7月10日
19:03
『今日はありがとう』
『散歩、楽しかった』
19:18
『良かった』
『急に誘ってごめん』
19:25
『全然! また散歩行こう』
19:35
『優しいじゃん。ありがとう』
19:40
『そうだ、定演!』
『いつやるの? 聞くの忘れてた』
19:55
『7月16日。日曜日だよ』
『時間は忘れちゃった。確認しとくね』
『大丈夫そう?』
20:11
『たぶん大丈夫だと思う。空けとく』
「よろしくお願いします」とスタンプを送る。
楓くんと一緒に散歩に行ってしまった。神社だったけど。……マニアって思われてないかな。そうじゃないのに。今になって思うと、なんで自分があんなに積極的に行動していたのか分からない。
インスタだってそう。別れる直前に「インスタ教えてよ」なんて……よく自分で声をかけたなって思う。
1分に1回、スマホを見てしまう。自分からスタンプを送ったくせに。「はあ」とため息をついて、そして誰もいない部屋で、ひとりにやりと笑う。
(……あー……頭痛いな)
じっとりと、湿気がまとわりつくような暑さだった。熊本に比べれば湿度は低い。でも暑いことに変わりはない。熱中症気味だな、そろそろ日傘を買わないとなぁ……と考えているうちに、気が付けば眠ってしまっていた。
――スマホをぎゅっと握り締めたままで。
夏休みが近づいているけど、相変わらず学校にはあまり行けてない。なんなら、前よりも体がだるくなっている気がしていた。「熊本より涼しいからってバカにしてると……暑さでやられるぞ」と言っていたお父さんは正しかったのかも知れない。
たまに学校に行けたとしても、部活の時間まで体力が持たないことも多い。横浜に来た時、茜のことがショック過ぎて……「精神的にやられてるなあ」って思っていたけど、更にメンタルがやられている気がした。
朝から夜まで、もやあっとした体調を何とか耐えているうちに、毎日が過ぎ去って行った。
「美咲、ちょっと言いにくいんだけど」
「……何?」
お父さんの私を気にする視線。もちろん気付いている。ある日の晩ご飯。テレビを消して、お父さんが私に言った。探るような声色に、私も身構えてしまった。
「……病院行ってみないか」
「……なんで?」
「体、きついんじゃないのか」
「まぁ……きついっちゃ、きついけど」
「学校も行けてないみたいだし」
「……うん。まぁ」
「熱とかは? 我慢したりしてるんじゃないのか?」
「……熱っぽくはないなぁ」
お父さんの言いたいことは、ちゃんと分かってる。少し遠くに視線をやり、「ふう」と一息ついた後、お父さんが続けた。
「でも病院はいいや」
「……そうか」
「うん」
「行こうと思ったらちゃんと言うんだぞ」
「はあい」
強がってはみたものの、話が終わると私はすぐにベッドに入った。正直なところ、熱っぽさはあまり感じないけれど、だいぶ目まいと頭痛は酷くなっていた。結局、その後も学校へ行っては早退そして欠席を繰り返して、定期演奏会の日を迎えてしまった。
本当は演奏会に向けて、ちゃんと練習したかった。
学校の授業に出れないのは仕方ない。部活を休んでしまうのも仕方ない。
でも、自宅でできるだけ練習しておきたかった。
ベッドに横になって、目まいを抑えるために必死に目を瞑る。頭痛は何とか耐えている中で、怖くて私はスマホを見ることができなかった。
(……どうしよう)
楓くんに自分から声をかけていたのに。合奏は無理でも、個人のパートだけでもと思っていた。オーボエにはソロパートがあった。実は、だから楓くんに声をかけた。ソロを聴いて欲しかったから。
でも、定演が近づいてきても頭痛はなかなか治らないし、ちょっとだけ熱っぽいなあ……という気もしていた。「頑張ってやらなきゃ!」と思っても、体に力を入れるのもキツイくらい、ダルい。
(だっさ……)
(……今日、演奏会行きたくないなあ)
「はあっ……」とため息をついて、ベッドに寝転ぶ。「演奏会なんて無くなれば良いのに」と思いながら。
(どうしよ……)
(本当、最悪)
考えるのにも疲れてしまい、夕方に備えてちょっとだけ寝ることにした。
会場になっている県立音楽堂はJR桜木町駅から少し歩いたところにあるらしい。部活のみんなと一緒に駅から会場まで歩く。大きな楽器や荷物は、学校でトラックに乗せた。
初めて降りる駅だったけど、坂が多すぎる。そして急。……でも音楽堂の近くは、雰囲気があっていいなと思った。
市民楽団の演奏会、高校の吹部による演奏会。それに能や狂言みたいな催しが、行われる会場。建物はだいぶ古くなっていたけれど、その大きさと規模に私は驚いた。
荷物の搬入とか会場受付とか……私の役割は事前に決まっている。夕方5時の開場に合わせて、トラックから大きい楽器や荷物を搬入する。部員のみんなは当たり前だけど、事前に練習がある。……当然私は、一人別行動になっていた。
入口に長机を設置し、パンフレットなど準備する。
(……もう辞めちゃおうかなあ)
大きなガラスでできた、入口のドア。準備をしながらチラリと外を見ると、もう何人か待っている人がいた。
(あー……もう人いるじゃん)
ここで私は何をしてるんだろ。心の中がもやもやとしていたけど、何も考えないように準備を手伝った。
19:03
『今日はありがとう』
『散歩、楽しかった』
19:18
『良かった』
『急に誘ってごめん』
19:25
『全然! また散歩行こう』
19:35
『優しいじゃん。ありがとう』
19:40
『そうだ、定演!』
『いつやるの? 聞くの忘れてた』
19:55
『7月16日。日曜日だよ』
『時間は忘れちゃった。確認しとくね』
『大丈夫そう?』
20:11
『たぶん大丈夫だと思う。空けとく』
「よろしくお願いします」とスタンプを送る。
楓くんと一緒に散歩に行ってしまった。神社だったけど。……マニアって思われてないかな。そうじゃないのに。今になって思うと、なんで自分があんなに積極的に行動していたのか分からない。
インスタだってそう。別れる直前に「インスタ教えてよ」なんて……よく自分で声をかけたなって思う。
1分に1回、スマホを見てしまう。自分からスタンプを送ったくせに。「はあ」とため息をついて、そして誰もいない部屋で、ひとりにやりと笑う。
(……あー……頭痛いな)
じっとりと、湿気がまとわりつくような暑さだった。熊本に比べれば湿度は低い。でも暑いことに変わりはない。熱中症気味だな、そろそろ日傘を買わないとなぁ……と考えているうちに、気が付けば眠ってしまっていた。
――スマホをぎゅっと握り締めたままで。
夏休みが近づいているけど、相変わらず学校にはあまり行けてない。なんなら、前よりも体がだるくなっている気がしていた。「熊本より涼しいからってバカにしてると……暑さでやられるぞ」と言っていたお父さんは正しかったのかも知れない。
たまに学校に行けたとしても、部活の時間まで体力が持たないことも多い。横浜に来た時、茜のことがショック過ぎて……「精神的にやられてるなあ」って思っていたけど、更にメンタルがやられている気がした。
朝から夜まで、もやあっとした体調を何とか耐えているうちに、毎日が過ぎ去って行った。
「美咲、ちょっと言いにくいんだけど」
「……何?」
お父さんの私を気にする視線。もちろん気付いている。ある日の晩ご飯。テレビを消して、お父さんが私に言った。探るような声色に、私も身構えてしまった。
「……病院行ってみないか」
「……なんで?」
「体、きついんじゃないのか」
「まぁ……きついっちゃ、きついけど」
「学校も行けてないみたいだし」
「……うん。まぁ」
「熱とかは? 我慢したりしてるんじゃないのか?」
「……熱っぽくはないなぁ」
お父さんの言いたいことは、ちゃんと分かってる。少し遠くに視線をやり、「ふう」と一息ついた後、お父さんが続けた。
「でも病院はいいや」
「……そうか」
「うん」
「行こうと思ったらちゃんと言うんだぞ」
「はあい」
強がってはみたものの、話が終わると私はすぐにベッドに入った。正直なところ、熱っぽさはあまり感じないけれど、だいぶ目まいと頭痛は酷くなっていた。結局、その後も学校へ行っては早退そして欠席を繰り返して、定期演奏会の日を迎えてしまった。
本当は演奏会に向けて、ちゃんと練習したかった。
学校の授業に出れないのは仕方ない。部活を休んでしまうのも仕方ない。
でも、自宅でできるだけ練習しておきたかった。
ベッドに横になって、目まいを抑えるために必死に目を瞑る。頭痛は何とか耐えている中で、怖くて私はスマホを見ることができなかった。
(……どうしよう)
楓くんに自分から声をかけていたのに。合奏は無理でも、個人のパートだけでもと思っていた。オーボエにはソロパートがあった。実は、だから楓くんに声をかけた。ソロを聴いて欲しかったから。
でも、定演が近づいてきても頭痛はなかなか治らないし、ちょっとだけ熱っぽいなあ……という気もしていた。「頑張ってやらなきゃ!」と思っても、体に力を入れるのもキツイくらい、ダルい。
(だっさ……)
(……今日、演奏会行きたくないなあ)
「はあっ……」とため息をついて、ベッドに寝転ぶ。「演奏会なんて無くなれば良いのに」と思いながら。
(どうしよ……)
(本当、最悪)
考えるのにも疲れてしまい、夕方に備えてちょっとだけ寝ることにした。
会場になっている県立音楽堂はJR桜木町駅から少し歩いたところにあるらしい。部活のみんなと一緒に駅から会場まで歩く。大きな楽器や荷物は、学校でトラックに乗せた。
初めて降りる駅だったけど、坂が多すぎる。そして急。……でも音楽堂の近くは、雰囲気があっていいなと思った。
市民楽団の演奏会、高校の吹部による演奏会。それに能や狂言みたいな催しが、行われる会場。建物はだいぶ古くなっていたけれど、その大きさと規模に私は驚いた。
荷物の搬入とか会場受付とか……私の役割は事前に決まっている。夕方5時の開場に合わせて、トラックから大きい楽器や荷物を搬入する。部員のみんなは当たり前だけど、事前に練習がある。……当然私は、一人別行動になっていた。
入口に長机を設置し、パンフレットなど準備する。
(……もう辞めちゃおうかなあ)
大きなガラスでできた、入口のドア。準備をしながらチラリと外を見ると、もう何人か待っている人がいた。
(あー……もう人いるじゃん)
ここで私は何をしてるんだろ。心の中がもやもやとしていたけど、何も考えないように準備を手伝った。


