「もう辞めちゃおうかなぁ……」
学校は夏休みに入っていたけど……部活はどうしても体力的に難しいのかも知れないと、私は迷っていた。
「美咲、部活どうするんだ?」
「ちょっときついんじゃないか?」
晩御飯のハンバーグに箸を持っていった時、探るようにお父さんがつぶやいた。声には優しさと心配の色が混じっているように感じる。
「……いや、悩んでる」
「一度休部しても良いと思うぞ」
毎日あること。朝から夕方まであること。いつの間にか、この2つが大きなプレッシャーとなっている気がする。休みが増えだしてから、気にしないようにしてきたけれど……。
「体調が良い時に、行けば良いよね」と最初は思っていた。でも気付けば体調がまだマシな時でも段々足が向かなくなっていた。休部届を出しているわけじゃないけど、事実上の休部状態。
(……確かに。今さら行ってもな)
コンクールが約2週間後に控えている。
本番に向けた雰囲気の中、入っていく勇気はあいにく持ち合わせていない。
「……うーん」
「何とかしたい気持ちは分かるけど」
「……」
「学校が休みになってるから、授業は出なくて良いけど……部活はきついだろ」
「うん。きついね」
「一度、ゆっくりしたらどうなんだ?」
「……そう思う?」
「お父さんは、その方が良いと思うけどな」
「……うん。……そうなんだよねぇ……。考えてみる」
「……またやれる状況になったら、戻れば良いと思うよ」
「そうだね。……っていうかさ」
「ん? どうした?」
「ハンバーグ、焼くの上手になったんじゃない?」
一瞬間が空き、お父さんは笑った。
お父さんの心配をよそに、私の感覚はお父さんの料理へと向かっていたらしい。
Tシャツにジャージ。
磯子の町は、普段着で歩けるのが好き。熊本にいた時と似てる。念のためにカーディガンを持ち、夜の7時半過ぎに外に出る。体調が良い時は、晩ご飯の後に磯子アベニューに沿って歩くのが、ここ最近の日課になっていた。
エレベーターホールから外に出ると、むわっとした暑さが、膜を張るかのように肌にまとわりつく。
7月30日
19:40
『どう? 最近体調大丈夫?』
時間を確認しようとスマホに目をやると、楓くんからメッセージが届いていた。
リズミカルに進めていた歩みを止めて、煌々と輝くスマホ画面に目をやった。
19:45
『ありがとう。今日は調子良いよ』
『最近良い感じなんだよね』
そしてまた歩き出す。
10歩進むごとに握り締めているスマホを確認。まだ来ていない。
19:50
『良かった。今度さ、また散歩しようよ』
『部活が無い時』
「部活が無い時」という言葉が目に入り、さっきお父さんとした会話が脳裏に浮かんでくる。
19:53
『うん! 良いね、行こう!』
『いつでも誘って』
(……良し)
19:57
『いつでも? 部活あるでしょ?』
『日曜の夕方とか?』
散歩のゴールは、芦名橋公園に設定している。磯子アベニューに沿って、1kmくらい歩いたところにある、小さな公園。この辺りからは歩く人が急に少なくなるので、ここまで来たら折り返す。横を大きな道路が並行しているから、危ないわけじゃないけど……念のため。特段意味は無いけれど、いつの間にか習慣になっている。
(……そろそろ8時かあ)
最近は、芦名橋公園までならゆっくり歩いても30分くらいで辿り着けるようになっていた。楓くんに返信する内容を考えてながら、ぼんやりと歩いているうちに……いつの間にか、折り返し地点に到着していた。
(……なんて返そうかな)
ジャリッ……ジャリッ……
夜の8時に公園内を歩く人は少ない。
私の歩く音だけが、公園内に静かに響く。
ジャリッ……ジャリッ……
(……ん?)
外灯の真下にあるベンチ。いつもと違って誰か座っている。公園に入ってきた時は、気が付かなかった。一人、背筋を丸めた姿勢で、うつむいているようにジッと座っている。
(……)
少し距離を開けて、通り過ぎようとしたその時
(……あれっ? 楓くんじゃない?)
Tシャツとジーパン。サンダル姿。うつむいているから、顔は直接見えない……。でもたぶん楓くんのような気がした。
(何してるんだろ……? こんなとこで)
ジャッ……
歩くのを止めて、その場で立ち止まる。
スマホを握りしめたまま、顔を上げた。
(やっぱりだ)
楓くんは、私に気付いていない。何かに集中しているような雰囲気だった。
(……そっか……私、まだ返信してない)
ジャリッ……ジャリッ……
静かに、ゆっくりと楓くんに近づく。
まだ気付いていない。
ジャリッ……ジャリッ……ジャッ。
楓くんの真横で、立ち止まった。
「だから、『いつでもいいよ』って言ったでしょ?」
「……えっ?」
楓くんが、驚いた顔をして私を見上げる。
――公園の時計は8時10分になっていた。
学校は夏休みに入っていたけど……部活はどうしても体力的に難しいのかも知れないと、私は迷っていた。
「美咲、部活どうするんだ?」
「ちょっときついんじゃないか?」
晩御飯のハンバーグに箸を持っていった時、探るようにお父さんがつぶやいた。声には優しさと心配の色が混じっているように感じる。
「……いや、悩んでる」
「一度休部しても良いと思うぞ」
毎日あること。朝から夕方まであること。いつの間にか、この2つが大きなプレッシャーとなっている気がする。休みが増えだしてから、気にしないようにしてきたけれど……。
「体調が良い時に、行けば良いよね」と最初は思っていた。でも気付けば体調がまだマシな時でも段々足が向かなくなっていた。休部届を出しているわけじゃないけど、事実上の休部状態。
(……確かに。今さら行ってもな)
コンクールが約2週間後に控えている。
本番に向けた雰囲気の中、入っていく勇気はあいにく持ち合わせていない。
「……うーん」
「何とかしたい気持ちは分かるけど」
「……」
「学校が休みになってるから、授業は出なくて良いけど……部活はきついだろ」
「うん。きついね」
「一度、ゆっくりしたらどうなんだ?」
「……そう思う?」
「お父さんは、その方が良いと思うけどな」
「……うん。……そうなんだよねぇ……。考えてみる」
「……またやれる状況になったら、戻れば良いと思うよ」
「そうだね。……っていうかさ」
「ん? どうした?」
「ハンバーグ、焼くの上手になったんじゃない?」
一瞬間が空き、お父さんは笑った。
お父さんの心配をよそに、私の感覚はお父さんの料理へと向かっていたらしい。
Tシャツにジャージ。
磯子の町は、普段着で歩けるのが好き。熊本にいた時と似てる。念のためにカーディガンを持ち、夜の7時半過ぎに外に出る。体調が良い時は、晩ご飯の後に磯子アベニューに沿って歩くのが、ここ最近の日課になっていた。
エレベーターホールから外に出ると、むわっとした暑さが、膜を張るかのように肌にまとわりつく。
7月30日
19:40
『どう? 最近体調大丈夫?』
時間を確認しようとスマホに目をやると、楓くんからメッセージが届いていた。
リズミカルに進めていた歩みを止めて、煌々と輝くスマホ画面に目をやった。
19:45
『ありがとう。今日は調子良いよ』
『最近良い感じなんだよね』
そしてまた歩き出す。
10歩進むごとに握り締めているスマホを確認。まだ来ていない。
19:50
『良かった。今度さ、また散歩しようよ』
『部活が無い時』
「部活が無い時」という言葉が目に入り、さっきお父さんとした会話が脳裏に浮かんでくる。
19:53
『うん! 良いね、行こう!』
『いつでも誘って』
(……良し)
19:57
『いつでも? 部活あるでしょ?』
『日曜の夕方とか?』
散歩のゴールは、芦名橋公園に設定している。磯子アベニューに沿って、1kmくらい歩いたところにある、小さな公園。この辺りからは歩く人が急に少なくなるので、ここまで来たら折り返す。横を大きな道路が並行しているから、危ないわけじゃないけど……念のため。特段意味は無いけれど、いつの間にか習慣になっている。
(……そろそろ8時かあ)
最近は、芦名橋公園までならゆっくり歩いても30分くらいで辿り着けるようになっていた。楓くんに返信する内容を考えてながら、ぼんやりと歩いているうちに……いつの間にか、折り返し地点に到着していた。
(……なんて返そうかな)
ジャリッ……ジャリッ……
夜の8時に公園内を歩く人は少ない。
私の歩く音だけが、公園内に静かに響く。
ジャリッ……ジャリッ……
(……ん?)
外灯の真下にあるベンチ。いつもと違って誰か座っている。公園に入ってきた時は、気が付かなかった。一人、背筋を丸めた姿勢で、うつむいているようにジッと座っている。
(……)
少し距離を開けて、通り過ぎようとしたその時
(……あれっ? 楓くんじゃない?)
Tシャツとジーパン。サンダル姿。うつむいているから、顔は直接見えない……。でもたぶん楓くんのような気がした。
(何してるんだろ……? こんなとこで)
ジャッ……
歩くのを止めて、その場で立ち止まる。
スマホを握りしめたまま、顔を上げた。
(やっぱりだ)
楓くんは、私に気付いていない。何かに集中しているような雰囲気だった。
(……そっか……私、まだ返信してない)
ジャリッ……ジャリッ……
静かに、ゆっくりと楓くんに近づく。
まだ気付いていない。
ジャリッ……ジャリッ……ジャッ。
楓くんの真横で、立ち止まった。
「だから、『いつでもいいよ』って言ったでしょ?」
「……えっ?」
楓くんが、驚いた顔をして私を見上げる。
――公園の時計は8時10分になっていた。


