宇宙‹スペース›級博愛系アイドルみるく♡めぽわ~る☆

いったいおれ、どどどどうなっちゃうの〜〜〜!?と思う暇もなくスムーズかつシームレスにその日からライブに向けて西条家でのレッスンが始まることとなった。
連絡先を教えた覚えがないのにメッセージアプリにミツヤ先輩からの連絡が来た時は恐怖のあまり数十秒ほど呼吸が止まったが。
今日から放課後には、決まった時間に西条家からお迎えの車が来るとのことで。
すんげえお金持ちのおうちらしいのでなっげぇリムジンでも来るのかと思えば、普通の黒塗りの高級車が来た。
めちゃくちゃに目立つであろうリムジンよりはマシかもしれないがこれはこれで目立つしなんか厳つくて怖いな。
自動なのかドアが開いたので後部座席に乗り込むと、中にはすでに西条くんがいた。
イヤホンをつけて俯いていたが、こちらを見るとパッと目を輝かせながらイヤホンを乱暴に引き抜いて外した。耳ん中ケガするよそれ。
「みるちゃん!」
「...お、お疲れ様です...?」
「みるちゃんは僕に気なんてつかわない...」
「ああ、はい...」
「敬語も使わないで。」
「はい、じゃなかった...うん...」

アイドルじゃない俺への反応は相変わらずだ。
まぁ、この前みたいに解釈違いによる拒絶反応のあまり気を失わないだけマシといったところだろうか。
座席はフカフカで座り心地はいいものの、隣からとんでもない強烈な視線を感じるため、なかなかにいたたまれない。
めちゃくちゃに見つめてくるクセに何も話しかけてこないのがまた怖い。
視線を受けながらの沈黙がなんだか物理的に痛くなってきたので何か雑談でもしようと俺は口を開いた。
「...どうでも良い話なんだけどさ、お金持ちの家からのお迎えってみんなリムジンが来るものだと思ってたよ。ちょっと目立つかもって思ってたから謎にホッとしちゃってさ...」

ちょっと会話用に構築したデッキが最悪だったかもしれない。
言った後に無事後悔してしまったが、予想外にも気分を外した様子もなく西条くんはこちらが投げたトンチキな軌道のボールを返してくれた。

「リムジンって造形がなんか気持ち悪いから嫌い...」
「お、おお、その視点は初めてだな...」
「車をX軸から無理やり引き伸ばしたみたいなふざけた形してるから気持ち悪いなあって思う。僕ムカデとかハサミムシとか長めの虫嫌いだから同じ延長線上みたいな感じ。普通の車で良い。あんなのいらない。」
「...斬新かつ新鮮な感想でおもしろいなあって思うんだけど、あんまり他所で言わないほうが良いと思うよ。」
「わかった。みるちゃんが言うならそうする。」

なんとも不思議な視点から斜め上のパスが返って来たが、どうでもいい雑談をしても良いらしい。
『みるちゃん』ではない、素の俺でもこうして普通に対応するまでに、何か意識やら認識やらが変わったりしたんだろうか。
ちょっと怖いが興味深いので聞いてみる。
「あの、確認なんだけどさ。」
「うん?なに?」
「えっと、『俺』ってもう言わないほうがいい?この前それで倒れてたから...ちょっと、心配で...」
「ううん。おに、じゃなかった、ミツヤに言われたの。『トップオタたるものアイドルのプライベートもまるごと愛すべし』って。だから大丈夫。『俺』って言うみるちゃんの素ごと愛すよ。」
「ああ...そう、なるほど...ありがとう...?」

なんか今『鬼』とか聞こえた気がするが気持ちはわかるしツッコんでいたらキリがないので全てをスルーをしつつ、そんなこんなでとりとめのない会話をしていれば、ほぼ振動を感じなかったが窓の外の流れていく風景が止まっていた。
目的地、西条家に到着したらしい。
恐る恐る車から出るとそこには洋風かつ現代的な馬鹿デカいお屋敷が建っていた。
...先刻学校の空き教室で見た従者らしき忍者さんのインパクトがデカすぎて武家屋敷的な、和風のお城みたいなものを想像していたが、どうやら見当ハズレだったようである。
西条くんは自宅だから当たり前だが慣れた様子でこれまたデカい鉄製の絢爛豪華な門が自動で開くのを無感心そうな顔で見つめていた。
俺はこんなのゲームとかアニメでしか見た事なーい!!と内心ブチ上がっていたがそれを見て心持ちキリッとした顔をして居住まいを正しし、西条くんの3歩後ろを歩いた。
中はどこまでが玄関なのか分からないほど広く、そこはかとなく高級感のある良い匂いがした。西条くんと共に西条家の使用人の方々にされるがまま通され、俺は事前予告なくいきなり格付けチェックに出演させられた一般人の気分でビクビクしながら豪奢なドアが並ぶ長い廊下を歩くことになった。
事前にいただいたミツヤ先輩からの連絡によると、とりあえずレッスン初日ということで、今日はダンスのコーチが直々に俺がどれだけ踊れるかを測っていただけるらしい。
レッスン用の鏡張りの部屋に入ると驚いたことに、ダンスのコーチも忍者の頭巾を被っていた。
ものすごく動きやすそうな派手な黄色の迷彩タンクトップの上にまさかの忍者頭巾スタイルである。なんなんだこの家の関係者は。
学校で見た忍者さんと同一人物かと思ったが、その人よりも明らかに体格が良く屈強であり、ネイルがギャルギャルしくキラキラゴテゴテしていたので別人らしい。
「貴殿があの宇宙‹スペース›級博愛系アイドルみるく♡めぽわ~る☆殿か。」
改めてその名前をフルで言われると恥ずかしい。
殿(どの)を付けるのもやめて欲しい。
そして、体格からもしやと思ったが、声がとても野太い。男性の方らしい。
もうキャラが濃すぎて胸焼けしそうなゲンナリとした気持ちが顔に出ていたのか、コーチが頭巾越しに、こちらを咎めるようにキッと鋭く睨みつけているのがなんとなくわかった。怖い。
「...何か言いたげな顔だな?」
「...いえ、何も...」
「まあ、御託は良い。私は無駄な時間が嫌いだ。
練習用の服をこちらで用意したので着替えなさい。5分以内だ。」
「は、はい!」
この家の人間は総じてツッコむ時間をくれないらしい。
西条くんが顔やら首やら外に出ているところをぜんぶ真っ赤にしながら自分の目を手で覆い隠していたが時間がないのでその場でちゃちゃっと着替えてしまう。
渡されたのは普通に肌触りの良い半袖のシャツにハーフパンツだった。忍者頭巾があったらどうしようかと思った。
「着替え終わりました。」と声を掛ければ律儀に後ろを向いていたコーチが体をこちらに向け、すばやく腕を後ろで組み足を肩幅分くらいに開く。
俺も慌てて同じ姿勢をとった。
「では、課題曲を発表する。」
発表されたのは全シリーズを何周も視聴したくらい俺が大好きなアニメ作品の1期のオープニング曲だった。
「まず私がお手本としてフルで踊るところを見せる。そして1度だけスローで振りの確認を行う。そうしたら1人で踊ってみなさい。今日はまずどれだけできるかを見るのが最大の目的であるから全て完璧にできなくても構わない。では、始めるぞ。」

コーチのキレキレなお手本ダンスに気後れしていた俺だったが、不思議なことに思っていた以上に、ものすんごい踊れる。
少なくともコーチのようなキレは無いが、動作の一つ一つをちゃんと音に乗せて動くことができている。
何故?
確かに俺はプリ〇ラやアイカ〇やプリ〇ュアを幾度となく何周も見てきた。
だからと言ってこんなに初めっからお手本を見て振りを1度確認しただけで踊れることがあるか?
ちなみに俺のダンス経験は記憶にある限りだと小学校高学年のときのソーラン節くらいのものである。
それですらダンスリーダー的立ち位置のクラスメイトから「伊佐原くんのソーラン節は、その、なんて言うか...ぬるっとしてるよね。...あ!もちろん良い意味でね!」とのお言葉をいただいたほどの驚きの個性的低品質クオリティである。
不思議に思いながら自分の両の手のひらを見つめ、「お、俺にこんな才能〈ちから〉が...!?」と慄いている俺に、西条くんはあっけらかんと言った。
「みるちゃんってダンスプラクティスの動画、たくさん投稿してたよね?」
「...はい?」
意味を理解するのに時間がかかってしまった。
...理解した瞬間、毛穴という毛穴から間欠泉のごとくブワッと冷や汗が吹き出す。
空調がきいていて寒くもないのに震えて冷たくなった手でスマホの写真アプリをどうにか開き、動画の一覧を見れば出るわ出るわ定点カメラで撮影されたアニソンに合わせて踊るぷりちーな格好をした俺の動画。
「はいこれ」とこちらに向けられた西条くんのスマホを見れば、作った覚えもない『宇宙‹スペース›級博愛系アイドルみるく♡めぽわ~る☆』の動画配信サイトのアカウント画面。
切り抜きらしきショート動画を含め数十件ものダンス動画やミュージックビデオがそこにあった。
夢であったらどんなに良かっただろうか。
知らんうちにおびただしい数の大層ぷりちーな黒歴史デジタルタトゥーが彫られていたことに、俺は少し泣いた。
なんだかここ最近ずっとはたけばはたくだけ黒歴史というホコリが降って湧いてきている気がする。
コーチの気遣いによる躊躇いが滲んだ「...レッスンを再開するぞ。」の一声でなんとか気持ちを切り替える。
もう背負わねばならない黒歴史が多過ぎて逆に開き直っていくしかない。
ここまで大勢の人間に黒歴史を認知される人生があるだろうか。まあ、あるか...
それでも俺はもう二度と普通の人生には戻れないなあと、今更ながらに実感してしまった。
過去はそのまま置き去りに、レッスンを再開する。
コーチによるお手本のダンスもそうだが、俺の踊り方も女性アイドル寄りであったため、何故か用意されていたパニエを履いて再び課題曲を踊ればもう映え映えである。
完璧な角度で、完璧なタイミングでパニエが入ったスカートがダンスに合わせてそれはもう可愛らしくふわふわと揺れた。

「みるちゃんには『骨盤がある』んだよね...」
「...その言い方は、さすがに、その、少々...気持ち悪いです坊ちゃん。」

雇用主だからか、コーチにしては珍しく歯切れの悪い言い方だった。俺もそう思う。

「少しキレが足りないが、悪くはない。次回までにトレーニングメニューをこちらで用意しておく。」

結果として、コーチが俺にくだした評価はこんな感じだった。
ダンスにキレを出すためのマッスルがまだ足りていないとのことで、次にまずやることは筋トレとなるらしい。
万年部活無所属永久名誉帰宅部員のヒョロヒョロひよわ人間には辛いものがあるが何とかこなしていこうという決意を新たにキメた。
思えばこうして人生で運動に打ち込んだ経験なんかなかったし。これもいずれ貴重な経験になり、将来もしかしたら就活のときによく聞かれるというガクチカとかに使えるかもしれない。
まあ詳細を深掘りされたら答えに困るが今は考えないことにして、とにかく明るくポジティブにいこう。
必死に踊ってるうちは頭の中を空っぽにできる。
空が綺麗なオレンジ色になった頃、本日のレッスンは終了となった。
帰りも西条家の方が車で送ってくれるらしい。
俺の自宅はさほど遠くない距離にあるため当初は断ったが、西条くんの「い、いっしょに帰りたい...」の言葉で行きと同じく車で送っていただく運びとなった。
行きの時の逆再生みたく、コーチに挨拶をし、長い廊下を歩き、西条くんに続いて車に乗り込んだ。
行きとは違って車の中のライトと窓から差し込む夕日の光が西条くんの髪を煌びやかな黄金色にキラキラと照らしていた。
黙っていれば本当にお人形さんみたいに綺麗なんだけどなあ...とふと思う。
初めて会ってからの怒涛の流れにあっぷあっぷしてたせいか、西条くんの顔をこんなにマジマジと見たことなかったなあ。
美術品を鑑賞するみたいにジッと眺めていると、徐々に西条くんの頬が夕日ではない桃色に染まっていく。
「...あ、あの、そんなに見られると、恥ずかしい、かも...」
「ああ、なんかごめん...綺麗だなって思って...見蕩れてた。」
「ミ°ョ」
「うわ大丈夫!?ほんとにごめんね!?」

西条くんは俺が言ったクサイ台詞を聞いた時の顔でそのままフリーズしたと思えば、便宜上文字ではこう表現するしかない、およそ人間が発する音では無い破裂音のような、電子音のような声を発した。
焦点の合わない目の前で手を振ると、数秒後ようやく西条くんはこっちに戻ってきた。

「...こ、これが私信......?」
「本当にごめんね。違うかも。」

やっぱり戻ってきてないかもしれない。いや、元からこんなもんだったかも。
西条くんは再びハッとした顔をした。

「ッああ、みるちゃんがかわいすぎて忘れてた...」
「初めて言われたよそんなこと...」
「みるちゃんは三半規管強いほう?」
「え、うん。まあまあ...?」

謎の質問をしてきたかと思えば、西条くんはスマホを取り出す。
何度か画面をタップして操作した後、こちらに画面を向けてきた。

「これ、さっきのレッスンの動画なんだけど...」
「おお」

画面に表示されていたのは、先ほどのレッスンにて踊る俺の動画だった。
いつの間に撮ってたんだ。ちょっと、いや...だいぶ恥ずかしいかもしれない。

「あの...前日にね、みるちゃん以外のダンスのプロの動画、見ておいたんだ。
差し出がましいかもしれないけれど、アドバイスとかできればなあって...」

「えっ本当に!?すごい!ありがたい!」

素直にとても助かるので両手を挙げてわぁい!の姿勢で喜びを表現する。
よく見ると西条くんの目元にうっすら隈がある。
彼なりに俺の役に立とうとがんばってくれているらしい。

「...西条くんは俺の名誉プロデューサーかな?」

そう冗談めかして言うと、彼は目を見開いて顔をパアッと輝かせ、顔をふにゃふにゃにして笑った。

「うれしい...次のレッスンまでに専属契約の書類、用意するね♡」
「絶対やめてね...」

それは本当にやめて欲しい。
みだりに何がしかの書類にサインしてはならないと、俺は最近学んだばかりなので。
俺の答えにしょんぼりした顔をした西条くんは、すぐに思考を切り替えたようで柔らかく微笑みながら言った。

「何かできることがあったらなんでも言ってね。僕は、みるちゃんが僕のこと覚えていなくても別にいいんだ。
みるちゃんがしてくれたことに、僕がお返しをしたいだけだから。」

大切な人に忘れられてしまった悲しみだとか、恨みなんて一片も無い穏やかな顔だった。

我が身ながら身の毛がよだつほどの精神異常者と過ごした日々が、西条くんにとっては大切な宝物だったのかもしれない。

今日の出来事だけを見れば理不尽に振り回されているのは俺の方で、ある人から見れば俺は被害者に見えるかもしれないけれど、結果的に彼の大切な人を奪ってしまったことに、心臓のあたりが少し痛んだ気がした。

西条くんは俺が家に帰るまで、隣でずっと優しく笑っていた。