神社ってね、感謝をするところなんだよ

八幡神社を後にして、私達は根岸駅の方向に歩き出していた。国道に沿った、人通りの少ない道路。午後のアスファルトの熱が、歩く景色を揺さぶるように感じる。「根岸駅の近くにさ、もう一つ神社があるんだけど……帰りに寄って良い?」と楓くんが私を導くように歩く。

……どうせ帰りは根岸駅から電車に乗るから、ちょうど良い。それに私はもっと楓くんと同じ時間を過ごしていたいから。

「なんて神社なの?」
「……ちょっと待って。名前は知らないんだよなー……」
スマホを取り出して「あ、さっきと名前は同じかも」と小さくつぶやくように言った。
「え、また八幡神社なんだ」
「ぽいね。同じ名前なんだな」

根岸駅の近くにある神社は『根岸八幡神社』という名前らしかった。別に子供の頃から神社に興味があったわけじゃない。たまたまお父さんに連れて行ってもらったから。そこしか楓くんを連れていくことができなかったから。それにしても同じ名前の神社が並ぶのは興味深かった。

「この辺、八幡神社って名前多いんだね」
「え? でもまだ2つだよ」
「……そう? 2つでも十分多いと思うけど?」

さっきの神社から、根岸駅までは国道沿いに一直線に歩くだけ。ルートが単純な反面、ずっと先まで見通すことができるから、「長いな」と思うには十分な条件がそろっていた。

「私、根岸駅で降りたことないんだよね」
「そうなんだ。別に何も無いよ」
「磯子より?」
「うん。まだ磯子の方が色々ある感じだと思う。ま、行けば分かるけどね」

流石に午後の時間とあって、太陽の日差しが痛い。気温はどんどん上がっているように感じて、背中やおでこから分かるほどの汗をかいていた。羽織っていたカーディガンを静かに脱ぐ。

「駅前は、本当に磯子より小さいよ。何だろう、磯子をミニサイズにしたような感じ?」
「あー……言われてみれば、スーパーとかあまり見ないかも」

学校に行く時に、必ず根岸駅は通過する。根岸駅に電車が止まった時の景色は、窓から見ていても、「団地しかないなぁ」という印象だった。

「もうちょっとで着くっぽいね」
暑い中、国道沿いに歩いてきた。途中で左に曲がって住宅街の中に入っていく。磯子と同じで、国道を外れると静寂に包まれた住宅街が一気に姿を現す。数分歩いただけなのに、まるで別世界に紛れ込んだような感覚になるのは同じだった。

「……住宅街の中にあるんだ」
「地図見ると、結構こじんまりとしてるっぽい」
「楓くん、行ったことないの?」
「うん。初めてだね」
「……あ、ちょっと待ってて」

自動販売機が目に入り、ゆっくりと近づく。ココアはとっくになくなっていたから「もうちょっと早く、水買っておけばよかったな」と少し後悔した。

寒気はなくなっていたけど、今度は体の中がもの凄く熱い。……日傘を忘れたことをうらめしく思った。「まあ、凄く暑いからなあ」くらいにしか私は捉えていなかった。

根岸八幡神社は思ったよりもコンパクトな神社で、もっと仰々しい感じなのかと想像していただけに、正直拍子抜けした。これでもかという位の階段をずっと上って……という感じでは、全く無かったから。

「……意外と小さいんだね。ここの神社」
「ね。俺ももっと大きいのかと思ってた」
すぐ真横には幼稚園が面していて、仰々しく厳かな感じでは無く、『地域の神様』という感じの場所。きっと平日の時間帯は幼稚園児達が笑顔で歩いているんだろうなと想像した。

「……美咲ちゃん、大丈夫? だいぶ疲れたでしょ?」
心配かけたくないから、なるべくバレない様に振舞ってきたつもりだった。
「うん。大丈夫」
楓くんは優しい。きっと「帰ろう」と言うに決まってる。まだ神社の入口にやってきただけ。少しでも良いから「中を一緒に歩きたい」と私は思っていた。

ただ唯一良かったことは……神社が想像こじんまりとしていること。石段も少ない。手すりに軽く手を添えながら、疲れを隠すように階段を上る。……しっかり手すりを持つと、今以上に心配されそうだったから。

「ねえ、楓くん」
「何?」
「あれ。覚えてる?」
「……あれ? あれって何だっけ?」
「あそこだよ。あの『手をパンパン』ってするとこ」
そう言うと私は、楓くんの視線を誘導するように指を正面に指し示した。
「あー……何だっけな。教えてくれたよね、確か」
「忘れちゃったんだ」
「えっと、本坪鈴か」
「おっ、覚えてくれてたんだ」

短い参道を呼吸を整えながらゆっくりと歩いて、本坪鈴へ。境内は狭い。さっきの神社とちがって、あまり太陽を遮るものがないから、正直ちょっときつい。

「……ねえ」
「ん? 何?」
「『教えるね』って言ってて……教えてなかったなと思って」
「教える? ……何を?」

「あのね」
「うん」
「神社ってね、お願いするところじゃないんだよ」

住宅街の一角に、厳かに鎮座する神社。風は穏やかに落ち着いていて、とっても暑い。
私は手に持っていたペットボトルを軽く握りしめながら、楓くんの顔を見ながら言った。