もう少しで楓くんの所に戻る。いつの間にか一周歩き切っていた。やっぱり頭は痛いし体はだるい。でも呼吸を整えながら、ゆっくりと歩いたお陰なのか酷くはなっていなかった。
楓くんの姿が、徐々に大きくなるにつれて、私の鼓動は段々と強くなってきていた。
――これは……歩いて疲れてからじゃない。
言わなきゃ。
楓くんに。
何も考えずにずっと空を見続けると、もう一段階胸の奥にあった言葉が自然と上ってきているような気がした。
「何? どうしたの?」
私はゆっくりと起き上がり体育座りの姿勢をとる。両手を脛の前で柔らかく組んで、言葉を選ぶように考え込んでしまった。
「……」
「どうしたの? 体調悪くなってきた?」
言葉に合わせるかのように首を横に振る。
「真面目に聞いてくれる?」
「もちろん。何でも話してって言ったでしょ」
「うん……」
「話にくいなら、今じゃ無くても良いし」
「……うん」
ジーワ……ジーワ……と蝉の声。木々が多いこの公園は、磯子の街よりも蝉鳴き声が合奏のように耳に届く。芝生から伝わるひんやりと涼しかった感覚は、再び照り付けてきた太陽の日差しに負け始めていて、背中にじんわりと汗をかき始めたことに気が付く。
「……また暑くなってきたな……向こうに行こう」
「うん」
すぐ近くにあった大きな木の下に場所を移動して、今度は2人とも体育座りになった。
「……ここなら、だいぶ涼しいね」
「でしょ? 木陰だからね。今年は暑すぎる」
「……ちょっとここで待ってて?」
「あ、うん」
おもむろに立ち上がって一瞬襲いかかってきた目まいに耐え切ると、私は一人離れて歩き出した。
「……美咲ちゃん? どこ行くの」
「大丈夫!! すぐ戻ってくるから。そこで待ってて」
芝生の周囲にぐるりと巡っている舗装された外周コース。重くなった体に逆らうことができずに、ちょっとだけ肩を丸めながら歩いていく。頭も痛いし体もだるい。そしてほんの少しだけ……熱っぽい。
(……ゆっくり……ゆっくり歩こう)
激しい呼吸音が徐々に近づいてくる。ジョギングをしている女性が、後から私を追い越して行った。でも私は自分のペースを守って……呼吸を整えながら、ゆっくりと歩く。
この公園は落ち着く。何て言えば良いんだろう、木々の量がちょうど良い。そうだ。ちょうど良いんだ。森過ぎることもない。少な過ぎて寂しいこともない。
たまに吹き込んでくる風で、木々が揺れるとサーっと太陽の日差しが景色に入り込む。マイナスイオンが森の中一面に、たっぷり入り込んできてるんだろうなって思う。
ひょうたんのような形をしている、公園の外周コース。マイナスイオンを感じながら、ゆっくりと歩く……。
(……色々あったなあ)
たった半年間。この半年間、本当に色々なことがあった。ずっと熊本にいたのに。今は横浜にいる。こんなこと思いもしなかった。
毎日辛くてきつかった。苦しい色で塗り固めてきた日々。ほんのちょっとだけ昔のことになりつつあるけど……私の心の中では、いつも『あの日』のことだけは、昨日のことのように脳裏に浮かぶ。
あまり記憶に残っていなかった、あの日。徐々に、徐々に思い出せるようになっていた。
(磯子に来てからも大変だったな)
春から栄ケ丘高校に入学したこと……C組での出来事……学校を休んでばかりいたから、友達が大勢いるわけじゃない。でも、私なりに想い出はたくさんできた。いじめられていたわけじゃないから。
(……本当に、あっという間だった)
これまでのことが、まるで映画のように。自分のことでないように。頭の中に浮かんでは、消える。あれほど苦しかったのに。
楓くんに出会えて、私は本当に幸せだ――。
2人で一緒にデートして。一緒に笑って。私はもうこれ以上何も望んでない。ひょうたん型のコースも、どうやらちょうど中間地点らしく、顔を上げると正面遥か遠くに楓くんが見える。約束通り、芝生に寝転がりながら……私を待ってくれている。
(ありがとう――私と出会ってくれて。私のことを好きになってくれて)
(でもね……もう一つだけ……もう一つだけ、お願いがあるの)
神様。もし神様がいるのなら……もうちょっとだけ力を貸してください――。
お願いします……それ以外、何も望まないから。約束します――。
もう少しで楓くんの所に戻る。いつの間にか一周歩き切っていた。やっぱり頭は痛いし体はだるい。でも呼吸を整えながら、ゆっくりと歩いたお陰なのか酷くはなっていなかった。
楓くんの姿が、徐々に大きくなるにつれて、私の鼓動は段々と強くなってきていた。
――これは……歩いて疲れてからじゃない。
言わなきゃ。
楓くんに。


