神社ってね、感謝をするところなんだよ

自動ドアをくぐると、早速ジーワ……ジーワ……と蝉達の合唱。朝の9時過ぎ。湿度はそれほどではないけれど、やっぱり暑い。

「行く場所、決めてるの?」
「うん」
「……あ、そうなんだ」
歩道橋を突き当りに向かって一緒に歩く。「そうだ。ここで初めて楓くんに声をかけたんだ」と、あの日の背中が脳裏に浮かぶ。今は、一緒に横並び。

「結構歩くの?」
「……うーん。たぶん」

突き当りを右に曲がる。ちょっと急な階段を下りると目の前には道が開けている。右にはあまり下りたことがなかった。

「緑の多いところだよ」
「へぇ……そんなとこあるんだ」
「そっか。美咲ちゃん、あんま磯子の探検してないでしょ」
「うん。学校に行くので結構いっぱいいっぱいだね」
「だから今日は、大きな公園を案内しようかなって」

信号を左に曲がる。正面には大きくそびえたつ崖が見える。

「……この上?」
「そうだよ。上の方、めっちゃ広がってるからね」

車を目で追っていくと、崖に沿って蛇がうねるような道を上っている。

「えー……あの道路、上るの?」
「いやっ……流石にそれは」
「え?」
「別ルートがあるんだよ。そっちから行く」
磯子周辺は、遥か昔、海だったらしい。それが埋め立てられてできたエリアなんだって楓くんは教えてくれた。「ほら、正面のあのマンション」。楓くんが指さす先には、綺麗なマンションが建っている。

「あのマンション……?」
「そう。エレベーターがあって、それに乗ると一気に頂上までワープできる」
「えっ? 住んでないのに? 入ったらダメじゃない?」
「大丈夫」
そう言うと坂道の入口にあるマンションに「来て。こっち」と言って、私を導くように入って行った。

「ほら」
背中を押されるように入ったマンション。私は驚いた。
「……なにこれ」
ピカピカで綺麗。
そして正面には駅の改札口のような設備があった。

「美咲ちゃん、SUICA持ってる?」
「うん」
「それで入れるんだよ」
「えっ? そうなの?」
「うん。まあ……ちょっとだけお金かかるけどね」
中は宇宙船を思わせるような近未来的な雰囲気。マンションなのに。

「上が展望台にもなっているから、住んでなくても入れるんだよ」
「へぇ」
エレベーターで上に上がると、確かに一気に崖を上っていた。
「すごい……」
「でしょ。まぁ、普通あんま来ないけどね」
「綺麗過ぎない?」
「ゴージャスだよね」
「熊本じゃあり得ないよ。平屋とか一戸建てばっかだもん」

一面ガラス張り。そして高台から見ることができる磯子の海。まるでマンションのエントランスとは思えない景色が一面に広がっていた。マンションを出て緩やかな上り坂を10分ほど歩くと、いつの間にか緑豊かなエリアに入り込んでいた。

『久良岐公園』
立て看板に書いてある公園の名前。

至るところに繁っている木々。立て看板に載っている公園の地図はだいぶ古くなっていて、敷地は物凄く広い感じがした。
「たぶん、ゆっくり散歩したら、1時間はかかるよ」
「……そんな広いの?」
「有名だもん。磯子住みなら、みんな知ってるんじゃない?」

中に足を踏み入れると、一気に静かな雰囲気になる。
日曜でもないのに、散歩をする人や、釣れるか分からない池に釣り糸を垂らしている人もたくさんいる。

「ここ、結構好きなんだよね。俺」
「へえ……よく来るの?」
「小さい頃、お父さんにたまに連れてきてもらったくらいかなぁ」
「すっごい静かで良いとこじゃない?」
「でしょ。この、のどかな雰囲気が好きなんだよ」

「ゆっくり歩こうよ」
楓くんはそう言うと、立ち止まっている私を置いて池に沿って歩き始めた。
「……あ、ちょっと待ってよ」徐々に離れていく楓くんの背中を追いかけるように、小走りでその場を後にした。