神社ってね、感謝をするところなんだよ

「楓くんじゃん」
いつもは楓くんに心配をされている私。久し振りに会うことができた喜びを表情に出さないように、さらりと言ってのけた。
「……え? 美咲ちゃん……何でいるの?」
「え? 散歩してただけだよ」
「……散歩? ……俺の後、つけてた?」
「はははっ! そんなわけないでしょ」

ドキドキが伝わっていないか心配しながら、楓くんの隣に何事も無いかのようにゆっくり腰を下ろした。

「……じゃあ、歩きながらDMしてたんだ美咲ちゃん」
「まぁ、そうだね。歩きながらしてたね」
「偶然過ぎない?」
「……そう?」
「そうだよ」
「私、最近はこの辺まで散歩してるよ? それに同じ駅だから。変じゃ無いよ」
「そっか」
「うん。ていうか、楓くんは?」
「何が?」
「楓くんも散歩なの? ここまで」
「うん」
「へえ……意外かも。結構散歩してるの?」
「いやぁー……たまにだよ。美咲ちゃんにDMしたかったから……家だと、何か落ち着か無くて」
「……あぁ……そういうこと」
私も同じ気持ちだった。でも何だか恥ずかしくて「同じだよ」と言うことはできなかった。

2人きりになれたものの……お互い何もしゃべらずに時間だけが過ぎていく。「楓くんに会いたいな」と思っていたけど、いざ会うと……緊張してるのが分かる。こんなにまとわりつくような暑さなのに、両手は汗ばんでいた。

「……そうだ。部活だよ、部活」
シンとしていた時間を切り裂くかのように、楓くんが声を出す。

「部活?」
「うん。散歩に誘おうかなって思ってるけど……吹部の休みとかあんまり聞いて無かったなって思って。DMでも聞きにくかったから」
「……別に休んでも大丈夫だよ。部活」
「え? 厳しいんじゃないの? コンクールもあるって言ってたじゃんか」
「……」
まだ自分の中でも答えが出ていない。急に楓くんに質問された私は、頭の中が真っ白になり、言葉に詰まる。

「……うーん」
「どうしたの?」
「そうだなぁ……」
「えっ……?」

色々な想いがぐちゃっとしてしまい、上手く考えが浮かばない。1つ1つの事を、じっくりと考えることができなくなっていた。

私は、決心した。
決めた。言おう。
楓くんに、言えることはちゃんと言おう。
……どう思われたって……良いや。

何かが私の中で、吹っ切れた。

「楓くん、ちゃんと散歩に誘ってくれるようになったからな……」
「えっ……? どういうこと?」
「……正直に言っちゃおうかな……」
「……」
「もしかしたら……楓くん、びっくりしちゃうかもよ?」
「え?」
「驚いて倒れちゃうかもよ?」
「……倒れないって」
「死んじゃうかもよ?」
「……何。もったいぶらなくても良いって」

「……私のこと、嫌いになっちゃうかもよ……?」
「……大丈夫だよ」
「……」

不思議だった。何度も何度も楓くんに確認してしまう。「私の中で、重要なことを言うよ」って楓くんに知っておいて欲しかったのかも知れない。心の準備が必要だったのかも知れない。

「大丈夫だよ。……どんなことがあっても、大好きだよ。美咲ちゃんのこと」
「えっ?」
楓くんからの急な告白は、私からの秘密の告白を一瞬遮った。

「えっ……? どういう……」
「俺、美咲ちゃんのこと、好きなんだ。だから……」
「……」
「だから、美咲ちゃんが俺のこと、嫌いじゃないなら……教えてよ。全部」

静かに、そして穏やかに私の心の中に浸透してくる楓くんの言葉。ずっと抑えつけていた……私の心の扉が、ふっと開いていくのが分かった。

「あっ……」
「ちゃんと知りたいんだよ。美咲ちゃんのこと」

……止まらない。
涙が止まらない……。
いつの間にか、目から溢れ出してくる……。

楓くんの言葉が、刺さって痛い。胸の奥に隠していたことに……突き刺さる。
もう、全部出してしまいたい。1人で抱えるのは、もう限界だよ。

……良いよね?
言っても。楓くんに、言いたい。聞いて欲しい。……支えて欲しい。

苦しい。溺れちゃう。

「……ありがとう」
「私も好きだよ? 楓くんのこと」

私も楓くんのことが好きだ。
それと同時に、柔らかい安心感が私を包み込む。まるで黄色い光が私を空へと浮かび上がらせるように。

もう1人で抱え込まなくても……良いのかな。

「ダメだ……涙が止まらないよ」
「……美咲ちゃん大変だったんでしょ?」
「……そんなこと言われたら……もっと泣く……」

「……実はね」
「うん」
「妹の体調……悪かったんだ」
「えっ……? 美咲ちゃん、妹いるんだ……」
「うん」
「元気になったの?」

「言う時がきたな」と私は思った。

「ううん。……この前、死んじゃったんだよ。横浜に来る前」
「……えっ? そうなんだ。それは残念だったね……」
「うん……」
「……そういうことだったんだ」
「何が?」
「いや……美咲ちゃんが、よく学校休んでたり……部活もさ、忙しいはずなのに『いつ休んでも良い』って言ってるから」
「うん」
「妹のことがあったんだ……」
「そう。もちろんそれ以外にもあるけど」

楓くんはしばらくの間、何も言わなかった。
でも、それだけで良かった。それで十分だった。いてくれるだけで。聞いてくれるだけで……『1人』じゃなかった。

「……ねえ?」
「何。どうしたの? 体調悪くなった?」
「ううん。体調は平気。……肩貸して?」
「えっ? ……あ、うん」
楓くんが私の方に、少しだけ右の肩を寄せてくれた。距離が少しだけ縮む。私は楓くんの体温を確認すると、そっと頭を乗せた。

「……だから言ったじゃん」
「え? 何を?」
「倒れちゃうかもよって。……私のこと、嫌いになっちゃうかもよって」
「それは無い」
「……聞いてさ、後悔した?」
「……いや。もっと好きになったよ」
一瞬間を空けて、楓くんは感情の乗っていない声でつぶやいた。

「……ははっ……バカじゃない?」
「俺は肩を貸すくらいしかできないけど」

あれだけ生ぬるかった夜風も、少し心地良く感じるようになった。楓くんの肩に寄りかかったまま……しばらくの間、時間が止まる。

……優しくて、温かい。
もう1人じゃないんだ、と思った――。