神社ってね、感謝をするところなんだよ

学校がある山手駅。次の根岸駅。そして私の住んでいる磯子駅。
どの駅も、熊本の『駅』とは全然ちがう。

そもそも大きさもだけれど、駅前にはコンビニがあり、スーパーがあり……色々なお店がある。そこだけで生活が全部済む。

午後3時過ぎ。
今日も私は部活を早退して「磯子行」の電車に乗っていた。電車の車両の長さや大きさは別に気にならないけど……やっぱり人が多いのは苦手。本当に磯子に引越してきて良かった。

改札口は1ケ所だけ。そこを出ると左側は工業地帯なので、あまり左側に進む人はいない。私もそうだけど、多くの人達は右側へと歩いていく。

(……あれっ?)

改札を出て右に曲がると、一直線に延びる歩道橋。約100メートルほどの長さ。
前を歩いている人の背中に、私は見覚えがあった。

(……楓くんじゃん……)

どうやら同じ電車だったらしい。この前、買い出しに行った時に、同じ駅って言っていたから。少し胸の奥がドキドキするのを感じる。

(磯子に住んでるって本当だったんだ……)
(……どうしよ)

追いかけて声をかける?
……声をかけて、その後は?
何て言って別れる?

頭が真っ白になりながらも、気が付けば私は早足で歩き出していた。

「……あれ? 楓くん?」
目の前の楓くんに、私は驚いた。もちろん……さっきから知っていた。目の前を歩いている背中が、楓くんの背中だってことくらい。でも、私は驚いた。

「ん? ……あぁ、結城さんじゃん」
相変わらず、楓くんの声には感情が乗っていない。だから、心地良い。声がするりと胸の奥まで入ってくるけれど、

「あれ? 今日は部活無いの?」
思い出したかのように、楓くんが呟いた。

「……今日は休んだんだよ」
「そうなんだ」
「うん」

歩道橋の突き当り。私は左に曲がる。楓くんはどっちだろう。楓くんも同じことを考えていたりするんだろうか……?

「ねえ」
「何?」
ちょっと間が空いた。心臓が口から飛び出そうなくらい。『今』しか感じることができない。

「この後、暇?」
とっさに出た言葉に、自分で驚いた。

「……え?」
「もし暇ならさ、付き合ってよ」
「あ、あぁ……うん。良いよ」
「散歩しようよ」
「散歩?」
「うん」

不思議なもので、一度胸の奥から出てきた言葉。その後はもう何も考える必要がなくなっていた。私達は、突き当りを一緒に左へと曲がった。

国号16号線を渡り、道路に沿って歩く。
楓くんは何もしゃべってくれない。

(あー……どうしよう)
(絶対、変なヤツって思われてるよなあ)
勢いで声をかけてしまった。もう後には引けない。でも後悔は何ひとつなかった。

「散歩ってさ、どこ散歩するの?」
小さな公園に差し掛かった時、ようやく楓くんからしゃべりかけてくれた。ずっと無言だった間。いったい楓くんは何を考えながら歩いていたんだろう?

(良かった……)
(このまま無言だったら、どうしようかと思ったよ……)

急に背中の辺りから汗が出てきた。初夏の蒸し暑い日。「きっと湿気が凄いからだろう」と私は理解することにした。

「ん? 散歩は散歩だよ。その辺」
「この辺?」
「そ。もうちょっと歩くよ」

公園を横切って、1本裏道に入る。国道沿いと違って、急に静かになる。私はつい最近、同じ道を通っている。思わぬ形で予習済。

「あー……この辺。懐かしいなぁ……」
何かを思い出すかのように、楓くんは辺りを見回しながら言った。
「えっ? この辺よく来るの?」
「いや、小さい頃、セミ取りに来てたなあって」
「セミ取りかぁ」
「うん。この辺から、あっちの奥の方まで……結構セミがいるんだよ」
「すっごい鳴いてるもんね」

ちょうど7月に入っていた。
前回歩いた時と違って、確かに至るところからセミの鳴き声が聴こえる。楓くんに言われなければ、ぼんやりと、ただの『音』として耳に入っていただけだった。

(……なんか、暑ついなぁ……)
緊張からなのか、背中だけでなく、おでこの辺りもじんわり汗ばんでいるような気がする。気付かぬふりをしていた汗。暑さだけではないような気がした。

「……結城さんさ、暑くないの?」
(どういう意味だろ……?)
「そりゃ暑いよ。夏だもん」
「……いや、どこまで行くのかなって」
「もうちょっとだよ。すぐそこ」

細い路地を進む。緑とセミの鳴き声が、コンストラクトを描くように、少しずつ増えていく。空は突き抜けるような青空で、このまとわりつくような暑ささえなければ、最高に心地良いのにと思う。

「小さい頃、こんな狭いとこ来てたんだ」
「……あぁ、うん。結構色々探検してたなぁ」
「ふぅん」
「今マンションいっぱい建ってるけど、昔あの辺りは森だったからね」
「……森?」
「それは言い過ぎか」
「どの辺り? 駅の方?」
「そう。駅と……国道の間くらい」
「そうなんだ」
「うん。土地だけあって、木がめっちゃ生えてたからね」
「ふーん……」
私が住んでいる辺りエリアだ。

「着いたよ。ここ」
「……え? 神社?」
「うん。そうだよ」
「……何、今からここ上るってこと?」

前回の私と同じことを口にした楓くん。思わず私は、吹き出すように笑ってしまった。

「せっかく来たんだからさ! マイナスイオン浴びようよ」
「……マイナスイオン」

お父さんがそうしたように、私は微笑みながら最初の石段を力強く踏みしめた――。