宇宙‹スペース›級博愛系アイドルみるく♡めぽわ~る☆

夏の気配がぶ厚い雨雲に乗ってやって来ているここ最近。挨拶運動や日々のクラスメイトへの協力活動のおかげか、今日は化学の授業での班分けで腫れ物扱いされることもなく「伊佐原、こっち入る?」と入れてもらうことができて、思わず泣きそうになってしまった。
確実に、着実にクラスに馴染めている...!
という感動がある連絡が会ったことによって若干かき消される。
ミツヤ先輩からの恐怖のダイレクトコールである。
ただ今回の連絡は2回目の会議を行うというだけのものでほっとしてしまった。
放課後、会議の待ち合わせ場所である西条くんの教室に向かっている途中、小さな話し声が聞こえた。
見ると、曲がり角の先、西条くんが教室の前の廊下で電話をしている。

「はい。ええ、すべて恙無く進んでおります。
...はい。もちろん心得ております。」

口調は丁寧だがその声に温度は無く、目は虚ろに雨が降る外の景色を無感情に眺めていた。
その生気のない横顔は、本物の人形みたいだった。
俺の前で見せるわりと素直に感情を出す子供っぽい印象は、そこには少しも存在しなかった。

なんだか見てはいけないものを見てしまった気がして、俺はしばらく曲がり角のあたりから動けなくなってしまった。
当たり前だけど俺と西条くんは置かれてる状況から環境から何から、全く違っている。
これが、本来の俺と彼の間にある境界線なのかもしれない。

西条くんの電話が終わったことを確認してしばらくしてから教室に向かうと、すでにミツヤ先輩もそこにいた。
2回目の会議が始まる。
あまりに多すぎた前回西条くんが用意した資料の内容をミツヤ先輩が実現可能そうなものを抜き出して改めてライブの形となるようにまとめてくれたらしい。
そこまでは良かった。
そこからは舌戦の大激戦である。
とにかく実現できるもんはやってやるから余計なことをこれ以上抜かすなというミツヤ先輩VS絶対嫌だみるちゃんの初ライブを盛りに盛ってやるんだという西条くんの一騎打ちであった。
あんなに怒ってる西条くんは初めて見たし、2人ともカンカンカンカンと刀を打っていたらすごい勢いで完成しそうなほどの速度で言い合うもんだから俺が口を出せそうな間は少しも無かった。
困ったようにお菓子をちょっとつまみつつ見ていたら、最終的に挙げた案がどうしたって実現不可能であることを理解"わから"せたミツヤ先輩が勝利していた。
2人とも席を立っているし、肩で息をしている。

「...とりあえずお茶でも飲みません?」と恐る恐るコップに注いだ緑茶をそれぞれに差し出す。
2人は無言で数秒睨み合ったのち、席に座ってお茶を飲み干した。
一時休戦という顔に見えたができればもう戦わないで欲しい。
2人の意外なほど子供っぽくムキになったところを見て、普段の振る舞いは大人びていても俺と同じ高校生なんだなあとしみじみ思ったのだった。
そうして全員がお茶を飲みつつお菓子を食べて一休みした頃。
あ、という顔をしてミツヤ先輩が思い出したかのように話をしだした。

「そうだった!伝えなきゃいけないことがあるんだけど。」

「...はい、なんでしょう?」

「とりあえずねぇ、CD聞いたんだけど音質も粗くてやばいし...歌唱力も上げてから撮り直したいってことで、ボイストレーナーがつくよ。」

「...はい?」

急に言われたことの内容に頭がついていけず、間抜けな顔をしてパードゥンするしかできなかった。

「聞こえなかった?ボイストレーナーがつくよ。」
「すみません聞こえてないとかじゃなくて...」
「歌の練習を手伝ってくれる、声の使い方に関しての専門家のことだよ。」
「すみません『ボイストレーナー』という言葉の意味を知らないとかじゃなくて...」
「ああごめん、なんかデータの読み込み中に鳴る音みたいなモンか。」
「そうですね...」

頭空っぽなままレスポンスしたのは事実であるため、バカにされたと怒るでもなくミツヤ先輩が俺のアホさに理解を示してくれたことに軽く安心してしまう。

「じゃあ、もう来ていただいてるから。」

「...は?」

「えへへ、CD作るの考えたらもう結構日にち的に厳しいしどうせ今日会議だからいっか〜って思って伝えてなかったわ。ゴメンネ!」

ミツヤ先輩は絶対に謝罪の意など無いであろう顔の横で手を合わせてウインクをしながらお茶目に舌をペロ!と出したポーズで謝罪した。

「じゃあダンスレッスンとのスケジュールの兼ね合いとかこっちでやっとくから。そっちの連絡はおいおいするね〜。」

西条くんと俺の腕をガシ!と掴むと教室から迎えの車まで俺たちをズルズルと引き摺り、歌のレッスンに引きずられることになった。
そろそろ無理やり引きずる以外の引率方法を考えてくれないだろうか。

車で連れて行かれた先は西条家ではない音楽スタジオだった。
ただ、そこにいたボイストレーナーの方はなんというか、いつも通り忍者頭巾を被っている。
だが神経質そうに腕を組み、顔は見えないもののなんとなく高圧的な雰囲気だ。
背が高くスラッとしている細いシルエットもあいまって、ダンスレッスンの忍者コーチとは別人であることがわかった。
...ただものすごく見たことがある気がする。

「...遅い。待ちくたびれた。」

やっぱり声も違う。
なんとなく歳が近そうな声で、自分の中で生じていた疑惑が確信に変わった。

「...あの、間違いじゃなければ同じクラスの柳内くんじゃないですか?」

気になり過ぎてつい聞いてしまった。
ボイストレーナー忍者さんの肩が少しだけピクリと揺れた。合っていたらしい。
高飛車でツンケンした塩顔イケメンな柳内くんはその常に遥か上から目線な言動でクラスでめちゃくちゃ目立っていたので、立ち姿から口調から色濃く記憶に残っていたのだ。
忍者頭巾を被っているが彼は忍ぶ気があまり無いらしい。
推定柳内くんの忍者さんは盛大にため息を吐いた。なんかずっとダルそうだな。

「本当に面倒くさい。これ、レッスンやりずらいから取るよ。」

柳内くんは誰の答えも聞かずに頭巾をかなぐり捨てた。
そんな感じでいいのか?と西条家サイドの人達の顔を見ると、西条くんはポカンとした顔をしていて、ミツヤ先輩は笑顔を浮かべながらも首や額に青筋を浮かべていた。バチギレている。

そちらは見ていないフリをして改めて思い返してみると、最初に空き教室で見た忍者さんも制服を着ていたし、そちらは先輩だったから柳内くんとはまた別人だ。
...そう考えてみると意外と学校には何人もの忍者さんが潜伏しているのかもしれない。

ちょっと背筋が寒くなりつつも、新たにボイスレッスンに勤しむべく柳内くんに着いて行った。

なんだか既視感を感じるスパルタだった。
ダンスのコーチの親戚だったりするんだろうか。
これから2人体制でシバかれる未来を想像し、若干遠い目になりつつ。
それでも俺は、ライブをやめたいという気持ちは無かった。
そんな自分の変化に自分で1番驚いたが、なんとなく理由はわかっていた。


レッスンの帰り道。
と言ってもまた西条家の方が運転する車にて。
昨晩ずっと考えていたことを、あらん限りの勇気を振り絞って伝えることとする。

「...あのさ、西条くん。」
「...どうしたの?」

いつも話している時と違って俺が緊張しているのが見てとれたのか、西条くんが気遣わしげに返事をしてくれた。
その優しい表情と声になんとなく体の強ばりが解ける。
まだ緊張の余韻で口をモニョつかせながらも、俺は話を切り出した。

「俺なりに考えたんだけどさ、これだけ色々やってもらってるのが心苦しいのでなんか、お礼がしたいなと思いまして...」
「...え、えっと、どういう、こと...?」
「んと、言葉の通りなんだけど、西条くんが俺になんかお願いがあれば叶えたいなって。」
「...幻聴?」
「幻聴じゃないよ〜。それでですね、これまた心苦しいんだけど、」
「幻覚?」
「幻覚じゃないよ〜。」
「そんな、いいよ...ただでさえレッスンで忙しいのに...」
「男に二言は無い!!」

そんな俺の宣言を聞いた西条くんは両手の人差し指同士をチョイチョイしたり、両頬に手を当てる両側虫歯ポーズをしたり、たっぷり男子高校生らしからぬ仕草をしながら悩むと、ようやく決意がみなぎった顔をしたかと思えば、ちょっと萎みながら『お願い』を口にした。

「僕のことは苗字で呼ぶのに、ミツヤの方が先に名前で呼ばれてるの、ちょっと...だいぶ、イヤだった。」
西条くんがわかりやすく拗ねた様子で薄い唇をチョイと突き出す。
その辺の男子高校生がやったら鳥肌ものの仕草でも可愛らしく様になるのがちょっとムカつくな...
ただ、同級生に持つ感情じゃないかもしれないけど、甘えたな弟みたいな感じだ。
返事をしないで生暖かい笑顔の俺に焦れたのか西条くんはちょっとだけ眉根を寄せてムッとした顔をする。

「...僕のことも名前で呼んで。」

なんともかわいい命令だった。
その口調には、ちょっとした嫉妬と一緒に仲良くなってきたことによる甘えが混ざっていて。
日数としてはあんまり時間は経ってないはずなのに、些細な言動だけで気絶された初対面がずっと昔のことのように感じられた。
それが、すごく嬉しかった。
「当たり前田のクラッカーよ!!」
「みるちゃんって出すネタがときどき古いよね。」
「今それ言う必要あった???」

かわいい、と言ったのは前言撤回する。
最初からわりと遠慮がない子だったけど、最近さらに遠慮が無くなってきたなぁ...

「な、なにその顔...」
「いやぁ...うれしいなあって。」
「...なにが?」
「すごく仲良くなれた感じがして。」

そう言うと、光くんの顔がぼぼぼと血色が良くなり、恥ずかしそうに少し俯いた。

「い、良いのかな...」
「ダメなことないよ、俺もそれが良いから。」

そう言って俺が笑うと、光くんも控えめに、照れくさそうに笑みを浮かべる。
まずはこれで1つ、返せただろうか。