神社ってね、感謝をするところなんだよ

7月16日
21:14
『今日はお疲れさま』

メンバーより少し早く上がらせてもらって、21時前には帰ってきた。みんな聴きにきていた友達の人達と、演奏後の余韻を外で楽しんでいたけれど……私は自分の体調で精いっぱいだった。楓くん達に顔を合わせることなく、1人で音楽堂を後にしていた。

電気も点けずに真っ暗になった部屋。ベッドの上で頭の奥から響いてくる痛みを我慢しながら、目を瞑る。

薄っすらと目を開けて、スマホを見ると楓くんからDMが来ていた。返信をどうしようか10分悩む。

21:30
『ありがと。私、出てなかったけどね』
『お花、ありがとね! 嬉しかった』

(……これで良いのかな)
(「出てない」とか……言う必要あるかな)
(送り過ぎた……?)

「あー……もう。何これ」
1人、部屋で声が出る。「はあ」とため息をついて、左腕で目を覆った。

21:39
『仕方ないじゃん。でも頑張ってたじゃんか』
『明日ってさ、暇?』

「明日ってさ、暇」
『明日』と『暇』という文字を見て、ベッドから飛び起きた。

(「明日」? 「暇」? ……どういうこと?)
(ちょっと)

さっきまで酷かった頭痛も、一瞬で消え去っていた。ドキドキを深呼吸で抑えつけるように、「はあ」と大きく何度も息を吸い込んだ。

21:42
『頑張ってないよ』
『明日? うん。暇してる』
『何で?』

21:49
『それならさ』
『散歩行かない?』

「あー……!」
思わず部屋で声を出してしまった。
「……美咲? どうした?」
暗い部屋から聞こえてくる声。聞きつけたお父さんが、心配した表情で入ってきた。
「あ、いや……動画観てて、びっくりしちゃって」
「あぁ、そうか。別にそれなら」
「ははは。ごめんごめん」
慌てて笑顔を作って、何もなかったことを演出した。

(……)
(……すぐ返さない方が良いのかな……)
(すぐ返した方が良いのかな……)

21:57
『うん。いいよ』
『大丈夫』

(『平気』の方がいいかな?)
(……2文じゃなくて……1文の方が良いかなあ……)
(……あぁー……もぉー……ただのDMでしょ……)

22:01
『良かった!』
『磯子駅で良い?』

22:05
『大丈夫! 何時でも良いよ』

22:08
『じゃ、朝の9時は?』

22:10
『大丈夫!』
『朝の9時、駅に行くね』

最後に楓くんから「よろしく」というスタンプが来た。
(……んんんーー……!!)
枕を壁に投げた。何回も投げた。
たぶん音は……出ていないはず。

お願いします。明日は体調が悪くありませんように。

神様
お願いします……。
お願いします……。

中学生の頃から、学校が休みの日は早く目が覚めるタイプだった。けたたましく鳴るスマホのアラームを、最近は鉛のような腕を伸ばして止めていたのに、久し振りに目を覚ますと、まだ鳴っていなかった。

いつも朝はぼんやりとしている。頭の奥底で、霧がかかった曇り空のような重たい感覚があって、ほんの少しだけぐるんと回る感覚がある。でも今日は重たさも、動くような感覚も消えていた。

……そしていつもより心臓が強く、速く脈打つように動いていた。

「……あれ? 美咲もう起きたのか」
「あっ、うん。目が覚めた」
ぼんやりした目を作りながら、落ち着いた様子を装ってリビングに出る。ただ、私の内側は自分でも驚くくらい熱を帯びていた。

――体調が悪いからなのか、緊張しているからなのか……自分でもよく分からなかった。

「……そうか。体調、どう」
「あー……今日は悪くない、かなぁ……」
左斜め上に視線を向けながら、私は答えた。

磯子駅の改札口の手前には、コーヒーショップがある。いわゆるチェーン店のような雰囲気。いつも学校に行く時は素通りしているだけだったけれど、私はそこに、待ち合わせの30分前に行くことに決めていた。

(5分前だと……ちょっと遅い?)
(10分前? ……微妙かな)
(15分前だと……改札で立ってるのキツイしなあ)
結局、「30分前にお店で座っていれば、全部解決するかな」という考えに辿りついた。家で待ち合わせ時間ギリギリまでじっとしているのは、あまりに落ち着かないだろうなという思いもあった。

引越しをしてきて、もうそろそろ半年近くが経とうとしている。

……不思議なもので、あれだけ「熊本の方が暑いな」と思っていたのに、あっという間に体は横浜の暑さも、耐えられなくなっていた。そもそも熊本の暑さなんて、だいぶ前に忘れてしまった。

駅までは歩けば10分もかからないのに、汗かいたらどうしようという思いが、ずっと頭から離れない。「やっぱ30分前に着くの、正解だったな」と思いながら、横浜に来てからほとんど来ていない私服をじっと吟味する。

外に目をやると、じりじりと朝から聞こえる蝉達の合唱。オレンジ色の光も黄色くなり始めていて、気温が上がっていくんだろうと思わせてくれる。すでに部屋の中だってじんわりと暑くなり出していたのに……なぜか少しぞくっとする。ちょっと気になった。

(……やっぱり着ていこう)
私は秋用の服をしまってあるタンスから、急いで白いカーディガンを取り出した。

「いらっしゃいませー」
自動ドアをくぐると、明るい女性の声。そして涼しい。いつもはサラリーマンの人達がコーヒーを持って出て来る店内。ぐるりと見渡すと、左奥に下へと下りる階段があった。

(うわ。ちょっと寒いな……持ってきて正解だったかも)
私は店内に入ると、まずはカーディガンを羽織ってからレジへと向かった。

「ご注文は何になさいますか?」
明るく私に注文を聞いてくれる。1人で。しかもチェーン店とはいえ、大人の人達ばかりいるお店に入っていることに、一気に緊張してくる。「早く頼んじゃおう」と思い、メニューに素早く目を通した。

「……ココア、お願いします」
「アイスとホット、どちらを希望されますか?」

「……ホットでお願いします」

本当はアイスココアが飲みたかったのに。